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155.3人娘がダウンする(7月18日)
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翌朝である。
早朝の日課であるフェルを連れての自宅周辺の巡回を終えた俺はログハウスに戻ったが、リビングにも娘達の姿はなかった。
いつもならばこの時間には、外からは朝稽古をするアイダの声が聞こえ、アリシアが朝食の準備をしているはずだ。イザベル?あいつはまだゴロゴロしている時間だ。天気がいいから屋根の上で日光浴でもしているのかもしれないが。ビビアナがログハウスに寝泊まりするようになってから知ったのだが、どうやら彼女は朝が苦手らしい。低血圧なのか、揶揄うイザベルへの対応も朝食を摂るまでは雑の極みである。
もっともイザベルの揶揄い方は“自分より起きるのが遅い”の一点だから、飽きただけかもしれない。
娘達を探しに行くべきか迷っていたところに、ビビアナが2階から降りてきた。
「おはようビビアナ。アリシア達を知らないか?」
ビビアナは階段の途中で足を止めたまま答える。
その頬が赤らんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「まだ上で寝てますわ。今日は私が一番乗りでしたのね」
3人ともまだ寝ているのか。珍しいこともあるものだ。体調でも悪いのか、それとも単なる二日酔いか。
ビビアナが階段から降りて、リビングのテーブルに着く。どこか気怠そうなのは、やっぱり低血圧なのだろう。
彼女の対面する位置に俺も座る。フェルはさっさとテーブルの下に潜り込み、一休みするつもりのようだ。
「カミラ先生は?」
「同じくですわ。昨日あれだけ飲まれていましたから、昼まで寝かしておいたほうが良いのでは?」
そうか。まあ、ワインの小樽の半分ほどを一人で飲んでしまったのだ。二日酔いにもなるだろう。
「なあ、二日酔いって治癒魔法は効かないのか?」
素朴な疑問だったのだが、ビビアナは呆れたように首を振った。
「そんな気を使わなくていいんですよ。酔いたくて飲んだのですから、自業自得です。戦場でもあるまいし」
まあ、それもそうか。二日酔いでまともに戦えなかったなど、戦場での言い訳にもならないが、ここは戦場ではないからな。気持ち悪かろうが頭痛が酷かろうが、それも含めて酒に酔うということなのだ。
「ビビアナも結構飲んでいたように思うが?」
「ふぅ……一ついいかしら?」
起き抜けに質問攻めは拙かったか。みるみる不機嫌になっていくビビアナを前に、背筋に冷たいものが流れる。
「どうして私についての話が最後ですの!?昨夜の……その……あの……」
昨夜?ああ。ビビアナが俺の首筋に噛み付いた件か。
「まさかお前が噛み付いてくるとは思いもしなかったがな。まあイザベルはしょっちゅうだし、アリシアやアイダも時々同じ事をしている。俺は気にしないから、お前も気にするな。気を使ってくれるのなら、次からは指にして……」
途中まで言いかけたところで、ビビアナの怒りが爆発した。
「そうじゃない!私に何か言うべきことがあるんじゃないの!?」
「えっと……おはよう?」
ダンっとテーブルを叩いて席を立ったビビアナが、階段を駆け上がっていく。
荒々しくドアを閉める音が階下にも響く。あれはさぞかし二日酔いの頭にも響くはずだ。可哀想に。
◇◇◇
ビビアナが何に腹を立てているのか、思い当たるフシがない。俺がビビアナの首筋に噛み付いたのなら怒っても当然だが、噛まれたのは俺である。
まさか「噛み付かせたあんたが悪い」とか言うのではないだろうな。そんな理不尽な……
「なあフェル。ビビアナはなんで怒ってるんだ?」
自問自答しても答えが出ないので、フェルに聞いてみる。
この賢くも幼い、だが既に小型犬ぐらいの大きさに成長した一角オオカミの幼体は、フサフサの尻尾を一振りしてソッポを向いた。どうやら自分で考えろということらしい。
「やれやれ。飯でも食うか?作るのは俺だから期待するなよ」
飯という単語に反応したのだろう。フェルが振り返る。
だが俺しかいないことを確認して、再びソッポを向く。
小馬鹿にしたようにゆっくりと振られる尻尾は、“どうせ干し肉ぐらいだろ”と言っているようだ。
フェルの思いは正しかった。
丸太の椅子に座り、干し肉を齧りながら天井を見上げる。娘達が起きてこないのならば、何をして過ごそう。
そう思うと俺の生活は娘達が居てこそ成り立つのだ。この世界で得た知己は大半が娘達を経由しているし、街に買い物に行こうにも正直相場も品の良し悪しもわからない。俺は娘達の保護者ではなく、被保護者なのではないだろうか。
ぼんやりしていると、足音を忍ばせてそっと2階から降りてきた人物に全く気付かなかった。
「あの……」
そう声を掛けられて心底驚いた。パイプ椅子を傾けていたなら間違いなくひっくり返っていただろう。
声の主はビビアナであった。
「ビビアナか。どうした?」
「怒ってます?」
「怒る?俺が?なぜ?」
ビビアナに怒られる理由が思いつかないのと同じように、俺がビビアナに対して怒る理由も見つからない。
「眉間に皺が寄っていますわ」
「そうか?考え込む時の癖かもしれないな。誤解させてすまない」
「いえ。怒っていないのならいいのです。何を考えていらしたのですか?もしかしてアリシアさん達のこと?」
「いや。自分のことだ。お前達がいないと、俺は空っぽだなと思ってな」
「空っぽ……ですか?」
「気にしないでくれ。それよりも、あの子達はどこか具合でも悪いのか?二日酔い?」
「いいえ。伏せってはいますが、病気なわけではありません」
「どういうことだ?」
「もぅ!察してください。アレですよ、アレ!」
ああ。さすがの俺も理解した。
彼女達と行動を共にするようになってから、もう2ヶ月以上になる。その間、辛い素振りを見せないものだから、すっかり失念していた。
まったく、男親なんてこんなものである。男手一つで女の子を育てるシングルファーザーさん達の苦労が偲ばれるというものだ。
「そうか。3人同時にか?」
「いいえ。正しくは4人同時にです」
「じゃあカミラ先生も?」
「だから!私も!ですわ!」
そ、そうか。ビビアナの剣幕に思わず何度か頷く。
「私は避妊紋が効いていますので、さほど辛くもありませんわ。ですがアリシアさん達は効果が切れているようですね。わざとかもしれませんけど」
ビビアナが何やら不思議なことを言う。避妊紋が生理痛を軽くする効果があるのか。一種のピルのようなものか?
「あの子達は言ってないのですね。女性は、特に街の外に出る機会のある女性は、初潮を迎えると腰に避妊の紋様を刻むものです。紋様は徐々に薄れてきて、完全に消えるまでにおよそ3ヶ月ぐらいですね。効果が出ている間は妊娠しにくくなりますし、生理痛も軽減されます。イライラしたり感情の起伏が激しくなるのは変わりませんけど」
なるほど。ビビアナが怒ったりシュンとしたりしているのは生理のせいだったか。
「それなら、あの子達が起きてきたらその紋を刻むよう言えばいいのか」
「そうですね。もっとも生理中は施術できないので、今回は鎮静魔法で耐えるしかありませんわね。さっきも軽く掛けて起きましたので、しばらくは大丈夫でしょう」
「そうか。いろいろ助かる」
「別にあなたの為にしているわけではありませんわ」
ツンと澄ましたビビアナの横顔からは、ようやくいつもの調子を取り戻した様子が窺える。
ビビアナと2人で話し込むのは、そういえば初めてだったのかもしれない。
「それで、カズヤさんは今日どうされますの?あの子と約束があるのでしょう?」
そうだった。
ルイサ。養成所の中庭で会った幼い少女は、去り際に“また明日”と言ったのだ。
養成所で孤立しているらしい彼女との約束を無視すれば、幼い心を傷つけてしまうだろう。
「ビビアナはルイサの事を知っているのか?」
「はぁ……私を誰だと思っていますの?元監察生ですわよ。私の知らない学生など、おりませんわ」
ビビアナが胸を張って言う。
「仕方がありませんわね。私が!ご一緒してさしあげますわ!」
なんだか引っ掛かる物言いだが、ビビアナが養成所に同行してくれるなら心強いというものだ。
早朝の日課であるフェルを連れての自宅周辺の巡回を終えた俺はログハウスに戻ったが、リビングにも娘達の姿はなかった。
いつもならばこの時間には、外からは朝稽古をするアイダの声が聞こえ、アリシアが朝食の準備をしているはずだ。イザベル?あいつはまだゴロゴロしている時間だ。天気がいいから屋根の上で日光浴でもしているのかもしれないが。ビビアナがログハウスに寝泊まりするようになってから知ったのだが、どうやら彼女は朝が苦手らしい。低血圧なのか、揶揄うイザベルへの対応も朝食を摂るまでは雑の極みである。
もっともイザベルの揶揄い方は“自分より起きるのが遅い”の一点だから、飽きただけかもしれない。
娘達を探しに行くべきか迷っていたところに、ビビアナが2階から降りてきた。
「おはようビビアナ。アリシア達を知らないか?」
ビビアナは階段の途中で足を止めたまま答える。
その頬が赤らんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「まだ上で寝てますわ。今日は私が一番乗りでしたのね」
3人ともまだ寝ているのか。珍しいこともあるものだ。体調でも悪いのか、それとも単なる二日酔いか。
ビビアナが階段から降りて、リビングのテーブルに着く。どこか気怠そうなのは、やっぱり低血圧なのだろう。
彼女の対面する位置に俺も座る。フェルはさっさとテーブルの下に潜り込み、一休みするつもりのようだ。
「カミラ先生は?」
「同じくですわ。昨日あれだけ飲まれていましたから、昼まで寝かしておいたほうが良いのでは?」
そうか。まあ、ワインの小樽の半分ほどを一人で飲んでしまったのだ。二日酔いにもなるだろう。
「なあ、二日酔いって治癒魔法は効かないのか?」
素朴な疑問だったのだが、ビビアナは呆れたように首を振った。
「そんな気を使わなくていいんですよ。酔いたくて飲んだのですから、自業自得です。戦場でもあるまいし」
まあ、それもそうか。二日酔いでまともに戦えなかったなど、戦場での言い訳にもならないが、ここは戦場ではないからな。気持ち悪かろうが頭痛が酷かろうが、それも含めて酒に酔うということなのだ。
「ビビアナも結構飲んでいたように思うが?」
「ふぅ……一ついいかしら?」
起き抜けに質問攻めは拙かったか。みるみる不機嫌になっていくビビアナを前に、背筋に冷たいものが流れる。
「どうして私についての話が最後ですの!?昨夜の……その……あの……」
昨夜?ああ。ビビアナが俺の首筋に噛み付いた件か。
「まさかお前が噛み付いてくるとは思いもしなかったがな。まあイザベルはしょっちゅうだし、アリシアやアイダも時々同じ事をしている。俺は気にしないから、お前も気にするな。気を使ってくれるのなら、次からは指にして……」
途中まで言いかけたところで、ビビアナの怒りが爆発した。
「そうじゃない!私に何か言うべきことがあるんじゃないの!?」
「えっと……おはよう?」
ダンっとテーブルを叩いて席を立ったビビアナが、階段を駆け上がっていく。
荒々しくドアを閉める音が階下にも響く。あれはさぞかし二日酔いの頭にも響くはずだ。可哀想に。
◇◇◇
ビビアナが何に腹を立てているのか、思い当たるフシがない。俺がビビアナの首筋に噛み付いたのなら怒っても当然だが、噛まれたのは俺である。
まさか「噛み付かせたあんたが悪い」とか言うのではないだろうな。そんな理不尽な……
「なあフェル。ビビアナはなんで怒ってるんだ?」
自問自答しても答えが出ないので、フェルに聞いてみる。
この賢くも幼い、だが既に小型犬ぐらいの大きさに成長した一角オオカミの幼体は、フサフサの尻尾を一振りしてソッポを向いた。どうやら自分で考えろということらしい。
「やれやれ。飯でも食うか?作るのは俺だから期待するなよ」
飯という単語に反応したのだろう。フェルが振り返る。
だが俺しかいないことを確認して、再びソッポを向く。
小馬鹿にしたようにゆっくりと振られる尻尾は、“どうせ干し肉ぐらいだろ”と言っているようだ。
フェルの思いは正しかった。
丸太の椅子に座り、干し肉を齧りながら天井を見上げる。娘達が起きてこないのならば、何をして過ごそう。
そう思うと俺の生活は娘達が居てこそ成り立つのだ。この世界で得た知己は大半が娘達を経由しているし、街に買い物に行こうにも正直相場も品の良し悪しもわからない。俺は娘達の保護者ではなく、被保護者なのではないだろうか。
ぼんやりしていると、足音を忍ばせてそっと2階から降りてきた人物に全く気付かなかった。
「あの……」
そう声を掛けられて心底驚いた。パイプ椅子を傾けていたなら間違いなくひっくり返っていただろう。
声の主はビビアナであった。
「ビビアナか。どうした?」
「怒ってます?」
「怒る?俺が?なぜ?」
ビビアナに怒られる理由が思いつかないのと同じように、俺がビビアナに対して怒る理由も見つからない。
「眉間に皺が寄っていますわ」
「そうか?考え込む時の癖かもしれないな。誤解させてすまない」
「いえ。怒っていないのならいいのです。何を考えていらしたのですか?もしかしてアリシアさん達のこと?」
「いや。自分のことだ。お前達がいないと、俺は空っぽだなと思ってな」
「空っぽ……ですか?」
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ああ。さすがの俺も理解した。
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「だから!私も!ですわ!」
そ、そうか。ビビアナの剣幕に思わず何度か頷く。
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なるほど。ビビアナが怒ったりシュンとしたりしているのは生理のせいだったか。
「それなら、あの子達が起きてきたらその紋を刻むよう言えばいいのか」
「そうですね。もっとも生理中は施術できないので、今回は鎮静魔法で耐えるしかありませんわね。さっきも軽く掛けて起きましたので、しばらくは大丈夫でしょう」
「そうか。いろいろ助かる」
「別にあなたの為にしているわけではありませんわ」
ツンと澄ましたビビアナの横顔からは、ようやくいつもの調子を取り戻した様子が窺える。
ビビアナと2人で話し込むのは、そういえば初めてだったのかもしれない。
「それで、カズヤさんは今日どうされますの?あの子と約束があるのでしょう?」
そうだった。
ルイサ。養成所の中庭で会った幼い少女は、去り際に“また明日”と言ったのだ。
養成所で孤立しているらしい彼女との約束を無視すれば、幼い心を傷つけてしまうだろう。
「ビビアナはルイサの事を知っているのか?」
「はぁ……私を誰だと思っていますの?元監察生ですわよ。私の知らない学生など、おりませんわ」
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