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148.校長先生に報告する②(7月16日)
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フェルが、賢くも幼い一角オオカミがどうして俺達に懐いたか。
せっかく俺が「フェルだって犬科の生き物だ。犬と同じように人に手懐けることができる」という方向に話を持っていこうとした矢先に、何故かイザベルが水の話を持ち出した。あまつさえ自分の腰に下げていたペットボトルをテーブルの上に置いたのだ。
当然、先生達の興味はそのペットボトルに注がれた。呆然とペットボトルを見つめる先生達の中で最初に行動したのは校長先生だった。校長先生はテーブルの上に身を乗り出し、イザベルの前に置かれたペットボトルに手を伸ばした。
だが彼女が目的を果たす前に、アリシアがスッとペットボトルを引き寄せたのである。
◇◇◇
「いやあ、これは関係ないんじゃないかなあイザベルちゃん。ほら、怯えてる小さな生き物に餌付けしただけってことで話がついたよね?ね?」
ナイスだアリシア。さすがは4人娘の中でいちばん俺と行動を共にしていない。俺の意図を読み取ってくれたか。
しかしこれは明らかに俺のミスだ。フェルのことをどう説明するか、もっと娘達とよく話し合っておくべきだった。あるいはフェルの存在をひた隠しにするという手もあったのだ。
だが俺はそうしなかった。
俺がそうだったように、フェルのことをさほど気にされる事はないだろう。そうたかを括っていたのだ。
「そ、そうだぞイザベル。ビビアナも言ってただろう。私の唾液と牙イノシシの干し肉、この2つのおかげで、フェルは私達に懐いたんだって」
「そうでしたよねアイダさん。そういう結論が出ました。ね!イザベルさん!」
すかさずアイダとビビアナがアリシアのフォローに入る。
「ふえ?3人ともどう……した……あ!!」
イザベルが大袈裟に口元を押さえ、俺の方を見た。
このおっちょこちょいのお調子者も、ここにきてようやく自分の行動の意味を悟ってくれたらしい。
だがな。昔から言うではないか。覆水盆に返らずと。
ぶち撒けてしまった話は無かった事にはできないのだ。
まあ後悔するのは後でもできる。とりあえずこの場を収めなければ。
思いを巡らす俺の機先を制して先に声を出したのは、やはり校長先生だった。
◇◇◇
「カズヤ君。いえ、巡検師イトー カズヤ殿。単刀直入に尋ねます。あなたが生み出す水は、かの“聖水”なのですか?」
やはりそうきたか。
聖水についてはノエさんから聞いてはいる。なんでも西方のテリュバン王国で信奉されている神に仕える聖職者が使う、霊験あらたかな水らしい。
その効能は魔物退治にとどまらず、病気や怪我を癒したり農作物の収量を上げたりと、それはもう万能らしいのだ。
そんないいモノなら世の中にもっと出回ってもよさそうなものだが、その聖水は信者にしか売ってはくれない。
値段はペットボトル1本で金貨1枚。
元の世界の価値でならちょっとお高いウイスキーや特別な日のワインといったところか。決して買えない値段ではないところに、なかなかの商売魂が垣間見える。
俺が水魔法で生み出した水。
その水に“聖水”と同じ効果があるのかどうかはわからない。
だが俺は特別な事をした覚えはないし、そもそもその水に“魔力を回復させる”以上の効果があるとは思えないのだが。
「あの……、聖水ってなんですか?」
アリシアが校長先生に尋ねる。
「聖水とは、西のテリュバン王国で広く信じられている神の加護が宿ったとされる水です。傷を癒し、魔物を倒す力があるとされています。実際にかの国では病人が街から消えたとか、商人の護衛の仕事がなくなったとか、いろんな噂は伝わってきています」
「う~ん……それは素晴らしい効果ですけど、なんかスッキリしませんね」
「誰でも魔法に頼らずに魔法師や魔導師のような事ができるということですよね。副作用はないのでしょうか」
「ビビアナさんの懸念ももっともです。私もその点を危惧してはいますが、今のところそういった話は聞こえませんね」
「まあ悪い話には蓋をするものだからの。それにしても校長の耳にも届いておったか。てっきり酒場の与太話と思っておったが」
「複数の情報筋からの話です。もっとも実物を手にしたわけではないので、真偽のほどは何とも言えませんが」
「それは入手する事はできないのですかな?いい研究対象になると思いますが」
「そうですねえモンロイ。ですが聖水の卸先は信者に限ると決まっているらしいのです。聖水を求める商人や貴族には改宗を迫り、その結果、周辺の国や街は次々とテリュバン王国の影響下に入っているとか」
「それは新たな火種になりかねないわね」
「ええ。現にオスタン公国は国境を固めているようです。それでも商人や旅人までをも閉め出すわけにもいかず、浸透は止められないようですが」
「やれやれですなあ。北のノルトハウゼン大公国に、西からはテリュバン王国。オスタン公国が壁になってくれるなら、西の脅威は当面考えずに済みますかな」
「だといいのですが。それはそうと、カズヤ君が水魔法で生み出す水は“聖水”とは別のものなのでしょうか。もし同じものだとしたら、テリュバン王国との間の火種なんてものでは済まなくなります」
「どうしてですか?西でも東でも同じ効果がある水が手に入るのなら、悪い事はなさそうですけど」
校長先生の懸念は理解できる。
だがアリシアを筆頭に娘達は、校長先生が何を心配しているか思い当たる節がないようだ。互いに顔を見合わせ首を傾げている。
ふぅっと大きく息を吐いて、ここまで沈黙していたカミラ先生が口を開いた。
「テリュバン王国で信奉されているジルバ神は唯一絶対神と聞いているわ。その加護の証たる聖水を異教のタルテトス王国でも生み出せるとなれば、寄って立つ信仰の証がなくなった聖職者達はどう感じると思う?アイダさん。あなたならどう?」
たまたま目が合ったのだろう。
指名されたアイダは、さほど迷いもせずに答えた。
「単純に許せないと思います。自分の信じるものが冒涜された。そんな感じです」
「そうね。私でもそう感じると思う。じゃあ具体的に行動を起こすとしたら、どうすると思う?聖職者達はテリュバン王国を意のままに操れるとして。イザベルさん。あなたが聖職者の立場だったら?」
「お兄ちゃんを捕まえて、二度と水魔法を使わないように約束させる?」
「悪くないわね。それを国と国が行うとしたら、まずはどうするかしら?ビビアナさん」
「まずは外交交渉で、カズヤ殿に聖水を生み出す力があるのかを確認します」
「そうね。という事は、タルテトス王国の中枢にカズヤ君の事が知れるということになるわね。もしタルテトス王国が国としての回答を拒んだり、協力を突っぱねたりしたらどうかしら?」
「あ……わかりました。テリュバン王国に開戦の口実を与えてしまう……ということですね」
今度はアリシアも納得できたようだ。
そのとおりである。
こと宗教が関わった紛争が起きたとき、その原因が純然たる教義や宗教的信条の違いによるものである例は少ない。
かの十字軍も、あるいは紛争の絶えない中東や東ヨーロッパも、元を正せば大国の思惑と民族主義が宗教の皮を被って争わせている結果なのだ。
仮に俺が生み出す水の効果がタルテトス王国に知られないとしても、かの国が布教による影響力増大を辞めない限り、遅かれ早かれ火種は燃え上がるのだろう。
だがわざわざ好んで導火線を短くする必要はない。
「校長先生。俺が生み出す水は、魔力を回復させる効果があります。ですがそれ以外の効果については試したことがありません。少しお分けしますので、研究していただくことは可能ですか?それこそ“聖水”だと言うことにしてもらえれば、さほど目立たずに研究できるのではないでしょうか」
「そうね……それなら問題ないでしょう。モンロイ。あなたに預けます。くれぐれも情報には注意してくださいね」
「承知しましたぞ。このモンロイ、その水に如何様な力があるか解き明かしてみせましょう。そうと決まればさっそく器などを……」
そう言ってモンロイ師が席を立つ。
微かに鐘の音が聞こえる。
「もうこんな時間ですか。今日はここまでにしましょう。繰り返しになりますが、カズヤ君の水の話は一切の口外を禁止します。特にイザベルさん、いいですね!?」
「ふぁい!わかりました!」
校長先生に名指しされたイザベルが、背筋をピンと伸ばして答えた。
「それと、皆さんがイビッサ島から帰還するのが余りにも早過ぎました。転移魔法のことを知られないためにも、しばらくは大人しくしていてくださいな」
それもそうだな。イビッサ島への往路はオンダロアで足止めされたのも含めて2週間ほどかかった。
にも関わらず復路はたった1日で、しかも途中の街には一切立ち寄らずに帰ってきたのだ。イビッサ島からアルカンダラまでの足取りを調べられたりすれば不自然極まりないことだろう。
「承知しました。ではモンロイ先生に試料を預けて引き上げます」
そういって娘達を促し、モンロイ先生と一緒に校長室を出ようと扉を開けた。
その先に見えたのは、校長室に詰めかけた大勢の生徒達に姿だった。
せっかく俺が「フェルだって犬科の生き物だ。犬と同じように人に手懐けることができる」という方向に話を持っていこうとした矢先に、何故かイザベルが水の話を持ち出した。あまつさえ自分の腰に下げていたペットボトルをテーブルの上に置いたのだ。
当然、先生達の興味はそのペットボトルに注がれた。呆然とペットボトルを見つめる先生達の中で最初に行動したのは校長先生だった。校長先生はテーブルの上に身を乗り出し、イザベルの前に置かれたペットボトルに手を伸ばした。
だが彼女が目的を果たす前に、アリシアがスッとペットボトルを引き寄せたのである。
◇◇◇
「いやあ、これは関係ないんじゃないかなあイザベルちゃん。ほら、怯えてる小さな生き物に餌付けしただけってことで話がついたよね?ね?」
ナイスだアリシア。さすがは4人娘の中でいちばん俺と行動を共にしていない。俺の意図を読み取ってくれたか。
しかしこれは明らかに俺のミスだ。フェルのことをどう説明するか、もっと娘達とよく話し合っておくべきだった。あるいはフェルの存在をひた隠しにするという手もあったのだ。
だが俺はそうしなかった。
俺がそうだったように、フェルのことをさほど気にされる事はないだろう。そうたかを括っていたのだ。
「そ、そうだぞイザベル。ビビアナも言ってただろう。私の唾液と牙イノシシの干し肉、この2つのおかげで、フェルは私達に懐いたんだって」
「そうでしたよねアイダさん。そういう結論が出ました。ね!イザベルさん!」
すかさずアイダとビビアナがアリシアのフォローに入る。
「ふえ?3人ともどう……した……あ!!」
イザベルが大袈裟に口元を押さえ、俺の方を見た。
このおっちょこちょいのお調子者も、ここにきてようやく自分の行動の意味を悟ってくれたらしい。
だがな。昔から言うではないか。覆水盆に返らずと。
ぶち撒けてしまった話は無かった事にはできないのだ。
まあ後悔するのは後でもできる。とりあえずこの場を収めなければ。
思いを巡らす俺の機先を制して先に声を出したのは、やはり校長先生だった。
◇◇◇
「カズヤ君。いえ、巡検師イトー カズヤ殿。単刀直入に尋ねます。あなたが生み出す水は、かの“聖水”なのですか?」
やはりそうきたか。
聖水についてはノエさんから聞いてはいる。なんでも西方のテリュバン王国で信奉されている神に仕える聖職者が使う、霊験あらたかな水らしい。
その効能は魔物退治にとどまらず、病気や怪我を癒したり農作物の収量を上げたりと、それはもう万能らしいのだ。
そんないいモノなら世の中にもっと出回ってもよさそうなものだが、その聖水は信者にしか売ってはくれない。
値段はペットボトル1本で金貨1枚。
元の世界の価値でならちょっとお高いウイスキーや特別な日のワインといったところか。決して買えない値段ではないところに、なかなかの商売魂が垣間見える。
俺が水魔法で生み出した水。
その水に“聖水”と同じ効果があるのかどうかはわからない。
だが俺は特別な事をした覚えはないし、そもそもその水に“魔力を回復させる”以上の効果があるとは思えないのだが。
「あの……、聖水ってなんですか?」
アリシアが校長先生に尋ねる。
「聖水とは、西のテリュバン王国で広く信じられている神の加護が宿ったとされる水です。傷を癒し、魔物を倒す力があるとされています。実際にかの国では病人が街から消えたとか、商人の護衛の仕事がなくなったとか、いろんな噂は伝わってきています」
「う~ん……それは素晴らしい効果ですけど、なんかスッキリしませんね」
「誰でも魔法に頼らずに魔法師や魔導師のような事ができるということですよね。副作用はないのでしょうか」
「ビビアナさんの懸念ももっともです。私もその点を危惧してはいますが、今のところそういった話は聞こえませんね」
「まあ悪い話には蓋をするものだからの。それにしても校長の耳にも届いておったか。てっきり酒場の与太話と思っておったが」
「複数の情報筋からの話です。もっとも実物を手にしたわけではないので、真偽のほどは何とも言えませんが」
「それは入手する事はできないのですかな?いい研究対象になると思いますが」
「そうですねえモンロイ。ですが聖水の卸先は信者に限ると決まっているらしいのです。聖水を求める商人や貴族には改宗を迫り、その結果、周辺の国や街は次々とテリュバン王国の影響下に入っているとか」
「それは新たな火種になりかねないわね」
「ええ。現にオスタン公国は国境を固めているようです。それでも商人や旅人までをも閉め出すわけにもいかず、浸透は止められないようですが」
「やれやれですなあ。北のノルトハウゼン大公国に、西からはテリュバン王国。オスタン公国が壁になってくれるなら、西の脅威は当面考えずに済みますかな」
「だといいのですが。それはそうと、カズヤ君が水魔法で生み出す水は“聖水”とは別のものなのでしょうか。もし同じものだとしたら、テリュバン王国との間の火種なんてものでは済まなくなります」
「どうしてですか?西でも東でも同じ効果がある水が手に入るのなら、悪い事はなさそうですけど」
校長先生の懸念は理解できる。
だがアリシアを筆頭に娘達は、校長先生が何を心配しているか思い当たる節がないようだ。互いに顔を見合わせ首を傾げている。
ふぅっと大きく息を吐いて、ここまで沈黙していたカミラ先生が口を開いた。
「テリュバン王国で信奉されているジルバ神は唯一絶対神と聞いているわ。その加護の証たる聖水を異教のタルテトス王国でも生み出せるとなれば、寄って立つ信仰の証がなくなった聖職者達はどう感じると思う?アイダさん。あなたならどう?」
たまたま目が合ったのだろう。
指名されたアイダは、さほど迷いもせずに答えた。
「単純に許せないと思います。自分の信じるものが冒涜された。そんな感じです」
「そうね。私でもそう感じると思う。じゃあ具体的に行動を起こすとしたら、どうすると思う?聖職者達はテリュバン王国を意のままに操れるとして。イザベルさん。あなたが聖職者の立場だったら?」
「お兄ちゃんを捕まえて、二度と水魔法を使わないように約束させる?」
「悪くないわね。それを国と国が行うとしたら、まずはどうするかしら?ビビアナさん」
「まずは外交交渉で、カズヤ殿に聖水を生み出す力があるのかを確認します」
「そうね。という事は、タルテトス王国の中枢にカズヤ君の事が知れるということになるわね。もしタルテトス王国が国としての回答を拒んだり、協力を突っぱねたりしたらどうかしら?」
「あ……わかりました。テリュバン王国に開戦の口実を与えてしまう……ということですね」
今度はアリシアも納得できたようだ。
そのとおりである。
こと宗教が関わった紛争が起きたとき、その原因が純然たる教義や宗教的信条の違いによるものである例は少ない。
かの十字軍も、あるいは紛争の絶えない中東や東ヨーロッパも、元を正せば大国の思惑と民族主義が宗教の皮を被って争わせている結果なのだ。
仮に俺が生み出す水の効果がタルテトス王国に知られないとしても、かの国が布教による影響力増大を辞めない限り、遅かれ早かれ火種は燃え上がるのだろう。
だがわざわざ好んで導火線を短くする必要はない。
「校長先生。俺が生み出す水は、魔力を回復させる効果があります。ですがそれ以外の効果については試したことがありません。少しお分けしますので、研究していただくことは可能ですか?それこそ“聖水”だと言うことにしてもらえれば、さほど目立たずに研究できるのではないでしょうか」
「そうね……それなら問題ないでしょう。モンロイ。あなたに預けます。くれぐれも情報には注意してくださいね」
「承知しましたぞ。このモンロイ、その水に如何様な力があるか解き明かしてみせましょう。そうと決まればさっそく器などを……」
そう言ってモンロイ師が席を立つ。
微かに鐘の音が聞こえる。
「もうこんな時間ですか。今日はここまでにしましょう。繰り返しになりますが、カズヤ君の水の話は一切の口外を禁止します。特にイザベルさん、いいですね!?」
「ふぁい!わかりました!」
校長先生に名指しされたイザベルが、背筋をピンと伸ばして答えた。
「それと、皆さんがイビッサ島から帰還するのが余りにも早過ぎました。転移魔法のことを知られないためにも、しばらくは大人しくしていてくださいな」
それもそうだな。イビッサ島への往路はオンダロアで足止めされたのも含めて2週間ほどかかった。
にも関わらず復路はたった1日で、しかも途中の街には一切立ち寄らずに帰ってきたのだ。イビッサ島からアルカンダラまでの足取りを調べられたりすれば不自然極まりないことだろう。
「承知しました。ではモンロイ先生に試料を預けて引き上げます」
そういって娘達を促し、モンロイ先生と一緒に校長室を出ようと扉を開けた。
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