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147.校長先生に報告する①(7月16日)

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カミラ先生にお願いした先触れは功を奏し、翌7月16日の早朝には養成所に報告できる事となった。
4人娘は学生時代に着ていた制服を引っ張りだして着ている。コスプレと言うことなかれ。年齢的にはまだまだ学生なのだ。

俺はオフィシャルな場にBDUというわけにもいかず、ドイツ連邦軍の制服を着用している。黒のトラウザーズに薄いブルーのワイシャツ、黒のベルトにネクタイ、グレーのジャケット。肩章の縁取りと同じ赤いベレー帽を被り、足元は黒の編み上げブーツ。白いガンベルトにはUSPハンドガンを装着というやつだ。
はい。俺の服装は明らかにコスプレである。
別にいいではないか。自分では気にいっているのだ。

ちなみにフェルはログハウスでお留守番だ。
いくら子犬にしか見えないとはいえ、カサドールの養成所に魔獣を連れて行くのは気が引けたのだ。

◇◇◇

養成所所長、通称校長先生であるサラ マルティネス女史は、すっかりトレードマークとなっているらしい紺色のブラウスに片眼鏡、銀色の髪を後ろできつく結った姿で俺達を迎えてくれた。
娘達を見る校長先生の瞳は柔らかく温かいものではあるが、少なくとも俺を見る時には笑ってはいない。何か言いたいことがあるが、まずは報告を。そんなところか。
同席しているのは養成所の寮監夫妻であるバルトロメ アロンソとダナ アブレゴ、魔法実技教官であるダニエル モンロイの3名。いつもは教官側の席に座っていた魔道具開発教官であるイネス カミラは、今回は俺達と同じサイドの席に着いている。
年齢とキャリアからいえばカミラ先生が俺達サイドの上座に座るべきと考えていたのだが、あれよあれよという間に校長先生が座るお誕生日席の直近に俺が押し込められた。
俺の隣にはアリシア、続いてイザベル、アイダ、ビビアナの順で、1番扉に近い席にカミラ先生が座った。
どうやら俺に出会った順で着席したらしい。

◇◇◇

まずは報告を。という事で、先生達に報告するのは主にイザベルとビビアナだ。時折誇張し過ぎるイザベルの話をアイダとアリシアが適時修正し、ビビアナが補足する。そんな感じで報告は進行した。

アルカンダラからアルマンソラに向かう森の中で、アイダとイザベルがアラーナを倒しフェルを救った話を聞いて、先生達は一様に天井を仰ぎ見た。

「あれ……やっぱりマズかった……ですか?」

イザベルが言葉を選ぶように校長先生に尋ねる。
校長先生は軽く頭を振って答えた。

「マズいも何も、前例がないというか呆れたというか……」

まあそういう反応になるか。
イザベルとアイダがフェルを連れてきた時、カミラ先生だって半ばパニックになりかけたのだ。
アリシアがそうならなかったのは、俺やイザベル達がフェルの存在を受け入れていたから以外の理由ではないだろう。

「いくら幼体とはいえ一角オオカミを手懐けるとは……いや、待てよ。古い文献に似たような記録があったような……」

寮監のバルトロメが何かを思い出そうとするように眉間に手を当てる。

「Domadorね。自然の秩序を司る女神エイレネのお目溢しを頂いて、強力な使役魔法を行使したという記録があるわ。魔法師の名はアドラ ドゥラン。だいたい300年ぐらい前の記録だったかしら」

寮母のダナが淀みなくそう言った。
既に初老の域に達しているはずの頭脳には、どれだけの知識が詰まっているのだろう。
ダナはドマドールと発音したか。カサドールと通じる響きだから、大方“調教師”といったところか。

「ドゥラン師の伝説には聞き覚えがありますな。大鬼を率いて300年以上前の大襲撃グランイグルージオンを戦ったとか。ただあれは伝説でしょう」

「そうとも言い切れませんよ。第一、御伽噺の類にしては教訓らしき内容が一切ないでしょう。ドゥラン師が魔物を使役して戦ったことで、その後の師の扱いは大層酷いものになったようですね。多くの人を救い、その数に倍する人達に恐れられ、更には疎まれた。師の功績と強力な使役魔法は闇に葬られ、その後の正史からは消え去っています」

「やれやれですなあ。よっぽど人間のほうが魔物よりもタチが悪い。そもそも魔物が人間を襲うのは……」

「モンロイ。そのあたりにしましょう」

何やら話が違う方向に向かいかけた所で、校長先生が話に割って入った。
魔物が人間を襲う理由。個人的にはそっちの話のほうが気になるのだが。

「いずれにせよ、先程の報告を聞く限りでは強力な使役魔法を使ったとしか思えませんね。それも無意識に」

「無意識に……それは固有魔法ということですかな」

固有魔法。魔法を使える者に何かのきっかけで発現するという、その者独自の魔法だ。
アリシアは“遠見”、アイダは“譲渡”、イザベルは“必中”と、それぞれ個性のある固有魔法を持っている。
残念ながら俺には固有魔法が使えるようになったという実感はないが、フェルがアイダや俺達に懐いたのは果たして使役魔法の結果なのだろうか。

「あの……固有魔法って複数使えるのでしょうか。それこそそんな話は聞いたことがないのですが」

フェルが懐いたのは自分の魔法のせいではない。そう俺達の前で言い切ったアイダが、心外そうに先生達に尋ねる。

「そうね……確かに複数の固有魔法を使えるという話は聞かないわね。サラ、あなたはどう?」

「私も聞いた試しがありませんね。とすれば、その場にいて未だ固有魔法を発現していない人物……まさかカズヤ君ですか?」

いきなり矛先が俺を向いた。
だが、フェルの目から赤い狂気に満ちた光が消えた時には俺はその場にはいなかった。その場にいたのはアイダとイザベルのみ。これが事実だ。

「俺ではないと思います。俺はその場にはいませんでしたから。それよりも一角オオカミの幼体、俺達はフェルと呼んでいますが、そのフェルが、あるいは一角オオカミの幼体そのものが特異的だったとは考えられませんか?」

俺の言葉に先生達が押し黙る。
魔物の生態に関する基礎研究はおそらく進んでいない。この世界の狩人達にとっては、魔物は“狩る”対象であっても“研究する”対象ではないのだ。研究が進んでいる分野は“いかに安全に、効率的に狩るか”の一点なのだろう。
だからこそ、狩りの対象にならない幼体の生態など知る由もないし、そもそも幼体の魔物がかなり珍しいらしい。

「それはどういう意味でしょう。何か心当たりが?」

校長先生が少し身を乗り出し、俺の斜め横から鋭い視線を送ってくる。

「フェルを連れて行くと決めた時、この子達とも話し合ったのですが。フェルの眼光が普通の犬やオオカミのと同じになる直前、アイダが干し肉を与えていました。そうだなアイダ」

「はい。牙イノシシの干し肉です」

「ほう。牙イノシシとな。それは珍品だわい。好みは別れるが儂は嫌いではない」

確かに巨躯のバルトロメがドライフルーツを摘んでいる姿は想像し難い。昼間から強い酒を呷りながら干し肉を齧る姿なら容易に想像できるが。

アイダは腰のポーチにいつも干し肉を忍ばせている。滞在する街では必ず買い求めているし、どこでも売っている鹿やイノシシの干し肉に混じって、珍しいと言われるような干し肉を店では探しているようだ。

「しかしまだ乳を飲むような幼体には干し肉は硬すぎるのでは?よく齧りましたね」

「ええ。私もそう思ったので、口に含んでいたものをあげたのです。母犬が子犬に食べさせる肉もそうしてると聞いていたので……」

「ふむ……私もそういった話は聞いたことがありますな。なんでも猟師が猟犬を仕込む時にも同じような手を使うとか」

そうそう。要は一角オオカミも幼体であれば普通の犬のように躾けたり手懐けたりできるのかもしれない。そう先生達が思ってくれればいいのだ。

「それでね!私達がいつも飲んでるお水がコレなんだけど、そのお水を含んだ干し肉がフェルに効いたんじゃないかって話になったんだよね」

突然イザベルが腰に下げたペットボトルを外してテーブルの上に置く。さすがに剥き身のペットボトルでは目立つので、最近はアリシアが編んでくれた革のボトルホルダーを全員が愛用している。おかげで水筒に見えなくもない。

「水……何か特別な水なのですか?」

校長先生の眼光が一層鋭くなった気がした。

「お兄ちゃんが水魔法で出したお水だよ!魔力が一気に回復する優れものなの!」

ちょっと待てイザベルよ。せっかく俺が落とし所を考えてストーリーを“一角オオカミだって犬科の仲間だ。だから同じように調教可能だ“って方向に持っていこうとしているのに、全部をひっくり返そうとするんじゃない。
先生達が呆気に取られたような顔をする中、校長先生がテーブルの上に身を乗り出し、イザベルの前に置かれたペットボトルに手を伸ばした。
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