異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜

九尾の猫

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146.アルカンダラへの帰還(7月15日)

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マルサの村を後にした俺達は、サビーナの街の近くの森まで転移した。俺自身も娘達も、ビネグレータなどのこの島独自の魔物が闊歩する山をもう一度越える気にはなれなかったのだ。

サビーナの街では“銀の錨亭”に立ち寄り、預けていたカミラ先生の愛馬を引き取る。10日ほど預かってもらっていたが、馬肉にされる事もなく、むしろきちんとブラシが当てられ世話が行き届いていたらしい。

女将さんと約束していた“山の幸”の手土産は、マルサの村の近くの森で娘達が狩ったウサギや鹿の肉である。漁師街であるサビーナの住人にとっては、やっぱり肉の土産がいいだろうと考えたのはイザベルだ。
この土産は思いの外喜ばれ、この夜は料理屋の客を巻き込んでの大宴会となった。
料理を運ぶ娘達が語る冒険譚は、料理屋の客に大ウケしたようだ。厨房に引きこもり裏方に徹した俺には、娘達がどこまで話を盛ったのかは知らない。まあアイダとビビアナも一緒だから嘘はついていないだろう。

◇◇◇

翌朝、早朝にサビーナの街を後にした俺達は、人目につかない海岸の岩陰からアルカンダラのログハウスへと転移した。
のんびり船旅を楽しんでもよかったのだが、船酔いするイザベルが当然のごとく転移を主張し、世話を焼かねばならなくなる娘達もその主張に同意したのだ。
もちろん寝込んだイザベルを背負ったりお姫様抱っこしなければならなくなる俺も異存はなかった。そういう時のイザベルは役得と言わんばかりに過度に身体を擦り寄せてくるからな。
転移魔法によるフェルへの影響を少しばかり危惧してはいたのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。一角オオカミの幼体であり、今ではすっかり俺達のマスコットになった賢い子犬は、ログハウスへと転移しても元気に尻尾を振っている。

◇◇◇

「転移魔法、サイコー!!」

「ただいま!何日ぶりの我が家だっけ!?」

「ちゃんと帰ってきたのは3週間ぶりぐらいじゃないか?」

「お風呂には戻っていたので、そんなに久しぶりな気はしませんけどね」

1階のリビングに雪崩れ込んだ4人娘はそれぞれ別の反応を見せた。

「じゃあ、まずは空気の入れ替えをしてお掃除だね!イザベルちゃんとアイダちゃんは2階の窓を開けてきて!」

アリシアが軽く手を打ち鳴らして、奥の物置に向かう。バケツと箒でも撮りに行ったか。

「え~。せっかく帰ってきたんだし、もうちょっとのんびりしようよう」

「何言ってるのイザベルちゃん。帰ってくるのは一瞬、疲れることなんて今朝から何もしてないじゃない」

「いやいや。納屋の藁束の上じゃ、ちゃんと眠れなかったんだって」

「あれ?イビキかいて寝てたの誰だっけ?」

「へ?そんな人いた?お兄ちゃんかなあ」

「いいや、お前だ」

なんだかんだ言いつつも、娘達はアリシアの後を追いかけるように動き出した。
さて、掃除は娘達に任せたほうが邪魔をしないで済むだろうし、外回りの点検でもするか。
アリシアがログハウス全体に硬化魔法を掛け、更に俺が結界を張っておいたとはいえ、結界破りが得意な魔法師でもいれば容易に破られるかもしれない。別に破壊されて困るようなものを屋外には出していないが、懐を探られるのは良い気がしないではないか。
ついでにフェルにこの辺りを案内しておこう。

◇◇◇

フェルを連れてログハウスの周囲から巡回を始める。
鹿革とパラコードで編んだ首輪を付けた幼くも賢い魔物は、リードなど付けなくても俺達の傍らから離れる事はない。

そもそも日本において飼い犬に首輪とリードを付ける習慣は明治時代になってかららしい。
もちろんそれ以前にも犬は人間社会に溶け込んではいたが、猟犬や闘犬などを除けば“飼っている”というよりも“その辺りにいる野生動物”的な扱いだったそうだ。これは徳川綱吉による生類憐みの令による弊害も大きかっただろう。迂闊に犬など飼えば、その先どんな恐ろしい仕打ちが待っているかしれなかったのである。文字通り触らぬ神に祟りなしというやつ。

犬の扱いが一変したのが江戸時代末期から明治時代だ。18世紀末以降に各地で頻発した狂犬病の流行と、外国人が持ち込んだいわゆる洋犬の登場が原因である。もちろん狂犬病自体はそれ以前から日本に流入してはいたようだが、見慣れない毛並みのよく躾けられた犬に首輪を付けてリードで繋ぎ、芝生の上で飼うスタイルは当時の日本人には新鮮に映った事だろう。
その結果、獣疫予防法や畜犬の係留義務といった各種法律が整備され、飼い犬と野良犬を明確に区別するようになったのである。

まあそんな雑学はさておき、この世界にも飼い犬はいる。ただリードに繋がれた姿はついぞ見かけてはいないし、狂犬病に冒された犬の姿も見てはいない。狂犬病ウイルスが存在しないのか、あるいは狂犬病に罹った犬は野生下においても人里においてもさっさと処分されてしまうのか。
魔物による圧迫を受けているこの世界では、何らかの病気に罹った動物が生きていく余地はないのかもしれない。

そんな取り留めもない事を考えながら、粛々と点検作業を進めていく。
ログハウスの周囲に仕掛けた魔石と杭を組み合わせた警戒網は正常に作動している。スー村近郊の元々の自宅にも異常がないことを確認してログハウスに戻ったところで、カミラ先生に捕まった。

◇◇◇

「ねえイトー君。養成所への報告はいつ行く?」

そうだった。イビッサ島へ渡ったのはバカンスでも何でもない。あくまで巡検師としての任務だったのだ。任務である以上、任務中に起きた出来事と任務遂行結果は報告しなければならない。
報告先の養成所所長、サラ マルティネス女史への苦手意識はないし、別に構えて報告するほどの失敗もしていないつもりだ。だが、4人娘とカミラ先生を伴ってぞろぞろと養成所を訪れるのは間違いなく悪目立ちする。

「午後からでもいいですが、全員で行くとなると人目を引きますよね」

「ただでさえあなた達は注目の的だしね。イリョラ村、カディス、アルマンソラ、それに今回のイビッサ島。行く先々で魔物を狩り、盗賊を捕らえることで対人戦闘もできる事を証明した。いい言い方をすれば人々に感謝されている素晴らしい狩人だけど、悪く言えば荒稼ぎしてる鼻持ちならない奴らでしょうからね」

そうだよなあ。今回のイビッサ島への往復だけで、報奨金やら何やらでいったい幾ら稼いだことか。
できれば目立たずひっそりと生きていたかったのだが。スー村の郊外で畑を耕し獲物を狩って、時々人里に出て最低限の交流を持つ。そんな人生にも憧れはあったのだが、今更後戻りはできないか。

「まあ、いつもどおり朝一番でお伺いするのがよさそうですね。カミラ先生、先触れをお願いできますか?」

「わかったわ。それと……ね」

カミラ先生が何やら言い澱んでモジモジしはじめた。
トイレを我慢しているわけでもあるまいし、20代後半の女性がする仕草でもないようにも思うが、これは口に出してはいけない事だ。

「これからの事なんだけど、私があなた達に同行するのはイビッサ島の調査の間だけって話だったじゃない?」

確かに。
イビッサ島への派遣が決まった日に校長室でカミラ先生が受けていた指示は、“イビッサ島へ同行せよ”だった。無事にアルカンダラに帰還した以上、その指示は果たされたと考えるべきだ。
この頼りになるお姉さんとの別れの日も近いのか。

「そうでしたね。いろいろありましたが、お疲れ様でした」

「冷たいわねえ。そんなに私は邪魔だった?」

そんなつもりはない。カミラ先生にはこの世界の知識や経験の面でお世話になりっぱなしだし、時に暴走しかける娘達のストッパーとしても大変感謝しているのだ。非常に残念ではあるが割とあっさりと別れを受け入れる心持ちになっているのは、サラリーマンが同僚の人事異動を受け入れる心情と同じだろうか。

「そんなつもりはないですよ。とても寂しいですが、校長先生からカミラ先生への指示は、イビッサ島への同行だったでしょう?引き留めてもアレですから」

「アレって何よ。そもそもいつまで経っても名前では呼んでくれないし」

少し頬を膨らませて上目遣いで俺を見る彼女の姿は、“エギダの黒薔薇”の異名を持つ対人戦闘のスペシャリストとは思えない。
もちろん通り名がその人の人格をそのまま表現するわけではないし、人の性格など置かれた状況で自在に変化するものだ。“孤高のヒラソル”なんて異名を持つビビアナの周囲には、今では頼もしい仲間が集まっているではないか。

「それはまあ……善処します。それで、話とは?」

「はぁ……あなた鈍いフリし続けると終いには愛想尽かされるわよ。今後もあなた達と同行するけどいいかしら?ってこと。ちなみにあの子達には事前に話してあるわ。二つ返事で快諾してもらってる。あとはあなた次第よ」

上目遣いを止めた彼女は、今度は俺に真っ直ぐ人差し指を突き付ける。
どうやら外堀は埋められていたらしい。
まあ考えてみれば当然か。自称人見知りのイザベルでさえ、彼女の存在は受け入れているのだ。その他の3人も彼女が同行する事を拒否する理由はない。
俺にとっても彼女の申し出は頼もしい限りだが、巡検師なる役回りもよくわかっていない役目を背負った俺に同行する事で、彼女の未来が閉ざされる可能性はないのだろうか。

そんな想いが頭の中でループしかけたとき、俺のBDUの裾が何かに引っ張られた。
足元を見ると、フェルが大きく尻尾を振りながら俺の裾を咥えている。
裾を離したフェルが、低い小さな声で“わふっ”と吠える。
その声は“心配ない。一緒に行け”と促しているように俺には聞こえた。

「わかりました。俺の方からも是非お願いします」

そう言ってカミラ先生に頭を下げる。
彼女は軽く笑って俺の肩を叩いた。

「何言ってるの。今後はあなたが私の上司になるんだからね。お願いするのはこっちのほうよ。よろしくね、カズヤ君」

あれ?呼び方が変わった。ついさっきまでは“イトー君”だったはずだ。

「まったく、水臭いってもんよ。イトーが姓でカズヤが名前だって、あの子達も教えてくれればいいのに。親しみを込めて名前で呼んでたつもりだったのに、ちっとも距離が埋まらなかったのはきっと呼び方のせいね」

そういうわけでもない気がするが、“それは関係ない”なんて言えば薮蛇になること間違いない。ここは笑って誤魔化すしかなさそうだ。

なんにせよ、カミラ先生の今後については明日にでも校長先生と話し合う事になるだろう。
今日のところは養成所に向かうカミラ先生を見送り、のんびり過ごそう。
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