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142.マルサの村にて(7月8日〜9日)

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カミラ先生の発言を黙殺したウーゴであったが、それ以外については実にフレンドリーな男だ。
村を案内し、自らが血の気が多いと評した村の若者達にも引き合わせてくれた。
ウーゴの評価どおり、確かに彼らは血気盛んではあったが決して礼儀知らずではなかった。魔物の徘徊する山を越えて来たということで、皆興味津々といった感じではあったが、勝負を挑まれたり安い挑発を受ける事もなかった。
娘達の誰か、まあそういうのはイザベルではあるだろうが、ポロッと“自分が獅子狩人である”などと口走っていれば話は違ったかもしれないが、イザベルもよく我慢したものである。成長したなあイザベル。

とはいえ、その後の宴の席でも娘達が気を許す事はなかったようだ。あわよくば嫁の1人ぐらいというウーゴの企ては、日の目を見る事なく海の藻屑となったらしい。

さすがに宿屋はないし部屋に余裕も無いということで、俺達は船小屋のような場所に一晩落ち着く事となった。
これには俺達の誰もが納得はした。
俺達は望まれて来た客人ではないし海の仲間でもない。物見遊山でやってきた、ただの異邦人である。
そして小さなコミュニティは、とかく異邦人を煙たがる。特に何やら問題を抱えていそうなコミュニティならば尚更だろう。

まあそんなことはさておき、宴も終わり船小屋やと引き揚げてきた俺達は、数日ぶりに天井のある場所で寝られる事を感謝したのだった。
今夜は満月の夜である。
雲一つない初夏の夜空を吹き抜ける風は夜特有の陸風で、昼間のうちに染み付いた潮の匂いごと洗い流してくれそうだ。
7月上旬ともなれば日本なら30℃に迫る地域も増えてくるが、この世界では昼間はそれなりに暑くなるが夜間はしっかりと気温が下がるのだ。寝る時間帯に茹だるような暑さにならないということがこんなにも快適なものであるとは知らなかった。
そんな夜の事である。

◇◇◇

「カズヤさん。起きてください」

体を揺するアリシアの声に目覚める。
室内で眠るとはいえ土地勘も施錠もできない場所であることには変わりないから、俺達は交代で見張りをする事にしていた。

「もう時間か?」

「いえ。村の真ん中辺りで騒ぎが起きているみたいなんです。様子を見に行ったほうがいいですか?」

大方誰かが酒によって暴れているのだろう。まったく、どこの世界でも酒に飲まれる者はいるものだ。

「イザベル。お前なら何を騒いでいるのか聞こえるか?」

アリシアとタッグを組んでいたイザベルに訊ねる。
この銀髪ハーフエルフの少女の耳は、俺の耳なんぞより遥かに高性能だ。

「ウーゴと若い男が何人かで言い争ってるみたい。石を壊したとか言ってるよ。あのカニの殻のことかな?」

ああ。やっぱりそうか。
カミラ先生の質問をウーゴが黙殺したのは心当たりがあったからだったか。

「止めに行ったほうがいいでしょうか?」

起き出したアイダが愛剣を手に心配そうにそわそわしている。

「放っておきなさい。どんな所にも跳ねっ返りはいるものよ。結界の1つや2つ壊したところで大した影響はないでしょう。いつ壊したのかもわからないんだし」

部屋の隅でシュラフに包まっていたカミラ先生が伸びをしながら言う。
先生の意見も理解できるが、一宿一飯の恩義もある。
そもそも様子を見に行ったぐらいで話が拗れることはあるまい。

「アイダ、ついてきてくれ。イザベルとビビアナは周辺監視を頼む。アリシアは万が一に備えて移動の準備。カミラ先生もそれでいいですね」

「仕方ないわねえ。起きますかあ」

カミラ先生が大きく伸びをしてシュラフから出てきた。

◇◇◇

俺はヒップホルスターにUSPハンドガンを挿し、G36Cをスリングで吊って船小屋を出る。月明かりがあるからフラッシュライトは必要なさそうだ。
アイダの装備は愛用の長剣とグロック26のみだが腰のポーチにはスラッグ弾が装填されたままのレミントンM870が収納されているはずだ。
そして俺の隣には三八式歩兵銃を肩に担いだカミラ先生がいる。まったくやる気のなさそうな雰囲気を醸し出していた癖に、結局のところトラブルに首を突っ込みたくて仕方がないらしい。
俺としても元軍人であるカミラ先生が近くにいてくれるのは心強い。

村の中央、夕方に宴が開かれていたその場所には、ウーゴの巨体と彼を取り囲む5人の人影があった。

「では封印の石を壊したのは、お前達の私利私欲のためで間違いないのだな」

ウーゴの声は感情を押し殺した、それでいて並の胆力なら死んでしまいそうな殺気を孕んでいる。
ウーゴを取り囲む若者達にもそれは伝わっているのだろう。反論する声が震えている。

「私利私欲って、そんな言い方はないでしょう!?俺達は村のためにって!なあ!」

「そうだ!海神様に嫌われたこの村は、このままじゃジリ貧だ!山を取り戻さなきゃいけないんだ!」

「そうだそうだ!俺達は強い!何も危険な海に出なくても、魔物を狩って生きていけるんだ!」

「今日だって見たでしょう!?あんなガキがカサドールだってよ。だったら俺達だってカサドールだ!」

何やら矛先が俺達、というより娘達に向かっている気がする。

「なにあのガキども。不愉快ね」

カミラ先生が三八式歩兵銃に着剣された銃剣の刃をスッと撫でながら呟く。その細めた目は月明かりを反射して、さながら獲物を狙う虎のようだ。

「あの封印の石は山から魔物が降りてくるのを防いでいる。もう何十年も前からこの村が安泰なのはそのおかげだ。それを知らんわけではあるまい!貴様等がやったことは、貴様等がやったことはなあ!この村を滅びに向かわせる行いだ!それが何故わからん!」

「だから俺達がいれば大丈夫だって!小鬼の10匹や20匹、サクッと片付けてやるぜ!」

今のは俺の聞き間違いか?10や20と言ったのか?
俺の隣でじっと聞き耳を立てていたアイダが、大きくため息を吐く。

「小鬼が10匹だとしても、取り囲まれればあの方の命はないですね。魔物を舐めすぎです」

実際にゴブリン達に囲まれて命を落としかけたアイダの言葉は重い。
ウーゴが言っていたように、確かにこれらの若者達は山裾に入りゴブリンの先遣隊でも狩ったのだろう。奴らは数匹で徒党を組み、人里に現れる。
だが俺の自宅やカディスの街を襲ったゴブリンはそんな数ではなかった。槍や剣で重武装したカディスの衛兵隊ですら、600匹を超えるゴブリンの群れには手も足も出なかったのである。

「ちょっと性根を叩き直してあげようかしら。たまには教育者らしく振る舞わないとね」

そう呟いてカミラ先生が歩き出した。

◇◇◇

「夜中に何を騒いでいるの?」

肩に物騒なものを担いだ状態のカミラ先生の姿は、跳ねっ返りの若者には大層インパクトがあったようだ。
彼らには三八式歩兵銃を模したエアガンがどのような威力を有した武器かはわかっていないはずだ。だがそれでも彼女が醸し出す殺気は、若者の口を塞ぐには十分過ぎる効果があった。

「月がこんなに綺麗なのに無粋な事ね。ねえ、知ってるかしら?満月と新月の夜ってね、魔物が騒ぐのよ。血が欲しい、血が欲しいってね」

カミラ先生が銃剣に月明かりを反射させながら不吉なことを言い出した。
もとより美人な彼女が愛用の武器を愛でるように撫でながら語る姿は妖艶と言っても良い。
ウーゴも村の若者達も、その姿に気圧されたかのように押し黙ったままだ。

「もし今夜この村が魔物に襲われたら、あんた達の誰かが魔物を呼び入れたってことになるでしょうね。誰が村の皆への血の責任を負うのかしら。あなた?それともそっちのあなた?」

くるりと回した三八式歩兵銃の銃剣で指された若者が助けを求めるように周囲を見渡す。

「だから俺達はそんなつもりでやったんじゃない!村のためにやったんだ!」

「そう。じゃあ何が起きてもあなた達が責任を負うのね。村のためにやったんでしょう?失敗でも過失でもなく、自分に意思でやったのよね。だったら覚悟を決めなさい。ウーゴさんが言いたいのもそういう事じゃないのかしら?」

おそらく彼が村の若者に言いたかったのは違うだろう。村の代表者として、より多くの村人達への責任を負う者として、村を危険に晒す行為を糾弾していたのだ。
だがウーゴからの反論はなかった。
極論してしまえば、破壊してしまった結界はどうしようもない。カラッパの殻がどういう魔法で結界の要になっていたのか、それが分かれば同様の結界が張れるかもしれない。だがそれも現時点では不可能だ。
今できる事は、魔物が村に押し寄せてこないことを祈るだけだ。

◇◇◇

奇妙な沈黙が流れる。
と、山側からの風が強くなった。その風に混じって、何やらガサガサと音が聞こえる。

「お兄ちゃん!山から何か来るよ!」

船小屋を飛び出してきたイザベルが警報を発した。
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