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141.マルサの村に到着する(7月8日)

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海岸で出くわした男とのメンチの切り合いの結果、どうやら男の方が俺達を認めてくれたらしい。
アイダとイザベルも剣を収め、カミラ先生も三十八式歩兵銃の構えを解いた。
俺もG36Cのセレクターをセーフティーに戻す。

「俺の名前はウーゴ。見てのとおりの漁師だ。この村の代表ってことになってる。お前さん方は?」

銛の石突を大地に突き立て、男は朗々とした声で名乗った。
見てのとおりと言われても、どう見ても漁師というより盗賊の首領と名乗られたほうがしっくりくるのだが。
まあ、名乗られたからには俺達も名乗るしかない。

「アルカンダラのカサドール、イトーだ」

「同じくアイダ」

「アリシアです」

「イザベルだよ!」

「ビビアナと申します」

「アルカンダラの養成所で教官をしております。カミラです」

「ほう……男1人に女5人か。何人か村の若い衆の嫁にならんか?」

ウーゴが自分の逞しい顎に手を当てて、何やら不穏な事を言い始める。

「お断りします!」

「私には心に決めた方がおりますので」

「絶対嫌」

「ないですわ」

4人娘がそれぞれの言い方で断る。
唯一発言しなかったカミラ先生に全員の視線が集まった。

「え?私?私はほら、もう……ね?」

ねって何だよ。俺にしなだれかかってくるんじゃないよ。
娘達の突き刺すような視線が俺に向かってくる。誤解しているようだが、俺とカミラ先生にそういった関係は一切ない。

「そうか。てっきり嫁入り希望者の集団かと……」

そんなわけないだろう。仮にそうならちゃんと船に乗ってやってくる。“船酔いが嫌”という理由だけで魔物が徘徊する山を走破した娘達を嫁に欲しがる男がいるなら、顔を見てみたい気もするがな。

「それで。お前さん方、いったい何の用だ?わざわざ誰も通らない山道を通って来たんだ。追われているようには見えないが、何か訳ありなんだろう?」

気を取り直したらしいウーゴが聞いてくる。

「実は、サビーナの料理屋で、この村で網が切り裂かれる怪事件が起きていると聞きまして」

「そのスッパリ裂かれたって網を見に来たんです!」

アイダとビビアナの言葉に、ウーゴは呆気に取られたような顔をした。

「そんな事のために、山を越えて来たってのか?1日じゃ越えられないだろう?」

「はい。2泊しました」

「岩山と大きな木の下でね。ほんとに大きな木でしたね!」

「すっごい大きな虫にも会ったよね!臭かった……」

娘達の言葉に、ウーゴは更に驚愕したらしい。

「お前さん方……いったい何者だ?」

「だから魔物狩人カサドールだって!」

イザベルが俺の背後から顔を出して大声でツッコんだ。

◇◇◇

ウーゴが繕っていた網も、ちょうど切り裂きの被害に遭っている。そう聞いた娘達は砂浜に駆け出していった。
後に残された大人組の3人は、砂浜ではしゃぐ娘達をそれぞれの表情で眺めている。
フェルはといえば熱せられた砂を嫌ってか、カミラ先生の影に入って寝そべっている。
フェルは一角オオカミの幼体である。だがいくら魔物だからといっても、その生態は普通の犬と何ら変わりはない。本来犬はよく寝る生き物だ。

「なあ。近頃のカサドールってのは、みんなああなのか?」

ウーゴの言わんとしている事は何となく理解できる。
魔物狩人カサドール。その呼び名からは強く逞しい姿を想像するかもしれない。
ところが今目の前にいる娘達は、ちょっと背伸びして、それでも大人になりきれない思春期真っ只中の普通の娘達だ。

「あれが普通だと思われては困ります。養成所にはもっとこう……ちゃんとしたカサドール達が育ってますから」

「そうかい。うちの若い連中も血の気が多くてな。村は俺達が守るとか何とか言って、山に入っては小鬼やらイノシシやらを狩って小銭を稼いどるわ。本人達は真面目にカサドールの真似事をしとるつもりなんだろうが」

「小手先の力を過信すると危ないぞ」

「そう言い聞かせてはいるのだがな。今のところ山で危ない目に遭った事はないらしい。手酷い失敗をしなければいいが……」

「まるで皆の父親みたいだな」

「そうだな。なんせここは小さい村だ。全員産まれた時から知っとる。皆が俺の息子や娘みたいなものだ。お前さんにとっても彼女達は娘みたいなもんだろ。お前さん、見た目は若いが、いったい何を見てきたらそういう目になるのだ」

そりゃあ跳ねっ返りの娘達4人と旅を続けているからだ。そんな言葉が頭をよぎるが、別にそれは嫌な事ではない。むしろ誰が欠けても辛い旅にしかならないだろう。
この4人がいてくれるから、明日の自分を案じる必要がないのだ。

「ふん。まあ男には口に出せない事もあるだろう。さて、そろそろ村に案内してやろう。お嬢さん方!気はすんだか?」

ウーゴの呼び掛けに娘達が戻ってきた。

「お兄ちゃんすごいよ!網って切るの難しいんだけど、ほんとにスパって切れてんの!」

「それも水中で斬られてるんだ。いったい何がどうやったら、あんな切り口になるんだろう」

「う~ん。よく切れる刃でスパッと?」

「いや、それは分かるんだよ。でも切れ味を上げると普通は刃が薄くなるだろ。イザベルの短剣と私の長剣じゃ、刃の厚みが倍は違う。そんな薄い刃じゃ濡れた網なんて切れるものじゃないんだ」

「それでは大きなハサミなんかではどうですか?」

「ハサミ!またカニなの!?」

盛り上がっている剣使いのイザベルとアイダの感想と比較して、アリシアとビビアナの感想は比較的淡白なように感じる。自身が使いこなす武器では再現できないのが分かっているからだろうか。

確かに広げられている網は横一文字に2mほどの長さで切られている。よく切れる短剣ではリーチが短すぎるし、長剣でこの切れ味は出せないだろう。

「なあウーゴ。漁の最中に海中で網が切られるんだよな」

「そうだ。でも網が切られる手答えがあるわけじゃあない。引き揚げる時に妙に軽いと思ったら全然魚が入ってなくて、浜に上げたらこの有り様って感じだな」

「それは漁師さんにとっては死活問題じゃありませんの?」

「毎日毎回続けばな。ところがこれが起きるのはせいぜい月に1回か2回だ。漁獲量は当然落ちるが、まあ大した影響はないな」

なんだか超自然的に漁獲量を制限されているのではあるまいな。
サビーナでの料理屋の女将との会話を思い出す。
女将は、この現象を引き起こしている加害者が神様であるかのように話していた。固有名さえ出しはしなかったが、神の名を無闇に呼ばないという風習があっても不思議ではない。
女将さんは口を濁したが、この男ならどう反応するのだろう。

「なあウーゴ。網を切り裂いているのは、神様なんて事はないよな」

聞いた直後に少しだけ後悔した。ウーゴの形相が出会った直後並みに険しいものになったからだ。

「神様か。そう言う奴もいる。特に若い連中の中には網を切られるのを恐れて海に出たがらない奴らも出てきた。そいつらが山に入り肉を獲ってくるようになった。お前さん達も、網を切られるのは俺達が海神様を怒らせたからだって思うクチか?」

手にした銛を握り締め、ジロリと俺を睨み付ける。

「怒らせるような心当たりは?」

「一切ない。日々の獲物の最も良い1匹は必ず海に返しているし、毎朝毎晩の礼拝も欠かしたことはない。村の皆もそうだ」

そうか。信心深いのは間違いないようだ。
ではやはり魔物の仕業か。
さっきビビアナが言ったように、巨大なカニの鋭利なハサミならば水中の漁網も切断できるだろうか。
何のために?自分が網に掛かったからというならば、大なり小なり手応えがあるはずだ。
熟練した漁師に気配を悟らせる事なく網だけを切断する。これはどう考えても網の外からの仕業だろう。

「そういえば、道中でちょっと気になる物を見たんですけど。ウーゴさんご存知かしら?」

突然カミラ先生がウーゴに話を振る。
道中で気になる物といえば、やはりアレか。

「なんだ?」

「サビーナの街の周囲には、海の魔物の殻が配置してありました。そのおかげで街は守られているそうですが、この村と森の境界のそれが幾つか壊されていました。そんな悪戯をする人物に心当たりはありませんか?」

ウーゴは押し黙ったまま水平線を見やった。
結局彼はこの問いには答えなかったのである。
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