異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜

九尾の猫

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138.イビッサ島にて⑤(7月7日)

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明けて翌日は7月7日である。
元の世界であれば七夕の日だが別に織姫と会えるわけでもないし、俺には縁遠いイベントだ。

そんな7月7日だが、娘達はいつもどおり元気いっぱいだった。
朝一番に岩山の頂上に登ったイザベルが、サビーナのある辺りの反対側の海が見えると報告してくれた。

「見た感じあと2日ってとこ。順調なんじゃない?」

「女将さんの話だと、マルサって村はサビーナの反対側だったよね。見せてもらった地図、覚えてる?」

「あ!書き写してきましたよ。コレです」

「おっ、さすがビビアナだなあ」

「でしょう!もっと褒めてくださいアイダさん!」

「サスガビビアナ、サスガビビアナ、サスガビビアナ」

「イザベルさん!そういうことじゃなくって!!」

ビビアナが取り出した地図を巡ってキャッキャしている娘達をみて、カミラ先生がため息をつく。
低血圧気味のうら若き美人教官には、朝からトップギアに入っているかのような娘達のテンションは辛いのかもしれない。

「イトー君。君は本当に教官向きだったのかもしれないなあ。巡検師なんぞ辞めて、真剣に向き合ってみたらいい。それで引退したら寮監でもやれば?」

「そういうカミラ先生は子供の相手は苦手ですか?」

「正直苦手だ。というか私だってまだ若いんだ。添い遂げると誓った相手もいないし、親になる覚悟なんて出来ていないからね。まだまだ先の話だよ」

おっと。
何やら話があらぬ方向に進んでいる気がする。娘達の話に混じったほうがよさそうだ。

「イザベル。上から見た時に、ランドマークになりそうな物は見えたか?大きな岩や木、進行方向の目標にできそうな物だ」

「んっとねえ、一本だけポツンと立ってる木があったよ。めっちゃ大きな木。たぶんセドロの木だと思うけど」

「セドロの木ってそんなに目立つかなあ?」

「間違いないよ。こう、シュッと背が高くってギザギザな感じで」

イザベルが身振り手振りでクリスマスツリーのような形を空中に描く。
セドロの木。いわゆるヒマラヤスギの仲間だったか。

「岩山がこれだから、その木ってここに描いてある木のことですね!」

ビビアナが自信満々に地図上の一点を指差す。
だがそこに描いてあるオブジェクトは、木というよりも棒状の手足にとんがり帽子を被った人のような珍妙な象形文字のような記号だった。

「え……それって木のつもりで描いたの?」

「あの、さっきから気になってたんですけど、この海の辺りに描いてある渦巻きとかごちゃごちゃしたのは何ですか?」

「海に棲む魔物じゃないか?女将さんが見せてくれた地図にもカラマールやプルポが描かれていただろ?」

「ああ!そう見えなくも……ない……です?」

「なんで疑問形なのよ……」

憮然とするビビアナには絵心はないらしい。意外な弱点を垣間見た思いだが、そんな事は些細なことではないか。ビビアナは一流の狩人だし、見た目もパーフェクトな美人だ。1つぐらい苦手な事があっても良いように思う。

改めて地図を見ると、今いる岩山とイザベルが見たセドロの木を結んだ延長線上あたりに、目的地のマルサがあるらしい。
とすれば、まずはイザベルが見つけた木に向かい、岩山と木を結ぶ線に沿って進めばマルサの村にたどり着くはずだ。
そろそろカミラ先生のテンションも上がってくる頃だ。上がりすぎて沸騰する前に出発しなくては。

「イザベル、ビビアナ。今日の目的地はそのセドロの木だ。誘導を頼むぞ」

「了解!フェルもよろしくね!」

「わふっ!」

こうして6人と1匹の旅は再開したのである。

◇◇◇

この日の旅は順調だった。
魔物の痕跡はそこかしこに見つかるが、実際に魔物に出くわす事もなかったし、ビネグレータに追われる事もなかった。
これもイザベルとビビアナの巧みな先導のおかげだ。
2人とも森の中というのに立ち止まる事もなく進んでいく。すいすいと軽やかに移動する様は、あたかも妖精のようだ。
こうなると、魔物が徘徊するはずの森も気楽なハイキングの程を為してくるかと思いきや、娘達はしっかり集中力を保っている。カミラ先生曰く“やる事はしっかりやってるから文句の付けようがない”というやつだ。

もっとも俺は“やる事やらなくても文句も言わない”かもしれないが。
そもそもビビアナを含めた娘達は、養成所のカリキュラムを1年残して任務を依頼されるぐらいには優秀なのだ。アリシア達がその任務を全う出来なかったのは、不運な偶然が重なった結果だろう。
だがその不運な偶然によって、アリシア達のパーティーは文字通り半壊し、6人中3人が帰らぬ人となった。アリシア達が生き残っていたのも、ゴブリン達の苗床となるために過ぎなかったのだ。

今の俺達も、何かの歯車がズレた瞬間に壊滅するかもしれない。
例えば巨大アリ地獄に全員が落ちたらどうなるだろう。
或いはトダテグモやジグモならばどうだ。
体長数cmのサソリモドキが体長数mになっていたのだ。クレーターのように巨大な巣を作るウスバカゲロウの幼虫や、人がすっぽり入ってしまう巣穴を掘るトダテグモがいてもおかしくはない。

そんな俺の心配を知ってか知らずか、娘達と1匹は順調に進んでいく。

それにしても確かに野生動物の数が少ない。
樹上からは鳥の囀りは聞こえるし、リスのような小動物の影が枝から枝へと飛び移る姿を見る事もある。カミラ先生の見立てでは、サルも生息しているらしい。
だが地上性の動物の姿を全く見かけない。スキャンが捉える気配も全て魔物のものだ。
孤島の生物相は独自の進化を遂げるという。例えば固有種の増加、他の場所では絶滅した種が生き残っていたり、一つの種が幾つもの種に分裂して進化したりするのも孤島の生物相の特徴だ。
しかし、ここイビッサ島は孤島というには程遠い島だ。船で数時間の距離には大陸があるし、隣の島は見える距離にある。にも関わらず大陸とは生物相がまるで異なる理由は何だろう。

◇◇◇

「“進化”という言葉の意味はわからないけど」

美しい輪郭を描く顎に軽く指を当ててそう言ったのはカミラ先生だ。感じていた疑問を口にした俺の言葉を噛み締めるように、カミラ先生がゆっくりと話し始めた。

「昔のカサドールが置いたカニの殻が本当に魔物を寄せ付けない効果があるとして、その殻が人里を囲むように配置されているのなら、この島の魔物は島に閉じ込められているということになるわよね。もちろん奴らには海を渡る術はないから、その殻がなくても閉じ込められている事に変わりはないのだけど」

「カズヤさんがお家の周りに張る結界が、島全体を覆ってるみたいなものですね」

いつの間にか俺とカミラ先生を取り囲むように娘達が集まり、耳を傾けている。

「そうそう。その結果、弱い生き物達は魔物に喰われ全滅。生き物を食い尽くした魔物達は魔物同士で喰い合って、どんどん強力になっていく」

「それがあのビネグレータ?」

「そうでしょうね。イトー君の見立てでは、あのビネグレータは死肉食いの虫が魔物化したもの。どんな魔物よりも魔物の肉を食っていてもおかしくはないわね」

「あれ?でも魔物同士が喰い合ったら、どんどん魔物の数が減ってくんじゃないの?でもこの島の魔物の密度?ってのは高い方だと思うけど」

「魔素が不足するのではって事ね。でもイザベルさん考えてみて。魔素は循環しているの。例えばイザベルさんや私が魔法を使ったとして、その行使した魔法は結局は大地に降り注ぐでしょう」

「でも発現した魔法の効果の分だけは、魔素が減っちゃうはずだよね」

イザベルが気にしているのはエネルギー保存則だ。魔法が熱エネルギーと位置エネルギー、運動エネルギーの3つが組み合わさっている限り、そして世界の法則を歪めない限り、魔法もエネルギー保存則に縛られていると考えるのは道理が通っている。
いくら魔素が循環していたとしても、例えば貫通魔法発現時に“物体を貫通する”という姿で発現した運動エネルギーは、“物体を貫通する”という仕事に変換されて消費されるはずなのだ。

「やっぱり魔素の供給源となっている何かが島にはあるのではないでしょうか。地図によれば……」

ビビアナが模写した地図を引っ張り出す。
カミラ先生が一瞬顔を顰めたのは朝の騒動を思い出したからだろう。だが今回はイザベルも誰もビビアナの絵心についてはノーコメントだった。

「イビッサ島の中央部まではいろいろと書き込みがあったのですが、北部は島の輪郭しか描かれてないんですよね。もしかしたら北部に魔素の供給源があるのではないでしょうか」

「単に北部の探索が進んでいないだけかもしれないけれど……イトー君、行ってみる?」

正直言って興味はある。だがこの島の謎を解く事に、何か意味があるだろうか。藪を突いて蛇を出すという言葉がある。そんな最悪の結果を招くかもしれない。

「ここ数年、数十年の間、この島では魔物による被害が出ていないらしいですね。昔のカサドールが配置した結界のお陰で落ち着いているのなら、わざわざ寝た子を起こす事もないと思います」

俺の言葉に娘達が頷く。

「被害が出ていれば、もっと早くにアルカンダラや対岸の港からカサドールが来たのでしょうけど……」

「結界のお陰で人々には被害がない。だからこそ結果の内側では悍ましい事が起きていたって事か」

アリシアとアイダの言葉に、俺は思い当たる単語があった。

そうか。これは蠱毒だ。
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