異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜

九尾の猫

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137.ビネグレータ(7月6日)

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「サソリモドキ!?ってなに!?」

森の中を全力疾走すること数分、サソリモドキの魔物がスキャンの効果範囲ギリギリになった地点でようやく一息ついた俺は、同じように肩で息をするイザベル達に詰め寄られた。
アイダの傍らで舌を出しているフェルも苦しそうだ。強烈な臭気に鼻をやられたか。

「見てのとおりの節足動物だ。本来はどんなに大きくても10センチぐらいで、熱帯地方の森の腐葉土や石の下に潜む夜行性の生き物だな」

10cmほどと聞いて、アリシアとビビアナが自分の手のひらをまじまじと見る。

「サソリとは違うのですか?砂漠に住むサソリは砂の中や岩の影に潜んで、特に魔物化したエスコルピオンは砂漠を行く隊商やオアシスの街を襲う事もあるとか」

「ビビアナは博学だな。形態も生態もよく似てはいるが、サソリとサソリモドキは別の生き物だ。俺の知っている言葉では、ウィップスコーピオンとかビネガロンと呼ばれていた。鞭のような尾を持つサソリとか、酢の樽といった意味だな」

「酢の樽?あの臭いのせいかな?」

「毒液を噴射するって、さっきカズヤさん言ってたよね」

「やっぱり肉食なんだろうなあ。気持ち悪……」

「肉食じゃない魔物っているんだっけ?ビビアナちゃん知ってる?」

脱線しかけているイザベル達の話を、軽く咳払いしてビビアナが切る。

「酢の樽……vinagreta。毒液が詰まった樽とは言い得て妙ですね。今後はビネグレータと呼ぶことにしましょう。それで、あのビネグレータはどういう生態なのですか?」

「さっき見たとおり肉食だ。サソリは強靭な一対のハサミで獲物を押さえ込み、尾の毒針で毒液を注入してから獲物の肉を囓り取って体液を啜る。だがサソリモドキは口から消化液を出して獲物の肉を溶かして啜る。同じ肉食でも、その食べ方が違う」

「口から消化液って……あの苦いのでしょ。そんなの掛けられて生きたまま……うへえ……」

イザベルは船上での船酔いを思い出したのだろうか。心底嫌そうな顔をした。

「本来のサソリモドキならば、積極的に大型動物を襲ったりはしないはずだ。どちらかといえば昆虫などを捕食している。ミミズなんかを食べている例もあったはずだ」

「あれ?だったら毒液って何のために使うの?サソリは獲物を狩るときに使うんだよね」

「自衛のためだ。敵に強烈な臭気の液を吹き掛けて、怯んだ隙に逃げる」

「吸い込んだらむせちゃう煙みたいなものか」

イザベルが言っているのは忍者が使う煙玉みたいなものだろうか。

「身の危険が及んだ時に毒液を噴射すると思っていいのでしょうか?」

「いや、魔物化したサソリモドキ、ビネグレータも同じとは限らない。さきほどは俺達に目もくれずに死体に突っ込んでいったが、だからといって生きている獲物を捕食しないとは限らない」

「そうですね。いずれにせよ、あの強靭な脚に捕まる前に叩くしかないように思います。ビネグレータは相当に硬そうでしたが、私達の武器で歯が立つものでしょうか」

「へカートⅡなら貫けるだろう。通常のAT弾を弾いたグサーノの甲羅もへカートⅡから打ち出せば貫いたんだ。M870のスラッグ弾でも破砕できるかもしれない」

アイダの愛銃の名前が出たことで、アイダがM870を取り出す。

「それでは私とアリシアのM870にはスラッグ弾を装填しておきます。イザベルもどうだ?」

「しょっとがんって奴?取り回しはいいけど、狙い撃ちする感覚がないからなあ……でも苦いの掛けられるの嫌だから私もそうする!」

前衛と中央部、後衛に1丁づつスラッグ弾装備のM870が揃った。特にイザベルがM870を持ってくれるなら心強い。彼女の固有魔法“必中”を活かした山なり起動を描くスラッグ弾なら、射線の通りにくい森の中でも有効だろう。
ビネグレータ以外の魔物には通常のAT弾装備の電動エアガンで対応できるはずだ。

「フェル。地下の魔物は俺のスキャンでは探知できない。お前の鼻が頼りだ。頼むぞ」

「わふう」

長い鼻柱を前脚で摩りながら、フェルが答えた。

◇◇◇

俺達の歩みは、どこかハイキング気分だった感覚も消え去り、慎重に慎重を重ねたものとなった。
先頭を行くイザベルはスラッグ弾を装填したM870をローレディで構え、イザベルの左側やや後方にはMP5を持ったビビアナが続く。
そのすぐ後ろをフェルが鼻をひくつかせながら追いかけ、M870を構えたアイダと三八式歩兵銃を持つカミラ先生が左右を見渡しながら進む。
殿は俺とM870装備のアリシアだ。いろいろ考えた結果、アリシアのM870には5号装弾を装填している。装甲の分厚い魔物以外と戦闘になった場合は、カミラ先生が狙撃を、アリシアが面制圧を担当し、撃ち漏らした標的を俺がG36Cで始末する手筈になっている。

とはいえ、先程の光景を目の当たりにしてもなお魔物を狩る決断は俺達の誰も下す事はできなかった。
恐らくビネグレータは死体の臭いを嗅ぎ付けて現れたのだろう。それならば無用の死体を出さないに越したことはないのだ。
慎重に歩みを進めた結果、足元が強固な岩盤となっている岩山の麓に辿り着いた俺達は、今夜の野営地をこの場所に定めた。

◇◇◇

「いやあ、道なき道を進んできた割には、全然迷わなかったね!」

「はあ……今日はいつも以上に疲れた気がします」

焚き火を囲んで車座に座る俺達の中で最も対象的なのは、イザベルとビビアナの2人である。今も隣り合わせで座ってはいるが、串焼きに齧り付くイザベルとフルーツを摘むビビアナといった具合だ。だがペットボトルに手を伸ばすタイミングは同じだから、対象的なだけで気は合うのだろう。

「イザベルはどんどん先に行くからなあ。追いかける方の身にもなれってんだ」

「だってさあ、魔物を避けなきゃなんないし、追いつかれるのも嫌だし。おかげで?あの後は1回も狩りをしなくて済んだじゃん?」

「まあ、それはそうだけどな。そういえばカズヤ殿、ちょっと気になることがあるのですが」

アイダがそう前置きして話し始めた。

「あのカニの甲羅を抜けて以降、見かける生き物の種類がめっきり減ったように思うのです。これぐらい緑が深い森なら、ウサギや鹿、イノシシやキツネがいてもいいと思うのですが」

「それは私も気になっていました。島ですからクマやオオカミなんかがいないのはわかります。でも、見かける痕跡は小鬼や大鬼、牙イノシシばかりで、普通の獣の姿がありません」

ビビアナも同種の疑問を感じていたようだ。

「ふむ……動物の痕跡までは俺には判別できないが……カミラ先生、どう思いますか?」

「鳥は何種類か見かけたわよ。あと樹上にサルの仲間が住んでいるようね。姿は見ていないけど、不自然に折れた枝が幾つもあったわ。それに虫達も多く生きている。落ち葉や倒木をひっくり返せば、小さくてモゾモゾ動く虫達がたくさんいるわね」

そう言いながらカミラ先生が傍の石をひっくり返し、小指ほどもある大きな何かを摘み上げる。

「ちょっと先生!何してるんですか!?」

「あら?アリシアさんはウニョウニョ系は苦手だったかしら?ビネグレータになる前のサソリモドキって虫がいないかと思って探してたの。イトー君、これは違うわよね」

「うわあ。ずいぶん大きいティジェレタですね。私が知っているのは爪ぐらいの大きさですけど」

「ティジェレタって寝てる間に耳から入って脳味噌食べちゃう奴でしょ!?こんなに大きいの!?ってかビビアナ平気なの!?」

「う~ん。意外と?噛まれたくはないですけど」

ハサミムシ。英語名イヤーウィッグ。英語名の由来はイザベルが言ったとおり“耳に入ってくる虫”という説と、“退化した羽が人間の耳に似ているから”という説がある、小型の節足動物だ。

「それはサソリモドキとは別種です。肉食ではあるので、魔物化する可能性はありますが、別に耳を狙って潜り込むことも脳味噌を専食することもないと思います」

「う~ん……それにしても妙に大きいですよね。虫が大型化する何かが、島にはあるのでしょうか」

何気ないビビアナの一言が、何故か引っかかる。
島嶼生物学で言うところの“島嶼化”という現象だろうか。だがそれにしては大陸と近過ぎる気もする。

そんな疑問を残しながらも、山での夜は更けていった。
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