異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜

九尾の猫

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134.イビッサ島にて②(7月6日)

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納屋の土間でシュラフに包まった夜が明けた。
漁師達の朝は早い。納屋は料理屋の裏手に建っているが、ここまでも喧騒が聞こえてくる。

起きたのは俺が一番遅かったようだ。娘達とカミラ先生が使っていたシュラフや毛布の類いはきちんと畳まれて納屋の片隅に積み上げられている。
アイダとビビアナ、アリシアとカミラ先生は日課の修練に、イザベルとフェルは散歩でもしているのだろう。

「起きてるかい!」

納屋の扉を開けて、女将さんが顔を出した。

「おはようございます。他のみんなは?」

「とっくに起きてるよ。あの白い髪の子なんかうちの手伝いをしてくれてるよ。カサドールにしとくのはもったいない。このまま残ってくれないかね」

どうやらイザベルは散歩ではなく料理屋の手伝いをしているらしい。普段は家事などしないのに、妙な所で自分の適性に気づいたのだろうか。
だがそれもいいのかもしれない。ミッドエルフだかハーフエルフだか知らないが、魔物を狩って生計を立てるよりも料理屋で働く方がよっぽど安全だろう。好き好んで危険に身を投じる必要などないはずなのだ。

「女将さん。ちょっと聞いてもいいですか?」

「ん?なんだい?」

一瞬、イザベルの今後について真剣に相談しようかとも思ったが、口にしたのは別の事だった。

「昨日話していたアレについてですが、名前とか呼び名ってあるんですか?海中に潜んでいるようですが……」

女将さんの顔色がサッと変わり、キョロキョロと辺りを見渡した。

「滅多なことを言うんじゃないよ。もし聞かれてたら祟られてしまうよ!」

女将さんが押し殺した声で物騒な事を言う。
祟られると言ったのか?呪われるではなく。

「祟られるって、アレに呪われるんですか?」

「呪われるんじゃなくて、祟られるんだよ。アレの名前を呼ぶなんて、そんな恐ろしい事できるもんかい。あんた達も物見遊山に行くのは構わないが、くれぐれもアレを怒らせるような事をするんじゃないよ」

やっぱり祟られるらしい。
祟りと呪いは似て非なるものだ。
人に災禍をもたらすものであるのは共通だが人ないしは人ならざるモノが怨恨などの悪意を持って行使される災いが呪いだ。
一方で祟りとは神仏や怨霊の類いが人間に与える災いまたは超自然的な災厄である。

女将さんは“アレに祟られる”と表現した。
俺の脳内変換が間違っていないならば、アレとは神に近しい存在だと考えられているという事だ。
とすれば、“アレの名を呼んではならない”と信じられているのも無理はない。モーセの十戒にもあるではないか。“ 神の名をみだりに唱えてはならない”のだ。

「わかりました。アレを刺激しないよう、気をつけます」

「ああ。わかってくれりゃあ、いいんだよ。誰も拝む奴がいないと、それはそれでアレが怒りそうだからね」

余計に拗らせないよう話を合わせる。女将さんの返答は益々アレが神様であるかのように思わせるが、そもそも神とは何だろう。人智を超えた存在を神と呼ぶのならば、魔物も神からの使いなのかもしれない。

◇◇◇

「お兄ちゃん起きた?みんな帰ってきたよ!」

開いていた扉からイザベルが顔を覗かせた。

「カズヤ殿!起きておられたか。ぐっすり眠っておられたので、起こすには忍びなくてな」

「なあにアイダ、その話し方。もっとイトー君に甘えていいんじゃないの?」

「何を仰られますかカミラ先生。私とカズヤ殿の間柄は、決してそのような関係ではありません!」

「まあまあ2人とも。カズヤさん、カミラ先生の馬のお世話終わりました。いつでも出発できます」

「早朝から開いているお店の事を女将さんに聞いたので、アイダさんと一緒に買い出し済ませておきました。やっぱりちょっと高いですね」

「うわあ。ビビアナちゃんお母さんみたい」

「誰がお母さんですか!」

俺が寝坊している間に、娘達は出発の準備を整えてくれていたらしい。てっきり朝のルーティンワークをこなしているのかと思っていたが、まったく良く出来た娘達だ。

◇◇◇

「やっぱり行くのかい?」

“旅立ちの朝”と言えるほど、この料理屋に思い入れはない。たった一宿一飯厄介になっただけだし、それは女将さんも同じはずだ。
だが、そう言った女将さんの顔は少し寂しそうだった。

「ええ。行きます。お世話になりました」

「世話になったのはこっちのほうだよ。特にそっちの娘っ子達にはね。若い娘が店にいるだけで、あんなに島の男達が金を落とすとは思わなかったよ。やっぱりあんた達、うちの店で働かないかい?」

おっと。本気の引き抜き工作が始まってしまった。その方が娘達にとっては安全ではあるだろう。だが幸せかどうかは俺達が決めていい事ではない。

「女将さん。私達は魔物狩人カサドールなんだよ。そりゃあお手伝いって意外と面白いんだって思えたけど、それはたまにやるからだと思うんだ」

イザベルの真剣な面持ちでの断り方に、女将さんを含めた他の6人が思わず吹き出した。

「そうかい。まあカサドールを引き留めるってのも野暮なもんさね。いいかい。島だからといって油断するんじゃないよ。森もあれば谷もある。山には魔物が出るから、普通の人間は近寄りはしない。道があったのも、もう何年も前の話さ。そんな中に踏み込んで行くっていうんだ。覚悟しな」

「了解だよ!でも私達は大丈夫!」

女将さんに一番懐いていたイザベルが元気よく答える。アイダにアリシア、ビビアナとカミラ先生も頷く。

「帰りにはちゃんと寄りなよ。戻ってこなかったら、馬も馬肉になっちまうからね」

「女将!それは困る!」

女将さんが包丁を振りかざすような仕草をすると、普段は鷹揚に構えているカミラ先生が珍しく焦った声を出した。

「じゃあちゃんと全員で戻っておいで。山の幸を持ってきてくれたら、ご馳走を振る舞ってやるよ」

「女将さん本当!?」

「もちろん代金はいただくよ。うちは料理屋だからね」

「ちぇっ。でも楽しみだねアリシアちゃん!」

「そうですね!女将さん。お世話になりました」

「お世話になりました!」

一同で頭を下げる。

「ああ。いっておいで!」

女将さんに見送られながら、イビッサ島の奥へ繋がる道を歩み出した。

◇◇◇

船着場のあったサビーナの街は白い砂浜とゴツゴツとした岩場に面していた。街の中心部を一本の川が流れ、その川に沿って道が伸びている。両側には開墾された狭い平地があり、その向こうは山だ。つまりはサビーナの街は昔の谷底に成立しているのである。
船で島をぐるりと一周できていれば、もう少し地形を観察できていたのだろうが。谷底からでは窺い知る事はできない。

「お兄ちゃん!歩きながら食べられるように、ピタ作ってきた。みんなのもあるよ!」

イザベルが大きな籠を取り出し、半円状の薄焼きパンを皆に配った。

「このピタ、具はお魚?」

「そう!島で取れた小魚やエビを細かく刻んで擦り潰して焼いたのを挟むのが島のピタなんだって!」

「そうなんだ。お肉のピタしか食べたことなかったけど、香ばしくて美味しいね!」

「でしょ!結構手間かかるんだよ。骨の多い魚を使うから、小さな骨を一本づつ抜かなきゃいけないし、こう、ダンダンって叩いて潰さなきゃいけないし」

「でもそうやって無駄なく海の恵みを頂けるのですね。イザベルさんありがとうございます」

「いやあ、私はちょっと手伝っただけだし」

「普段は食べる専門のイザベルが手伝いするなんてな。どういう風の吹き回しだ?」

「ちょっとアイダちゃんそれ酷くない!?あ!わかった!旅先でお兄ちゃんに手料理食べてもらうのは自分の特権とか思ってたんでしょ。私だってやる時はやるんだからね!」

「そんなこと思ってない!!」

「カズヤさんは普段は私の料理を美味しいって言ってくれてますからね」

「アリシアさんそれ余計ややこしくすると思いますけど」

こんな感じで普段どおり和気藹々としながら進む娘達は、ハイキングを楽しんでいるかのようだ。
だが先頭を行くイザベルとビビアナの視線は左右それぞれのエリアの監視に向けられているし、その少し後ろを歩くアイダとアリシアの視線は前方と上方に振り分けられている。後方の監視は俺の役目だ。

「これが散歩気分で歩いてるんなら小言の一つも言いたくなるけど、やる事はしっかりやってるのよねえ」

俺の隣で殿を務めるカミラ先生が呟く。

「まあ騒々しいほうが無用な獣や魔物を追い払えるかもしれませんよ?」

「強力な獣や魔物は呼び寄せるかもしれないわよ」

「その時はその時です」

よく言うだろう。降り掛かる火の粉は払うしかないのである。

◇◇◇

サビーナの街を出て1時間ほどで開墾された畑はなくなり、獣道のような踏み固められた地面が島の奥へと伸びているだけだ。
いよいよ人間の領域を抜けて、イビッサ島の中心部へと入っていく。
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