上 下
129 / 238

128.盗賊殲滅戦②(6月25日)

しおりを挟む
エギダの黒薔薇。カミラ先生の通り名なのだろうか。
だとすれば、その意味する事は何だろう。
孤高のヒラソルとか純白のローサといった仇名は、娘達の態度と見た目を表したものだ。
黒薔薇とはカミラ先生の見た目か?確かにカミラ先生の髪は真っ黒だが。とすればエギダとは何だ。

◇◇◇

いかんいかん。今は作戦行動中だ。
両替屋の正面に戻った俺達は、宿屋の屋上と僅かに開いた2階の窓に手を振って娘達に無事を知らせてから、両替屋正面入口からの突入を図る。

「こっちも閂が下されているね」

ノエさんが短剣を扉に突き立て、自らの固有魔法を発現させる。
熱したナイフをバターに触れさせるように、易々と重厚な扉が切り開かれる。
直後にスキャンを放って1階部分の賊の位置を特定する。賊は2人。少ないが見張りか。

音もなく切り裂かれた扉からAT弾を撃ち込む。イザベルの“必中”とまではいかないまでも、スキャンで敵の位置が判明しているのだ。角度と距離が分かっていれば、当てるのはそう難しい事ではない。

室内が静かになるのを待って、内部への進入を開始する。
先頭は俺、二番手がカミラ先生、殿がノエさんだ。
カミラ先生が持つ槍の穂先に光魔法の灯りが燈る。
室内は広いホールになっており、奥にカウンターがある。そのカウンターの前に2人の賊が倒れていた。2人とも剣を半ば抜いてはいるが、俺達への脅威とはなり得なかった。
カウンターの手前にはソファーとローテーブルがあり、カウンターの奥には上階へと続く階段がある。地下室への入口はこの位置からでは確認できない。
天井は高く、優に3mはあるだろう。室内で剣を振り回しても支障はなさそうだ。
扉から10歩ほど入った中央部にできた血溜まりの中に、1人の男が倒れている。両替屋の主人にしては若いし、身なりも質素だ。

◇◇◇

「助かりそうかい?」

倒れている男の首筋に指をあてて脈を確認する俺に、ノエさんが尋ねた。

「無理ですね。背中を一突きされています。傷口が水平ですから、心臓が切り裂かれているかと」

脈を当たるまでもなく、男は絶命している。

「こんな深夜にこの男は何をしていたんだろう。ノックされて起きてきた?」

「それにしては外出着というか旅支度を整えているようにも見えますが、武器は持っていないようです」

「武器を持っていない襲撃者ってのも変でしょう。でも抵抗した痕跡はない。賊と顔見知りか、あるいは仲間ね」

カミラ先生の推測が真実に近いだろう。江戸時代の押し込み強盗よろしく、内部に仲間を潜り込ませていたのか。

「仲間がいたとなると、賊には金庫のあり方も主人の寝室も知られていると考えるべきです。寝室は3階でしょう。そして金庫は地下、金庫の鍵は主人が肌身離さず持っているとすれば……」

「主人を襲った賊が、そろそろ降りてくる?」

「そのとおり。気配が近付いてきます。6人です。それ以外の気配は寝室らしき部屋に残っています」

「了解。探す手間が省けるってものさ。片付けよう」

ノエさんがニヤリと笑って、ソファーへと移動した。俺とカミラ先生も釣られて移る。
まあ隠れる場所もないし、中途半端に隠れても次の行動に移しにくくなるだけだ。

◇◇◇

カミラ先生の光魔法を消して、盗賊の登場を待つ。
せっかくなので豪華なソファーの感触を楽しみながらだ。ここで酒飲みならばブランデーの一杯も欲しがるのかもしれないが、生憎と血の臭いの中で嗜む気にはなれない。
思えば魔物の死骸や人間の死体を見ても、さほど動揺しなくなっている。この世界に馴染んだのか、或いは何処かが壊れたのだろうか。

「おらっ!キリキリ歩け!嫁と子供の命が惜しくねえのか!」

典型的な悪役の台詞を口にしながら、盗賊達が下りてきた。光魔法のトーチを掲げた男が2人、その後ろから猿轡をされた小太りの男が両脇を抱えられ、更にその後ろには大柄で髭を生やした男が続く。

「そう急かすなよセベロ。こいつが死んじまったら金庫の鍵を誰が開けるんだ」

「しかし普通の鍵じゃなくて魔錠とは洒落てやがる。たっぷり稼いでるに違いありませんぜリカルドの旦那!」

どうやら大柄の男が盗賊のリーダー格のようだ。名前はリカルドか。

「おい。テオとセベが倒れてるぞ!」

1階まであと数段の所で異変に気付いた2人が、一斉に剣を抜く。
暗がりにいる俺達の存在には未だ気付いていないらしい。指向性のないトーチで照らされるのは、頭上まで掲げてもせいぜい直径2mといったところだ。

「ちっ。御同輩がいるのかよ。おい!どうせ近くにいるんだろ!隠れてないで姿を見せろ!」

リカルドと呼ばれた男も剣を抜いて、両替屋の主人らしき男に剣を突き付ける。
このまま隠れていると、人質が危ないか。

◇◇◇

「あらあ?その声はリカルド?独立偵察隊第2中隊にいたリカルド デュランかしら?」

カミラ先生が槍の穂先に光魔法を灯して立ち上がる。

「やっぱりそうね。5年前のバルバストロで同じ部隊にいたイネス カミラよ。覚えてないかしら?」

「イネスだあ?お前みたいな小娘なんぞ、俺が知ってるわけがねえ……イネスだと……その声、まさか……」

両替屋の主人に突き付けられていた剣がカミラ先生に向けられる。

「覚えていたようね。それで、あんたは自分が何をしているのか、わかってるのかしら?」

「何って、見りゃわかるだろ。こいつがしこたま溜め込んだ金をごっそり頂くのさ。お前だって同じだろ。お前さんが御同輩になっているたあ、ついぞ思わなかったけどな」

リカルドはカミラ先生に剣を向けたまま、ジリジリと扉に向かって移動する。

「そんなの見れば分かるわ。そうじゃなくって、あんたが誰に剣を向けているのか分かってんのかって話よ。ねえ、弱虫で裏切り者のリカルド」

どのような因縁があるかは知らないが、カミラ先生に“弱虫で裏切り者”と呼ばれた瞬間に、リカルドの負のオーラが増大した気がする。

「弱くなんかねえ!俺には、俺には力があるんだ!俺はもう昔の俺とは違うんだ!」

「ふーん。じゃあ一戦交えてみる?ノエ、灯りをよろしく。イトー君は奴らが逃げ出さないようにお願いね」

壁沿いに取り付けられたランプをノエさんが点灯させる。昼間のようにとはいかないまでも、お互いの姿はこれではっきりと見える程度には明るくなった。

「お前ら手出すんじゃねえぞ。俺はこいつを倒して、もっと強くなってやる!」

リカルドの言葉に手下達が下がる。相手を打ち倒せば経験値が入ってレベルアップするかのような言い方だが、そんな素敵なシステムではないのは、これまでの経験で確認済みだ。となるとリカルドが言っているのは精神的な意味でだろう。彼にとってカミラ先生はよっぽどの精神障壁なのだろうか。年齢雰囲気も違う2人にいったい何があったのやら。

「御託はいいから掛かってきなさい。あんたにそんな勇気があるならね!」

短槍を左半身に構えて、カミラ先生が挑発する。
その姿は槍使いというよりも杖術使いのように見える。

「うらあああ!」

気合とともにリカルドが上段から打ち込む。
次の瞬間、カミラ先生の半径3mほどの空間が揺らいだ。

◇◇◇

結果だけ記すと、カミラ先生とリカルドの勝負はただの一合も打ち合うことなく勝負がついた。
リカルドの長刀ごと、彼の両腕がただの一閃で切り落とされ、返す柄で吹き飛ばされたのである。
暗闇の中から飛来する矢を撃ち落とす技を持つカミラ先生の相手をするには、いくら首領とはいえ一介の盗賊には荷が重すぎたらしい。

リカルドは石造りの壁に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

処理中です...