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127.盗賊殲滅戦①(6月25日)

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泊まっていた部屋にアリシアとフェルを配置し、屋上にイザベルを上げてから、残りのメンバーで1階に再集合する。
フェルが突然魔物の本性を発現させたらどうする……一抹の不安が無いでもないが、アイダと一緒に階下に連れていくのも憚られる。
アリシアはG36VとMP5Kを準備していた。
イザベルは愛用の弓矢をメインの武器とするようだ。もちろん持って上がったポーチの中には矢筒の他にも対物ライフルやショットガンが収納してあるが、今回の相手は人間だ。活躍の機会はないだろう。

「お待たせ。女将さん達に話は付いたわよ。自室に閂を掛けて閉じ籠るから、火事には注意してくれってさ」

奥からカミラ先生が戻ってきた。

「ありがとうございます。様子はどうでした?」

「驚いてはいたけど、怯えてる感じじゃないわね。あんまりこの建物を壊さないでとも言ってたわ」

こういう事態に慣れているのだろうか。まあ宿屋を経営していれば、大なり小なり荒事に巻き込まれることもあるか。

「了解です。肝が座っておられるようで、助かります」

「まあ、こういう時は女の方が強いものよ。さて、イトー君。あなたの事、どれだけ頼りにしてもいい?ノエの実力は知ってるわ。魔物だけでなく対人戦でも一切の躊躇はしないはず。あなたはどうなの?」

すっと雰囲気を変えたカミラ先生の言葉に、アイダとビビアナの表情も変わる。

「人を撃つ訓練だけは積んでいます。ですが実戦は1度だけ、拐われた少年を救出した時だけです。ノエさんも一緒でした」

サバイバルゲームを“人を撃つ訓練”などと表現すれば、全国何万人かのサバゲーマーと、それ以上の方々から袋叩きに合うかもしれない。だがこの世界で“サバイバルゲーム”をどう表現すればいいのか、咄嗟には思い付かなかったのだ。
人を撃って遊んでいる?
その遊びに使う道具で魔物を狩っていると知られたら。その道具で魔物と対峙し、命のやり取りをしているとわかったら。娘達はいったいどういう顔をするのだろうか。

「ボク達が出会ったきっかけの事件だね。あの時のイトー君の冴えといったら、もうみんなに見せてあげたいくらいだよ」

「そう。だったら当てにしてるわ。でも戦闘中は私の半径5メートル以内には近づかないでね」

カミラ先生が短槍の石突を捻って外し、その代わりに針のように尖った石突を装着している。針といっても長さ20cmほど、付け根の太さは親指ほどもある、立派な刺突武器だ。
カミラ先生が持っている槍の穂先は、アリシアが持っている素槍よりも幅広い笹穂槍である。槍の全長はカミラ先生の身長とほぼ同じ160cmほどだったが、石突を交換する事で全長が少し伸びて180cmほどになっている。
カミラ先生は自分の槍の穂先と石突きの口金あたりに、黒い魔石を嵌め込んでいく。

「カミラ先生。その槍は魔道具なのですか?」

「そうよ。私が作った試作品。だから戦闘中はあんまり近寄らないでね」

養成所のモンロイ師が教えてくれた小型の魔道具は、その全てが生活の質を高めるためのものだった。例えば水を汲みに行かなくても湧き続ける水瓶とか、火魔法を使った着火装置、灯心が燃え尽きることのないランプなどだ。
魔石を組み込んだ兵器もあるようだが、そのどれもが軍が運用する大型兵器であって、剣や槍といった個人携行武器としては普及していないらしい。
魔法は魔法、武器は武器。そして武器を使いこなすのは使い手の技術という事だ。

「イトー君はいつもの“えあがん”じゃないのね」

「ええ。室内戦闘ならば、これの方が機動力が上がりますから」

俺は愛用のG36Cを仕舞い込み、フラッシュライトを装着したM93Rを携行している。ノーマルマガジンでも装弾数40発を誇る優れ物である。
ヒップホルスターにはUSPハンドガンを挿してはいるが、M93Rだけで切り抜けられるだろうか。

「あちらさんの様子はどう?」

準備を終えたらしいカミラ先生が、正面扉の前で監視を続けている俺に聞いてきた。

「扉越しなので詳細は不明ですが、正面と裏手から同時に侵入する手筈かもしれません」

カミラ先生に答えたその時、扉の向こうからホイッスルのような音が聞こえた。
一瞬の間を開けて、木製の扉が開く小さな音が聞こえる。宿の裏口ではない。やはり両替屋の扉か。

「賊が侵入を開始したみたいだね。出るかい?」

「ええ。アイダとビビアナは手筈どおり室内を固めろ。賊の侵入を許すな。俺達が外に出たら、灯りをつけて構わない」

「わかりました。お任せください」

「イトー殿、それに皆さんもお気をつけて」

アイダとビビアナがそれぞれの武器の柄を握り締める。

「あんまり気負っちゃダメよ。人間の力なんて、大鬼やトローに比べたらか弱いものなんだから」

カミラ先生の言葉は彼女なりの気遣いなのだろう。
だが、アイダもビビアナも戦う術を持たない子供ではない。狩人なのだ。
この場は任せよう。

ノエさんがそっと閂を開けて扉を開く。
その隙間から俺とカミラ先生が滑り出て、最後にノエさんが外へ出る。
内側からアイダが閂を掛ける“ゴトリ”という音が、暗い路地に響く。
思わず路地の角を透かし見るが、特に動きはない。
宿屋の鎧戸の隙間から灯りが漏れる。
スキャン上に映し出される敵影は右の角に1人、左に2人だ。残りは建物内に侵入したらしい。
盗賊達までの距離はおよそ30m。こいつらは見張りだろうか。3人とも弓を持ち、矢を番ている。

「気を付けて!矢が!」

“ヒュッ!”

警告を発した直後に、風を切る音が右側の陰の中から聞こえた。
次の瞬間、カミラ先生が右側に槍を振う。

“カン!”

甲高い音で弾き返されたのは矢か。

カミラ先生はそのまま槍を左に振るい、2本の矢を纏めて叩き落とす。まさか先生には見えているのか?

「ボーッとしない!フラッシュを使うわよ!」

カミラ先生が腰のポーチから何かを取り出し、両替屋の左右の暗がりへ投擲する。
一瞬の間を開けて、激しい光が辺りに広がっていく。

「ノエは右!イトー君は左!突撃!」

カミラ先生の号令で、俺とノエさんは脱兎の如く駆け出した。

◇◇◇

視界を奪われた盗賊との戦闘は、あっけなく終わった。
走りながらM93Rのマガジンに詰まったAT弾に麻痺魔法パラリシスを付与し、目を押さえて蹲る賊に一発ずつ撃ち込む。
閃光と物音で裏手から集まってきた盗賊達を、近寄らせることなく正面から撃破する。剣を構えて突っ込んでくる盗賊を距離10mで狙うのはさほど難しい事ではなかった。
そのまま前進し、両替屋の裏手に回り込む。ちょうど反対側からノエさんが顔を出した。

「ふーん。パラリシスか。あっという間に5人。カディスの英雄の名前は伊達じゃないようね」

遅れてやってきたカミラ先生が耳元で囁く。

「いえ。それよりも先生のさっきのアレは?あんな暗がりで矢を叩き落すなんて常人技じゃないと思いますけど」

「それはおいおいね。それよりも中が心配だわ。ノエ、そっちはどうだった?」

強引気味に話を逸らしたカミラ先生が、向こうからやってきたノエさんに声を掛ける。
ノエさんが握っている短剣には血糊がついている。賊の腕ぐらい斬り落としたのかもしれない。

「こっちは1人だけだったよ。手足の腱を切って麻痺させてるから、逃げられる心配はないかな」

ノエさんは事も無げにいうが、相当に対人戦闘の経験を積んでいるのだろう。

「イトー君。周囲に敵影は?」

「宿の裏手に3人。この位置は変わっていません。両替屋の内部にスキャンが効かないのですが……もしかしてこの建物は石造りですか?」

「そうかもしれないね。それなりに儲かっているだろうし、基礎と外壁、それに地下は石造りだと思う。さすがに扉は違うようだけど」

ノエさんが真横にある裏口の扉に触れながら言う。

「じゃあ扉越しに探知魔法を使えばいいじゃない。木造ならいけるんでしょ?」

「さっきから試してるんですが、扉のすぐ向こうに石の壁があるようです。そこから左に折れて、更に右に曲がってもう一枚の扉があります」

そうなのである。裏口からの賊の侵入を阻むかのように、幾度かに内部が折れ曲がり見通しが利かない構造になっている。

「面倒な造りにしたものね。裏口の状態は?」

カミラ先生が舌打ちでもしそうな口調でノエさんに話を振る。

「さっき確認したけど、閂が下ろされているね。開けることはわけないけど」

ノエさんの固有魔法を使えば、扉の隙間から閂ごと扉を両断するなど朝飯前だろう。
だが裏口から侵入するよりは、正面から突入するべきか。宿屋から監視を続けている4人娘にも無事な姿を見せたい。

「正面から入りましょう。内部構造が分かりませんが、探知魔法で敵の位置が特定できればピンポイントで狙撃できます。あとは臨機応変に」

「それがいいでしょうね。ノエ、イトー君を任せるわよ」

「承知しました。エギダの黒薔薇様」

深々とお辞儀をしながら謎のフレーズを発したノエさんが、先頭に立って歩き出した。
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