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126.アルマンソラにて(6月24日~25日)
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早めの夕食を済まそうとした俺達は、すっかり時の人となってしまっていた。
“一杯奢らせてくれ”とか、“オンダロアまでの護衛を引き受けてくれ”なんてのは可愛いほうだ。
“たっぷり稼いだんだから奢れ”と言われるのには参った。
そんな中でもアラーナを狩った功績をイザベル1人に押し付けずに済む形で伝わっていたのが救いではあった。
もっとも、一見するとまだ幼さを残す少女にしか見えないイザベルが、単独で化け物蜘蛛を狩ったなどと言っても誰も信じないだろうが。
◇◇◇
夕食もそこそこに宿へと引き返した俺達は、2階に借りた3部屋に分かれて休む事にした。
ビビアナとカミラ先生が角の一部屋、俺と3人娘が真ん中、ノエさんがその隣の一部屋だ。
犬を連れて泊まれるか少々不安ではあったが、粗相さえしなければよいとの事だった。
初めて知ったのだが、犬を連れて旅をする事自体はさほど珍しい事でもないらしい。
◇◇◇
小さく低い唸り声で目が覚める。
鎧戸の隙間から差し込む月明かりは、かろうじて物の位置が分かる程度の光量で室内を照らしている。
ミリタリーウォッチの示す時間は午前2時。草木も眠る丑三つ時ってやつだ。
ほぼ同時に目覚めたらしいアイダがフェルをあやしに掛かるが、唸り声が止む気配はない。
「どうしたフェル。敵か?」
フェルの唸り声のトーンが少し変わる。だが顔は窓の外に向けられたままだ。
この部屋は2階にある。窓の外から侵入を図るのは容易ではないだろう。
「お兄ちゃん、敵襲?」
「カディスのように魔物が侵入したのかも。明るくしますか?」
ベッドの上で身体を起こしたアリシアが、傍らのランプに手を伸ばす。
「いや、そのままでいい。静かに戦闘準備を。外の様子は俺が確認する」
音もなく3人娘がベッドを降りて、それぞれの獲物を手にする。アイダは長剣、イザベルは短剣、アリシアはMP5Kだ。
3人の準備ができたのを確認して、USPハンドガンを手に鎧戸へと近寄る。
鎧戸の隙間からスキャンを放つ。反応は人間ばかりだが様子がおかしい。こんな夜中の路地裏に、それも建物の陰に隠れるように複数の人間がいるのは不自然だ。
「どう?何かいる?」
近寄ってきたイザベルが小声で訊いてくる。
「ああ。向かいの建物の陰に隠れている奴らが5人。反対側の角には4人だな。裏手にもいるかもしれない」
頷いたイザベルが鎧戸を少しだけ開く。
隙間から覗き見えたのは、月明かりに照らされる剣や槍の煌めきだった。
◇◇◇
「ありゃ盗賊だね」
「私もそう思う。昼間に街中に入り込んだんでしょうね」
アイダとイザベルに呼ばれたノエさんとカミラ先生の意見は一致した。俺も同意見だ。
一旦廊下に出た俺達は、廊下の突き当たりに大人組3人で集まり、蝋燭の灯りの下で小声で相談する。
「どうする?ボク達なら盗賊の10人や20人、恐るるに足りないと思うけど」
「ですが盗賊を取り締まるのは衛兵隊の役目でしょう。裏口から衛兵隊の詰所まで走れば、衛兵を呼べるのでは?」
「いや。それは多分無駄ね。どうせこの宿の裏口にも見張りがいるわ」
俺が襲う側でもそうするだろう。通信と連絡の自由を奪うのは襲撃時の基本だ。伝令や伝書鳩を倒すのもそうだし、電話線を切ったり妨害電波を出すのもそうだ。
果たしてカミラ先生の読みどおり、宿屋の裏手にも3人の盗賊らしき人影がスキャンに捉えられている。
「奴らの狙いは何でしょう。俺達だと思いますか?」
「いや、その可能性は低いと思う。この街には宿屋は2軒しかないから、そのどちらかに俺達が泊まっているのは盗賊共も折り込み済みだろう。それよりも通りの向こう側の建物、あそこに入っている店って何か知ってるかい?」
「いいえ。看板が出ていたようには思いますけど、ただの商店ではないのですか?」
「両替屋よ。商人達は現金を持ち歩くのを好まないから、宿屋の近くには必ず両替屋ができるの。この街で稼いだお金を持ち込んで、あの両替屋に預けて通帳に記載してもらう。あなた達にも羊皮紙の通帳が渡されているでしょう?」
「両替屋って、色々な国の貨幣をこの国で使える貨幣に換金する店じゃないんですか?」
「そういう役目もあるわ。むしろそっちが本業ね。オンダロアなんかの港町や国境に近い街の両替屋は、等価交換も生業にしている。でもこういった内陸の両替屋は、どちらかと言えば現金管理の役目が強いわね」
つまり両替屋が銀行を兼ねていると言うことか。
とすると、その両替屋を包囲する盗賊は銀行破りのようなものか。まったく、どこの世界でも狙われる場所は同じという事だろう。
「でも私達もついでに狙ってるかもよ。アローナを狩った報奨金は手に入ってるし、美女ばかり5人もいるし。邪魔な男を2人殺せば美女と金が手に入るとなれば、奴らも張り切るでしょうね」
カミラ先生が不穏な事を口にする。
誰が邪魔で誰が美女かは置いておくとして、現金を持っている美女というのは大層魅力的なターゲットに映るだろう。
「どうするイトー君。両替屋を守るために戦うかい?」
俺はゆっくりとため息をつく。
「このまま手をこまねいていれば、こっちも襲われるかもしれません。戦いましょう」
「よし。そうこなくっちゃ。賞金首がいるといいなあ」
賞金稼ぎって稼ぎ方もあるのか。いや、娘達にそんな仕事をさせるわけにはいかない。
◇◇◇
「奴らを盗賊と仮定して防衛戦闘を始める。ただし、こちらから先制攻撃するのは無しだ。攻撃を受けたら容赦なく叩け。いいな」
少し離れた場所で待機していた4人娘を呼び寄せ、ブリーフィングを始める。
「わかりました。先鋒はお任せください」
アイダが剣の柄を握りしめる。
「ダメよ。あなた達、対人戦闘の経験はないでしょう。せいぜい模擬戦だけ。これは魔物を狩るのとは訳が違うのよ」
そんなアイダをカミラ先生が諫める。
「しかし!」
なおも食い下がるアイダを止めるのは俺の役目か。
「まずは宿屋のご主人と女将さんに状況の説明を。これはカミラ先生にお任せします。俺達が説明するより説得力があるでしょう」
「そうね。わかったわ」
「宿を出るのは俺とノエさん、それからカミラ先生の3人。アリシアは俺達の部屋から両替屋を監視。両替屋の正面入口の目の前のはずだ。状況により敵を無力化しろ。アイダは1階の正面扉を守ってくれ。ビビアナは裏口、イザベルは遊撃とする。全員基本的には宿屋から出るな。いいか?」
「屋根に登るのは?」
「構わないが、何処から登る?」
「反対側の突き当たりの天井に、梯子が隠してあった。お兄ちゃんなら届くはず」
イザベルが廊下の反対側を指差す。
「わかった。イザベルは屋上から援護射撃だ。弓矢の的になるかもしれないから、注意しろ」
「了解」
イザベルは自分の役割に納得したらしい。
あとはアイダが首を縦に振るかどうかだ。
「他に質問は?」
定形文のような問い掛けに、アイダが手を上げた。
「カズヤ殿。私も一緒に行きます」
やっぱりアイダは納得できないか。
「私の剣は人々を守る為に鍛えてきました。ここで討って出ないわけには」
アイダの表情は真剣そのものだが、俺もここで折れるわけにはいかない。
「いいかアイダ。お前が出て行ったら、一体誰がこの宿を守るんだ?自分の身を守る術を持たない、宿の女将さんや宿泊客を危険に晒す気か?」
「それは……」
「それに、奴らの数も強さも未知数だ。いざとなったら逃げ込める安全地帯を確保しておきたい。この重要な役目の指揮を、アイダ、お前以外に任せられるか?」
アイダが唇を噛み締めて沈黙する。
そのアイダの肩にアリシアがそっと手を置く。
「わかりました。その役目、お受けします」
「ありがとう。敵は魔物ではない。犯罪者の集団だ。よって捕らえて裁きを受けさせる事を優先する。自分の身の安全が最優先だが、極力殺すな。いいか?」
本心としては“殺人”という重荷を娘達に背負わせたくないだけだ。だが皆は頷きで了解してくれた。
“くぅ~ん”
役回りがないのがいた。フェルが小さな耳をピンと立て、ふさふさの尻尾をゆっくり振りながら首を傾げてこっちを見ている。
「フェルはアリシアと一緒にいてくれ。護衛役、頼りにしているぞ」
“わふっ!”
「よし。全員行動開始!」
“一杯奢らせてくれ”とか、“オンダロアまでの護衛を引き受けてくれ”なんてのは可愛いほうだ。
“たっぷり稼いだんだから奢れ”と言われるのには参った。
そんな中でもアラーナを狩った功績をイザベル1人に押し付けずに済む形で伝わっていたのが救いではあった。
もっとも、一見するとまだ幼さを残す少女にしか見えないイザベルが、単独で化け物蜘蛛を狩ったなどと言っても誰も信じないだろうが。
◇◇◇
夕食もそこそこに宿へと引き返した俺達は、2階に借りた3部屋に分かれて休む事にした。
ビビアナとカミラ先生が角の一部屋、俺と3人娘が真ん中、ノエさんがその隣の一部屋だ。
犬を連れて泊まれるか少々不安ではあったが、粗相さえしなければよいとの事だった。
初めて知ったのだが、犬を連れて旅をする事自体はさほど珍しい事でもないらしい。
◇◇◇
小さく低い唸り声で目が覚める。
鎧戸の隙間から差し込む月明かりは、かろうじて物の位置が分かる程度の光量で室内を照らしている。
ミリタリーウォッチの示す時間は午前2時。草木も眠る丑三つ時ってやつだ。
ほぼ同時に目覚めたらしいアイダがフェルをあやしに掛かるが、唸り声が止む気配はない。
「どうしたフェル。敵か?」
フェルの唸り声のトーンが少し変わる。だが顔は窓の外に向けられたままだ。
この部屋は2階にある。窓の外から侵入を図るのは容易ではないだろう。
「お兄ちゃん、敵襲?」
「カディスのように魔物が侵入したのかも。明るくしますか?」
ベッドの上で身体を起こしたアリシアが、傍らのランプに手を伸ばす。
「いや、そのままでいい。静かに戦闘準備を。外の様子は俺が確認する」
音もなく3人娘がベッドを降りて、それぞれの獲物を手にする。アイダは長剣、イザベルは短剣、アリシアはMP5Kだ。
3人の準備ができたのを確認して、USPハンドガンを手に鎧戸へと近寄る。
鎧戸の隙間からスキャンを放つ。反応は人間ばかりだが様子がおかしい。こんな夜中の路地裏に、それも建物の陰に隠れるように複数の人間がいるのは不自然だ。
「どう?何かいる?」
近寄ってきたイザベルが小声で訊いてくる。
「ああ。向かいの建物の陰に隠れている奴らが5人。反対側の角には4人だな。裏手にもいるかもしれない」
頷いたイザベルが鎧戸を少しだけ開く。
隙間から覗き見えたのは、月明かりに照らされる剣や槍の煌めきだった。
◇◇◇
「ありゃ盗賊だね」
「私もそう思う。昼間に街中に入り込んだんでしょうね」
アイダとイザベルに呼ばれたノエさんとカミラ先生の意見は一致した。俺も同意見だ。
一旦廊下に出た俺達は、廊下の突き当たりに大人組3人で集まり、蝋燭の灯りの下で小声で相談する。
「どうする?ボク達なら盗賊の10人や20人、恐るるに足りないと思うけど」
「ですが盗賊を取り締まるのは衛兵隊の役目でしょう。裏口から衛兵隊の詰所まで走れば、衛兵を呼べるのでは?」
「いや。それは多分無駄ね。どうせこの宿の裏口にも見張りがいるわ」
俺が襲う側でもそうするだろう。通信と連絡の自由を奪うのは襲撃時の基本だ。伝令や伝書鳩を倒すのもそうだし、電話線を切ったり妨害電波を出すのもそうだ。
果たしてカミラ先生の読みどおり、宿屋の裏手にも3人の盗賊らしき人影がスキャンに捉えられている。
「奴らの狙いは何でしょう。俺達だと思いますか?」
「いや、その可能性は低いと思う。この街には宿屋は2軒しかないから、そのどちらかに俺達が泊まっているのは盗賊共も折り込み済みだろう。それよりも通りの向こう側の建物、あそこに入っている店って何か知ってるかい?」
「いいえ。看板が出ていたようには思いますけど、ただの商店ではないのですか?」
「両替屋よ。商人達は現金を持ち歩くのを好まないから、宿屋の近くには必ず両替屋ができるの。この街で稼いだお金を持ち込んで、あの両替屋に預けて通帳に記載してもらう。あなた達にも羊皮紙の通帳が渡されているでしょう?」
「両替屋って、色々な国の貨幣をこの国で使える貨幣に換金する店じゃないんですか?」
「そういう役目もあるわ。むしろそっちが本業ね。オンダロアなんかの港町や国境に近い街の両替屋は、等価交換も生業にしている。でもこういった内陸の両替屋は、どちらかと言えば現金管理の役目が強いわね」
つまり両替屋が銀行を兼ねていると言うことか。
とすると、その両替屋を包囲する盗賊は銀行破りのようなものか。まったく、どこの世界でも狙われる場所は同じという事だろう。
「でも私達もついでに狙ってるかもよ。アローナを狩った報奨金は手に入ってるし、美女ばかり5人もいるし。邪魔な男を2人殺せば美女と金が手に入るとなれば、奴らも張り切るでしょうね」
カミラ先生が不穏な事を口にする。
誰が邪魔で誰が美女かは置いておくとして、現金を持っている美女というのは大層魅力的なターゲットに映るだろう。
「どうするイトー君。両替屋を守るために戦うかい?」
俺はゆっくりとため息をつく。
「このまま手をこまねいていれば、こっちも襲われるかもしれません。戦いましょう」
「よし。そうこなくっちゃ。賞金首がいるといいなあ」
賞金稼ぎって稼ぎ方もあるのか。いや、娘達にそんな仕事をさせるわけにはいかない。
◇◇◇
「奴らを盗賊と仮定して防衛戦闘を始める。ただし、こちらから先制攻撃するのは無しだ。攻撃を受けたら容赦なく叩け。いいな」
少し離れた場所で待機していた4人娘を呼び寄せ、ブリーフィングを始める。
「わかりました。先鋒はお任せください」
アイダが剣の柄を握りしめる。
「ダメよ。あなた達、対人戦闘の経験はないでしょう。せいぜい模擬戦だけ。これは魔物を狩るのとは訳が違うのよ」
そんなアイダをカミラ先生が諫める。
「しかし!」
なおも食い下がるアイダを止めるのは俺の役目か。
「まずは宿屋のご主人と女将さんに状況の説明を。これはカミラ先生にお任せします。俺達が説明するより説得力があるでしょう」
「そうね。わかったわ」
「宿を出るのは俺とノエさん、それからカミラ先生の3人。アリシアは俺達の部屋から両替屋を監視。両替屋の正面入口の目の前のはずだ。状況により敵を無力化しろ。アイダは1階の正面扉を守ってくれ。ビビアナは裏口、イザベルは遊撃とする。全員基本的には宿屋から出るな。いいか?」
「屋根に登るのは?」
「構わないが、何処から登る?」
「反対側の突き当たりの天井に、梯子が隠してあった。お兄ちゃんなら届くはず」
イザベルが廊下の反対側を指差す。
「わかった。イザベルは屋上から援護射撃だ。弓矢の的になるかもしれないから、注意しろ」
「了解」
イザベルは自分の役割に納得したらしい。
あとはアイダが首を縦に振るかどうかだ。
「他に質問は?」
定形文のような問い掛けに、アイダが手を上げた。
「カズヤ殿。私も一緒に行きます」
やっぱりアイダは納得できないか。
「私の剣は人々を守る為に鍛えてきました。ここで討って出ないわけには」
アイダの表情は真剣そのものだが、俺もここで折れるわけにはいかない。
「いいかアイダ。お前が出て行ったら、一体誰がこの宿を守るんだ?自分の身を守る術を持たない、宿の女将さんや宿泊客を危険に晒す気か?」
「それは……」
「それに、奴らの数も強さも未知数だ。いざとなったら逃げ込める安全地帯を確保しておきたい。この重要な役目の指揮を、アイダ、お前以外に任せられるか?」
アイダが唇を噛み締めて沈黙する。
そのアイダの肩にアリシアがそっと手を置く。
「わかりました。その役目、お受けします」
「ありがとう。敵は魔物ではない。犯罪者の集団だ。よって捕らえて裁きを受けさせる事を優先する。自分の身の安全が最優先だが、極力殺すな。いいか?」
本心としては“殺人”という重荷を娘達に背負わせたくないだけだ。だが皆は頷きで了解してくれた。
“くぅ~ん”
役回りがないのがいた。フェルが小さな耳をピンと立て、ふさふさの尻尾をゆっくり振りながら首を傾げてこっちを見ている。
「フェルはアリシアと一緒にいてくれ。護衛役、頼りにしているぞ」
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