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115.巡検師に任命される(6月21日)

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巡検師と聞いてもピンとこなかったのは、何も俺だけではなかったようだ。
アイダはビビアナと顔を見合わせているし、アリシアはキョトンとしている。もしかしたらイザベルはバッジが貰える事そのものを喜んでいるかもしれない。
受け取った徽章をまじまじと見つめるノエさんの唇の端っこがニヤリと笑っているから、ノエさんはこれがどういった物なのか理解しているようだ。

「校長先生。巡検師というのは、いったいどういう役回りなのでしょうか?」

「カズヤ君やアリシアさん達が知らないのは無理もありません。最後に巡検師が任命されたのは、今から30年ほど前になります。巡検師とは国内外を巡視し必要に応じて狩人や国軍に対して助言や指導を行う役回りです。その役目を果たすに必要な範囲において、巡検師には行動の自由が保障されます」

「騎士団にとっての監察官と同等のものだ。騎士団が王家や領主を護る為に戦う剣と盾ならば、衛兵隊は民を護る盾、狩人は民を護る剣だからな。騎士団と同じく監察官という名称にならなかったのは、少々呼び名に刺があるからという理由だと聞いておる。何しろ狩人というものは、とかく指示や命令を嫌うものなのでな」

校長先生とアロンソ寮監の説明で、何となくその役目が理解できる。要は地方を巡回してこいということだ。アリシアの父上の話も聞きたいし、アイダの母親の故郷にも行ってみたいと思っていたから、おおっぴらにうろうろできるのは好都合だ。

「巡検師の指揮系統はどのように?教官の身分がそのままであれば、やはり校長先生が直系の上司という事に変わりはないのでしょうか?」

何かの組織に属する以上、指揮系統は大事なことである。そして願わくば物分かりのいい上司の下で働きたいと願うのは当然の事だろう。

「ええ。先程“監察官と同等”という話がありましたが、監察官と同じように任命権者の直轄の部下という扱いになります。ただこの場合は私の直轄の部下はカズヤ君だけで、ノエさんやアイダさん達はカズヤ君の部下という扱いです。その点に何か不満はありますか?」

「私達には異存はありません。今までどおり、カズヤ殿について行きます」

校長先生の問い掛けに4人娘が頷き合うのとは対照的に、ノエさんが軽く手を上げた。

「ボクは明日にでもナバテヘラ経由でアステドーラに帰るつもりなんですけど、この場合どうなるのでしょう。例えば“イトー君から別行動を指示されている”という事でいいんでしょうか?」

それは既に皆で話し合った結論だった。
ノエさんに限らず、それぞれの道を行くとなれば引き留めることはできない。

「カズヤ君がそれでいいのなら、私が口を挟む事ではありません。もしノエさんが巡検師補の身分を返上し、その上でカサドールを続けるというのであれば、改めて養成所や各連絡所からの要請は受けていただく事になります」

校長先生の回答は、養成所や連絡所といった狩人にとっての指揮系統からの独立を意味している。
だがそれは任命権者の私兵になるという意味にも取れる。例えば軍人は国家と国民に忠誠を誓うのであって、上官に忠誠を誓うのではない。少なくとも建前上は。

「つまり、俺は校長先生からの指示にのみ従う義務がある……ということですか?」

「それは少し違います。先ほども言いましたが、巡検師には己の良心に沿った行動の自由が保障されます。例えば任命権者、今回の場合は私ですが、仮に私が養成所長として、或いはカサドールに指示を出す者として相応しくない行動を取っていたとしたら、その行いについて助言し指導することが巡検師には求められます。その指導を受け入れられないとなれば、私はカズヤ君を罷免しなければなりません」

「ちょっと待ってください。それは一介の魔導師には余りにも強大な権限なのではないでしょうか」

「そうですね。だからこそ30年もの間、誰一人としてその任に就いた者はいません。そもそも巡検師が任命されるのは、大襲撃グランイグルージオンの兆候を掴んだ時か、その復興に際して各地の協力が不可欠な場合です。30年前まで活動しておられた方々は各地で頻繁した大型の魔物を狩るために任命されたと聞いています。そういった非常事態に際して、独自に判断してより良い行動ができる者達が必要なのです」

つまりだ。グリーンベレーをやれと、そういう事らしい。
グリーンベレーや特殊部隊と聞くと、つい“精鋭部隊”とか“戦闘集団”を想像しがちだ。
確かに彼らは優秀な兵士の中から更に選抜された精鋭部隊であるし、武器や通信などの専門技能を持つ戦闘のプロフェッショナルだ。
だが彼らの役割は戦闘だけではない。
友好国の軍隊や軍事組織に戦闘訓練を行い、食料や医療を提供し、人心を獲得していくことを至上の任務としている。
その真似事をこの世界でやれということか。
そんなことが俺達にできるだろうか。

今までのところ、対魔物戦においては戦力不足という事態には陥ってはいない。
食料はともかく医療支援や生活支援についても、連絡所や養成所が協力的であれば問題はないだろう。
戦闘訓練は期待できない。この世界の戦闘スタイルは、俺がサバイバルゲームで体験したものとは明らかに違う、中世以前の身体と身体をぶつけ合う肉弾戦だ。
そんな衛兵隊に塹壕を掘らせても仕方ないし、ましてやエアガンを支給した所で物の役にも立たないだろう。

だが、このままでは衛兵隊なり騎士団に召集され、応じなければ逃げ出すしかないのだ。

俺一人だけならどうとでもなる。金はあるのだし、スー村の先の自宅で悠々自適な生活を送ればいい。
だがこの娘達はどうする。将来のある若い才能を、そんな場所に閉じ込めておくわけにはいかない。
4人娘を戦争から遠ざけるためには、この選択肢しかないのかもしれない。

◇◇◇

「わかりました。その話、お受けします」

俺が校長先生に告げると、校長先生を含めた皆がホッと安堵の顔を見せた。もしかしたら俺が拒否るかもしれないと思っていたらしい。

「よかったあ。カズヤさんが拒否ったら逃避行になっちゃうところでした」

「いや、それはそれで燃えるかも。悪い事は何もしていないのに国家権力に追われ、それでも人助けを続ける魔法師!かっこいい……」

「イザベルの戯言は置いておいて、私はカズヤ殿がどのような結論を出されてもついて行きますから」

3人娘のそれぞれの感想にビビアナが何かを言いたげではあるが、結局言えないまま校長先生が言葉を繋いだ。

「受けてくれますか。ではその徽章はあなた方の物です。早速ですがカズヤ君にお願いしたい最初の目的地をお伝えします。それは……」

校長先生が地図を広げる。

「オンダロアの先の海上に浮かぶ島、イビッサ島です」
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