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110.トロー殲滅戦②(6月19日)

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ビビアナが放った氷柱を背中に受けて崩れ落ちたトローに、アイダとノエさんが駆け寄る。
スキャン上の魔力反応は消失している。洞窟の中までは探知できないが、周囲300メートル以内に魔物の気配はない。

「大丈夫そうだね。ビビアナ出ておいで」

トローを斬り捨てたノエさんが短剣を鞘に納めて茂みに手を振ると、杖を抱き締めるように握ったビビアナが姿を現した。
崖の上ではアリシアとイザベルが手を振っている。
ひとまず10頭のトローは倒せたようだ。

と、イザベルがアリシアの手を握って崖から飛び降りた。まるで紙か木の葉のようにふわりふわりと漂うように降りてくる。

「フロタンテ。風魔法の一つですが、私も久しぶりに見まし……イトー殿?どうしました?」

隣に来たビビアナが震える声で俺を気遣ってくれる。
呆気に取られた、というよりも心臓が飛び出るかと思うほど驚いて、その後の虚脱感に襲われていただけだ。高低差20メートルはある崖の上から飛び降りるとは全く思ってもいなかった。

◇◇◇

「は~い!みんなお疲れ!」

「ちょっとイザベルちゃん!みんなに謝ろうよ。さっき狙いが重なって危ないところだったでしょ」

「だってさあ。あれは仕方なくない!?アリシアちゃんとは相談できたけど、お兄ちゃんとアイダちゃんがどれを狙うかなんてわかんないじゃん!」

「イザベルちゃんわざわざ遠い方のトロー狙ったでしょ!?」

「違うもん!先に私が狙ってた奴が移動したんだもん!」

わいわいと言い合う2人を見ていると落ち着いてくるのが不思議だ。
そもそも誰がどの目標を狙うかなんて、トランシーバーでもなければ決めようがない。

「じゃあ洞窟の中を調べよう!少なくともあと3頭はいるはずだよね!」

「洞窟の中にいるとは限りません。もしかしたら私達が到着する前に移動したのかも」

積極攻勢を提案するイザベルに対して、アイダは慎重論を唱える。これはいつもの事だ。俺の護衛を自任し副官役に徹するアイダは、時に突っ走りがちなイザベルやアリシアをよく抑えてくれている。

「よし。全員洞窟前に移動。そこでレーダーを使用する。周囲に敵がいない事が確認できれば、洞窟内の探索だ」

『了解!』

3人娘の元気な声が響いた。

◇◇◇

洞窟の前で四方にレーダーを放つ。
南側と東西の半径4km以内には強い魔力反応はない。崖の上の北側にも特に問題はなさそうだ。
倒したトローを1頭づつ検分したが、白くて長い毛の生えた個体は見つからなかった。
やはり残りのトローは洞窟に潜んでいるのだろう。

「洞窟に入るチームのメンバーは……」

「ちーむ?めんばー?ってなに?」

「もう!話の腰を折らないの!誰が洞窟に入るのかって事!」

「んな事言われたってわかんないじゃん。お兄ちゃんって時々変な言葉使うよね」

「語感と雰囲気で察しろ」

「私が空気読めない子みたいじゃん!?」

いや、元気があって良いのだが、少しばかりいつもより騒がしい。たぶん少々ハイになっているのだろう。

「洞窟に入るのは俺とノエさん、それからアリシア。この3人で行く。アイダ、イザベルとビビアナの3人は洞窟の入口を守ってくれ」

「私も!……いえ、わかりました」

アイダが声を上げかけて止める。
何故アイダを連れて行かないのか。自分に求められている役割に気付いたようだ。

「あの……私でいいんですか?狭い場所での戦闘なら、私よりイザベルちゃんのほうが適任かと」

対照的に異論を唱えたのはアリシアの方だった。

「短剣遣いならノエさんがいる。仮に魔物が、トローの残党が攻めてくるなら、洞窟の入口を背にして防ぐことになる。幸いここは森よりも少し盛り上がっているから、攻め上がってきた魔物を見逃すことはないだろう」

「絶好の狙撃場所ってことね。そしてここで真価を発揮するのが私って訳よ」

「それに狭い場所ではイザベルやアイダが好んで使うへカートⅡやM870よりも、手数で圧倒できるサブマシンガンの方が有利だ。それならMP5Kを使い慣れたアリシアを連れて行く」

「わかりました。そういう事ならご一緒します。あ!じゃあ松明準備しますね。イルミナの魔法もいいですけど、洞窟なら火がないと」

そそくさとリュックを弄りはじめたアリシアの隣で、イザベルがビビアナに何か話している。

「ビビアナって土魔法使えるわよね。高さがこれぐらいの壁って作れる?厚さは片腕分ぐらいで」

「え?それは作れますけど。イザベルさんって土魔法苦手なんですか?」

「使えないことはないんだけど、私の属性って風じゃん?相性良くないのよ。じゃあ洞窟の入口をぐるっと囲むように、違う違う、私達が洞窟側から外を見張るための壁よ。体を預けたほうが安定するの。そういう壁を作ってちょうだい」

どうやらいつぞやの夜営で洞窟を使った時のように、土塁を入口に築いて待ち構えるようだ。

「風のように自由に~って時々言ってたよね。よし!準備完了!カズヤさん!いつでも行けます!」

「自由過ぎるけどな。カズヤ殿、私達の基本戦術は陣地の防御、これでよろしいですね?」

「ああ。指揮はアイダに任せる。俺達の退却路を確保しておいてくれ」

「了解です。お気をつけて」

「お兄ちゃん!戦利品の回収は!?」

イザベルの目に$が見える気がするのはきっと気のせいだろう。

「後回しだ。ただ近づいてくる魔物がいたら、遠慮なく攻撃しろ。判断はアイダに任せる」

「わかった。まあ洞窟のほうにお宝がザックザックあるかもしれないしね!楽しみにしてる!」

別にトレジャーハンターになったつもりはないのだがな。
ビビアナが呪文を唱えているが、土塁の構築までには少し時間が掛かりそうだ。
俺とノエさんはアリシアを連れて洞窟への潜入を開始した。

◇◇◇

洞窟の入口は縦横2メートルほどのトンネル状だったが、入口を抜けると一気に天井が高くなった。目測4メートルほどだろうか。トローが二足歩行しても余裕があるだろう。
先頭を松明を持ったアリシアが進む。直後にヘッドライトとフラッシュライトを点灯させた俺が続き、ノエさんが殿を務める。
洞窟は僅かに上り勾配が続き、左に折れてから下り勾配に転じた。

「なるほど。真っ直ぐ下って行くだけなら雨水なんかが溜まってしまうだろうからね。よく考えられているなあ」

ノエさんが感心したように呟く。

「そんなこと言ったらビビアナに噛み付かれてしまうのでは?」

「あっはっは。“魔物も理性ある慈しむべき存在だと思ってるのか”ってアレかい?まあ後半はさて置き、前半部分はボクも同意するよ。狩人は魔物を対等かそれ以上の存在だと見做して狩りを行う。決して見下したりはしない。そんな事をすれば足元を掬われるのはこっちだからね。奴らの知恵や勘とボク等の小賢しさは、そう、ベクタルがちょっと違うんだ」

ベクタルとノエさんは表現した。ベクトルつまり方向性や強さが違うという事だろう。

「洞窟の壁に焼けた跡があります。これは松明を差していたのでしょうか」

アリシアが壁を気にしている。壁の3メートルぐらいの高さに拳大の穴が斜めに開いている。太い棒でも差し込んでいたように見える。

「トローと言えども暗闇で動く事は出来ないって事だろうね。空気も悪くないし、どこかに空気穴でも開いているのかもしれない」

道具を使う魔物。いや、そもそも自分の身体を飾り立てる時点で、何らかの文化は持っているのだ。この調子ならトローの描いた壁画ぐらい見つかるかもしれない。

「カズヤさん。スキャンの結果は?」

今度はアリシアが小声で尋ねてくる。

「ああ。見える範囲は狭いが、一応見えてはいる。この先緩やかに右に曲がって、大きな部屋に出る。トローの反応が4つ…いや5つか。強い反応にくっつくように2つの反応が重なっている。残り2つは部屋の入口付近にいるな」

「その部屋までの距離は?」

「30メートルぐらいです。狙撃したいところですが、射線が通りません。近づくしかないですね」

「そろそろ黙ったほうがいいね。光はともかく、音は伝わってしまう」

「はい。隊列を変更します。先頭が俺、続いてノエさん、最後にアリシア。おそらく室内は明るくなっていると思いますが、アリシアは光魔法の準備を。それとアリシアはM870も用意だけはしておいてくれ。もしかしたら俺がフラッシュを使うかもしれないので、そのつもりで」

「目眩しの閃光だね。了解だよ」

「わかりました。イルミナも準備しておきます」

アリシアがMP5Kを傍らに置いて、背中のリュックからM870を抜き出す。ソードオフしたM870のマガジンには、俺が持つM870と同様にストッピングパワーを重視したリーサル型のスラッグ弾が詰まっているはずだ。

「ねえイトー君。こんな時に何だけど、ボクのモチーラにも収納魔法を付与してくれないかな。弓と矢筒を収納できれば戦いやすいんだけど。無事に戻ったらでいいからさ」

ノエさんよ。これまた綺麗にフラグを立ててくれるな。
だがせっかく立ったフラグだ。遠慮なく圧し折らせてもらおう。

「わかりました。無事に戻りましょう」

「やったね。じゃあサクッと片付けようか」

アリシアの準備が終わったことを確認して、俺達は再び洞窟の奥へと進み始めた。
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