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107.トローの探索①(6月18日)

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カディスの街を離れた俺達6人は、トローの目撃情報が頻繁しているというカディス北東の森へと入っていた。
カディスの街を解放した翌日を含めた延べ5日間を掛けて、侵入路となった南門に通じる街道沿いに探索を行ったが手掛かりらしき手掛かりもなく、以前から目撃情報や被害が集中していた北東の森に範囲を絞って探索を行うことにしたのである。

森とはいえカディス周辺にある開拓村への道が啓蒙されており、道無き道に分け入る感じではない。
ただ開拓村との往来が2週間ほど途絶えていた影響で、道は少々荒れ始めてはいる。
だが3人娘もノエさんもビビアナも気にする雰囲気でもない。もっと深い森に入ることもあるようだし、少し前にビビアナの実戦訓練を行なっていた北西の森とほぼ同じだ。当然といえば当然か。

さて、問題はトローなる未だ見ぬ魔物である。
娘達の話を総合すると、人間の数倍の大きさの身体に矢も通さない分厚い皮膚。獣の皮の服を纏い、集団で素早く行動する魔物らしい。
ゴリラやオランウータンのような大型類人猿だろうか。チンパンジーが魔物化していたら、相当に厄介だと思われる。
木に登るという話は聞かないから、オランウータンはないか。いや、ゴリラも木には登るのだったか。

そんな事を考えながら歩いていると、アイダが話しかけてきた。

◇◇◇

「カズヤ殿。返す返すも惜しい事をしました。その小舟にいたという魔導師の身柄を確保しておけば、もしかしたら一連の騒動の解決に繋がったかもしれません」

倉庫屋上で確認した船上の魔力反応の話をアイダやノエさん、それに衛兵隊長のエンリケ カラコーロ氏にして以降、アイダの口からは度々同種のお小言が溢れている。
一方でカラコーロ氏には事態がピンとこなかったらしく、紛失した小舟がないか調べておく程度の処置で済ませてしまった。
直後にアイダやノエさんと一緒に再度倉庫の屋上に戻った時には、件の小舟は影も形も無くなっていた。

「んでもさあ。あの距離にいた小舟に乗った人間を確保するって、実際無理じゃん?」

「イトー殿の瞬間移動を使えば、小舟に乗り移ることもできたんじゃ……」

「ビビアナそれ本気で言ってる?小舟の中の足場はどうなってんの?底一面が槍衾になっていたり毒が塗ってあったりするかもよ?」

「確かに……カズヤ殿は常日頃から移動先の足元を気にされておいでだからな。地面の上ならばともかく、そんな小さな船上に移動するのは危険だ」

「あ!だったらイザベルちゃん愛用のへカートを使って、マストを折ったらよかったんじゃない?それか小舟ごと撃ち抜くとか!」

「あ、あ~その手があったか。ちっ、私とした事が」

イザベルの反応はともかく、皆が言うとおり船上の魔導師だか魔法師だかは捕らえるべきだっただろう。
そう判断しなかったのは、明かに俺の失態だ。
だが、相手の姿も確認せずに、単に“不自然だから”とか“怪しいから”という理由だけで攻撃していいものだろうか。

「まあまあ、過ぎたことを悔やんでも仕方ないよ。それよりトローだ。ビビアナ、情報を整理しておいた方がよくないかい?」

ノエさんが強引に話を逸らしてくれた。

「はい。トローの特徴は皆さんご存知のとおりです。それで追加の情報ですが……」

「じゃなくってさ。みんな知ってる筈だけど、みんなが持ってる知識なり情報なりを擦り合わせしとけば、勘違いとか誰かが知らない事とかが無くなって安心でしょって意味」

「え?あ、そうですね。えっと……」

今度はイザベルが話を繋げてさせてくれる。この娘は口は悪いし甘えん坊だが、ちゃんとこちらの意図を汲んで動いてくれる。

「じゃあ私から!トローは身の丈2メートルから3メートルの巨体で恐ろしく頑丈な皮膚を持っています!」

「奴らはいつも群れで行動してる。それが家族なのか氏族なのかは知らないけど、概ね5頭から10頭ってところね」

さて、アリシアとイザベルの言葉には幾つか情報が不足している。

「なあアリシア、その身の丈っていうのは、人間でいう身長のことか?それとも馬や牛でいう体高のことか?」

「えっと……あれ?どういう意味ですか??」

「だから、お兄ちゃんは奴らがどういう姿勢なのかって聞きたいの。馬や牛みたいに前脚と後脚を地面に付けた状態で、地面から肩までの高さを体高っていうでしょ。身長ってのは2足歩行する生き物の、地面から頭の天辺までの長さの事」

「ああ!えっと、奴らは前脚を地面につけて歩きます。さっきの身の丈というのは、前脚を地面につけた時の肩までの高さです!」

アリシアが実際にトローが歩く姿を真似して見せる。
均整の取れた身体つきのアリシアではどうしてもお尻の方が高くなってしまうが、やはりナックルウォーキングである。

「姿形について何か補足はないか?」

今度はアイダとビビアナが手を挙げた。

「奴らの体は黒くて硬い短い毛に覆われています。毛が生えていないのは顔面と手、足の裏ぐらいではないでしょうか」

「あ、でも群れを率いているトローの背中には銀色の長い毛が生えているそうです。あとアリシアさんに補足すると、トローは2足歩行もできるはずです。むしろ2足歩行の方が普通で、先程アリシアさんが真似をした歩行方法は素早く移動する時の歩き方ではないかと言われています。前脚を振り上げた時の大きさは6メートルから7メートルにも達します。その高さと剛腕から繰り出す棍棒でもって、南門も破壊したのでしょう」

なるほど。黒い剛毛に覆われてナックルウォーキングをする魔物。やっぱりゴリラだな。
野生動物でいうゴリラ、例えばマウンテンゴリラの握力は500kgにも達するという。平均的な人間の実に10倍だ。
その強力な筋肉から繰り出される攻撃力は、確かに人間では太刀打ちできるものではないだろう。

だがである。今回の依頼を受ける際に校長先生からのコメントにあった、“貴金属を好んで身に着けている”というのはどういう事だろうか。
ゴリラが金ネックレスをジャラジャラとつけて闊歩している姿を想像してみよう。プロレスラー崩れのマフィアの用心棒といったイメージになってしまう。

「なあビビアナ。奴らは貴金属を好むって話があったよな。小鬼や大鬼が人々から奪った貴金属を持っているのは、まあ納得できる。人間と体格はまあ変わらないし、人から奪った装飾品を身に着けることもできるだろう。だがトローは圧倒的に人間より大きいのだろう?どうやってトローが身に着けることができる装飾品を手に入れているのだろう」

こればっかりは実際に見た事がある者しかわからないのかも知れないが、知識として何か知らないだろうか。

「え……すみません。そこまでは……」

知らない事をきちんと知らないというビビアナは偉い。
奴らがどうやって装飾品を手に入れているのか。
トローが身に着ける装飾品に限らず、先日カディスを襲ったゴブリンやオーガが手にしていた棍棒や剣、弓矢をどのように手に入れているのか。
狩人や衛兵を襲って手に入れたというだけでは説明できない数だった。まさか魔物用鍛治工房があったり職人モンスターがいるのではないだろうな。

「イトー君が気にしてるのは、トローの生活様式なんじゃあないかい?」

「生活…様式??」

ノエさんの言葉にビビアナが首を傾げる。

「そう。文化水準と言ってもいいのかな。要するに、奴らが何を食べ、その食べ物をどうやって入手し、どんな場所に住んでどんな服を着ているのか。それらをどうやって手に入れているのか。魔物を狩る前にそこまで調べようとする人も珍しいけど、ボク達は養成所で習ったり自分の目で見たり先輩方に聞いたりするよね。イトー君はそのあたりを補おうとしてるんだよ」

「つまりイトー殿は魔物も理性ある生き物だとお考えなのですか?私達人間と同じように」

ビビアナの声が若干の戸惑いと憤りを含んでいる。
魔物にも理性があるかとの問いには、俺はYESと即答できる。
この世界で魔物を狩るようになって2ヶ月にも満たないが、今まで狩ってきた魔物はその全てが理性あるいは何らかの思考能力を見せていた。
地を這うムカデの魔物グサーノですら、正面突破が無理ならば側方へ回り込み、それがダメなら上空からと手を変えて襲いかかってきたのだ。
それが類人の魔物であれば、何らかの社会を構成しているのが道理だろう。

「俺は魔物も生き物だと考えている。生命を維持する方法は俺達と異なるだろう。それ故に行動原理が異なるが、それでも生ある生き物には変わりない」

「そんな……それならばイトー殿は魔物でも慈しむべき対象だと仰られるのですか!?」

慈しむべき対象?ビビアナよ。どこがどうなったらそういう認識になるのだ。

◇◇◇

「カズヤ殿。口を挟んでよろしいでしょうか」

俺とビビアナの間に流れる不穏な空気を察したのか、アイダが話に入ってきた。

「カサドールは、特にビビアナさんやアリシア、イザベルといった魔法を行使する者は、他者に対する慈しみの感情を徹底的に教え込まれます。使い方を誤れば多くの者を傷つけ得る力を手にするためです。ですがその一方で魔物に対しては徹底的に憎むよう教えられます。その意思によって魔法師ならばより強い魔法を、剣士ならばより鋭い剣撃を行使できるのです」

なるほど。それが狩人の考え方か。
アイダもアリシアもイザベルも、倉庫内の殲滅戦では実に徹底的にゴブリン達を撃ち倒していた。
つい3週間ほど前までは魔物を恐れて足が竦んでいたビビアナも、もしかしたら魔物への憎悪の裏返しの感情に支配されていたのかもしれない。
一寸の虫にも五分の魂などと考えてしまう日本人的な感覚が通じる世界ではないのだ。

◇◇◇

「お喋りはそこまでよ。これ見て」

先頭を歩いていたイザベルが、突然小声で警報を発する。

イザベルが示す湿った腐葉土の上には、くっきりと何者かの足跡が残っていた。
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