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104.カディス奪還作戦④(6月5日)

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空が白む頃に3つ全ての倉庫の制圧を終え、衛兵詰所の南側の倉庫の屋上に辿り着くまでの間に、恐らく300匹以上のゴブリンとオーガを始末しただろう。

そしてそれぞれの倉庫の1階中央部に気になる物体があった。
アリシアを救った洞窟で見つけた採掘した真っ黒な水晶柱のような魔石だ。
その魔石が3本。ゴブリン達の巣窟と化した倉庫が3棟。
無関係なはずもないし、自然現象でたまたま倉庫に魔石が出現したとも考えられない。
これで今回のカディス襲撃が人為的に引き起こされた、ないしは何らかのコントロール下にある疑いが出てきた。

何にせよ魔石を回収しながら3棟目の倉庫の屋上に辿り着いたのは午前3時半を回った頃だった。

「はあ……はあ……ちょっと疲れました……」

「うえ……気持ち悪……」

「ほんとに……さすがに魔力切れです……」

アリシアはもちろんの事、短剣や長剣を使うイザベルやアイダも、相手の数の多さに辟易して遠目から銀ダンのみで倒していたのだ。通常の魔法攻撃と比べれば格段に魔力消費が少ないとはいえ、消耗もするだろう。
ノエさんも屋上の床に座り込み、しばらく動けそうにない。ビビアナに至っては、既に倒れ込んでいる。

「いくらボク達カサドールが魔物専門の狩人だっていってもね、こんな短時間で数百匹の小鬼を狩るなんてことは無いんだよ。まるでネズミ退治じゃないか……こんなのは……まったく……」

ノエさんが口にしなかった言葉の続きが痛い。
狩人というのは人々を魔物の脅威から守るために立ち向かう、誇り高き職業と地位なのだ。先程の狩りは狩りというには程遠い、単なる虐殺だ。
“まったく……こんなのは狩りじゃあない”
ノエさんはそう言い掛けたのだろう。

だが今からやろうとしている事は、ゴブリン達の手が届かないアウトレンジからの一方的な破砕だ。
作戦を聞いて、そして目の当たりにしてもなお、ノエさんと今まで通りの関係でいられるだろうか。

「日が昇るまで休憩しましょう。あと数時間はあるはずです。アリシア、アイダ、イザベルは水分補給の後にビビアナの介抱を」

「あいよ。その前に手足を洗お。顔も洗いたいし。アリシアちゃんお水出して」

「さすがにカズヤさんの水で洗うのは勿体無いよね。でもビビアナさんが先よ」

「ほいほい。んじゃビビアナの足は私が洗うわ」

イザベルがビビアナの靴を脱がせ、血糊を洗い流す。ついでに自分の手や顔も洗っているようだが、これは役得というものだ。

「ビビアナさん、お水です。魔力が回復しますから飲んでください」

アリシアがビビアナを抱き起こし、口元にペットボトルを押し当てる。ビビアナも意識はあるようだ。

3人娘とビビアナ、ノエさんが休めるようにテントを張る。
休むにも木陰や屋内など頭上が覆われた場所の方が気が安まるものだ。だが血の海になっている倉庫内に戻る気は毛頭ない。

アイダ達がビビアナをテントに引き摺り込むのを確認して、ノエさんにもう一張りのテントに入ってもらう。
詰所を包囲するゴブリン-オーガ混成軍に目立った動きはない。ミリタリーウォッチが示す時刻は午前4時だ。このままあと数時間持ってくれればいいのだが。

◇◇◇

「イトー君。さっきはすまないね。見苦しい所を見せてしまった」

5時少し前にテントから這い出してきたノエさんは、開口一番にそう口にした。

「いえ。さすがに先程のは狩りでも何でもない、ただの駆除でしたから。こちらこそお手を煩わせてしまって申し訳ない」

「いや、イトー君。それは違う。ボク達の仕事は駆除そのものだ。狩りとか大袈裟な事を言っているけど、実態は害虫や害獣の駆除と同じさ。イトー君の取る方法があの時考えられた最も効率が良く安全な駆除方法だったことは間違いないんだ。それに今回は異常事態だ。グサーノの襲撃を受けたイリョラ村にも、旅の魔導師が現れてから襲撃が起きたって噂もある。ここもそうなのかもしれない。だとすれば一刻も早くこの街を開放しなければならない。カサドールの矜持が云々なんてものは二の次だ。だからイトー君が謝る必要はないよ」

ノエさんはそう言ってはくれるが、狩人としての誇りを著しく傷つけた事は間違いないだろう。
だからこそ謝らずにはいられなかったのだ。

「それより、今後の作戦は?とりあえず衛兵隊と話を付けないといけないよね」

「はい。それをノエさんとビビアナにお任せしようかと。俺が行っても“風態の怪しい若造がノコノコやってきた”に過ぎませんから」

「はっはっは。若造なのはボクもビビアナも同じだけどね。イトー君達も徽章さえ示せば何の問題もなく指揮権を移譲されるだろうに」

「いえ。ここは街の皆さんにお世話になってるビビアナの顔を立てないと」

「そうだね。今回の件では彼女が1番頑張っているからね。さすがに今夜の作戦は堪えているみたいだけど、まあもうひと踏ん張りしてもらおう。それよりもあの子達の精神力、ありゃあ一体なんだ。ボクも多少はカサドールとしての経験はあるし、地元以外では多少は名も売れている。相変わらず父さんと母さんの前ではあの調子だけどね。そんなボクが竦んでしまうような状況でも、あの子達は立ち向かっていく。何があの子達の背中を支えているのか、ボクはそれに興味がある」

何が3人娘を奮い立たせるのか。
狩人として名を上げる事。金銭を稼ぐこと。
40年余り俗世に身を置いていた俺としては、そういった俗っぽい事しか頭に浮かばない。

「ボクはね。その原動力は君じゃあないかと思っている。イトー君には聞きたいことが山ほどあるんだ。僕だけじゃない。校長先生や教官達、いろんな街の連絡所の連中だってそうだろう。でもね。あの子達の笑顔と懐き方を見てるとどうでもよく感じてしまう。ビビアナは君達が男女の中じゃないかって疑っていたけど、あの子達の君を見る目は……そう、父親を見る目だ。君がいるからあの子達は魔物の群れに飛び込んでいける。もし君がカサドールを辞めるといえば、あの子達も辞めるんだろう」

いつになく饒舌なノエさんだが、別に俺に同意を求めている様子ではない。
高ぶる気持ちを言葉にして昇華させている。そんな感じだ。

「長話をしてしまったね。そろそろ奴らも行動を起こすだろう」

「そうですね。皆を起こしましょう」

地上がざわつき始めている。
朝っぱらからゴブリン達が衛兵隊を目掛けて突撃なんぞ敢行するのならば、計画を変更してでも助勢しなければならない。

「そろそろ作戦開始?」

イザベル、アイダとアリシアがテントから顔を出した。

「ああ。テントを畳んで戦闘に備えるぞ。イザベルはPSGー1、アリシアはG36V。アイダはM870とMP5A5を基本とする。イザベルとアリシアも状況によりへカートⅡとM870を使い分けてくれ」

「了解です。私とイザベルちゃんは遠距離攻撃ですね」

「そうだ。俺達は2方向から奴らを囲んでいる。今いる南側倉庫と、西側倉庫の2棟だ。東は衛兵達が押さえている。しかし北には手頃な建物もなく手薄だ」

「わかった。北側に拠点がないから、東と西から撃ち込んで足止めするんだ」

「そのとおり。衛兵の詰所には俺とアイダ、ノエさんとビビアナとで向かう。ここ南側にはイザベル、大鬼と弓矢を持った小鬼を真っ先に潰せ。射線が通らなければ西側の倉庫に移動してくれ」

「了解」

「西側倉庫の屋根にはアリシア、頼む」

「わかりました。カズヤさん達には近づけさせませんよ」

「いや、適度に近づけてくれないと、ボクの剣じゃ届かないからね?」

「やたらに飛び込まないでよね。射線上に飛び出してきたって、途中で止められないんだから」

「まあ上手くやってください。何よりイザベルとアリシアは自分の足元は死角になる。お互いがカバーし合うんだ。攻撃開始は俺からの合図を待て。何か質問は?」

5人の顔を見渡すが、特に異論はないようだ。
懸念事項である3人娘とノエさん・ビビアナの連携も、1週間ぶっ続けで狩りをしたおかげでだいぶ気心は知れたようだしな。

「魔石の件もある。この先何が起きるか正直わからない。無理はするな。いざとなれば自分の身を守ることを第一に考えろ。では準備が出来次第、転移魔法を使う」

こうしてカディス奪還作戦は第2段階へと入ったのである。
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