上 下
104 / 238

103.カディス奪還作戦③(6月4日~6月5日)

しおりを挟む
保存したはずという画像をアリシアが探している間に、テーブルの上を片付けて地図を書く準備をする。
当然そんな大きな紙の持ち合わせはないから、直接テーブルの天板に書くことにした。事が済めば弁償するしかないだろう。
チョークが欲しいところだが、カウンターにあった羽ペンとインクを借用する。

「画像ありました!」

アリシアが示した画像は、船着場と衛兵隊の詰所付近の上空写真だった。
映像として見た時はゴブリンやオーガの姿に釘付けになってしまったが、静止画で見ると違う情報も得られるものだ。

イザベルが画像をチラチラと見ながら、テーブルの天板に地図を書いていく。

「あ、その建物は倉庫だったはずです。そっちの路地は細いですけど、人が3人ぐらいは並んで歩けます」

実際に現地に行った事があるビビアナのアドバイスもあって、戦場となるであろうエリアの作戦地図がスムーズに書き上がる。

船着場の南側に建てられた長方形の建物が衛兵の詰所だ。俺達がいる宿屋からは3ブロック海側となる。
船着場を囲む大通りを挟んで反対側には倉庫が立ち並び、細い路地を挟んで商業地区があり、更に大通りを挟んで商業地区と居住地区がある。
ゴブリン達は倉庫の内の衛兵隊詰所に近い3つを根城にしているようだ。

「ノエさん。こういう倉庫って出入りした事ありますか?」

「護衛任務の時にそのまま荷下ろしも手伝った事はあるよ。だいたいは1階が荷捌き場で2階に休憩室や事務所があるね。屋上に上がる梯子は2階から伸びていることが多いかな」

「その荷捌き場の構造は?」

「板張りか石造りのだだっ広い空間だよ。もっと大きな港の倉庫なら、荷物を吊るして移動させるためのグロアを備えていることもあるけど、この街の荷揚げは人力みたいだから手積みじゃあないかな」

聞き慣れない単語が出てきたが、ノエさんの手付きを見るに起重機ないしはクレーンのことのようだ。

「それじゃあ倉庫の中には荷物がびっしりって事ですか?」

「いいやアリシアちゃん。たぶん倉庫の中身は少ないと思うよ。この写真?っていうの?この綺麗な絵を見て。ちょっと遠いけど、ここにある帆船の喫水が深いでしょ。だから荷揚げする前か荷を積んで出港待ちじゃないかと思う」

「ビビアナ。ここの3つの倉庫って裏口や通用口はあるのか?それとも正面の大扉だけか?」

「えっと……正直記憶にありませんが、だいたいは路地に面した側には扉はあります」

「わかった。では宿の裏口から近くの屋上に転移し、倉庫の近くまで順番に転移する。その後、路地に面しているであろう裏口を目指す。裏口をノエさんの固有魔法で開けて進入し、1階の小鬼を排除。その後に各窓と出入口を硬化魔法で固定して、外部からの侵入を防ぐ。これはアリシア、やってくれるな?」

「はい。任せてください」

「1階と2階を制圧後、屋上から隣の倉庫の裏口に転移して次の建物を攻略。この繰り返しだ」

「イトー君。倉庫内への進入はできても、内部の小鬼達が一斉に襲い掛かってきたら厄介だよ」

「そうですねノエさん……ビビアナ。鎮静魔法って広範囲に行使できるか?」

「え?鎮静魔法……ですか?それは可能ですが、広範囲と言われても限界はあります。元々は額や身体に触れて痛みを取り去る魔法ですから」

「イトー君は鎮静魔法を使って、倉庫内に潜む小鬼達を纏めて眠らせておこうってつもりだね。でも活動している小鬼や大鬼を一瞬で眠らせるような力は鎮静魔法にはないよ?」

「ええ。それでも寝ている魔物を寝ているままで倒せるなら、それに越したことはないでしょう」

「まあそれもそうか。どれだけの数に効果があるかは運次第だけど、ビビアナちゃん、やれる?」

「鎮静魔法にそんな使い方が……わかりました。やります!」

「よし。ではこの作戦でいく。全員エアガンの使用は禁止。武器は音が小さい銀ダンと剣、弓矢のみとする。屋内戦闘だから跳弾に注意しろ。炎系の魔法は使うなよ。貫通魔法も重ね掛けはするな。何か質問は?」

ランプに照らされた一同の顔は引き締まっているが、不安の色はない。

「それでは作戦開始!」

◇◇◇

宿屋の裏口から外に出た俺達は、月明かりに照らされながら近くの建物の屋上へと転移し、そこから屋上伝いに倉庫まで移動する。
月明かりに浮かび上がる3人娘とビビアナにコスプレでもさせればさぞかし映えるのだろうが、そんなお遊びをしている状況でもない。今から向かうのは殺るか殺られるかの狩場なのだ。

「いやあ……毎度ながら便利な魔法だね。イトー君、君、国軍に引き抜かれでもしたら間違いなく最前線で使い潰されるよ」

目的の倉庫の屋上まで到達した所で、ノエさんが囁いてくる。

「それは嫌ですね……せいぜい人前では使わないように気を付けます。イザベル。裏口の場所はわかるか?」

屋上から身を乗り出すようにして下を覗いていたイザベルに声を掛ける。

「こっちにそれっぽい扉があるよ。アリシアちゃん、表の扉が閉まってるなら、今のうちに硬化魔法使っちゃえば?この距離でも届くでしょ?」

身体を起こしたイザベルが、今度はアリシアに話しかけた。

「そりゃあカズヤさんの家ごと硬化できるんだから、距離的には大丈夫だけど。目で見ないと範囲が指定できないよ」

「外壁ごと固めちゃえばいいんじゃないか?それなら範囲も指定できるだろう?」

「確かに。アイダちゃん頭いい!カズヤさん、その方法でもいいですか?」

「ああ。任せる」

アリシアが大きく頷くと、正面側の外壁に屋上から手を当てる。

「よし!できました!」

アリシアが呟き立ち上がる姿を、ビビアナが呆然と見ている。

「作戦会議では何を言っているのかわからなかったけど……硬化魔法にそんな使い方があったの?」

「硬化魔法というのは、要は相対位置の固定だろう?だったら閉まっている扉や窓は閉まった固定される。土の壁や鎧を固くするだけの魔法としてだけ使うのは惜しいからな」

ビビアナの呟きに答える俺の言葉に、ビビアナは訝し気に頷くだけだ。まあいい。これから先が本番だ。
一気に倉庫の裏手に転移し、ノエさんが固有魔法を発動して裏口の閂を切り落とす。

「ビビアナ。扉を少し開くから、鎮静魔法の準備を」

「了解です。いつでもどうぞ」

ビビアナの持つ杖の先端がほんのり光るのを待って、ノエさんがゆっくりと扉を引く。
隙間から銀ダンの先端を突き入れ警戒するが、少なくとも真正面にゴブリンの姿はない。

「よし。ビビアナ、頼む」

「はい。光を直視しないでください!Sedación!」

扉の隙間にビビアナが杖を差し入れ、魔法の名を唱えた瞬間、杖の先端の光が強烈に輝いた。

◇◇◇

「もう大丈夫です。鎮静魔法が効いたと思います」

「わかった。ビビアナありがとう。皆、準備はいいか?」

イザベルは両腰の短剣を抜き放ち、アイダは右手で長剣、左手で銀ダンを構える。
アリシアは銀ダンをダブルハンドで握る。ノエさんは短剣のみ。ビビアナは魔法戦に特化するようだ。

「進入する。俺とアリシアは右、アイダとイザベルは左、ビビアナとノエさんは正面と2階からの侵入に備えてください。行くぞ!」

殿のノエさんが保持してくれた扉から、次々と倉庫の中へと入る。
月明かりのあった外とは違い、石造りの倉庫の中は真っ暗だ。

「アリシア、光魔法を前方に」

「了解。行きます!」

アリシアが放った光魔法の光球は倉庫の天井付近に留まり、周囲を照らす。
床にも荷物の上にも、うじゃうじゃとゴブリンが寝ている。鎮静魔法なしで倉庫に踏み入っていたらと思うとゾッとするような数だ。
寝ているゴブリン以外には効果が無いだろうという事だったが、とするとほとんどのゴブリンが寝入っていたということか。ところどころにある血だまりは犠牲者のものか、あるいは共食いか。

「よし。魔法が効いているうちに止めを刺せ!」

ここから先は描写する必要もない一方的な殺戮であった。
寝ているゴブリンの眉間にあるいは脳天に次々にKD弾を撃ち込んでいく。
2階の事務所らしきところでは起きているゴブリンもいたが、数匹のゴブリンなどアイダやイザベルの敵ではなかったのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...