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98.カディスにて②(5月28日)

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結局5月27日は丸一日を初歩的な自然科学の解説に充ててしまった。
おかげで身体は休まったが頭は余計に疲れた気がする。
しかし、この世界の世界観の一端を理解できたように思う。何せ地球の誕生まで遡って説明する必要があったからだ。

この世界、とりあえずタルテトス王国で考えられている創世記はこんな具合だ。

まず初めに混沌があり、混沌の中から光と闇が生まれ、次いで光の中から大地の神ガイアと天空の神ティニアが生まれた。
やがて大地の神ガイアは闇を大地の下、地下深くに追いやり、地上は明るく照らされるようになった。
光は太陽神ルーと月と星々の神ケリドウェンを、天空の神ティニアが水の神ネスンスと風の神アネモイを産み、太陽と月の光が大地と水に降り注ぎ、生き物が誕生した。それ故に生きとし生けるものは体内に水を宿し、死ねばその抜け殻は土に還るのだ。
一方で地下に追いやられた闇は冥界インフェルノを産み、冥界の神アイドーネが誕生した。
アイドーネは自らを閉じ込めるガイアを憎み、広い地上を妬んで咆哮を繰り返した。
その吐息が魔素となって地上に満ち、異形の魔物が誕生したのである。
それらの魔物の跋扈を快く思わなかったガイアとルー、ケリドウェンとネスンス、アネモイ等の神々は、人間に魔素を使い魔法を行使する力を与え、魔物を抑え込もうとした。しかし天空の神ティニアは自らの支配する領域で両者が争う事を許さなかった。
こうして我々人間は、地上で或いは海上で魔物と対峙する力を得たのである。

とまあ言葉にすれば10行ぐらいで収まるのだが、実際には様々な逸話が入り混じって何冊もの本になるらしい。

◇◇◇

「それじゃあ、鳥型というか大空を飛翔する魔物を見かけないのは、天空を支配する神がその存在を許さないからということか?」

ビビアナの索敵サーチ&#撃破__デストロイ__#の訓練を行うためにカディスの森を歩きながら、傍らのアリシアに尋ねる。
今回の編成は先導役のポイントマンにアイダとビビアナが就き、アタッカーにノエさんとイザベルが入った。残った俺とアリシアはサポーターに徹するため、必然的に俺の相方はアリシアとなった。

「そうだと言われていますが、実際のところは上空の魔素が薄いせいなのかもしれません。その逆に地下の洞窟や谷底などは、魔素が濃く溜まっています」

ほほう。それは新情報だ。
つまり魔素は空気より重いという事だ。
空気より重い大気中の成分といえば二酸化炭素だが、二酸化炭素は対流によって大気中に拡散し、ある程度の垂直分布はあるにせよ局所的に濃度が高いという事はない。
とすれば二酸化炭素よりも重く、神話を信じるならば地下より噴出したガス状の物質……
火山国日本出身の身としては、真っ先に思い当たるのは硫化水素や亜硫酸ガスといった火山性ガスだが、そのどれも特有の臭気がする。そもそも人体に影響が出るほどの濃度であれば、微生物以外の生命は生きていけないだろう。

「その濃く溜まっている場所に行ったら、つまり大量の魔素を吸ってしまったらどうなるんだ?」

「あれれ?イトー君面白い事を気にするねえ。それはねえ」

「思いっきり魔力が上昇します。それはもう、どれぐらい魔法が使えるのかってほどです」

ノエさんが何やら茶化そうとしたようだが、アリシアが遮って結論を言ってしまったらしい。
ちょっと変な顔をしながら隊列に戻るノエさんの後ろ姿を見ながら、魔素とは何かをぼんやり考える。

魔素と呼ばれる何かを大量に吸い込むと、魔力が上昇する。その魔素は魔素を含む食品からでも採取できる。3人娘は俺の首筋やら指先からも吸い出せるようだが、そんな摂取の仕方は例外だろう。
糖分やそれに類する栄養素のようなものだろうか。
いや、それにしては効果が出るのが早すぎる。魔力が尽きたといってフラフラしていたイザベルやアリシアが、すぐにピンピンするほど即効性がある栄養素などないはずだ。

やはり酸素のような大気を構成する1成分か。
糖分がエネルギー源になるのは、糖分がグルコースに代謝され、その後に細胞質基質でピルビン酸に異化され、さらにミトコンドリア内のクエン酸回路によって酸化され最終的に二酸化炭素になる過程があるからだ。その過程で取り出せるATP(アデノシン三リン酸)によって、細胞が活動し生命機能が維持される。
このサイクルを回すためには酸素が必須であり、人を含めたほとんどの生物が酸素を絶たれると直ちに生命活動を絶たれるのは、このサイクルが立ち行かなくなるためだ。
そしてミトコンドリアは太古の昔にプロテオバクテリアが真核細胞に共生することで獲得したらしい。

まさか魔素とやらを魔力に変換する機構を細胞内に組み込まれているのではあるまいな。

◇◇◇

視界の先で先行していたアイダがスッと握った拳を上げた。予め決めておいたハンドサインだ。
後に続いていた4人が一斉に動きを止める。
イザベルが頻りに地面を気にしている。何かあるのか。

と、アイダがゆっくりと手招きする。
静かに近寄れか。

「どうした?何か見つけたか?」

アイダに近づき耳元で囁く。

「ええ。ビビアナが足跡を見つけました。だいぶ遠いようですが」

「これはグランシアルボです。間違いありません」

ビビアナが指し示す地面には細長い2対の蹄の跡がくっきりと残っている。副蹄の跡がないから、シカの仲間のようだ。
だが蹄が異常に大きいし、歩幅も広い。
そして辺りの木々の幹が所々焦げているのも気になる。

「ちっ。厄介な奴がいるわね。どうりで焦げ臭いと思った。足跡の向かう先は……あっちね」

イザベルが北西の方向を指す。

「なあ。そのグランシアルボってのはどんな魔物なんだ?シカの足跡にも見えるが」

どうやら足跡の正体に察しがついていないのは俺だけらしい。

「カズヤさんの言うとおり、シカの魔物です。ただ奴は肉食です」

「それに火を噴く。もうドバアッと口から噴くんだよ。なんで火傷しないんだろ」

火を噴く肉食のシカ?

火を噴く魔物といえば、ファンタジーでは幾つか心当たりがある。
ドラゴンがそうだし、冥界の番犬ケルベロスなんかもそんな描写をされていた。
シカが雑食であるというのは最近の研究で報告されているらしい。日常的に雑食というよりは、ミネラル分が足りなくなった時に死体の骨を齧って摂取するという程度のもののようだが、草原で小鳥を喰うような映像も見た記憶がある。
魔物の骨なり何なりを齧って魔物化したのだろう。

「それで、どうする?まだ遠いなら避けて移動するか?」

「冗談。せっかくの獲物よ。狩るに決まってる」

イザベルは当然そう言うよな。

「そうですね。グランシアルボの革は耐火服の材料として高値で取引されますし、可能なら革の胸当てと小手を作りたいところです」

アイダの発言は火の魔法を得意とする者ゆえの事だろう。

「グランシアルボからは赤い魔石が取れます。それに何よりその肉量!大型のグランシアルボなら普通のシカの3倍は獲れます!」

そしてアリシアも狩りに賛同する。

「それに奴の角は薬の原料として高値で取引されるしね。毛皮に魔石、肉に角、全部合わせたら金貨10枚は下らないんじゃないかな」

ノエさんの意見に3人娘が頷く。

さて、後は肝心のビビアナがどう言うかだが。
今日の探索はビビアナの修行が主目的だ。
普通のシカの3倍の肉が獲れるということは、単純にシカの3倍の大きさがあるということだ。そんな魔物を狩るというかどうか。

地面に残るグランシアルボの大きな蹄の跡をじっと見つめていたビビアナが、キッとした表情で俺を見た。

「やります。いえ、私1人では到底無理ですが、皆さんのお力をお貸しください!」

決まりだな。では早速作戦会議といこう。
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