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93.キャットファイト!?(5月26日)

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ビビアナが案内してくれた宿は、石造りの3階建てだった。内装は板張りで暖かみのある造りになっている。

「続きの3部屋で1週間、お願いします。食事は別で」

「はいよ。ビビアナちゃんはお得意様だから、特別に安くしとくよ」

「お姉さんありがとう!」

「よしとくれよ。私はもうおばさんだよ」

受付のカウンターを挟んで、ビビアナと宿の女将さんが話している。
ノエさんが馬と馬車を馬小屋に回している間、俺達は受付の横にある食堂の丸テーブルに着いて、壁に掛けられた地図やらレリーフやらを眺めている。

「イトー君達お待たせ!馬丁さんに預けてきたよ!」

ノエさんが戻ってきた。

「あら。あっちの大きなお兄さんもいいけど、今来たのもいい男じゃないか。どっちがビビアナちゃんのいい人なんだい?」

「ちょっとお姉さんやめてください!私は殿方には興味ありませんわ」

「そうだったねえ。じゃあ、あっちの女の子達かい?」

「え…えっと…それは……」

おいおい。別に個人の趣味嗜好に文句は無いが、ビビアナはノエさんに惚れているのかと思ってたぞ。
まあトシゴロの女の子の照れ隠しなんのかもしれないが。

「ふ~ん。面白そうな話してるじゃない」

イザベルの呟きが不穏な雰囲気を纏っている。

「ん?イザベルちゃんどうしたの?」

「いいのいいの。気にしないで」

アイダが怪訝そうな顔をしたところを見るに、さっきのやり取りは俺とイザベルにしか聞こえなかったようだ。

「お待たせしました。3部屋確保しましたわ。では参りましょう」

3部屋か。ノエさんとビビアナが1部屋づつ。残りの1部屋に俺達4人か。
まあいつもの事だ。ベッドが狭いならシュラフを出すなり家に戻るなりすればいい。

勝手知ったる様子のビビアナが案内してくれたのは、3階の端の一角だった。

「私はいつも角部屋ですの」

「じゃあボクは3つ目の部屋で」

「私達は真ん中ですね」

ビビアナからアリシアとノエさんが鍵を受け取り、部屋に入ろうとしたところで“待った”が掛かった。

「お待ちになって。私達は6人。部屋は3つ。ここは2人づつに別れるべきですわ。ノエさんとイトー殿が1部屋。アリシアさんとイザベルさんが1部屋。アイダ様と私が1部屋。よろしいですね」

ビビアナの発言に虚を突かれたかのように、しばらく静寂が流れる。

「えっと……ビビアナさん?私達はいつも4人同じ部屋なので、別に気を遣っていただかなくても結構ですよ?」

「そうだな。私達はカズヤ殿に命を救っていただいた恩があるし、ずっと一緒にいると誓ったからな。多少部屋が狭かろうが問題無い」

ようやく絞り出すかのように反論したアリシアの言葉にアイダが被せるが、言われた方のビビアナは豪奢な金髪を軽く振ってから腰に手を当てて続けた。

「はあ……気を遣うとか命を助けてもらった恩があるとか部屋が狭いとか、そんな問題じゃありませんわ。いいですか皆さん。私達は女です。それが結婚しているでもない男性と同じ部屋で寝泊まりするなど、遠征の最中ならいざ知らず、そんな破廉恥な行いは監察生として看過できませんわ!」

破廉恥ときたか……七年男女不同席と記したのは孔子だったか。
確かに同じ部屋で寝泊まりするなど不適切だったかもしれない。結婚を誓い合った仲でも、ましてや結婚しているわけでもないのは事実だ。
いかに3人娘を娘のように思っていると言ったところで、世間の目はそのようには見ないだろう。
年の近い兄と妹だと説明するか?残念ながら3人の誰とも俺の見た目は似ても似つかない。
腹違いで種違いの兄妹など、血縁上はただの他人だ。

「破廉恥ってどういう意味ですか!私達はやましいことなど何も無いです!」

「アイダちゃんのいうとおりです!私達はあの洞窟でカズヤさんに命を救われてから、ずっと一緒なんですから!数日前に会ったばかりのビビアナさんに、何がわかるって言うんですか!」

「あなた達が同室で何をしているか、どんな関係かなどはどうでもいいのです。ただ誇りある王立アルカンダラ狩人養成所に身を置く者として、品行方正でなければならないと言っているんです!」

アイダとアリシアの反論にもビビアナが耳を貸す素振りはない。

「あのさあ。さっきからあんたが言ってるのは、監察生としての言い分よね」

ここまで沈黙を保っていたイザベルが口を開いた。

「あんたも知っていると思うけどさあ。私達はもう学生じゃないのよね。“お前達に教えることは何もない”って一足飛びに卒業したの。だから、学生のあんたにどうこう言われる筋合いはないのよ」

真っ白な髪を搔き上げながら、イザベルが静かに言い放つ。それを聞いたビビアナの顔色が真っ赤になる。

「だから学生さんは大人しく自分の部屋に入ってなさい。明日も面倒は見てあげるわ。それとも何?別行動してもいいけど。あなただけでトローの巣窟とやらに突撃する勇気があるのなら、勝手にすればいいわ。アルカンダラの家にわざわざやってきて半泣きで同行を頼んだのはどこの誰だったか、もう忘れたのかしら。大した監察生様だこと」

「な……なんですって……」

ビビアナの顔が真っ赤を通り越して、金色の髪の毛一本一本まで怒りが満ちて、天を突きそうになっている。

「イザベル。言い過ぎだ。もう部屋に入れ。アリシアとアイダもだ。イザベルを頼む」

「ふぁ~い。お兄ちゃんがそう言うなら、もういいや」

「わかりました。行こうアイダちゃん」

「ああ。ノエさん。今日はお疲れさまでした」

アリシアが部屋の鍵を開けるのを見て、俺はビビアナに向き直る。

「ビビアナ。うちのイザベルが言い過ぎた。明日にはきちんと謝罪を……」

「うるさい!あなたが悪いんでしょ!あなたがあの3人を誑かしてるんだわ!」

おっと……今度は攻撃の矛先がこっちに向いたか。
しかし何故だ。さっきまで乗っていた荷馬車では、ぎこちないながらもフレンドリーに会話していたはずだ。

「だいたい何!あの得体のしれない魔道具に探知魔法!あんな魔道具が作れるなんて、さては魔物ね!きっとそうだわ。大襲撃の先触れとしてやってきて、それであの3人を誑かしたのよ!私が狩ってあげるから覚悟しなさい!」

ビビアナが腰に下げた小さな杖を抜き俺に向かって突き出す。
魔法攻撃か。打たれる前に撃つしかないか。

ごく自然に腰のUSPハンドガンのグリップに手が伸びる。

パンッ!!

乾いた音が廊下に響いた。

◇◇◇

廊下に静寂が戻る。
ビビアナが真っ青な顔のまま、自分の左頬を押さえて立ちすくんでいる。
事の成り行きを見守るように黙っていたノエさんがスッと俺とビビアナの間に割って入り、ビビアナの頬を打ったのだ。

「女の子同士の他愛もない言い合いなら黙っているつもりだったけどね。イトー君を侮辱するなら話は違うよ。ビビアナ、君はアステドーラでの救出劇を知らない。君はナバテヘラでのハボーサ襲撃事件を知らない。イリョラ村での出来事ぐらいは聞いているか。ボクはアステドーラもナバテヘラも、この目で見た。イリョラ村に一緒に行かなかったのが残念でならない。いいかビビアナ。その全てが、イトー君とこの3人の功績なんだ。それだけの功績を上げたイトー君達を君は侮辱した。愛想を尽かされたとしても文句は言えないよ」

ノエさんがビビアナに諭すように言い聞かせる。
イザベルはあんな言い方をしたが、多分突き放す気はないだろう。
むしろ今までのことを話されると、何だかこっ恥ずかしい気持ちになる。

「ビビアナも自室に入りなさい。ゆっくり休んで冷静になるんだ。いいね」

「は……い……わかりました」

ビビアナはさっきまで真っ青だった顔を真っ赤にしてくるりと踵を返し、部屋へと駆け込んだ。

「さて、イトー君。それに皆も。すまなかったね。あの子にはボクからきちんと言い聞かせておくから、許してやってくれ」

こちらに向き直ったノエさんは、いつもの飄々とした雰囲気になっていた。
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