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92.カディスに到着する(5月24日〜26日)
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M870をぶっ放して多数のゴブリンを仕留めたアイダがビビアナからの質問責めにあったのは当然の結果だ。とはいえ質問されても彼女が答えられる事が少ないのも事実だった。
何せ開発者のはずの俺でさえ、何故こうなるのか正直よく分かってはいない。撃ち出した弾丸状の物を加速し貫通させる。言葉にすればそれだけだ。
よくわからない事がもう一つある。
弾丸状の物を撃ち出すだけならば、何故この世界に似たような武器が成立していないのかという事だ。
「なあビビアナ。こういう石礫のようなものを飛ばして攻撃するのは珍しいのか?」
書物を読み漁っているらしいビビアナならば、何か知っているかもしれない。
「え?えっと…そうですね……」
アリシアとイザベル、それにノエさんが手分けして戦利品を回収して戻ってきても、ビビアナはいつまで経っても馬に乗らずに馬車の荷台に上がり込んだままだった。というかアイダの隣にべったりと張り付いている。
仕方ないから今はノエさんが騎乗して馬車の御者台ではアリシアが手綱を握ることになった。
「ってか何であんたが荷台に移ってきてんのよ。愛馬はどうしたの」
「うるさいわね!今はイトー殿とアイダ様とお話ししてるの!外野は黙ってなさい!」
ビビアナが金髪縦ロールを揺らしてイザベルを一喝した。その余りの剣幕にさしもののイザベルも黙ってしまう。
「え…えええええ……ビビアナさんってそんな性格だったっけ……」
「知らないわよ。ったく、私だって活躍したのに」
イザベルはすごすごと御者台に移ってアリシアの隣に座り直す。
「それで、石礫を使う武器でしたね。よく使われるのは投石機ですね。個人用ならばカタポルタです。革を編んで作った長さ1メートルほどの丈夫な紐の真ん中に、石を包むための帯状の部分があります。こう…振り回して斜め前方に打ち出す石は、熟練者なら400メートルぐらい飛びます」
その投石器は街の衛兵も装備している連中がいた。だが投石器は多数の兵士が一斉に攻撃する武器だろう。面制圧には向いていると思うが、ピンポイント攻撃ではない。
「それと…確か弓を使って礫を打ち出す武器もありますよ。西方の物語で読んだ事があります。名前は……バーラ?とかそんな感じだったかと」
弓を使って礫を打ち出す。それは弾弓だな。中国で開発されたはずの暗器の一種だ。
やはり西方には中華文明にも似た社会が成立しているのかもしれない。まさか西方の果てには島国があったりしてな。
「でもさあ。ボクも弓には自信があるけど、石ころみたいなのを打ち出すなんて無理だよ。そもそもどうやって弦に引っ掛けるんだい?矢なら溝が彫ってあるけど」
「それはたぶんカタポルタみたいに帯状の部分があるんですよ。でも普通に弓を引いたら左手に礫が当たりそうですよね」
「それは弓の形を変えればいいんじゃない?それか構え方を変えるとか。ほら、横に寝かせる打ち方もあるじゃない?その応用で……」
馬上のノエさんに御者台のイザベルも参加して、バーラがどんな武器なのかワイワイと議論が始まった。
本当は火薬や銃について尋ねたかったのだが、この様子ではそのどちらも未だ存在しないような気がする。あるいは西方の文明では誕生しているのだろうか。
ビビアナ達の議論を聞きながらそんなことを考えているうちにも馬車は進み、日が傾く頃には野営の準備に入った。宿場町で宿を取るという選択肢もあったが、天気もいいし野営することにしたのだ。
ゴブリンとの戦闘で多少の時間的ロスはあったものの、概ね旅路は順調らしい。
アリシア達が広げたテントやシュラフについてノエさんとビビアナからの質問攻めがあったものの、何とか日暮れ前には野営の準備を整え簡単に夕食を済ませると、6人を3班に分けて交代で見張りをすることにして眠りについた。
◇◇◇
翌日の5月25日は至って平穏な旅路だった。
出発当初と変わった点といえば、昨日に引き続き馬車の手綱をアリシアが握っているという事とノエさんが騎乗していること、そしてビビアナがアイダの隣に座っているという事だ。
「う~ん……ボクが手綱を握っているより馬が元気そうなんだよね。速度も上がってるし、このまま行こうか」
ノエさんが頭を掻きながら言うことに異論はない。馬車馬が元気なのはノエさんよりもビビアナの方が軽いからという理由ではないとは思うが。
「ねえねえ。ちょっとビビアナ変じゃない?なんでアイダにべったりくっついてるの」
「さあねえ。てっきりノエさん狙いだと思ってたんだけど。まあカズヤさん狙いになるよりいいけど」
「そんなの私の目が黒いうちは許さないんだから!」
荷台の後ろの方で剣を磨くアイダの横顔を見つめるビビアナをちらちらと見ながら、御者台のイザベルとアリシアが何やら話しているのが、背中越しに聞こえる。
「あ!グロセリアの実だ!先に行ってて!追いつくから!」
こんな感じでイザベルが文字通り脱線する。そして戻ってくる時には両手いっぱいの赤やら黄色の果物を取ってくる。
グロセリアの実は低木に房状に生る酸味の強い果物だ。どう考えてもビタミン摂取量が足りていない娘達の手軽な栄養補給なのだろう。
この日は予定の行路を大幅に超え、カディスの街までおよそ半日の距離に到達した。
ノエさんとビビアナの話では、このまま行けば明日26日の午前中には海が見えてくるらしい。
◇◇◇
翌5月26日。
2人の言葉通り、前方の森の先に水平線が見えた。半島の東の海だ。
5月半ばには半島の西の海上にいたのだから、およそ半月で半島を横断したことになる。
海岸線は左手に大きく弧を描き、その先は霞がかかって見えない。
そして突然森が開けた。眼下には高低差50メートルほどの断崖絶壁となり、街道は大きく右に折れる。
その崖下に張り付くように、カディスの街があった。
海に面した船着き場には多くの帆船が停泊し、船着き場を囲むように左右から切り立った岩々がせり出している。
街の南北には森が広がっており、左手側からは河も流れ込んでいる。
ちょうど隕石が大きな岬の先端部分を吹き飛ばしたか、カルデラ湖が海と繋がったかのような構造だ。
「あちらの霧の向こうは魔物の領域です。ここカディスは後方を断崖、前方も山に囲まれた天然の要害です。大襲撃の際には最前線の砦になりますし、平時にはガルチェやデニアといった東岸の街への交易拠点でもあります。イトー殿が育ったというスー村へも、海沿いの街伝いに行くことができるはずです。難点と言えばアルカンダラへと続く街道の入口が最大の難所という事ぐらいでしょうか」
崖沿いに拓かれた街道をゆっくりと下りながらビビアナの解説を聞く。
荷を満載した馬車などならば、確かにこの坂は上るのも下るのも危険が伴うだろう。
やがて傾斜も緩やかになり、街道はT字路を迎え大きく左に折れるとカディスの街の南門へと続く。
「右に行けばエクスリャルの街へと続きますが、今回の任務はカディスの北側です」
荷馬車の御者をアリシアと交代したビビアナの先導で門を通る。
門番の衛兵はいるが、特に誰何されることもなかった。むしろビビアナは気軽に世間話などしている。
新しい街に入るたびに多少は緊張するのだが、ここまで訪れた街では門で止められるという経験をしていない。おおらかなのか弛んでいるのか判断に苦しむところだ。
「さあ!カディスに到着です!早速ですが私の定宿にご案内しますね。豪華な部屋ではないですが、馬小屋もあって清潔な宿です。こっちですよ!」
何やらビビアナが美人なツアーガイドさんに見えてきた。
そんなこんなで2日半の旅は終わり、目的地であるカディスの街に到着した。
何せ開発者のはずの俺でさえ、何故こうなるのか正直よく分かってはいない。撃ち出した弾丸状の物を加速し貫通させる。言葉にすればそれだけだ。
よくわからない事がもう一つある。
弾丸状の物を撃ち出すだけならば、何故この世界に似たような武器が成立していないのかという事だ。
「なあビビアナ。こういう石礫のようなものを飛ばして攻撃するのは珍しいのか?」
書物を読み漁っているらしいビビアナならば、何か知っているかもしれない。
「え?えっと…そうですね……」
アリシアとイザベル、それにノエさんが手分けして戦利品を回収して戻ってきても、ビビアナはいつまで経っても馬に乗らずに馬車の荷台に上がり込んだままだった。というかアイダの隣にべったりと張り付いている。
仕方ないから今はノエさんが騎乗して馬車の御者台ではアリシアが手綱を握ることになった。
「ってか何であんたが荷台に移ってきてんのよ。愛馬はどうしたの」
「うるさいわね!今はイトー殿とアイダ様とお話ししてるの!外野は黙ってなさい!」
ビビアナが金髪縦ロールを揺らしてイザベルを一喝した。その余りの剣幕にさしもののイザベルも黙ってしまう。
「え…えええええ……ビビアナさんってそんな性格だったっけ……」
「知らないわよ。ったく、私だって活躍したのに」
イザベルはすごすごと御者台に移ってアリシアの隣に座り直す。
「それで、石礫を使う武器でしたね。よく使われるのは投石機ですね。個人用ならばカタポルタです。革を編んで作った長さ1メートルほどの丈夫な紐の真ん中に、石を包むための帯状の部分があります。こう…振り回して斜め前方に打ち出す石は、熟練者なら400メートルぐらい飛びます」
その投石器は街の衛兵も装備している連中がいた。だが投石器は多数の兵士が一斉に攻撃する武器だろう。面制圧には向いていると思うが、ピンポイント攻撃ではない。
「それと…確か弓を使って礫を打ち出す武器もありますよ。西方の物語で読んだ事があります。名前は……バーラ?とかそんな感じだったかと」
弓を使って礫を打ち出す。それは弾弓だな。中国で開発されたはずの暗器の一種だ。
やはり西方には中華文明にも似た社会が成立しているのかもしれない。まさか西方の果てには島国があったりしてな。
「でもさあ。ボクも弓には自信があるけど、石ころみたいなのを打ち出すなんて無理だよ。そもそもどうやって弦に引っ掛けるんだい?矢なら溝が彫ってあるけど」
「それはたぶんカタポルタみたいに帯状の部分があるんですよ。でも普通に弓を引いたら左手に礫が当たりそうですよね」
「それは弓の形を変えればいいんじゃない?それか構え方を変えるとか。ほら、横に寝かせる打ち方もあるじゃない?その応用で……」
馬上のノエさんに御者台のイザベルも参加して、バーラがどんな武器なのかワイワイと議論が始まった。
本当は火薬や銃について尋ねたかったのだが、この様子ではそのどちらも未だ存在しないような気がする。あるいは西方の文明では誕生しているのだろうか。
ビビアナ達の議論を聞きながらそんなことを考えているうちにも馬車は進み、日が傾く頃には野営の準備に入った。宿場町で宿を取るという選択肢もあったが、天気もいいし野営することにしたのだ。
ゴブリンとの戦闘で多少の時間的ロスはあったものの、概ね旅路は順調らしい。
アリシア達が広げたテントやシュラフについてノエさんとビビアナからの質問攻めがあったものの、何とか日暮れ前には野営の準備を整え簡単に夕食を済ませると、6人を3班に分けて交代で見張りをすることにして眠りについた。
◇◇◇
翌日の5月25日は至って平穏な旅路だった。
出発当初と変わった点といえば、昨日に引き続き馬車の手綱をアリシアが握っているという事とノエさんが騎乗していること、そしてビビアナがアイダの隣に座っているという事だ。
「う~ん……ボクが手綱を握っているより馬が元気そうなんだよね。速度も上がってるし、このまま行こうか」
ノエさんが頭を掻きながら言うことに異論はない。馬車馬が元気なのはノエさんよりもビビアナの方が軽いからという理由ではないとは思うが。
「ねえねえ。ちょっとビビアナ変じゃない?なんでアイダにべったりくっついてるの」
「さあねえ。てっきりノエさん狙いだと思ってたんだけど。まあカズヤさん狙いになるよりいいけど」
「そんなの私の目が黒いうちは許さないんだから!」
荷台の後ろの方で剣を磨くアイダの横顔を見つめるビビアナをちらちらと見ながら、御者台のイザベルとアリシアが何やら話しているのが、背中越しに聞こえる。
「あ!グロセリアの実だ!先に行ってて!追いつくから!」
こんな感じでイザベルが文字通り脱線する。そして戻ってくる時には両手いっぱいの赤やら黄色の果物を取ってくる。
グロセリアの実は低木に房状に生る酸味の強い果物だ。どう考えてもビタミン摂取量が足りていない娘達の手軽な栄養補給なのだろう。
この日は予定の行路を大幅に超え、カディスの街までおよそ半日の距離に到達した。
ノエさんとビビアナの話では、このまま行けば明日26日の午前中には海が見えてくるらしい。
◇◇◇
翌5月26日。
2人の言葉通り、前方の森の先に水平線が見えた。半島の東の海だ。
5月半ばには半島の西の海上にいたのだから、およそ半月で半島を横断したことになる。
海岸線は左手に大きく弧を描き、その先は霞がかかって見えない。
そして突然森が開けた。眼下には高低差50メートルほどの断崖絶壁となり、街道は大きく右に折れる。
その崖下に張り付くように、カディスの街があった。
海に面した船着き場には多くの帆船が停泊し、船着き場を囲むように左右から切り立った岩々がせり出している。
街の南北には森が広がっており、左手側からは河も流れ込んでいる。
ちょうど隕石が大きな岬の先端部分を吹き飛ばしたか、カルデラ湖が海と繋がったかのような構造だ。
「あちらの霧の向こうは魔物の領域です。ここカディスは後方を断崖、前方も山に囲まれた天然の要害です。大襲撃の際には最前線の砦になりますし、平時にはガルチェやデニアといった東岸の街への交易拠点でもあります。イトー殿が育ったというスー村へも、海沿いの街伝いに行くことができるはずです。難点と言えばアルカンダラへと続く街道の入口が最大の難所という事ぐらいでしょうか」
崖沿いに拓かれた街道をゆっくりと下りながらビビアナの解説を聞く。
荷を満載した馬車などならば、確かにこの坂は上るのも下るのも危険が伴うだろう。
やがて傾斜も緩やかになり、街道はT字路を迎え大きく左に折れるとカディスの街の南門へと続く。
「右に行けばエクスリャルの街へと続きますが、今回の任務はカディスの北側です」
荷馬車の御者をアリシアと交代したビビアナの先導で門を通る。
門番の衛兵はいるが、特に誰何されることもなかった。むしろビビアナは気軽に世間話などしている。
新しい街に入るたびに多少は緊張するのだが、ここまで訪れた街では門で止められるという経験をしていない。おおらかなのか弛んでいるのか判断に苦しむところだ。
「さあ!カディスに到着です!早速ですが私の定宿にご案内しますね。豪華な部屋ではないですが、馬小屋もあって清潔な宿です。こっちですよ!」
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