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90.カディスに向かう③(5月24日)
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「イザベルの固有魔法“必中”と、カズヤ殿の見ている探知魔法の視界を組み合わせて……私の固有魔法を使ってアリシアに譲渡しました。その結果、アリシアの放った矢は小鬼を確実に貫きました」
アイダがとうとう自分の固有魔法について口にした。
「え……どういうこと?」
「魔法の発現効果を他人に使わせる……つまり“譲渡”ということですね?」
「そうです。なんだか盗みを働いているようで、人に言うのは気が引ける固有魔法ですが」
「盗み?そりゃまた剣呑な……どうしてそう思うんだい?」
「はい。私が自分の固有魔法に気付いたきっかけは、幼馴染が病気に罹って救護所に行ったのに、治癒魔法を掛けてもらえなかった時です。救護所の前で苦しんでいるその子を何とか助けたいと思って……」
「その時に自分の固有魔法が発動したの?」
「はい。治癒魔法の効果が表れている人から幼馴染へ、治癒魔法の効果を移すことができました」
盗みか。
「殺すなかれ、盗むなかれ、犯すなかれ」モーセの十戒にも記され、キリスト教でいう大罪にも規定された禁忌のうちの一つが“盗む”ことだ。
イザベルを経由してアリシアに譲渡されたせいで、イザベルはもう一度俺から譲渡されるまでスキャンの効果を失っていた。つまり俺からイザベルに譲渡された効果は、アリシアに譲渡されることで失われるのだ。これが治癒魔法などなら、治癒魔法を掛けられた側からみれば“盗まれた”ことに他ならないだろう。
「うわあ……それはまた微妙な立ち位置の固有魔法だね。確かに胸を張って行使できる魔法じゃあない。でも使い方を間違えなければ、例えばさっきのアリシアのように、本来は使えないはずの魔法や誰かの固有魔法を使う事ができるのか……」
「それはそれで凄いことなのではないでしょうか」
ノエさんとビビアナの言葉に、アイダが深々と頭を下げた。
「そう言っていただけると救われます。ただ、こんな使い方をしたのは初めてでした」
「ねえ。もしよかったら、ボクにも体験させてもらえないかな?イトー君の探知魔法って、ボク達とは違った見え方をしているんでしょ?」
「私も気になります。よろしいですかイトー殿?」
まあそうなるよな。
アリシアとイザベルは未だ戻ってくる雰囲気ではないし、支障はないだろう。
あとはアイダ次第だが。
「あと2回ほどなら大丈夫です。結構魔力の消費が激しいんですよ」
「そりゃ固有魔法だからね。バンバン使えるんならボクも最強を名乗れるんだけどなあ」
ノエさんがぼやく。
ノエさんの固有魔法は万物を切り裂くんだったか。確かに無制限に連発できるのなら、接近戦では敵なしとなるだろう。
◇◇◇
「カズヤ殿、準備はいいですか?」
まずはノエさんに俺のスキャンイメージを譲渡する。
「ああ。いつでもいいぞ」
アイダが俺の頭の上に右手をかざし、左手をノエさんに向ける。
「あれ?さっきは頭に触れていたと思ったけど、触れなくても発動するものなのかい?」
「はい。もともとはちょっと離れた人に発現した効果を譲渡したものですから。触れていた方が確実ではありますけど、さっき2回もやってコツは掴みましたから大丈夫です」
直後に何かが引き抜かれるような感覚が2回連続で来る。
アイダめ……俺がスキャンを常時展開させていると見越して引っこ抜いたな。
「これが……イトー君が見ている探知魔法なのか……これなら山なりに矢を射ても命中させられそうだな……」
「これは……仮想の線を引いて場所を区切っているのですか?なるほど……いつもはざっくりとした位置しかわからなかったのに、確かにこの方法なら何メートル先に魔物がいるのか一目瞭然です」
「魔物だけじゃないね。アリシアとイザベルの反応も見えている。って、あれ?この反応は……魔物?」
スキャンの範囲ギリギリに表れた反応は、今となっては見慣れたゴブリンのものだ。
さっき狩ったのが斥候なら、こっちは本隊か。
「どうしますか?あの子達をすぐに呼び戻して移動したほうがいいのでは」
アイダの進言は至極当然だ。わざわざ危険を冒す必要はない。
だがあの2人にどうやって知らせる?
遠隔地との通信魔法のようなものがあればいいのだが、サバイバルゲーム用のトランシーバーでも渡しておくべきだったか。
「あれ?アリシアとイザベルも移動を始めたよ。右回りに迂回して側面か後方を突く気かな」
「どういうことでしょう。まさかこの距離で小鬼達の接近に気付いたのかしら」
そのまさかなのだろう。冴えているときのイザベルの探知魔法なら、騒々しく接近するゴブリンの気配に気づいてもおかしくはない。
さて、どうする。2人が後方を突くために移動しているなら、誰かが敵の正面で迎え撃たなければいけない。奇襲を仕掛けるつもりの2人に敵が襲い掛かる事態は避けなければならない。
俺とアイダが敵正面から攻撃するのが正攻法だろうが、ノエさんもうずうずしているようだ。
ビビアナの実力も気になるが、森の中での遭遇戦に魔法師を参加させるのも酷な気がする。
「俺とノエさんで敵正面を受け止める。アイダはビビアナの護衛を頼む」
「そうだね。森の中ではアイダの剣よりもボクやイザベルの短剣のほうに分がある」
「私には護衛など必要ありません!!」
ノエさんは賛同してくれたが、ビビアナは当然反発するか。
「前衛と後衛の役割分担です。まだスキャンが見えているはずだから、戦況によってはイザベル達の逆側に回ってもらう必要があります。その判断をビビアナさんにお任せしたい。アイダもそれでいいな」
「了解です。M870もありますから、大丈夫です」
アイダはミリタリーリュックを荷台の上に置き、M870に5号装弾を装填しながら唇の端でにやりと笑った。見通しの効かない藪の中から飛び出してくるかもしれない小鬼に備えるには、これ以上ない武器になるだろう。
「よし。行きましょうノエさん」
「了解だよ。ビビアナもいい子で待っててね」
ノエさんが相変わらずの軽い調子でビビアナに手を振り、藪の中へと分け入っていく。
俺もゴーグルを着けなおし、G36Cのセーフティーを解除して慌てて後を追う。
◇◇◇
道沿いに茂る藪を突っ切ると、広葉樹主体の下草の少ない森になった。
足元は一面がふかふかとした腐葉土だが、木の根がそこかしこに盛り上がっているし、垂れ下がった枝も多いから、駆け回るには注意が必要だ。
確かに長剣を使う間には辛い場所かもしれない。イザベルの弓も射線が通らないだろう。普通の武器ならば、やはり短剣か短槍が有利か。
「そういえばイトー君と一緒に森で狩りをするのは、アステドーラでアベル君を捜索した時以来だね。あの時は相手が人間だったけど」
そうだった。アステドーラの街に入る直前でスキャンに掛かった怪しい人影を追って、誘拐されていたアベル少年を救出した時だ。
ノエさんとはその後もナバテヘラ防衛戦でも一緒に戦ったが、それはアメフラシの化け物相手の市街戦だった。
今回の相手は人型の魔物、ゴブリンだ。
もう何度も狩ってはいるが、ほとんどが拠点防衛か後方からの一撃で倒してきたから、今回のような対等な条件で正面で待ち構えるのは初めてだ。
こちらにアドバンテージがあるとすれば、スキャンのおかげで敵の位置が特定できていることぐらいか。
「そろそろかな。敵の位置は?」
ノエさんが小声で聞いてくる。
ここは森の中を20メートルほど進んだ地点の藪の陰だ。
30メートルほど先にはゴブリンの死骸が4つ転がっているはずだが、この位置からは目視できない。
「前方約70メートルです。アリシア達が倒した小鬼の死骸に接近しているようです」
「そうか。相変わらず鼻がいいなあ。血の匂いに気付いたね。あの子達は?」
「ここからだと直線距離で40メートルほど。だいたい14時の方向で様子を窺っているようですね」
「敵の数はわかる?」
「そうですね……反応が重なっているので……20より少ない事はないでしょう」
スキャン上の赤い点は重なったり離れたりを繰り返しているが、概ね20個ほどは数えられる。
隊列でも組んでくれればいいのだが、そんな統制の取れた魔物を相手にするのも恐ろしい。
「さて……じゃあお手並み拝見といこうか」
ノエさんが緑色のハットを被りなおしながら呟いた。
今のはどっちだ?ゴブリン達の戦いっぷりの事なのか、或いは俺やアリシア達の事なのか。
アイダがとうとう自分の固有魔法について口にした。
「え……どういうこと?」
「魔法の発現効果を他人に使わせる……つまり“譲渡”ということですね?」
「そうです。なんだか盗みを働いているようで、人に言うのは気が引ける固有魔法ですが」
「盗み?そりゃまた剣呑な……どうしてそう思うんだい?」
「はい。私が自分の固有魔法に気付いたきっかけは、幼馴染が病気に罹って救護所に行ったのに、治癒魔法を掛けてもらえなかった時です。救護所の前で苦しんでいるその子を何とか助けたいと思って……」
「その時に自分の固有魔法が発動したの?」
「はい。治癒魔法の効果が表れている人から幼馴染へ、治癒魔法の効果を移すことができました」
盗みか。
「殺すなかれ、盗むなかれ、犯すなかれ」モーセの十戒にも記され、キリスト教でいう大罪にも規定された禁忌のうちの一つが“盗む”ことだ。
イザベルを経由してアリシアに譲渡されたせいで、イザベルはもう一度俺から譲渡されるまでスキャンの効果を失っていた。つまり俺からイザベルに譲渡された効果は、アリシアに譲渡されることで失われるのだ。これが治癒魔法などなら、治癒魔法を掛けられた側からみれば“盗まれた”ことに他ならないだろう。
「うわあ……それはまた微妙な立ち位置の固有魔法だね。確かに胸を張って行使できる魔法じゃあない。でも使い方を間違えなければ、例えばさっきのアリシアのように、本来は使えないはずの魔法や誰かの固有魔法を使う事ができるのか……」
「それはそれで凄いことなのではないでしょうか」
ノエさんとビビアナの言葉に、アイダが深々と頭を下げた。
「そう言っていただけると救われます。ただ、こんな使い方をしたのは初めてでした」
「ねえ。もしよかったら、ボクにも体験させてもらえないかな?イトー君の探知魔法って、ボク達とは違った見え方をしているんでしょ?」
「私も気になります。よろしいですかイトー殿?」
まあそうなるよな。
アリシアとイザベルは未だ戻ってくる雰囲気ではないし、支障はないだろう。
あとはアイダ次第だが。
「あと2回ほどなら大丈夫です。結構魔力の消費が激しいんですよ」
「そりゃ固有魔法だからね。バンバン使えるんならボクも最強を名乗れるんだけどなあ」
ノエさんがぼやく。
ノエさんの固有魔法は万物を切り裂くんだったか。確かに無制限に連発できるのなら、接近戦では敵なしとなるだろう。
◇◇◇
「カズヤ殿、準備はいいですか?」
まずはノエさんに俺のスキャンイメージを譲渡する。
「ああ。いつでもいいぞ」
アイダが俺の頭の上に右手をかざし、左手をノエさんに向ける。
「あれ?さっきは頭に触れていたと思ったけど、触れなくても発動するものなのかい?」
「はい。もともとはちょっと離れた人に発現した効果を譲渡したものですから。触れていた方が確実ではありますけど、さっき2回もやってコツは掴みましたから大丈夫です」
直後に何かが引き抜かれるような感覚が2回連続で来る。
アイダめ……俺がスキャンを常時展開させていると見越して引っこ抜いたな。
「これが……イトー君が見ている探知魔法なのか……これなら山なりに矢を射ても命中させられそうだな……」
「これは……仮想の線を引いて場所を区切っているのですか?なるほど……いつもはざっくりとした位置しかわからなかったのに、確かにこの方法なら何メートル先に魔物がいるのか一目瞭然です」
「魔物だけじゃないね。アリシアとイザベルの反応も見えている。って、あれ?この反応は……魔物?」
スキャンの範囲ギリギリに表れた反応は、今となっては見慣れたゴブリンのものだ。
さっき狩ったのが斥候なら、こっちは本隊か。
「どうしますか?あの子達をすぐに呼び戻して移動したほうがいいのでは」
アイダの進言は至極当然だ。わざわざ危険を冒す必要はない。
だがあの2人にどうやって知らせる?
遠隔地との通信魔法のようなものがあればいいのだが、サバイバルゲーム用のトランシーバーでも渡しておくべきだったか。
「あれ?アリシアとイザベルも移動を始めたよ。右回りに迂回して側面か後方を突く気かな」
「どういうことでしょう。まさかこの距離で小鬼達の接近に気付いたのかしら」
そのまさかなのだろう。冴えているときのイザベルの探知魔法なら、騒々しく接近するゴブリンの気配に気づいてもおかしくはない。
さて、どうする。2人が後方を突くために移動しているなら、誰かが敵の正面で迎え撃たなければいけない。奇襲を仕掛けるつもりの2人に敵が襲い掛かる事態は避けなければならない。
俺とアイダが敵正面から攻撃するのが正攻法だろうが、ノエさんもうずうずしているようだ。
ビビアナの実力も気になるが、森の中での遭遇戦に魔法師を参加させるのも酷な気がする。
「俺とノエさんで敵正面を受け止める。アイダはビビアナの護衛を頼む」
「そうだね。森の中ではアイダの剣よりもボクやイザベルの短剣のほうに分がある」
「私には護衛など必要ありません!!」
ノエさんは賛同してくれたが、ビビアナは当然反発するか。
「前衛と後衛の役割分担です。まだスキャンが見えているはずだから、戦況によってはイザベル達の逆側に回ってもらう必要があります。その判断をビビアナさんにお任せしたい。アイダもそれでいいな」
「了解です。M870もありますから、大丈夫です」
アイダはミリタリーリュックを荷台の上に置き、M870に5号装弾を装填しながら唇の端でにやりと笑った。見通しの効かない藪の中から飛び出してくるかもしれない小鬼に備えるには、これ以上ない武器になるだろう。
「よし。行きましょうノエさん」
「了解だよ。ビビアナもいい子で待っててね」
ノエさんが相変わらずの軽い調子でビビアナに手を振り、藪の中へと分け入っていく。
俺もゴーグルを着けなおし、G36Cのセーフティーを解除して慌てて後を追う。
◇◇◇
道沿いに茂る藪を突っ切ると、広葉樹主体の下草の少ない森になった。
足元は一面がふかふかとした腐葉土だが、木の根がそこかしこに盛り上がっているし、垂れ下がった枝も多いから、駆け回るには注意が必要だ。
確かに長剣を使う間には辛い場所かもしれない。イザベルの弓も射線が通らないだろう。普通の武器ならば、やはり短剣か短槍が有利か。
「そういえばイトー君と一緒に森で狩りをするのは、アステドーラでアベル君を捜索した時以来だね。あの時は相手が人間だったけど」
そうだった。アステドーラの街に入る直前でスキャンに掛かった怪しい人影を追って、誘拐されていたアベル少年を救出した時だ。
ノエさんとはその後もナバテヘラ防衛戦でも一緒に戦ったが、それはアメフラシの化け物相手の市街戦だった。
今回の相手は人型の魔物、ゴブリンだ。
もう何度も狩ってはいるが、ほとんどが拠点防衛か後方からの一撃で倒してきたから、今回のような対等な条件で正面で待ち構えるのは初めてだ。
こちらにアドバンテージがあるとすれば、スキャンのおかげで敵の位置が特定できていることぐらいか。
「そろそろかな。敵の位置は?」
ノエさんが小声で聞いてくる。
ここは森の中を20メートルほど進んだ地点の藪の陰だ。
30メートルほど先にはゴブリンの死骸が4つ転がっているはずだが、この位置からは目視できない。
「前方約70メートルです。アリシア達が倒した小鬼の死骸に接近しているようです」
「そうか。相変わらず鼻がいいなあ。血の匂いに気付いたね。あの子達は?」
「ここからだと直線距離で40メートルほど。だいたい14時の方向で様子を窺っているようですね」
「敵の数はわかる?」
「そうですね……反応が重なっているので……20より少ない事はないでしょう」
スキャン上の赤い点は重なったり離れたりを繰り返しているが、概ね20個ほどは数えられる。
隊列でも組んでくれればいいのだが、そんな統制の取れた魔物を相手にするのも恐ろしい。
「さて……じゃあお手並み拝見といこうか」
ノエさんが緑色のハットを被りなおしながら呟いた。
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