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89.カディスに向かう②(5月24日)

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アルカンダラとカディスまでは直線距離で約100キロメートルほど離れている。
道程でいえば山地や河を迂回するなどするから150キロメートル相当はあるらしい。
だから途中に宿場町のような街があるらしいのだが……

「だからといって歩くのはちょっと無謀だね。ビビアナはアルカンダラまでの戻りは全部馬だったんでしょ?」

「もちろんです。気候も良かったので、飼い葉を持つ必要がなかったのが助かりました」

なるほど。
車移動では途中で燃料補給が必要だが、馬ならば草や水を現地調達できれば何とかなるのか。

「あ!でもイザベルちゃんとかノエさんなら、森や山地を突っ切って一直線に走破できるんじゃない?そういうの得意でしょ?」

「目の前に獲物がいればね。でも、その後めっちゃ疲れるからやらないなあ」

ノエさんの言葉にイザベルも頷く。
確かにマンティコレを追った時の娘達の足の速さは尋常ではなかった。オリンピックは無理だろうが、同世代を対象とした競技会やインターハイなら優勝できそうな速さだ。
だが数キロメートル走るのと、道もないような山林を駆け抜けるのとは訳が違う。俺も森林フィールドは好きな方だが、いくらサバイバルゲームでもフル装備で走り回るのなんて1ゲームがやっとだろう。

こんな話を荷台と御者台、並走するビビアナの間で交わしながら、午前中は順調に進んでいた。
異変が起きたのは午後になってからだ。

◇◇◇

「ねえお兄ちゃん。気づいている?」

腰回りの装備まで外してエアマットの上でごろごろしていたイザベルがむくりと起き上がり、荷台後方の後ろあおりにもたれかかっていた俺に身を寄せてきた。

「ああ。進行方向に向かって右の森の中。だいたい14時の方向。大きさからいって小鬼だな。4匹だ」

「距離は?」

「50メートルってところだな」

俺とイザベルの様子から何かを察したのだろう。
ビビアナが馬を寄せ、アイダとアリシアも俺達を見る。

「イトー殿。敵襲ですか?」

「いや。襲ってくる気配はない」

「少数の小鬼が近寄ったり離れたりしてる」

「斥候ですね」

「恐らくは。イザベル。行くか?」

このまま放置してもすぐには支障はない。厄介なことになるのは小休止や今夜の野営地を定めたあとだ。
恐らく仲間を大勢引き連れて襲ってくるだろう。そのための偵察部隊だ。
だが、荷台の上から狙おうにも奴等の姿は藪や木の奥で目視確認ができない。
だからゴブリンを攻撃するには藪の中に当たりをつけて撃ち込むか、藪を迂回して斬り込むしかないのだが……

「ん……ねえお兄ちゃん。ちょっと試したいことがあるんだけど。アイダちゃんとアリシアちゃんも手伝って」

「あいよ。昨日の夜話してたやつか?」

アイダの口ぶりからすると、イザベルは事前にアイダに相談していたことがあるようだ。

「そうそう。お兄ちゃんちょっと耳貸して。アイダちゃんとアリシアちゃんも」

外していた装備を装着しながら荷台の隅で4人で頭を突き合わせているのを、ビビアナが怪訝そうに見ているのを感じる。
馬車を走らせ続けてはいるが、ノエさんも興味津々だろう。

「わかった。俺はとりあえずスキャンの結果を思い浮かべてればいいな?」

「はい。あとは私が上手くやってみます」

アイダが俺の頭に右手を乗せ、左手をイザベルの頭に乗せる。

「いきます!」

一瞬頭がクラッとなるが、座った状態から立ちくらみということもあるまい。上手くいったのか?

「おほおおお!これがお兄ちゃんが見ていた視界なの!?……ズルい!」

別に狡くはないと思うが。

「次行きます」

アイダが今度はイザベルの頭に右手を、アリシアの頭に左手を乗せる。

数秒後にアリシアが突然荷台の上に立ち上がった。

「イザベルちゃん弓!あと矢もちょうだい!!」

「ちょっと折らないでよ!」

イザベルが矢筒から2本矢を抜き取り、弓と一緒にアリシアに渡す。

アリシアが矢を放つイメージは全くなかったが、さほど手間取りもせずにキリリと矢を番えて空中に2斉射した。

「次は私!」

もう一度アイダに頭を触れてもらってから、今度はイザベルが矢を2本放つ。

ヒュッと空を切り裂いて上空に昇った矢は、頂点で向きを変えて一直線に森に吸い込まれていった。
一瞬の後に、スキャン上のゴブリンの反応が次々と消えていく。

「お兄ちゃん、どう?」

「小鬼の反応は消えたな」

「よし!全部命中!」

「やった!弓矢で初めて狩ったかも!」

イザベルとアリシアがハイタッチして喜んでいる。

「じゃ、ちょっと回収してくる!馬車止めて待ってて!」

イザベルが荷台から飛び降りると、慌ててアリシアも後を追う。
まあ周囲に魔物の気配はないし、アリシアはMP5Kを背負っていった。二人でも大丈夫だろう。

「アイダ。ご苦労だったな。よくやってくれた」

二人が森へと消えたあとで、残ったアイダの労をねぎらう。

「いえ。それよりも……後ろ……」

アイダの視線の先には、すごい形相で迫ってくるビビアナの姿があった。

◇◇◇

「イトー殿!今のは何ですか!?」

何と言われてもなあ。イザベルとアリシアがゴブリンを弓矢で狩った。
経緯は別として結果はそれだけだ。

「いやあ、ボクも弓矢の扱いには自信があるけど、流石に見えない敵を射抜くのは無理だね。探知魔法を使ったのだろうけど……」

探知魔法とイザベルの固有魔法“必中”を組み合わせ、更にその効果をアイダの固有魔法“譲渡”を使ってアリシアに発現させた。
言葉にすればそれだけだが、説明するにはイザベルとアイダの固有魔法の詳細に触れなければいけない。
この世界では手の内を晒す行為に該当するようだし、俺の口から説明するわけにはいかない。

「あ、私から説明させていただきます」

俺が口ごもっていると、アイダが助け船を出してくれた。

「イザベルの固有魔法は皆さんご存じですね?」

「ああ。“必中”だろう?カサドールとして、あんなに羨ましい固有魔法はないよ。そもそも固有魔法などなくても、あの子の弓の腕は群を抜いている」

「はい。ただ一日にそう何度も使える魔法ではないようですが。それとカズヤ殿。カズヤ殿の探知魔法は、私達が使う探知魔法とは少々異なる。そうですよね?」

「そうなのかい?」

「そうなのか?」

いささか間の抜けたやり取りになっていまったが、俺の3Dスキャンは、周囲300メートル内のあらゆる構造物を立体的に把握し、その中で探知した魔力は3D映像のように頭の中に投影される。初めて探知魔法を使った時からそうだったから、皆そうなのだと思っていたが……

「アリシアとイザベル、私も探知魔法は使えます。もちろんお二人も使えると思いますが、それは目に見える範囲で、“あの辺りに魔物がいるな。たぶんこの魔力の大きさは小鬼だな”と感じる程度ではないでしょうか」

「そうだね。その通りだ。だからこそ養成所でも様々な種類の魔物と遭遇して、魔力の大きさや雰囲気を感じ取っておく必要がある」

「はい。実はカズヤ殿の探知魔法の見え方が私達とは違うのではないかと思いついたのは、イリョラ村で地下から忍び寄るグサーノを発見する魔道具を見た時です。あの魔道具の表示板には、接近してくるグサーノの位置が正確に、かつその深さまで表されていました」

「そんな魔道具があんな小さな村に……まさかイトー殿が作ったのですか?」

あ、はい。作りました。
きっと今でも地下の監視に役立ててくれているだろう。

「それはさておき、話を戻しますね。そのカズヤ殿の探知魔法の見え方で位置を特定した魔物にイザベルの“必中”を発動させて矢を放つとどうなるか……その効果がアレです」

「ちょっと待ってください。イトー殿が“必中”の固有魔法を持っていて、イトー殿が放った矢で倒したか、“必中”が放たれた矢に対して発現する魔法というなら話は分かります。あるいはイザベルさんが魔物の位置を特定する魔法を行使して、更に“必中”を発現させたというのでも辻褄は合います。ですが今の事象はそのどちらでもありません。ましてや先に矢を放ったのはアリシアさんです」

ビビアナの問い掛けに答える言葉を探すように、アイダが目を閉じた。
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