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68.カディスに向かう前に(5月18日〜19日)
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「グサーノって、あのグサーノ?」
「そう!でっかいの!小さいのでもお父ちゃんぐらいあるんだ。それが何匹も出て、畑や羊を襲うんだ!」
アイダの問いかけに答えた男の子の声を聞いて、街の人達もざわつく。
“グサーノだって!”
“グサーノって、あのでっかいイモムシか?”
“いや、地中に潜む魔物らしいぞ?突然地面を割って、下から襲いかかるらしい”
“まじか…おっかなくて歩けねえな”
地中に潜む魔物か。それは水中に潜む魔物以上に厄介だ。魔物が潜んでいるのが水中なら、水辺に近づかないとか水から出さえすれば、とりあえず襲われる心配は少なくなる。
地上や空中の魔物ならば、早めに発見する事も可能だろう。
しかし地中となると簡単には逃げる事も出来ず、接近を察知する事も難しい。
とはいえ、この流れは少なくとも様子見ぐらいは行かなければなるまい。少し前まではともかく、今は養成所の教官待遇の狩人となった身だ。魔物が出たと言うならば、その魔物を狩って人々の安寧を守るのが仕事だ。
「アイダ。仕立て屋の用事は終わったのか?」
「はい。仕立て直しは3日間、新しく仕立ててもらう服で4日間。都合一週間待ってほしいそうです。カズヤ殿からお借りしている服を仕立て直してしまいますが、本当によろしかったのですか?」
それは別に構わない。もしこの先にこの娘達と別れる未来があったとしても、彼女達が着たBDUに袖を通す事はない。きっとそんな気にはなれないだろう。
それよりもカディスに向かえるのは最短で一週間後となった。今日は5月18日だから、5月24日頃までは特に予定はない。それならその間に件の男の子の村に様子を見に行くこともできるか。
別にBDUが無くとも、娘達の活動用の服ぐらいは古着屋で手に入るはずだ。
「アリシア、アイダ、イザベル。その子達の話を聞いて……」
そこまで言いかけた時に、街の人だかりの向こうから野太い声が聞こえた。
「よっしゃ坊主!俺達がその魔物を退治してやろう!」
「グサーノなんて所詮は虫だ!俺達3人なら何てことはない!」
「兄者達の言うとおりだ!坊主!俺達に任せておけ!」
人混みがスッと分かれて、その声の主達の姿が見えた。
剃り上げたスキンヘッドに鉄の胸当てを付けた男が3人。長剣使いと槍使い、それにもう1人が背負っているのは1メートルを超える大剣だ。
男達の後ろに長いローブを被った2人が続く。大きな水晶玉を嵌め込んだ身長ほどの杖を持っている。顔は目深に被ったフードのせいで見えないが、体付きは女性のようだ。
「ったくよう。クソつまんねえ偵察任務を終えて久しぶりにアルカンダラに帰って来たら、酒場じゃマンティコレを狩ったっていうガキの話題で持ち切りだしよ。面白くねえ!ここは1発俺達がグサーノを狩って、格の違いってのを見せてやる」
「カサドールってのは何を狩ったかじゃねえ。どれだけの魔物を狩って、どんだけ儲けたかで決まるんだよ!」
「よう坊主。兄ちゃん達に詳しい話を聞かせな。あんたこの子の父親か?俺達があんたの村を救ってやる。連絡所まで案内してやるから、そこで正式な依頼書を書いてくれ」
「ああ……助かります。よろしくお願いします!」
5人の先輩カサドールは親子を伴って去っていった。
「……その獅子狩人がこの子達なんじゃ……」
俺達の近くにいた街の人がボソッと呟く。
5人というか男達3人の余りの剣幕に圧倒され、皆黙ってしまっていたのだ。
「何あれ。感じ悪……」
「ダミアン、ダニエル、ダビドの3兄弟が率いるパーティードですね。あまりいい評判は聞きませんが……」
「あれでしょ?腕は立つけど、魔物退治を依頼した村に居座って飲み食いしたり、決められた以上の報酬を要求したりするんでしょ?」
なるほど。それは良くない。魔物に苦しめられている者達を助けるのが狩人の仕事であるのなら、助けた相手に経費や依頼料以上の報酬をせびるのは恐喝と同じだ。サクッと仕事をしてさっさと帰るのが理想的だろう。元の世界のサラリーマンと同じだ。
ただ腕は立つのか。だったらとりあえず任せて安心か。
「ねえねえお兄ちゃん!ちょっと遅れて追いかけてみない?あの勢いじゃ明日には出発するだろうから、買い物とか今日と明日に済ませてさ。明後日ぐらいに!」
「そうだね!先輩の実戦も見てみたいし!」
「失敗して半ベソかいてる所に駆けつけて、美味しいとこだけ持っていってやる!うけけけ」
イザベルの悪巧みはともかく、実戦の見学か。同業の狩人がどうやって魔物を狩るのか、そういえばちゃんと見た事はない。一角オオカミやバボーサを狩った時も、自分の身を守るので精一杯だったしな。
「わかった。俺も先輩狩人の仕事っぷりは見てみたいし、明日ノエさんを迎えに行ってしまえば他に用事はない。そうするか」
「よし!そうと決まれば旅の支度に行くよ!」
「えっと……戦闘服は仕立て直しているから、代わりの装備とか必要だよね!」
「数日分の食料の追加も必須だな!」
娘達の買い物心に火が付いたようだ。
結局この日は娘達の買い物に付き合っているうちに日が暮れてしまった。
◇◇◇
翌朝、一旦アルカンダラの連絡所に立ち寄り、昨日の親子の依頼がどうなったか確認する。どうせ出掛けるのなら、他の依頼も同時にこなしたほうがいいという思惑もあった。
言い方は気に入らないが、昨日の先輩狩人の言葉、何を狩ったかではなく、どれだけの魔物を狩ったかが大事というのは間違ってはいないのだ。
「う~ん……この一角オオカミの角ってのは?」
「こっちの小鬼退治なんて楽でよさそう!」
「そんな調子で足元掬われて酷い目にあったばかりだろう。ちょっとは自重しろ」
「そんな事言って、アイダちゃんが見てる依頼は?」
「なになに……?げ……大蜘蛛退治じゃん」
「大蜘蛛ってのは放っておくとアラーナになってしまう。人間に化けると厄介だから、大蜘蛛の段階で討つのが基本だ。学校で習っただろ!」
依頼文が貼ってある掲示板の前でワイワイやっている3人を置いて、受付で昨日の親子の話を聞く。
相手をしてくれたのは赤髪をお下げ髪に結った20代前半ぐらいのお姉さんだ。
そのお姉さんが、そばかすが少し浮いた頬を赤らめて話す。
「あの……あちらの3人はお仲間ですか……?」
「ああ。あまり気にしないでやってくれ。カサドールの仲間入りをしたばかりで、ちょっと調子に乗っているだけだ」
「そう……なんですね。カズヤさんは見た目以上に落ち着いておられますね。やっぱり獅子狩人の為せる余裕なのでしょうか」
「それが慢心にならないよう気をつけるよ。それで、グサーノが出る村の情報は?」
「はい。昨日正式な依頼書が発行されて、即日請け負うパーティードが決まっています。依頼書の発行者はアマディス、アルカンダラ北方約1日半の場所にあるイリョラ村の村長です」
アマディスというのが男の子の父親の名前だろうか。
「成功報酬は金貨100枚。その内金貨10枚が手付金として既に支払われています」
昨日の男達のパーティードは総勢5名だった。山分けすれば1人金貨20枚。決して多くはないだろうが、少なくとも俺の月俸より高い。
「北方に1日半だな。それで、グサーノについて分かっている事は何かないか?」
「それが……水魔法に弱いとか、火に弱いとか、様々な情報はあるのですが、同じ人物の報告でも水魔法が効かなかったなど、全く一貫性がないのです。もしかしたら全然別の種類の地に潜る魔物の内、細長い蛇のような魔物を総称してグサーノと呼んでいるのかもしれません」
なるほどなあ。そういう事もあるだろう。
地を這う生き物ならともかく、地に潜んでいる魔物など、地上に引きずり出しでもしない限り全貌を明らかにすることなどできない。
極端な話、尻尾が蛇で頭がミミズのような魔物でも、その中間部が地中にあったなら別の種類として認識されるかもしれないのだ。
とにかく、不死身とか無限再生能力などを持たない限りは何らかの攻撃方法によって無力化あるいは倒すことが出来るのだろう。そうでなければこの地中はグサーノで溢れかえってしまう。
有効な攻撃手段は実戦で探るしかないか。
いや、そもそも先輩狩人があっさりと狩ってくれているかもしれない。
さほど有益な情報は得られなかったが、せっかく街の外に出るのだし達成できそうな依頼を選んでおくか。
「そう!でっかいの!小さいのでもお父ちゃんぐらいあるんだ。それが何匹も出て、畑や羊を襲うんだ!」
アイダの問いかけに答えた男の子の声を聞いて、街の人達もざわつく。
“グサーノだって!”
“グサーノって、あのでっかいイモムシか?”
“いや、地中に潜む魔物らしいぞ?突然地面を割って、下から襲いかかるらしい”
“まじか…おっかなくて歩けねえな”
地中に潜む魔物か。それは水中に潜む魔物以上に厄介だ。魔物が潜んでいるのが水中なら、水辺に近づかないとか水から出さえすれば、とりあえず襲われる心配は少なくなる。
地上や空中の魔物ならば、早めに発見する事も可能だろう。
しかし地中となると簡単には逃げる事も出来ず、接近を察知する事も難しい。
とはいえ、この流れは少なくとも様子見ぐらいは行かなければなるまい。少し前まではともかく、今は養成所の教官待遇の狩人となった身だ。魔物が出たと言うならば、その魔物を狩って人々の安寧を守るのが仕事だ。
「アイダ。仕立て屋の用事は終わったのか?」
「はい。仕立て直しは3日間、新しく仕立ててもらう服で4日間。都合一週間待ってほしいそうです。カズヤ殿からお借りしている服を仕立て直してしまいますが、本当によろしかったのですか?」
それは別に構わない。もしこの先にこの娘達と別れる未来があったとしても、彼女達が着たBDUに袖を通す事はない。きっとそんな気にはなれないだろう。
それよりもカディスに向かえるのは最短で一週間後となった。今日は5月18日だから、5月24日頃までは特に予定はない。それならその間に件の男の子の村に様子を見に行くこともできるか。
別にBDUが無くとも、娘達の活動用の服ぐらいは古着屋で手に入るはずだ。
「アリシア、アイダ、イザベル。その子達の話を聞いて……」
そこまで言いかけた時に、街の人だかりの向こうから野太い声が聞こえた。
「よっしゃ坊主!俺達がその魔物を退治してやろう!」
「グサーノなんて所詮は虫だ!俺達3人なら何てことはない!」
「兄者達の言うとおりだ!坊主!俺達に任せておけ!」
人混みがスッと分かれて、その声の主達の姿が見えた。
剃り上げたスキンヘッドに鉄の胸当てを付けた男が3人。長剣使いと槍使い、それにもう1人が背負っているのは1メートルを超える大剣だ。
男達の後ろに長いローブを被った2人が続く。大きな水晶玉を嵌め込んだ身長ほどの杖を持っている。顔は目深に被ったフードのせいで見えないが、体付きは女性のようだ。
「ったくよう。クソつまんねえ偵察任務を終えて久しぶりにアルカンダラに帰って来たら、酒場じゃマンティコレを狩ったっていうガキの話題で持ち切りだしよ。面白くねえ!ここは1発俺達がグサーノを狩って、格の違いってのを見せてやる」
「カサドールってのは何を狩ったかじゃねえ。どれだけの魔物を狩って、どんだけ儲けたかで決まるんだよ!」
「よう坊主。兄ちゃん達に詳しい話を聞かせな。あんたこの子の父親か?俺達があんたの村を救ってやる。連絡所まで案内してやるから、そこで正式な依頼書を書いてくれ」
「ああ……助かります。よろしくお願いします!」
5人の先輩カサドールは親子を伴って去っていった。
「……その獅子狩人がこの子達なんじゃ……」
俺達の近くにいた街の人がボソッと呟く。
5人というか男達3人の余りの剣幕に圧倒され、皆黙ってしまっていたのだ。
「何あれ。感じ悪……」
「ダミアン、ダニエル、ダビドの3兄弟が率いるパーティードですね。あまりいい評判は聞きませんが……」
「あれでしょ?腕は立つけど、魔物退治を依頼した村に居座って飲み食いしたり、決められた以上の報酬を要求したりするんでしょ?」
なるほど。それは良くない。魔物に苦しめられている者達を助けるのが狩人の仕事であるのなら、助けた相手に経費や依頼料以上の報酬をせびるのは恐喝と同じだ。サクッと仕事をしてさっさと帰るのが理想的だろう。元の世界のサラリーマンと同じだ。
ただ腕は立つのか。だったらとりあえず任せて安心か。
「ねえねえお兄ちゃん!ちょっと遅れて追いかけてみない?あの勢いじゃ明日には出発するだろうから、買い物とか今日と明日に済ませてさ。明後日ぐらいに!」
「そうだね!先輩の実戦も見てみたいし!」
「失敗して半ベソかいてる所に駆けつけて、美味しいとこだけ持っていってやる!うけけけ」
イザベルの悪巧みはともかく、実戦の見学か。同業の狩人がどうやって魔物を狩るのか、そういえばちゃんと見た事はない。一角オオカミやバボーサを狩った時も、自分の身を守るので精一杯だったしな。
「わかった。俺も先輩狩人の仕事っぷりは見てみたいし、明日ノエさんを迎えに行ってしまえば他に用事はない。そうするか」
「よし!そうと決まれば旅の支度に行くよ!」
「えっと……戦闘服は仕立て直しているから、代わりの装備とか必要だよね!」
「数日分の食料の追加も必須だな!」
娘達の買い物心に火が付いたようだ。
結局この日は娘達の買い物に付き合っているうちに日が暮れてしまった。
◇◇◇
翌朝、一旦アルカンダラの連絡所に立ち寄り、昨日の親子の依頼がどうなったか確認する。どうせ出掛けるのなら、他の依頼も同時にこなしたほうがいいという思惑もあった。
言い方は気に入らないが、昨日の先輩狩人の言葉、何を狩ったかではなく、どれだけの魔物を狩ったかが大事というのは間違ってはいないのだ。
「う~ん……この一角オオカミの角ってのは?」
「こっちの小鬼退治なんて楽でよさそう!」
「そんな調子で足元掬われて酷い目にあったばかりだろう。ちょっとは自重しろ」
「そんな事言って、アイダちゃんが見てる依頼は?」
「なになに……?げ……大蜘蛛退治じゃん」
「大蜘蛛ってのは放っておくとアラーナになってしまう。人間に化けると厄介だから、大蜘蛛の段階で討つのが基本だ。学校で習っただろ!」
依頼文が貼ってある掲示板の前でワイワイやっている3人を置いて、受付で昨日の親子の話を聞く。
相手をしてくれたのは赤髪をお下げ髪に結った20代前半ぐらいのお姉さんだ。
そのお姉さんが、そばかすが少し浮いた頬を赤らめて話す。
「あの……あちらの3人はお仲間ですか……?」
「ああ。あまり気にしないでやってくれ。カサドールの仲間入りをしたばかりで、ちょっと調子に乗っているだけだ」
「そう……なんですね。カズヤさんは見た目以上に落ち着いておられますね。やっぱり獅子狩人の為せる余裕なのでしょうか」
「それが慢心にならないよう気をつけるよ。それで、グサーノが出る村の情報は?」
「はい。昨日正式な依頼書が発行されて、即日請け負うパーティードが決まっています。依頼書の発行者はアマディス、アルカンダラ北方約1日半の場所にあるイリョラ村の村長です」
アマディスというのが男の子の父親の名前だろうか。
「成功報酬は金貨100枚。その内金貨10枚が手付金として既に支払われています」
昨日の男達のパーティードは総勢5名だった。山分けすれば1人金貨20枚。決して多くはないだろうが、少なくとも俺の月俸より高い。
「北方に1日半だな。それで、グサーノについて分かっている事は何かないか?」
「それが……水魔法に弱いとか、火に弱いとか、様々な情報はあるのですが、同じ人物の報告でも水魔法が効かなかったなど、全く一貫性がないのです。もしかしたら全然別の種類の地に潜る魔物の内、細長い蛇のような魔物を総称してグサーノと呼んでいるのかもしれません」
なるほどなあ。そういう事もあるだろう。
地を這う生き物ならともかく、地に潜んでいる魔物など、地上に引きずり出しでもしない限り全貌を明らかにすることなどできない。
極端な話、尻尾が蛇で頭がミミズのような魔物でも、その中間部が地中にあったなら別の種類として認識されるかもしれないのだ。
とにかく、不死身とか無限再生能力などを持たない限りは何らかの攻撃方法によって無力化あるいは倒すことが出来るのだろう。そうでなければこの地中はグサーノで溢れかえってしまう。
有効な攻撃手段は実戦で探るしかないか。
いや、そもそも先輩狩人があっさりと狩ってくれているかもしれない。
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