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52.アルマンソラからアルカンダラに向かう(5月13日~5月14日)
しおりを挟むアルカンダラに3人の娘達を送り届けたあと、どうするのか。
一人で考えても結論が出なかったのは、結局のところ俺だけの問題では無いからなのだろう。
「俺がこの地にやってきた経緯らしきものはアリシアには話したよな。アイダも聞いているか?」
「はい。一通りは。俄かには信じられませんでしたが、カズヤ殿の不思議な魔道具や魔法の使い方を目の当たりにすると、信じるほかにありませんでした」
「俺がなぜこの地にやってきたのか。ずっと考えていたけど答えが出ない。あるいはお前達3人を助け出して、アルカンダラに送り届けるためにやってきたのかもしれない。そう思って旅をしていた」
「それって……私達がアルカンダラに着いてしまったら、カズヤ殿はいなくなってしまう……ということですか?」
「そんな……そんなの嫌です!だったらアルカンダラになんか行かなくてもいいです!」
アリシアが目に涙を浮かべて詰め寄ってくる。アイダも唇を噛みしめている。
「あのなあアリシア、それにアイダ。お前達が何の為に旅をしているのか、もう一度思い出してみろって。死んでしまった仲間達の遺品を届けるためだったはずだ?その目的は果たさなければいけないだろう?」
「それは……それはそうですが。でも!でもそれを果たしたらカズヤさんとお別れなんて嫌です!」
「嫌と言われても、正直どうなるのか俺にもさっぱり分からないんだよ。もしかしたら全部俺の夢、単なる妄想で虚構なのかもしれない。明日みんなが目覚めたら俺だけいないのかもしれないし、一生この地にいるのかもしれない。確かな事が何も言えないんだ」
「じゃあ、もしかしたらずっと一緒にいられるかもしれないんですよね!」
「それは……」
「あの!ずっと考えていたのですが……これは私のおばあちゃんに聞いた話なのですが、何回か前の大襲撃の時に不思議な魔力を持つ旅人が現れて、街を救ったという言い伝えがあるそうなんです。おばあちゃんはルシタニアとバルバストロの境に近い、山間の街の出身だったらしいので、その街に行けば何かわかるかもしれません」
「アイダちゃんそれ本当!?その街ってどこにあるの!?その人はどうなったの!?」
「いや、私も幼い頃に聞いた話だし、教えてくれたおばあちゃんも一昨年亡くなってしまったから。でもお母さんなら何か知っているかも」
「アイダちゃんのお母さんって……アイダちゃんタルテトス出身だったよね?じゃあ、アイダちゃんのお母さんに会いに行こうよ!いいでしょうカズヤさん!」
「私からもお願いします!アルカンダラまでとは言わず、その先も一緒に旅をしてください!」
この娘達は……もし本当に俺が突然いなくなって、この娘達の記憶にだけ留まったりしたらどうなってしまうのだろう。そんな残酷な事が、いや起きないとは限らないのだ。
「わかった。俺もアイダのお婆さんの街に残っているかもしれない言い伝えに興味がある。確かな約束など出来る立場ではないが、一緒に旅をしよう」
そう言いながらアリシアとアイダの頭を撫でる。
「もう……カズヤさんは正直なんだから。でもいいです。私達は離れませんから。どこへでも付いて行きますし、どこにでもカズヤさんを連れて行きます!」
「それは風呂とか着替えている最中もか?」
「それはイザベルちゃんに任せます!」
こらこら。そこで気持ちよく寝ている仲間に無茶ぶりをするんじゃない。
まあ、本心を言えば俺自身が一番ホッとしているのかもしれない。
「とりあえず寝よう。明日は早いし、たくさん歩くんだろ?」
「そうですね。荷馬車に同行するといっても、乗せてもらえるかはわかりませんから」
「カズヤ殿!イザベルを寄せるの手伝ってください。この子意外と……」
ベッドの真ん中で寝ているイザベルを少しどかして、3人分の寝床を確保する。
イザベルが先に眠ってしまえば、アリシアやアイダが俺の上に乗ってくることもない。
今夜は平和な夜になりそうだ。
◇◇◇
翌朝、指定された待ち合わせ時間には余裕を持って連絡所に到着したはずだが、連絡所前には一台の荷馬車が停まっていた。
御者台に座った男が、連絡所のアドラさんと話している。
「ああ、来た来た。あなた達!この人が今回の依頼人、ホセ ルイスよ。見た目通りちょっと暗そうな感じだけど、こと仕事に関しては信用していいわ。ルイス、この子達が今回の護衛役よ。よろしくね」
「若い……若いな。まだ学生とは聞いていたが、大丈夫なのか?」
ルイスさんはまず俺を見て、アイダ、アリシア、イザベルの順で目を合わせていく。
「ルイス。あなたも聞いているでしょう?ナバテヘラを救い、ティボラーンの襲撃からエンリケスの船を護りきった魔物狩人の話。この子達よ」
「ああ。衛兵達の与太話かと聞き流していたが、連絡所からも、何より商人仲間からも同じ話を聞いたからな。信じずにはおれまいよ。それで、代表者は誰だ?」
「私です。アイダと申します。こちらが右から順にアリシア、イザベル、そしてカズヤ殿です」
「わかった。ホセ ルイスだ。ルイスでいい。まず手付金の金貨1枚を渡しておく。魔物の襲撃があっても無事にアルカンダラに到着すれば上乗せで金貨1枚を払う。魔物を回収するのに荷馬車を使うなら、回収した魔物の売り上げから半分を運搬費用として戴く。これでどうだ?」
「荷馬車の空いている場所に私達が乗るのは構いませんか?」
「それは構わない。別にそれで金を取ろうとは考えていない」
「わかりました。その条件で結構です」
「では契約成立だ。まずはこの金貨を受け取れ」
ルイスさんがアイダに金貨を1枚手渡す。
こうして、アドラさんに見送られながらアルカンダラへ向けて出発した。
◇◇◇
アルマンソラからアルカンダラへの道のりは、多少のアップダウンはあれども、ほぼ平坦だった。
正しくは平坦な場所を選んで道が整備されているのだろう。整備されているといっても、石畳なんて立派なものではなく単に踏み固められているだけだ。
両側からは木々が迫り、道に沿って低木や藪が茂っている。道があるおかげで、短時間ではあるが森の中に日光が射し込むのだろう。
そういった低木や藪に道が侵食されないという事は、往来は頻繁にあるということだ。
ただ、その藪のおかげで見通しが悪く、周辺警戒には緊張を強いられる。
概ね30分毎のレーダー照射とスキャンによって、周囲の魔物の気配を探るが、出発して2時間ほど経っても異常はなかった。
「あ!Fresasだ!お兄ちゃん達先に行ってて!追い付くから!」
イザベルは時々文字通り脱線する。そういう時に付き合って残るのはアイダが引き受けてくれることが多い。
Fresasは藪に鈴なりに付く赤い房状の実、つまりノイチゴだ。道沿いに株があり、ちょうど今が実りの季節らしい。
Nísperoは幅の広い大きな葉を持つ木に房状に付いた黄色い果実だ。薄い皮の下には黄色く柔らかい果実と大きな種。ビワのようだ。
「よし!追い付いた!」
全力で走ってきたらしいイザベルとアイダが、肩で息をしながら荷馬車に追い付いてきた。
ルイスさんが懐から何か2つの石らしきものを取り出し、アリシアに渡す。
受け取ったアリシアは、戻ってきたばかりのイザベルとアイダの耳元で、その石同士を叩き合わせた。
カチッ!カチッ!
乾いた音がして火花が出る。
「大丈夫だって!私は私、アイダちゃんはアイダちゃんだよ!」
「分かっているけど、念には念を入れないとでしょ」
何がなんだかわからないのは、どうやら俺だけらしい。
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