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46.船上にて(5月12日)
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「うへえ……気持ち悪い……」
船酔いで根を上げたのはイザベルだった。森を歩くときはあんなに生き生きとしていた彼女が、船上では床にへたり込んだまま動かない。
ここはエンリケスさんの船、ビクトリア号の甲板の片隅だ。
最初は船内にいたのだが、あまりにも気持ちが悪そうだったので、風に当てるためにデッキへ担ぎ出したところだ。
「うへえ……なんでお兄ちゃん達は平気なの……お兄ちゃんはともかく、アイダちゃんもアリシアちゃんも船は初めてでしょ……」
「う~ん……初めてだけど、馬車とか馬にはよく乗っていたからかな。イザベルちゃん乗り物苦手だからね」
そう言えばアステドーラからナバテヘラへ向かう馬車の荷台に揺られているときも、主に話していたのはアイダやアリシアで、イザベルは大人しかったように思う。スー村からエルレエラに向かう荷馬車では、こんなに弱ってはいなかったはずだが。
「だって馬車とかは縦揺れじゃん。船ってこう……縦にも横にもぐわんぐわん揺れるし……」
3次元の揺れが嫌だという事だろう。
「アリシア。吐き気というか状態異常に効果がある魔法ってないのか?」
「う~ん……とりあえず治癒魔法でも掛けます?効果はないと思いますけど……」
それもそうだな。乗り物酔いとは、揺れの情報が多過ぎて三半規管が悲鳴を上げている状態だ。別に異常ではなく正しい反応だから、魔法では解決できない……
そうか。アリシアと最初に会った時に使っていた鎮静魔法だ。要は三半規管から送られた信号を自律神経が処理できないから問題なのだ。だったら自律神経の働きそのものを抑制してやればいい。
「え?鎮静魔法でいいんですか?それなら大丈夫です」
アリシアがイザベルの汗ばんだ額に手をかざし、何やら呟く。
「ふへ……頭がぼーっとしてきた……」
「これで大丈夫だと思います。副作用としてめっちゃ眠くなると思いますけど」
「でも吐くよりましだよな。アリシア。ありがとう」
そんなやりとりをしているうちに、船は海上を滑るように進んでいる。
「カズヤ殿!アリシア!あそこに何かいる!」
アイダが手摺から乗り出すようにして沖合を指さした。
「あれは……イルカですな。この辺りの海域には結構生息していて、船を見かけると並走したり水上に飛び出したりしてじゃれついてきます。可愛い生き物です」
様子を見に来てくれたらしいエンリケスさんが教えてくれる。
「じゃあ危険な生き物ではないのですか?」
アイダやアリシアには初めて見る生き物なのだろう。かくいう俺も野生のイルカなど見た事はない。
「そうですな。体長は4メートル近くありますから、かなり大きいですが、危険性はありません。同じ大きさならサメのほうが遥かに恐ろしいです」
「サメ?どんな生き物なのですか?」
「大きさはこの船の半分ほど。捕らえた獲物を切り裂く鋭いギザギザの歯を備えた大きな口と、泳ぐのに特化した流線型の身体、大きなヒレを持つ、海の王者です。これが魔物化すると、この船ぐらいの大きさになって、その口はカズヤ殿でも立ったまま飲み込まれてしまうほどです!」
「そんな生き物が海には潜んでいるのですね……その他にはどんな魔物がいるのでしょう」
「先ほども申したサメの魔物ティボラーン、巨大ウミヘビのセルピエンテ、半人半鳥のシレーヌ、半人半魚のトリトンなどでしょうか。トカゲでありながら人間のような知性を持つオンブレーラガルドどいう種族の暮らす陸地が、はるか沖合の西の方にあるという報告もあります。何でも数年前に漂流したとある漁船の乗組員が見たとか……まあ私自身が見たわけではありませんので、眉唾物ですがな」
「それでも陸地には大鬼や一角オオカミのような魔物がいるのですから、これだけ広い海にはもっと大きな魔物が潜んでいそうですよね。それに、この海の向こうがどうなっているかは未だわからないのでしょう?」
「そうですなあ。大きな島と陸地があるのは確実なようですが。アイダ殿は海の向こう側に興味がおありですかな?」
「いえいえ……私は地に足を付けて生きていたいと思っておりますので……」
「それは残念ですな。探検隊の話が出ればお誘いしようかと思いましたのに。それとも……カズヤ殿達が一緒の方がいいですかな?」
エンリケスさんがアイダを口説いているようにも見えるが、そろそろ助け船が必要だろうか。
「そう言えばカズヤ殿!カズヤ殿の探索魔法は海上や水中にも効果があるのだろうか?」
助け船を出すまでもなく、アイダが俺に話を振ってきた。
「いいや。波止場で索敵したときも、水中に潜むバボーサまでは探知できなかった。レーダーもスキャンも恐らく地上でしか役に立たない」
そう答えながら、一つの可能性に気付く。
なぜ水中に潜む魔物が探知できなかったか。それは魔力を探知する魔法が、さながら電波のように大気中を進み魔力を探知しているからだ。
ならば水中を探索するにはどうする?水中でも進む波、超音波を使えば探知できるかもしれない。
水中に超音波を発するには、まずは水に浸かったものを媒体にしないと……
例えば手を直接水に触れさせるとか、剣や槍を水に浸けるとか……
ん?もしかして船体をそのまま使えないだろうか。
魚群探知機や潜水艦などのソナーなら、吊り下げ式の超音波発信機や船体に備え付けられた発信機を使うはずだ。
木製の船底から超音波状の魔力を受発信できれば、水中の魔力を探知できるかもしれない。
例えばこのマスト。マストの底部は船底に固定されていた。マストを伝い船底の竜骨に魔力を送り込めば……
「あ、カズヤさんのあの表情、何か思いついてるやつだ」
「うむ。確かに。これは何か起きるぞ……」
アリシアとアイダがイザベルを連れてそっと離れていく。
「え?何かあるのですか??え??」
「いいから、エンリケスさんもこっちへ」
アリシアがエンリケスさんも誘い下がらせる。
別に爆弾の実験をするわけでもなし、危険なことなど起きないと思うのだがなあ……
マストに右手の平を触れさせ、船底のキールから発する200KHzほどの超音波をイメージする。
コンッ!
本来聞こえるはずもない高周波数の超音波を放った瞬間、マストから手ごたえが返ってきた。
それと同時に床で寝ていたイザベルが飛び起きた。
「うわっ!なに今の音!」
「音?アイダちゃん何か聞こえた?」
「いや?特に何も?カズヤ殿がああしてマストに手を当てているだけのようだが」
「えええ!聞こえたんだよ!こう床に付けていた耳に響くコンって大きな音が!」
イザベルの耳はコウモリと同じぐらいの聞き分けをするのかもしれない。
それはそうと、周囲から返ってくる反応は……
「アマンシオさん!この辺りの水深はどれくらいですか?」
「水深?そうだなあ。おおよそ100メートルほどだな」
とすれば、全周囲に渡ってほぼ平らに広がる反応が海底。左後方の水面近くにある大きな構造物の反応が僚船のパトリシア号。海底とビクトリア号の間にある細かい反応は魚の群れか。
「カズヤさん。もしかして水中を探索できる魔法……ですか??」
危険なことはないと判断したのだろう。アリシアが近づいてくる。
「ああ。一応水中でも探索は可能なようだ。風ではなく超音波という波動を使っている。水中300メートルほどは半円状に探索が可能だな。もっと角度を絞れば……」
竜骨中央部から西に向けて水平6°ぐらいに絞って探索魔法を放つ。ちょうど先ほどイルカの群れがいた方角だ。
数秒で反応があった。超音波は水中では1500m/sの速さで進むから、2秒で反応があったとすれば、今イルカたちの群れがいるのはおよそ1.5キロメートル先だ。
「そうだなあ。おおよそ2~4キロメートルぐらいは索敵できるかもしれない。ただ地表面と違って全周囲を索敵しなければならないから、長距離を索敵するのは大変だな」
「そうですよね。地表なら見通しさえよければ目視で索敵できますけど、水中を目視しようにも……3メートルとか5メートルが限界ですね」
「もう一つ気がかりなことがある。さっきイザベルは俺が放った魔法を感知したようだが、多分水中にいる魔物や生き物は感度の差はあれど同じように魔法を感知できるかもしれない。多用すると、藪をつつくような結果になる危険がある」
「ああ!“眠っている猫を起こしてはならない”ってやつですね!」
猫?猫ぐらい起こしてしまっても問題ないような気がするが、“藪をつついて蛇を出す”ようなイメージの諺だろうか。
「えっと……意味は、ネズミが眠っている猫をわざわざ起こして危ない目に合うようなことはしないでしょうってことです」
隣に来たアイダが解説してくれた。
なるほど。ネズミ目線であれば、確かに猫は人間から見た魔物のように強大で恐ろしいものかもしれない。
「色んな言い方があるものだなあ。ともかく、あまりこの探索魔法は使わないほうがよさそうだ。せいぜい数百メートルの範囲を受動的に監視するような用途でのみ……」
そこまで言い掛けた瞬間に、船の左舷側で水柱が立った。
船酔いで根を上げたのはイザベルだった。森を歩くときはあんなに生き生きとしていた彼女が、船上では床にへたり込んだまま動かない。
ここはエンリケスさんの船、ビクトリア号の甲板の片隅だ。
最初は船内にいたのだが、あまりにも気持ちが悪そうだったので、風に当てるためにデッキへ担ぎ出したところだ。
「うへえ……なんでお兄ちゃん達は平気なの……お兄ちゃんはともかく、アイダちゃんもアリシアちゃんも船は初めてでしょ……」
「う~ん……初めてだけど、馬車とか馬にはよく乗っていたからかな。イザベルちゃん乗り物苦手だからね」
そう言えばアステドーラからナバテヘラへ向かう馬車の荷台に揺られているときも、主に話していたのはアイダやアリシアで、イザベルは大人しかったように思う。スー村からエルレエラに向かう荷馬車では、こんなに弱ってはいなかったはずだが。
「だって馬車とかは縦揺れじゃん。船ってこう……縦にも横にもぐわんぐわん揺れるし……」
3次元の揺れが嫌だという事だろう。
「アリシア。吐き気というか状態異常に効果がある魔法ってないのか?」
「う~ん……とりあえず治癒魔法でも掛けます?効果はないと思いますけど……」
それもそうだな。乗り物酔いとは、揺れの情報が多過ぎて三半規管が悲鳴を上げている状態だ。別に異常ではなく正しい反応だから、魔法では解決できない……
そうか。アリシアと最初に会った時に使っていた鎮静魔法だ。要は三半規管から送られた信号を自律神経が処理できないから問題なのだ。だったら自律神経の働きそのものを抑制してやればいい。
「え?鎮静魔法でいいんですか?それなら大丈夫です」
アリシアがイザベルの汗ばんだ額に手をかざし、何やら呟く。
「ふへ……頭がぼーっとしてきた……」
「これで大丈夫だと思います。副作用としてめっちゃ眠くなると思いますけど」
「でも吐くよりましだよな。アリシア。ありがとう」
そんなやりとりをしているうちに、船は海上を滑るように進んでいる。
「カズヤ殿!アリシア!あそこに何かいる!」
アイダが手摺から乗り出すようにして沖合を指さした。
「あれは……イルカですな。この辺りの海域には結構生息していて、船を見かけると並走したり水上に飛び出したりしてじゃれついてきます。可愛い生き物です」
様子を見に来てくれたらしいエンリケスさんが教えてくれる。
「じゃあ危険な生き物ではないのですか?」
アイダやアリシアには初めて見る生き物なのだろう。かくいう俺も野生のイルカなど見た事はない。
「そうですな。体長は4メートル近くありますから、かなり大きいですが、危険性はありません。同じ大きさならサメのほうが遥かに恐ろしいです」
「サメ?どんな生き物なのですか?」
「大きさはこの船の半分ほど。捕らえた獲物を切り裂く鋭いギザギザの歯を備えた大きな口と、泳ぐのに特化した流線型の身体、大きなヒレを持つ、海の王者です。これが魔物化すると、この船ぐらいの大きさになって、その口はカズヤ殿でも立ったまま飲み込まれてしまうほどです!」
「そんな生き物が海には潜んでいるのですね……その他にはどんな魔物がいるのでしょう」
「先ほども申したサメの魔物ティボラーン、巨大ウミヘビのセルピエンテ、半人半鳥のシレーヌ、半人半魚のトリトンなどでしょうか。トカゲでありながら人間のような知性を持つオンブレーラガルドどいう種族の暮らす陸地が、はるか沖合の西の方にあるという報告もあります。何でも数年前に漂流したとある漁船の乗組員が見たとか……まあ私自身が見たわけではありませんので、眉唾物ですがな」
「それでも陸地には大鬼や一角オオカミのような魔物がいるのですから、これだけ広い海にはもっと大きな魔物が潜んでいそうですよね。それに、この海の向こうがどうなっているかは未だわからないのでしょう?」
「そうですなあ。大きな島と陸地があるのは確実なようですが。アイダ殿は海の向こう側に興味がおありですかな?」
「いえいえ……私は地に足を付けて生きていたいと思っておりますので……」
「それは残念ですな。探検隊の話が出ればお誘いしようかと思いましたのに。それとも……カズヤ殿達が一緒の方がいいですかな?」
エンリケスさんがアイダを口説いているようにも見えるが、そろそろ助け船が必要だろうか。
「そう言えばカズヤ殿!カズヤ殿の探索魔法は海上や水中にも効果があるのだろうか?」
助け船を出すまでもなく、アイダが俺に話を振ってきた。
「いいや。波止場で索敵したときも、水中に潜むバボーサまでは探知できなかった。レーダーもスキャンも恐らく地上でしか役に立たない」
そう答えながら、一つの可能性に気付く。
なぜ水中に潜む魔物が探知できなかったか。それは魔力を探知する魔法が、さながら電波のように大気中を進み魔力を探知しているからだ。
ならば水中を探索するにはどうする?水中でも進む波、超音波を使えば探知できるかもしれない。
水中に超音波を発するには、まずは水に浸かったものを媒体にしないと……
例えば手を直接水に触れさせるとか、剣や槍を水に浸けるとか……
ん?もしかして船体をそのまま使えないだろうか。
魚群探知機や潜水艦などのソナーなら、吊り下げ式の超音波発信機や船体に備え付けられた発信機を使うはずだ。
木製の船底から超音波状の魔力を受発信できれば、水中の魔力を探知できるかもしれない。
例えばこのマスト。マストの底部は船底に固定されていた。マストを伝い船底の竜骨に魔力を送り込めば……
「あ、カズヤさんのあの表情、何か思いついてるやつだ」
「うむ。確かに。これは何か起きるぞ……」
アリシアとアイダがイザベルを連れてそっと離れていく。
「え?何かあるのですか??え??」
「いいから、エンリケスさんもこっちへ」
アリシアがエンリケスさんも誘い下がらせる。
別に爆弾の実験をするわけでもなし、危険なことなど起きないと思うのだがなあ……
マストに右手の平を触れさせ、船底のキールから発する200KHzほどの超音波をイメージする。
コンッ!
本来聞こえるはずもない高周波数の超音波を放った瞬間、マストから手ごたえが返ってきた。
それと同時に床で寝ていたイザベルが飛び起きた。
「うわっ!なに今の音!」
「音?アイダちゃん何か聞こえた?」
「いや?特に何も?カズヤ殿がああしてマストに手を当てているだけのようだが」
「えええ!聞こえたんだよ!こう床に付けていた耳に響くコンって大きな音が!」
イザベルの耳はコウモリと同じぐらいの聞き分けをするのかもしれない。
それはそうと、周囲から返ってくる反応は……
「アマンシオさん!この辺りの水深はどれくらいですか?」
「水深?そうだなあ。おおよそ100メートルほどだな」
とすれば、全周囲に渡ってほぼ平らに広がる反応が海底。左後方の水面近くにある大きな構造物の反応が僚船のパトリシア号。海底とビクトリア号の間にある細かい反応は魚の群れか。
「カズヤさん。もしかして水中を探索できる魔法……ですか??」
危険なことはないと判断したのだろう。アリシアが近づいてくる。
「ああ。一応水中でも探索は可能なようだ。風ではなく超音波という波動を使っている。水中300メートルほどは半円状に探索が可能だな。もっと角度を絞れば……」
竜骨中央部から西に向けて水平6°ぐらいに絞って探索魔法を放つ。ちょうど先ほどイルカの群れがいた方角だ。
数秒で反応があった。超音波は水中では1500m/sの速さで進むから、2秒で反応があったとすれば、今イルカたちの群れがいるのはおよそ1.5キロメートル先だ。
「そうだなあ。おおよそ2~4キロメートルぐらいは索敵できるかもしれない。ただ地表面と違って全周囲を索敵しなければならないから、長距離を索敵するのは大変だな」
「そうですよね。地表なら見通しさえよければ目視で索敵できますけど、水中を目視しようにも……3メートルとか5メートルが限界ですね」
「もう一つ気がかりなことがある。さっきイザベルは俺が放った魔法を感知したようだが、多分水中にいる魔物や生き物は感度の差はあれど同じように魔法を感知できるかもしれない。多用すると、藪をつつくような結果になる危険がある」
「ああ!“眠っている猫を起こしてはならない”ってやつですね!」
猫?猫ぐらい起こしてしまっても問題ないような気がするが、“藪をつついて蛇を出す”ようなイメージの諺だろうか。
「えっと……意味は、ネズミが眠っている猫をわざわざ起こして危ない目に合うようなことはしないでしょうってことです」
隣に来たアイダが解説してくれた。
なるほど。ネズミ目線であれば、確かに猫は人間から見た魔物のように強大で恐ろしいものかもしれない。
「色んな言い方があるものだなあ。ともかく、あまりこの探索魔法は使わないほうがよさそうだ。せいぜい数百メートルの範囲を受動的に監視するような用途でのみ……」
そこまで言い掛けた瞬間に、船の左舷側で水柱が立った。
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