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41.アメフラシとの戦い(5月11日)

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振り返ると、大きな暗褐色の軟体動物のような生き物がいた。人の頭ほどの口の中には、ザラザラの歯舌しぜつが動いているのが見える。頭部からは人の身長ほどもある触覚が2本伸び、ゆらゆらと揺れている。
その頭をもたげ、今にも俺達に襲いかかってきそうだ。

「マジか……みんなゆっくり下がれ……大声を出すなよ……ゆっくりだ…」

思わず声が上ずる。一番焦っているのは俺かもしれない。

俺達4人は三方向に分かれてじりじりと下がる。
アメフラシ(かどうかは分からないが、便宜上アメフラシと呼ぶ)は触角を揺らしているが、どちらに進むか決めかねているようだ。

3メートルも下がると、アメフラシの全貌が見えてきた。
暗褐色のマドレーヌ型の身体からは、いくつものヒダが不気味に蠢いている。全長は4メートル、全高1.5メートルほどか。ちょうどミニバンを想像してもらえれば、サイズ感が伝わるだろう。
禍々しい気配はスキャンを使わなくてもこれが魔物だと教えてくれる。

「Babosa……」

俺と同じ方向に下がっていたアリシアが呟く。
バボーサ??

「バボーサは、森の倒木の下や岩の隙間に生息している、ブニブニの生き物です。でもせいぜい指先ぐらいの大きさで、こんなに大きくなることは……」

つまりナメクジか。
海のナメクジといえば、Sea slugつまりウミウシの仲間が魔物化したのだろうか。

何にせよ、魔物が襲ってくるというなら撃退する他に選択肢はない。

「あ……弓矢を忘れた……」

「私も剣を置いてきた……」

「槍もエアガンもリュックに入れたままだよう……」

ですよね。
かく言う俺もG36CはおろかMP5A5すらミリタリーリュックに収納したまま、バーベキューをしていた場所に置いている。取りに行くにはアメフラシの直近に近づかねばならない。
今の武装は腰から下げた山刀とUSPハンドガンのみ。アリシア達も銀ダン鉄砲だけはホルスターに収めている。

「アイダ!これを使え!」

ベルトから鞘ごと山刀を外し、アイダに向かって投げる。普段の剣の半分しか刃渡りがないが、無いよりはマシだろう。

「アリシア、そのバボーサって生き物の弱点は知ってるか?」

「ええ……そんなのわからないよう……水から上がってきたのなら、単純に火とか?」

確かに。ナメクジなら塩でもぶっ掛けるところだが、海から上がってきた魔物に塩をかけてもご褒美でしかないだろう。

「カズヤ殿!私とイザベルで火魔法と貫通魔法を試してみる!」

「わかった!射線に注意しろ!」

「了解!いくよ!!」

最初にイザベルがKD弾を三連射した。

着弾の度にアメフラシは大きく震え、ヒダを伸ばすが、倒れる気配はない。

「間違いなく貫通してるんだけど、効果なし!」

「じゃあ次は火だ!喰らえ!!」

今度はアイダの攻撃だ。

アイダの放ったKD弾が着弾する度に小さな火柱が立つが、ダメージを与えた感じはない。

「ダメだ!粘液のようなものが邪魔して、本体に攻撃が通らない!」

そうか。だったら……

「アイダ!イザベルが撃った場所に直後に火魔法を撃ち込めるか?」

「やってみます!イザベル!こっちへ!!」

「あいよ!」

アイダとイザベルが重なるようにして銀ダン鉄砲を構える。

「いくよ!」

ポスン、ポスンと連続した射撃音の後で、アメフラシは激しく身悶えた。ウネウネと動かしていたヒダを一気に伸ばして、アイダとイザベルを襲う。

「うわっ!」

悲鳴を上げて2人が砂浜を転がるように逃げる。

「やった!イザベルの貫通痕に炸裂魔法を叩き込んでやった!これならいける!」

アイダとイザベルがアメフラシのヒダの付け根に攻撃を集中させる。
3回目の攻撃で、とうとうヒダの一枚が引き千切られた。

声にならない咆哮を上げるように身震いしたアメフラシが、力を溜めるかのように少し縮む。

「何か来るぞ!全員警戒!!」

俺の叫びの直後に、アメフラシの背中から紫色の体液が周囲に飛び散った。

「きゃああああ!」

アリシアとイザベルが慌てて結界防壁を張る。
おいおい……こんなところだけアメフラシに似なくていいんだよ……


「どうしましょう……致命打を与えられません……このままではジリ貧です……」

アリシアの呟きも最もだ。
アイダとイザベルの攻撃は既に7発づつKD弾を消費している。
銀ダン鉄砲の装弾数は最大18発。アリシアの残弾と合わせても、残弾数は40発。
俺の腰にあるUSPハンドガンにBB弾が15発装填されているから、合計55回の攻撃が可能ではあるが……気になるのはアイダ達の魔力残量だ。
魔法だけの戦いで、そこまで耐えることができるものか。まさかこんな所でノエさんのアドバイスが現実のものとなるとは。

「何か一撃で致命傷を負わせる方法は……」

俺の呟きを拾ってアリシアが答える。

「水系の魔物が嫌がるのは火だとは思いますけど、あの粘膜を何とかしないとダメです。ヌルヌルしていて、貫通魔法も貫通には至っていないようですし……」

その通りだ。あのヌルヌルを何とかしなければ、例えば斬撃なども効果を発揮できそうにない。

ヌルヌル……水分を多く含んだ……水分…海水…体液……

あるじゃないか。まだ試していない魔法が。

奴の体表面はヌルヌルで覆われている。
対して俺達の足元には乾いた砂。御誂え向きの状況だ。

「全員離れろ!電撃を喰らわせる!」

「デンゲキ?って何?」

「イザベルちゃん!いいからカズヤさんの言うとおりにして!!」

結界防壁を張りながら、アリシアがアイダ達と合流して2人の手を引いて離れる。

某黄色い電気モンスターは10万ボルトの電撃を放つというが、大気中の放電では10万ボルト程度ではほぼ効果がないはずだ。

それなら奴の体表面で放電させればどうなる?
静電気でも3000ボルト程度の放電がある。乾燥した人体表面の電気抵抗が大きく、放電が一瞬で終わるから、静電気でヒトが死ぬことはない。
だが、濡れた体表面で数秒間に渡って3000ボルトの電圧を与えられればどうなるか。
濡れた体表面の電気抵抗が300Ω程度として、およそ10アンペアの電流が流れる。
生物の息の根を止めるには十分な電流値だ。

USPハンドガンのマガジンを取り出し、15発全てに帯電体をイメージする。
10万ボルトなんて贅沢は言わない。数千ボルトでいい。
願わくばバッテリーやモーターには悪影響を及ぼすなよ……

マガジンを戻し、セーフティを解除する。

アリシア達が十分に距離を取ったことを確認し、アメフラシの巨体に狙いを定める。
奴も殺気を感じ取ったのか、こちらに向けて鎌首をもたげた。狙いはその剥き出しになった胸部だ。

タンッ!タンッ!タンッ!

3発のBB弾は、奴の胸部に命中した。
と、直後に放電された電気によって、奴が硬直する。

バチッ!バチバチッ!

黄色っぽい光が奴の全身を包んだ。



「アリシア!アイダ!イザベル!無事か!?」

放電の瞬間、あまりの眩しさに目を閉じ振り返った俺は、目を開いて3人の姿を探す。
5メートルほど後方で、3人は抱き合ってうずくまっていた。

「雷が…落ちた…」

「なんで…晴れてたのに……」

とりあえず3人とも無事なようだ。

巨大アメフラシは、ヒダや触覚の先端から薄い煙を立ち上らせながら固まっている。
念のためスキャンを掛けるが、魔力反応が消失している。どうやら完全に倒したようだ。

「みんな、もう大丈夫だ。周辺300メートルに敵影なし。こいつも倒した」

「本当ですか!?さっきの魔法で?」

「ほんとだ……索敵魔法にも魔力反応がない!倒したんだ!」

「カズヤ殿!さっきの魔法は!?」

3人が走り寄ってくる。

「ちょっと待って!街の方に魔力反応がある!街が……襲われてる?」

イザベルが途中で立ち止まり、街の方を見る。

ここからでは街はスキャンの範囲外だ。レーダーを街を中心に45°の角度で打つ。
反応が7つ……いや、9つ……まだ増える。

「荷物を纏めろ!すぐに宿屋に戻って態勢を立て直す!」

『了解!』
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