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37.ナバテヘラへ向かう(5月10日)

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翌朝早くから、宿に来客があった。
レナトさんと衛兵隊長さんだ。まさか取り調べに協力しろとかじゃないだろうな。

「カズヤ殿!昨日はお世話になりました。実はベルディ家からの報奨金が衛兵隊に届いておりまして、その分け前をお渡しに上がりました」

宿の片隅のテーブル席に着くなり、衛兵隊長さんが切り出した。

「ベルディ家から衛兵隊が預かった報奨金は全部で金貨100枚。これを衛兵隊と連絡所で等分して金貨50枚。更にパーティードごとに等分した金貨25枚がカズヤ殿達の取り分だ。受け取ってくれ」

そう言って袋をテーブルの上に乗せたのはレナトさんだ。
レナトさんからの俺の呼び方が「兄ちゃん」から「カズヤ殿」に変っている。
実力を認めてくれたという事だろうか。
それにしても何だか不思議な計算方法で分配している。報奨金の総額を参加人数で割るわけではないのか。
同席しているアリシアやアイダが疑問を感じないようだから、これはこれでいいのだろう。

「わざわざ届けていただいて、ありがとうございます」

貰えるものは貰っておこう。金はいくらあっても困らないからな。

「しかし出立される直前でしたか。いや間に合ってよかった。それで、どちらに向かわれるのですか?」

衛兵隊長さんの言葉に、アリシアが答える。

「私達は南端の洞窟探索を終えて、アルカンダラに戻る途中です。今日はこの先のナバテヘラに向かおうかと」

「ほう?ナバテヘラに?だったら馬車に便乗されますか?速度と積載量重視の軍用馬車なので、夕方にはナバテヘラに到着しますよ!もっとも乗り心地は最悪ですが」

「せっかくだから、そうさせてもらいましょうか。いいですか?カズヤさん?」

「そうだな。昨日は少し歩き過ぎたし、そうさせてもらおう」

「承知しました。担当者には私から連絡しておきます。馬車は2時間後に出立しますので、それまでに門までお越しください」

そう言って衛兵隊長とレナトさんが宿を後にした。

馬車の旅かあ。ハビエルさんの馬車に便乗した時も、だいぶ腰が痛くなった。
ハビエルさんの馬車は時速6~7キロメートルだった。
次の街ナバテヘラまでは直線距離でおよそ50キロメートルらしいから、夕方までに到着するというのなら軍用馬車は時速15キロメートルほどは出すようだ。平坦な道程とはいえ、さぞかし衝撃がきついはずだ。

「じゃあ、少し時間もあるし買い物に行きましょう!何か敷く物とか必要ですよ!」

「服が欲しい!あと干しブドウ食べちゃったし矢も補充したい!」

「干し肉を買い足しておかないと、少々手持ちが……」

やっぱり皆さん時間と資金ができたら買い物ですよね。

これから向かうナバテヘラの街は、この辺り一帯の玄関口として栄えている港町らしい。
ナバテヘラから、その先のオンダロアまでは海路で向かうこともできるようだ。ただ、風向きによっては船が出ない時もあるから、日程としては陸路と海路では微妙な感じのようだ。

アステドーラの市場はエルレエラの市場の倍ほどの大きさがあった。
この先の予定を聞きながら2時間ほどを市場の散策と買い物で費やし、大きな2頭立ての馬車が停まっている門へとたどり着いた。

「ああ、来た来た。カズヤ殿!それに皆さんも!こっちです!」

大きく手を振るのは、昨日一緒に救出作戦に向かった衛兵の一人だ。

「申し遅れました。私が今回の輸送隊の指揮を執る、チコ-バルデスです。私を含めた5名で、今回の輸送任務の分隊を、カサドール風に言えばパーティードを組みます。短い間ですが、どうかよろしく」

そう言ってバルデスさんが大きな手を差し出してくる。

「こちらこそよろしく。バルデスさん」

「他人行儀ですなあ!一度きりとは言え同じ任務に当たった仲です。ここはひとつ、お互い名前で呼びましょう。私のことはチコで結構!私もイトー殿とお呼びします!」

ん?何やら言い回しが変だ。

「名前、名前です。カズヤさん最初に名乗る時にイトー カズヤって名乗りましたよね。イトーが名前、カズヤが姓だって思われています」

アリシアが小声で耳打ちしてくれた。
おう……レナトさんやエレナさん、それに衛兵隊長さんが「カズヤ」と呼んでいたのは、名字呼びで、ノエさんが「イトー」と呼んでいたのが名前呼びのつもりだったか。
まあ、間違いを正すのも何だし、別に支障はないか。

「はて?どうかされましたか?」

「いえ、なんでもありません。どうぞよろしくチコさん!改めて紹介するまでもないと思いますが、こっちの赤髪の子がアリシア、黒髪がアイダ、真っ白な髪の子がイザベルです」

『よろしくお願いします!』

3人が一斉に頭を下げる。

「こちらこそよろしく!いやあ可愛い女の子3人とご一緒できるとは、今回の輸送任務はあっという間に終わってしまいそうですな!」

チコさんの言葉に、残りの4人がどっと笑う。

「まあ、バカなことを言っている場合ではないですな。ほら、乗ってください。狭い荷台ですが、荷物をちょっとどければ……これぐらいで大丈夫ですかな?」

チコさんに促され、俺達4人は荷台に乗り込む。
チコさんと他2人が馬に乗り、残りの2人は御者台に座る。

「よろしいですか?では出発しますよ!」

チコさんの号令で、ゆっくりと馬車はナバテヘラに向かい進み始めた。

アステドーラからナバテヘラまでは直線距離で50キロメートルほど。馬車の通る街道を行くと、だいたい70キロメートル弱あるらしい。
道程は平坦で、行きかう馬車によって踏み固められている。
とは言え、舗装されているわけでもなく、サスペンションもない馬車だ。小さな石の凹凸や轍の振動をダイレクトに拾い、時折尻が跳ねる。
そんな荷台上でも、アリシアが買い求めた藁を詰めたクッションのお陰で、スー村からエルレエラまでの旅路よりは快適だ。

畑や果樹園の間を抜け、途中でいくつかの集落の近くを通り過ぎる。スー村と同じような開拓村があちらこちらに点在しているようだ。
何度かレーダーを周囲に投射するが、特に強い魔力反応はない。

アステドーラを出て2時間ほどで、休憩に入った。
アリシア達は手に手を取って用足しに行く。
俺も少し離れた場所で一服する。
そう言えば一角オオカミに遭遇したのも、一服の最中だった。
念には念を入れて、綿密に周囲にレーダーを放つ。

と、後方から接近する反応がある。かなりの速度で追いすがってくる。
この反応は……人と馬か。
速度は時速30キロメートルほどは出ているようだ。

馬車に戻り、双眼鏡を取り出して荷台の上から後方を監視する。

「あ、あれは遠見の魔道具です。カズヤさん!何か見えますか?」

訝しがるチコさん達に、アリシアが説明してくれている。

しばらくして視界に入ったのは、レザーアーマーを纏った一騎の騎馬。あれは……ノエさん??


「やあやあ、やっと追いついた!もう!何も言わずに行っちゃうなんて水臭いじゃないか!」

現れたのはやっぱりノエさんだった。飄々とした態度は相変わらず。実に気さくにチコさんとも挨拶している。

「ようノエ!急いでどうした?」

「みんなナバテヘラに向かうんだって?ボクもその先のベネヒレスに用事があってね!途中までご一緒させてもらうよ!」

「そりゃ俺達は構わないが……イトー殿よろしいですか?」

チコさんとノエさんがこっちを見る。

「え……この人が付いてくるんですか?」

何故かイザベルがアイダの後ろに隠れて警戒している。確かに先日は殆ど会話もなく、距離を取っていたようにも見えたが。

「ボクが用があるのはベネヒレスだから、ナバテヘラまでか、いい船が見つかればその先のオンダロアまでだよ。ずっと付いていく訳じゃないし、いいでしょ?」

「まあ俺達も嫌がる理由はないです。よろしくお願いします」

そう言ってノエさんと握手する。

「よし!じゃあ決まりだ。早速出発しよう!」

チコさんの号令で一行はまた進み始めた。
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