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19.スー村にて(5月4日)

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夜も白み始める頃、ふと我に返る。
どうやら座ったままウトウトしてしまっっていたようだ。

アリシアは相変わらず俺の膝に頭を乗せて、いつの間にか俺の指を咥えている。
赤ちゃん返りのようなものだろうか。

まあ理由は分からないが、指を咥えていると魔力が回復するらしいし、アリシアの支援魔法は重要だから、寝ている間ぐらいは好きにさせるか。

アリシアの口からそっと指を抜く。
そっと抜いたつもりだったが、アリシアがぱっちりと目を覚ました。

「おはようございます、カズヤさん」

「おはよう。起こしてしまったか?」

「いえ、起きてました。カズヤさんも眠ってたので、起こしちゃ悪いなと思ってジッとしてました!」

そうか。って膝枕されたままで俺の顔を見あげていたということか?何をやってるんだ……

「えへへ……また指吸わせてもらってたんで、魔力全回復です!」
アリシアが嬉しそうに見上げている。

「なあ、魔力の残量なんかはどうやってわかるんだ?全回復したって言えるのは何か目安があるんだろう?」

この前から疑問だったのだ。例えばゲームなら画面のどこかに体力ゲージや魔力ゲージが出ているからわかりやすいのだろうが、今の視界にそんなゲージは無い。

「魔力の残量……ですか?何となくですね。例えば全力で何キロも走ってると、もう駄目だ!ってなるでしょ?あれは体力ですけど、魔力でも似たような感じです。一晩寝たし回復したなあとか、これぐらいの魔法ならあと何発は打てるな!なんてのは、経験を積んで体で覚えていくしかないです!」

なるほど。要は慣れで学ぶしかないのか。

「でも、学校や神殿にある魔力測定器を使えば、魔力量を測ることはできますよ!私達も一年の初めには測定して、その年の訓練内容を決めています。ただ神殿の測定器のほうが性能は上だって先生が言ってました。一度計ってみたいんですけど、それには寄付が結構な額必要みたいで……」

「それじゃ魔力量は体力や筋力みたいに、訓練すれば上がっていくものなのか?」

「はい。ただし限界はあります。いくら訓練しても、ただの人間が何百キロも持ち上げられるような筋力は得られないのと似てますね!」

ということは魔力も超回復が可能と言う事だろう。
限界まで魔力を使い切って良質な魔力を補えば、魔力量は上がっていくのかもしれない。

「あの!お腹空きませんか?朝ごはんの準備をしようと思うのですが……」
アリシアが身体を起こして提案してくる。

「そうだな。あとの2人も起こすか?」

「いえ、もう少し寝かせておきましょう。カズヤさんのお家の台所?のような場所で白い粉を見つけたのですが、あれって小麦粉ですか?」

そういえば小麦粉や蕎麦粉、ホットケーキミックスなんかが入った引き出しをアリシアが開けていたな。
「ああ。たぶんそうだが……持ってきたのか?」

「はい!じゃあマッツァーを焼きますね!あとは……あ!カモがいるので獲ってきます!」

アリシアはイザベルが持っていた弓を手に取り、矢筒を背負って川に向かっていった。
朝から元気なことだ。

いくらもしないうちに、アリシアが立派なカモを2羽ぶら下げて帰ってきた。

ちょうどアイダとイザベルもテントから這い出してきた。

「カズヤ殿おはようございます。アリシアは……あ、カモ獲ってきたのか。じゃあ捌さばくか」

「アイダちゃんありがとう!じゃあカモを捌くのはアイダちゃんに手伝ってもらって、イザベルちゃんはマッツァーを焼いてもらえるかな?」

「了解~。お兄ちゃん小麦粉とお塩もらうね!あとお水ちょうだい!」

3人はテキパキと食事の支度を進めていく。


マッツァーとは小麦粉を水で練って焼いた無酵母パン、つまりチャパティのようなものだった。
このマッツァーにカモ肉のソテーを巻いたものが、今日の朝食となった。

塩で味付けされたカモ肉のソテーは、シンプルだが力強い野性味溢れる味だった。
ちなみに調味料の選択肢はあまり多くなく、塩・酢の他、香辛料やハーブなどで味付けすることが中心らしい。

それにしてもアウトドア料理でこの手際の良さは見事だ。
生まれ育った環境なのか、あるいは職業訓練校の教育の成果なのか。

食事と後片付けを終え、テントを畳む。

一晩道草を食ってしまったが、アルカンダラに向かう道程はまだ始まったばかりだ。

アリシア達の話では、魔物が潜むであろう洞窟の調査のために派遣されたのが先月の中頃から終わりに掛けてだったらしい。そして洞窟の情報を近隣の村で聞いて、森に分け入ったのが先月末。ちょうど俺がこの世界に来た2日ほど前だったようだ。

アリシア達に洞窟の情報を教えた村と言うのが、自宅からドローンで偵察していた、北の村だった。

「あ!見えてきましたね!あれがルシタニアで一番南にある村、スー村です!」

何だかネイティブアメリカンの部族みたいな響きだが、果たして前方に高い柵と塀に囲まれた場所が見えてきた。

朝も早い時間から、畑で麦の刈り入れを行っている大人達が見える。時期からすれば春小麦だろう。
アリシア達がしきりに手を振っている。この人懐っこさは旅では大きな武器になる。

村に入ると、少々大柄な女性が駆け寄ってきた。10年前は“美人のお姉さん”だったであろう雰囲気を醸し出した、茶色い長髪の女性だ。

「ちょっとアリシア!アリシア達じゃないかい!無事に戻ってこれたんだね!」

「カルネおばさん!ただいま!」

にこやかに飛びついていくアリシアを他所眼に、イザベルがアイダに耳打ちしている。

「誰だっけ??」

「ちょっとイザベル!この村で泊めてくれた宿の女将さんでしょ!」

「ああ!アイダちゃんよく覚えてるね」

「数日前のことじゃない……イザベルったら……」

「あんた達聞こえてるよ!宿って言っても4部屋しかないし、あんた達の他に客もいなかったから印象に残らなかったかもしれないね。それはそうと、連れの男の子達はどうした?それにあんた達、随分と変な格好してるねえ!」

アリシア達が顔を見合わせる。
その仕草でカルネおばさんは何かを感じ取ったらしい。
青ざめた顔で口元に手を当てる。

「まさか…………確かに探索に出るには若すぎると思ったんだけど……」

「はい。でも私達3人は洞窟で捕らわれているところを、この人に助けてもらって……」

アリシアが俺の腕を取って、自分の胸に引き寄せる。

「そうかい。あんたはカサドールにも軍人にも見えないけど、助けてくれたんなら感謝しなきゃいけないね。それで、アルカンダラに帰るところかい?」

「はい。遺品を届けなければいけませんし、洞窟の件を報告しなければいけません。洞窟の源魔石は回収して、入口は塞いだんですけど、いつ再生するか分からないので。女将さん達も気を付けてくださいね!」

「あいよ!でもここは開拓村だ。ここにいる連中は引退したとはいえ全員カサドールか軍人上がりだ。鬼ごときには負けないよ!竜が出たらさっさと逃げるけどね!」

カルネおばさんは豊満な胸を張って大声で笑っている。
竜と言ったか。竜ってあのドラゴンだよな……まさかサンショウウオってことはないだろう。

ひとしきり笑った後で、カルネおばさんが俺の前に立って小声で言ってきた。

「それはそうと、あんた相当な魔力を持ってるね。悪いことは言わないから、アルカンダラに着いたら寄り道せずに真っすぐに学校に行きな。間違っても神殿には寄るんじゃないよ」

「カルネおばさん、どうして?神殿で魔力を見てもらおうと思ってたんだけど……」

アリシアが俺の疑問を代弁してくれる。

「それはやめときな。あんた、普通じゃない魔法も使えるだろう?ばれたら大騒ぎになる。特に学校と違って神殿は自前で騎士団も持っている。良くても神殿騎士団預かりでそのまま宮仕え、下手すりゃ研究材料さね。その点、学校は一応王家からも神殿からも独立しているからね。特に今の校長はあのサラ・マルティネスだろう?きっとあんた達に悪いことにはならないさ!」

「そういえばカルネおばさんは校長先生とお知り合いなのでしたっけ?」
アイダが何かを思い出したようだ。

「そうだよ!あれは、あんた達が生まれる前の話だね。私と旦那、それにサラとウーゴ、リカルドの5人で組んでいたのさ。ところが大昔の城跡を探索中に、リカルドがまだ若いカサドール達の支援に向かってやられちまってね。それをきっかけに、サラはカサドールを教育する道に入ったのさ」

「そんなことがあったのですね……」
アリシア達が神妙な面持ちでカルネおばさんの話を聞いている。

「まあそんな話よりも!あんた達は今からどうするんだい?まだ朝のうちだけど、宿に泊まっていくかい?」

「あ、いえ、買い物ができればいいなと。ちょっと手持ちの食料だけでは乏しいので」

「そうかい!そういやあんた達アルカンダラに向かうにしては軽装過ぎる。じゃあこの村でしっかり整えてお行き!まあ次の街まで辿り着けばいいんだが、旅では何があるか分からないからね。最低でも3日分の水と食料は持って行くこと。固焼きパンや干し肉、干しイチジクなんかだと歩きながらでも食べられるからお勧めだよ。あとは天幕や毛布も必要だからね。まあこんなことは学校で嫌になるほど叩き込まれただろう?」

「はい!大丈夫です!」

「よし。じゃあ買い物しておいで!」

カルネおばさんに背中を叩かれながら、買い物先へと向かう。
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