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8.娘の名前を知る(5月1日〜5月2日)
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娘がお湯に浸かった事を確認して、俺は食事の準備に入った。
時刻は15時を回っている。
そういえば昼食を取り損ねたが、まあ洞窟攻略を行なっていたから仕方ない。
攻略か……あの洞窟は攻略できたと言っていいのだろうか。
ゴブリン達がいた部屋にあった魔石らしき石は回収したが、娘の話では更に奥に部屋があるという事だった。
その奥に更に洞窟が続いているのであれば、攻略済とは言えないのかもしれない。
そんな事を考えながら、電気炊飯器の内釜に米を1合分入れ、軽く研いでから水加減を粥に合わせてスイッチを入れる。
娘が何日間ゴブリンどもに囚われていたのか知らないが、いきなり重い食事は受け付けないだろう。
キッチンの換気扇を回し、タバコに火を点ける。
しかしあの娘は何者だろう。
見た感じは普通の人間に見える。
身長は150㎝ぐらいか。体重は見た目以上に軽かったが、比較対象がないから不明。
肩より少し長いくすんだ赤毛に茶色い瞳。肌は白く赤い髪に良く映える。
顔はどう見ても西洋人だ。それも美人の部類に入るだろう。
確か赤毛はスコットランドやアイルランド、オランダなどに偏在しているレアな遺伝子だったはずだ。
魔法らしき力を行使しても、その力に対しては特に驚きを見せなかった。
驚いたのは治癒魔法らしき力を使ったことに対してだった。
とすると、魔法に対して専門知識がある職業に就いているか、あるいは学んでいるか。
もしくは魔法が極めて一般的で、あたりまえの力なのかもしれない。
もしそうであれば、俺がその力を使えるのも納得がいく。
そしてあの洞窟でいったい何が起きていた。
普通に考えれば、どこかから攫われて、今にも凌辱されそうになっていたところを救い出したのだが、前提が間違っていたらとんでもない存在を引き込んだのかもしれない。
つまり娘がゴブリンの仲間だったとしたら……お楽しみの最中に想い人を殺され、復讐に燃えている……可能性だってある。
何しろ異世界だ。どんな価値観と風習があるか知れない。
そういえば、さっき背中を洗っている時に娘の腰の辺りに入れ墨のようなものが見えた。
いわゆる魔法陣のようにも見える、円と六芒星をいくつも組み合わせたような入れ墨だった。
あの入れ墨が異形の生き物の仲間の証だったとしたら……
いや、可能性を考えて怯えるのは止めよう。
せっかく言葉が通じる存在と出会えたのだ。この出会いに感謝しなければバチが当たるというものだ。
そもそも異形の生き物に引き裂かれるより、言葉が通じる、しかも美人に食い殺されるほうがマシではないか。
2本目のタバコを吸い終わるのと同時に、脱衣所から物音が聞こえ始めた。
娘が風呂から上がってきたらしい。
服の着方はわかるだろう。サイズが合わないのは我慢してもらうしかない。俺の家に女物の服などあるはずもない。
3本目を吸うか悩んでいるうちに、脱衣所のドアが開き、中からまだ髪が濡れたままの娘が顔を出した。
とりあえず娘の髪を乾かそう。
キッチンで座っていた折り畳み式のスツールを脱衣所に持ち込み、娘を座らせドライヤーを当てる。
娘は勢いよく吹き出す温風に一瞬首を竦めるが、意図を理解してくれたのだろう。大人しく乾かされている。
しかし髪が多い。こちとら年々後退していく生え際に恐怖すら覚えているというのに。
髪が乾くと、娘の髪はくすんだ赤毛から艶やかな燃えるような赤い髪になっていた。
これが本来の髪の色なのだろう。
そして娘は……座ったまま寝ていた。
まさかそのままにもしておけない。
再びお姫様抱っこで寝室へと運び、ベッドに寝かせる。
手を伸ばして何かにしがみつく仕草を見せるので、枕元に置いてあった某“夢と魔法の国”のキャラクターのぬいぐるみを抱かせる。大きな耳と大きな口が特徴的な、青いヤツだ。
しかしこのぬいぐるみ、見方によってはゴブリンに見えなくもない。
今日はこのまま寝かせておこう。
いろいろ聞きたいことも聞かなければいけないこともあるが、それは目が覚めてからでいい。
とりあえず俺もシャワーを浴び、ついでに洗い場に置かれたままだった娘の服も洗濯機に放り込んで一緒に洗う。
娘が着ていた服は、麻っぽい生成り生地の長袖ワンピースに茶色の革のベスト。ベストのフロントは木製のボタンで、背中側のコルセット状の皮紐でサイズ調整ができるようだ。
下着は生成りのコルセットのようなものと、いわゆる紐パンが置いてあった。
まあ何を求めているわけでもないが、決して色気がある下着ではない……
ゴムは存在しないらしい。あるいは存在しても服飾には使用されていないのか。
革のベストもびしょ濡れになってしまっていたので、軽くタオルで拭いて陰干しにする。
結局この日は洗濯物を浴室乾燥機に掛け、ついでにドローンで周辺を偵察してから粥を食べ、寝た。
ベッドは娘に占領されているから、ベッドの下に長座布団を引いてシュラフに潜る。
シュラフの中には万が一に備えマガジンを装填したUSPとフラシュライトバトンを持ち込んだ。
もちろんUSPのセーフティーは掛けたままだ。
翌朝、雨の降る音で目が覚める。
長座布団で寝たとはいえ、疲れは取れるものだ。
大きく伸びをしてからベッドを覗き込む。
娘はぬいぐるみを抱いたまま寝ていたが、何故か娘の上下が入れ替わっている。
ベッドから落ちるでもなく、器用な寝相だ。
2階の窓のカーテンを開けると、庭に積み上げたゴブリン達の武器が雨に打たれているのが目に入った。
“きっと弓は濡らしたら良くないんだろうなあ”
そんなことを思っていると、重要なことを思い出した。ゴブリンの持ち物を検分していない。
雨で自宅に引きこもるなら、いい機会だ。さっさと検分してしまおう。
軒先に放置してあったゴブリンの袋を回収する。いい感じに雨に打たれて洗われている。
ゴブリンの袋は縦30㎝×横20㎝ぐらいの袋が3つ。
袋に入れていたのは、ゴブリンの亡骸から回収した首飾りと腰袋の中身の硬貨やら綺麗な石、何かの骨など。首飾りは何かの角を革紐でつないだ物だ。
そのまま風呂場に持ち込み、洗い場にぶちまけて薬用ハンドソープと使い古しの歯ブラシでしっかりと洗う。
気持ちよく洗っていると、娘が起きてきた。
なにやら足をくねらせモジモジしている。ああ、トイレか。
トイレに連れて行き、使い方を教える。
用を足して出てきた娘に、洗面所の使い方を教え、顔を洗わせる。
「あの……小鬼の持ち物を洗ってるんですか?」
娘が恐る恐るといった感じで聞いてきた。
「ああ。数日前に大挙して襲ってきた時に回収したものだ」
綺麗な赤い石を洗いながら答える。
「大挙して襲ってきたって……無事だったんですか!?何匹ぐらいいました!?」
娘が目を見開いて言う。茶色い瞳に吸い込まれそうだ。
「無事だったからこうして生きている。何匹か……埋葬したのは60匹だったが、埋葬しきれなかった分もあるから……恐らく100匹ぐらいか」
しっかりとは数えていないが、それぐらいだろう。
娘は俺の襟元に掴みかからんばかりの勢いで顔を寄せてくる。
「100匹の小鬼に襲われて無事なんて、あなた一体何者ですか!」
「さあ……俺はこう見えて人間のはずだが……そもそもお前は何者だ?」
「え……私ですか?」
娘はきょとんとした顔で俺を見ている。
「私はアルカンタラのルイス・ガルセスの娘、アリシア・ガルセスです」
時刻は15時を回っている。
そういえば昼食を取り損ねたが、まあ洞窟攻略を行なっていたから仕方ない。
攻略か……あの洞窟は攻略できたと言っていいのだろうか。
ゴブリン達がいた部屋にあった魔石らしき石は回収したが、娘の話では更に奥に部屋があるという事だった。
その奥に更に洞窟が続いているのであれば、攻略済とは言えないのかもしれない。
そんな事を考えながら、電気炊飯器の内釜に米を1合分入れ、軽く研いでから水加減を粥に合わせてスイッチを入れる。
娘が何日間ゴブリンどもに囚われていたのか知らないが、いきなり重い食事は受け付けないだろう。
キッチンの換気扇を回し、タバコに火を点ける。
しかしあの娘は何者だろう。
見た感じは普通の人間に見える。
身長は150㎝ぐらいか。体重は見た目以上に軽かったが、比較対象がないから不明。
肩より少し長いくすんだ赤毛に茶色い瞳。肌は白く赤い髪に良く映える。
顔はどう見ても西洋人だ。それも美人の部類に入るだろう。
確か赤毛はスコットランドやアイルランド、オランダなどに偏在しているレアな遺伝子だったはずだ。
魔法らしき力を行使しても、その力に対しては特に驚きを見せなかった。
驚いたのは治癒魔法らしき力を使ったことに対してだった。
とすると、魔法に対して専門知識がある職業に就いているか、あるいは学んでいるか。
もしくは魔法が極めて一般的で、あたりまえの力なのかもしれない。
もしそうであれば、俺がその力を使えるのも納得がいく。
そしてあの洞窟でいったい何が起きていた。
普通に考えれば、どこかから攫われて、今にも凌辱されそうになっていたところを救い出したのだが、前提が間違っていたらとんでもない存在を引き込んだのかもしれない。
つまり娘がゴブリンの仲間だったとしたら……お楽しみの最中に想い人を殺され、復讐に燃えている……可能性だってある。
何しろ異世界だ。どんな価値観と風習があるか知れない。
そういえば、さっき背中を洗っている時に娘の腰の辺りに入れ墨のようなものが見えた。
いわゆる魔法陣のようにも見える、円と六芒星をいくつも組み合わせたような入れ墨だった。
あの入れ墨が異形の生き物の仲間の証だったとしたら……
いや、可能性を考えて怯えるのは止めよう。
せっかく言葉が通じる存在と出会えたのだ。この出会いに感謝しなければバチが当たるというものだ。
そもそも異形の生き物に引き裂かれるより、言葉が通じる、しかも美人に食い殺されるほうがマシではないか。
2本目のタバコを吸い終わるのと同時に、脱衣所から物音が聞こえ始めた。
娘が風呂から上がってきたらしい。
服の着方はわかるだろう。サイズが合わないのは我慢してもらうしかない。俺の家に女物の服などあるはずもない。
3本目を吸うか悩んでいるうちに、脱衣所のドアが開き、中からまだ髪が濡れたままの娘が顔を出した。
とりあえず娘の髪を乾かそう。
キッチンで座っていた折り畳み式のスツールを脱衣所に持ち込み、娘を座らせドライヤーを当てる。
娘は勢いよく吹き出す温風に一瞬首を竦めるが、意図を理解してくれたのだろう。大人しく乾かされている。
しかし髪が多い。こちとら年々後退していく生え際に恐怖すら覚えているというのに。
髪が乾くと、娘の髪はくすんだ赤毛から艶やかな燃えるような赤い髪になっていた。
これが本来の髪の色なのだろう。
そして娘は……座ったまま寝ていた。
まさかそのままにもしておけない。
再びお姫様抱っこで寝室へと運び、ベッドに寝かせる。
手を伸ばして何かにしがみつく仕草を見せるので、枕元に置いてあった某“夢と魔法の国”のキャラクターのぬいぐるみを抱かせる。大きな耳と大きな口が特徴的な、青いヤツだ。
しかしこのぬいぐるみ、見方によってはゴブリンに見えなくもない。
今日はこのまま寝かせておこう。
いろいろ聞きたいことも聞かなければいけないこともあるが、それは目が覚めてからでいい。
とりあえず俺もシャワーを浴び、ついでに洗い場に置かれたままだった娘の服も洗濯機に放り込んで一緒に洗う。
娘が着ていた服は、麻っぽい生成り生地の長袖ワンピースに茶色の革のベスト。ベストのフロントは木製のボタンで、背中側のコルセット状の皮紐でサイズ調整ができるようだ。
下着は生成りのコルセットのようなものと、いわゆる紐パンが置いてあった。
まあ何を求めているわけでもないが、決して色気がある下着ではない……
ゴムは存在しないらしい。あるいは存在しても服飾には使用されていないのか。
革のベストもびしょ濡れになってしまっていたので、軽くタオルで拭いて陰干しにする。
結局この日は洗濯物を浴室乾燥機に掛け、ついでにドローンで周辺を偵察してから粥を食べ、寝た。
ベッドは娘に占領されているから、ベッドの下に長座布団を引いてシュラフに潜る。
シュラフの中には万が一に備えマガジンを装填したUSPとフラシュライトバトンを持ち込んだ。
もちろんUSPのセーフティーは掛けたままだ。
翌朝、雨の降る音で目が覚める。
長座布団で寝たとはいえ、疲れは取れるものだ。
大きく伸びをしてからベッドを覗き込む。
娘はぬいぐるみを抱いたまま寝ていたが、何故か娘の上下が入れ替わっている。
ベッドから落ちるでもなく、器用な寝相だ。
2階の窓のカーテンを開けると、庭に積み上げたゴブリン達の武器が雨に打たれているのが目に入った。
“きっと弓は濡らしたら良くないんだろうなあ”
そんなことを思っていると、重要なことを思い出した。ゴブリンの持ち物を検分していない。
雨で自宅に引きこもるなら、いい機会だ。さっさと検分してしまおう。
軒先に放置してあったゴブリンの袋を回収する。いい感じに雨に打たれて洗われている。
ゴブリンの袋は縦30㎝×横20㎝ぐらいの袋が3つ。
袋に入れていたのは、ゴブリンの亡骸から回収した首飾りと腰袋の中身の硬貨やら綺麗な石、何かの骨など。首飾りは何かの角を革紐でつないだ物だ。
そのまま風呂場に持ち込み、洗い場にぶちまけて薬用ハンドソープと使い古しの歯ブラシでしっかりと洗う。
気持ちよく洗っていると、娘が起きてきた。
なにやら足をくねらせモジモジしている。ああ、トイレか。
トイレに連れて行き、使い方を教える。
用を足して出てきた娘に、洗面所の使い方を教え、顔を洗わせる。
「あの……小鬼の持ち物を洗ってるんですか?」
娘が恐る恐るといった感じで聞いてきた。
「ああ。数日前に大挙して襲ってきた時に回収したものだ」
綺麗な赤い石を洗いながら答える。
「大挙して襲ってきたって……無事だったんですか!?何匹ぐらいいました!?」
娘が目を見開いて言う。茶色い瞳に吸い込まれそうだ。
「無事だったからこうして生きている。何匹か……埋葬したのは60匹だったが、埋葬しきれなかった分もあるから……恐らく100匹ぐらいか」
しっかりとは数えていないが、それぐらいだろう。
娘は俺の襟元に掴みかからんばかりの勢いで顔を寄せてくる。
「100匹の小鬼に襲われて無事なんて、あなた一体何者ですか!」
「さあ……俺はこう見えて人間のはずだが……そもそもお前は何者だ?」
「え……私ですか?」
娘はきょとんとした顔で俺を見ている。
「私はアルカンタラのルイス・ガルセスの娘、アリシア・ガルセスです」
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