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大剣アトラスブレード

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 魔王セツアには飾り立てる心ってもんが無いのか。

 奴が作り上げたバトルフィールドは、夜の砂漠としか思えない殺風景な空間。これが決戦の地かと思うと、何だか泣けてくるね。

 アイツは砂嵐の向こうからゆっくりと歩いてくる。

「君をあそこで殺すことができなかったのは、私の人生では数少ないミスだったと思う」
「まるで自分の人生が完璧に近かった……とでも言いたげだな。セツア」

 俺はまだ懐からカードを取り出さなかった。背後から何かが飛んできていることが分かる。セツアはわざわざ、コドランまでここに呼び込んだらしい。

「アルダーよ。これがお前というドラグーンの、最後の戦いだ! 必ず勝つのだぞ」
「……言われなくても勝つよ。安心してくれ」

 やっと顔が分かるくらいまで奴は近づいてきた。左手に持っていた砂時計を、大きな岩の上に置いている。この空間の中で、唯一砂以外にある自然物だ。

「前回よりも長めに時間を設定してある。だが……私を倒せれば直ぐに消えるだろう。戦う前に君に聞いておきたい」
「……何だよ。言ってみろ」

 セツアは魔王とは思えないくらい優しい顔で笑った。三百年前の記憶にもあった、勇者の笑顔。

「私は君以上に有能な戦士を見たことがない。私の仲間にならないか? 君や、君の望んだ人間だけには危害を加えず、生を全うするまで安全を保証しよう」

 俺は懐からキラカードを取り出し、セツアを睨みつけた。この後に及んで……とは正にこのことだろうな。

「決まっているだろう。答えはいいえだ。俺はお前より、現代の勇者のほうが性に合ってる」

 カードが煌き出す。多分今回が最後のドラグーン化になる。セツアは残念そうに溜息をつくと、全身からありとあらゆるオーラを発現させた。

「これは文字どおり、最後のチャンスだったよ。君はやはりホークスそのものだな」
「……おいコドラン。これは何だ?」

 セツアの言葉に答える前に、コドランに質問するほうが先だった。だって青一色だったはずの鎧が、半分赤色になっていたのだから無理もない。

 しかも、いくつか丸い穴が空いている。これは明らかな設計ミスではないのか?

「……心配ない。ホークスの鎧と合体しているのだから、そうなってしまうのだ。その穴は……我の戯れだ。使う機会があってほしいような、あってほしくないような。まあ気にするな」
「気にするよ。まあいいや、始めようぜ。魔王セツア」
「……いいだろう。戦士アルダー……君の挑戦を受ける」

 俺は炎のようなドラグーンのオーラを発現させて剣を構える。対するセツアもまた、魔王のつるぎを鞘から抜いていた。ほんの数秒が、まるで永遠のように感じられる。

 俺はまるで獣のように飛びかかる。龍の剣が魔王目掛けて一気に振り下ろされた。




 ネリネの町だった廃墟は、今やあらゆる魔物達がひしめき合い、奥に佇む教会を守っている。

 食人巨人グレンデル、不気味な一ツ目の悪魔イーヴィルアイ、デビルエレファント、サイクロプスといった魔物達が、人間をひたすらに殺し、人間もまた魔物達を殺し続ける。

 そんな地獄と化した世界を、教会の屋根から魔女ゲオルートは見下していた。傍にいたヤブランは理解に苦しむと言わんばかりに頭を掻いている。

「思っていた以上に人間がわんさか来ちゃってるよ。あれだけ絶望を植えつけてやったのにさ。懲りない奴らだよね」
「ふふふ……美しい光景だわ」

 彼女の言うことが理解できないヤブランは、それでも笑っている。

「まあ、最後の足掻きを見るのも悪くないか。まだ祭壇は使えないのかい?」
「もう少し時間が掛かるわ……。今ここには多くの魔物達が集まって来ている。もう少ししたら島からも、海の底からも援軍にくることでしょう。でもね、ちょっと計算外」

 ゲオルートは遥か彼方の草原から、ひたすら魔物を蹴散らしている集まりを見つけた。勇者サクラ達だ。

「あ、アイツ……やっぱり来やがったか! 勇者もどきのガキめ」
「どうしたの? あなたがそこまで声を荒げるなんて」
「……別に」
「勇者がここまで力をつけてくるとは思わなかった……。それに、あの脇を固めている子供と女。以前とは比較にならないほど実力が上がっているわ」

 サクラを両脇から援護するように、ランティスとミカが必死に戦っている。西側からはイベリス盗賊団が暴れ回り、予想よりも早く魔物達の死骸が増えていく。

「もし現存の魔物達で抑えきれなくなってきたら、ヤブラン。あなたはヒロイックストーンの一つを持ち、湖へ行きなさい。……私は山へ向かう」

 この言葉にヤブランは焦った。

「ちょ、ちょっと待ってくれゲオルート。君はセツアに言われたことを忘れたのか? 必ずこの教会でことを成す約束だろう! いくら人間が死ぬ気で向かってきても無理だ。この大陸には今どれだけの魔物がいる? 一万二万どころじゃないんだぞ」

 狼狽して説得を続けるヤブランを、教会の屋根に座っているゲオルートは気にもとめない。

「それでも……アイツらはやりかねない。私は知っているのよ。バルゴを、サンドロンを……。私は必ずセツアに勝利をもたらせる。彼に嫌われたって構わないわ」
「……ゲオルート」

 両手をダラリと下げたヤブランは、説得の言葉が底を尽きて困惑していた。




 勇者サクラはオーラを発現させて走り続ける。ネリネの町までは長い坂道になっていて、魔物達はまるで転がってくる大岩のようだった。

 だが、赤い勇者のオーラは触れた魔物を消し去り続ける。ただの魔物では止めることなどできなかった。サクラと一緒に走っていたランティスは、息を切らしてしゃがみ込んだ。

「ランティス!? 大丈夫?」
「だ……大丈夫ですサクラさん。僕に構わず行ってください」
「え? で、でも!」

 ランティスは首を横に振り、怒鳴るように声を上げた。

「時間がないんです! 急いで下さい! 早く」
「う、うん。分かった。追いついてよ、ランティス!」
「絶対に死んじゃダメよ! 分かったわね?」

 サクラとミカは心配しながらも、ただ前に進むしか道がない。既に悲鳴を上げている体に鞭を打って、直ぐに立ち上がろうとしたところに、隠れていたサイクロプスが走り寄る。

「……しまった!」

 振り上げた巨人の棍棒は明らかに少年を狙っていた。思い切り叩きつけようと勢いづくサイクロプスを見て、ランティスは槍を構えて防御の姿勢を取る。

「ぐああ!」

 悲鳴を上げたのはランティスではなかった。胴体を横一文字に切断されてもがくサイクロプスの心臓に、レオンハルトの大剣が深々と突き刺さる。

「生きてるか? ランティス」
「う、うん! なんとか」
「こんな所で死ぬんじゃねえぞ。それこそつまんねえ人生だ」

 心臓に刺した大剣を引き抜いたレオンハルトは、鍔に当たる部分に備えられている三本のレバーのうち、赤いレバーを下に引く。赤いレバーの両隣にある、残り二つのレバーは青と黄色だった。

 鍔の上部に設置されているファンが高速回転を始め、刀身にある巨大な空洞から炎が舞い上がる。ランティスはわけもわからず、ただ剣を見つめていた。

「にいちゃん。以前から気になっていたけど、その剣は一体?」
「へへ、アトラスブレード……だとよ。実はな、このでっけえ剣の中には、三本剣が内蔵されてるんだ」
「へ!?」
「まずは炎からだ」

 ランティス達を追いかけるように、巨大なサソリや黒い甲冑を着た騎士、そしてベヒーモス達が走ってくる。アトラスブレードから発せられた炎は勢いを増し、更に刀身が伸びたように見えた。

「おーし! じゃあ暴れさせてもらうぜ!」

 もはや自分の体よりも遥かに大きくなった剣を、怪力の戦士は風よりも早く振り回す。

「ギャイイイ!」

 数多の猛獣や騎士やサソリが、ほとんど何も出来ずに肉の塊になっていく姿を、ランティスは呆然とした顔で眺めていた。

 煉獄の剣と、氷神の剣。そして崩壊後の世界で手に入れた雷のつるぎが内蔵されたアトラスブレードは、類を見ないほど巨大な魔法剣だった。レオンハルトのカード「魔法剣」とも効果が重複し、一発一発の破壊力はどんな武器にも劣ることはない。伝説の武器でさえも。

 レオンハルトは向かってくる魔物の大群を、アトラスブレードで叩き斬る。たった一人を攻めきれない魔物達は、次第に焦りの色を増していく。

「何とも情けない連中よのお~。こんな男一人倒せんか?」

 魔物の群れが現れたボスに道を開けている。巨大な白馬に跨った獣は、面倒そうにレオンハルトを見下す。彼が生涯忘れることのない顔が目前にあった。

「待っていたぜダンタルト。ここがてめえの墓場だ」
「ふん。何を言い出すかと思えば、くだらん! お主らは後ろからやってきた馬鹿共の相手をせい」

 背後から進軍してきたエグランテリアの兵士達を、ダンタルトの魔獣部隊が襲いかかり、彼らを邪魔をする者は一時的にいなくなった。

「お前はディアスキアを覚えているか?」
「ディアスキア……ああ。あの辺鄙な小国か。覚えているとも! 我に負けた低脳の集まりであった」
「いいや……お前は勝てなかった。だから毒を盛ったんだろ?」

 ダンタルトの余裕の笑みがピタリと止まる。馬から降りると殺気に満ちた眼差しを飛ばした。

「貴様……まさか生き残りか?」
「知っているぜ。お前の姑息で汚い戦い方は全部知ってるんだ。なあ、魔王様とやらに洗いざらい喋ってやろうか?」
「……こ、この。生かしておけぬ! 今すぐに殺……?」

 ダンタルトが伝説の武器を召喚するのを待たず、レオンハルトは飛びかかった。

 彼の怒りは、アトラスブレードの炎を凌ぐ勢いで燃え盛っている。
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