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バルゴの加護と、新たな決意
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エグランテリアの城下町にあるカジノは、以前は昼でも満員になる程賑わっていたが、最近ではほとんど客が入らなくなっている。
世界の終わりが近づいているからと、後先考えず散財する人間はたまにいるが、もう遊ぶ気力さえ失っているのが大半だった。そんな中、一人楽しそうにスロットを打っているエルフの少女がいた。
「キタキタキタ! やったのじゃ! 久々のスリーセブン来たー!」
カジノの店員も暇で仕方ないらしく、ちょこちょこ現れては彼女のスロットを覗き、愛想良く笑っていた。閉店の予定も決まっていたので、もう誰かが大勝ちしても目くじらを立てることもない。
「わーいわーい! 今日は遊ぶぞお~。何をしようかな~。BARで朝まで吞み明かすか、もしくはこのままギャンブルをやり続けるか……それとも~」
「随分景気が良いじゃねえか、お嬢ちゃん」
彼女のスロット台に右腕を乗せて話しかける男がいた。特に見覚えのない顔だったので、ナンパかたかりか、とにかくロクでもない男だと判断した彼女は、興味なさげにリールへ視線を戻している。
「お主、ワシから金でも奪おうとしているのか? それとも遊び目的か? どっちもお断りじゃ。五体満足なうちにさっさと消えろ」
「俺はもう金には困ってねえし、困っていても犯罪はしねえ。それに子供は趣味じゃないしな。フリージアにいた冒険者の一人、レオンハルトだって言えば分かるか? カレンさんよ」
カレンと呼ばれた少女は、一瞬レバーを叩く手を止めて、もう一度男を見上げる。先程よりも面倒くさそうな顔になっていた。
「うわー。もしかしてお前、こんな所までワシを捕まえにきたってことか? 何とも生真面目な奴じゃ。終末だなんだと騒がれているのにな~」
レオンハルトは両手を広げて肩をすくめる。
「違う違う! もうアンタがやった犯罪のことなんかどうでもいい。ちょっと頼みてえことがあんだよ」
「……頼みたいこと? 一体なんじゃ?」
「ま、その大当たりが終わってからでいいさ」
カレンはレオンハルトのことを無視してスロットを満喫し続け、夕方頃になってカジノを出た。明日には閉店するのではないかと思うほど、いつも客のいないカフェに二人で入り、レオンハルトの奢りという条件で話が始まった。
「……で、何の用じゃ? さっさと話せ。ワシはこれからイベリスに会いにいかないといけないんでな」
「簡単な話さ。アンタは魔法使いだが、大層カラクリを作り出すのが上手だって話じゃねえか。ヘレボラスの塔を改造して機械兵器に変えちまったらしいな」
カレンはおばあさんの店員から出されたコーヒーに砂糖を入れている。レオンハルトはブラックのまま飲み始め、一息ついてからまた話し出した。
「そんなアンタを見込んで頼みがあるんだよ。神話に出てくるような武器よりも、もっと強え剣を作ってほしい」
「はあ? そんな武器を作ってどうする気じゃ?」
「俺にはどうしてもカタをつけたい奴がいる。あらゆる伝承の武器を召喚して自分の物にする魔物だ」
カレンは怠そうに足を組んで、ソファに体を仰け反らせている。
「お断りじゃよ。どんな都合でそいつを狙っているのか知らないが、ワシに何かメリットでもあるのか? それに……お主の左手。ロクに剣を握れないのにどうやって戦うんじゃ?」
「まあ、左手が無くなったことは確かに不利だ。だが片手でも俺は充分戦えるさ。今まで以上に鍛えてきたし、カバーできるだけの技術も学んでいる。うーん、メリットの話は耳が痛いね~。おっと!」
レオンハルトはワザとらしく、カレンの目前にあるテーブルに道具袋を落とした。紐は既に解けており中が見えるようになっている。
「……ん? 一体何の真似……はう!?」
彼女は目が飛び出しそうになり、思わず体を前のめりにして固まった。レオンハルトが惚けた様子で見せびらかすそれは、道具袋一杯に敷き詰められた紙幣の山。
「これこれこれは!? お主、一体何処から?」
「何処からって、そりゃ~真面目に働いているからだろ。そうだな~……例えば俺の為の武器を作ってくれたら、道具袋ごと誰かさんに渡しちゃうかもな~」
カレンの唾を飲み込む音が、レオンハルトには聞こえた気がした。
エグランテリアの教会で、僧侶ランティスはただひたすらに祈っていた。世界は確実に崩壊に向かっていて、辛くも助かったもののどうして良いか分からない。悩みと不安で押しつぶされそうになっている。
始まりの大地でワープの首飾りによって飛ばされたランティスは、エグランテリア北東の草原で目を覚ました。
大体同じ辺りにレオンハルトもいて、再会できた二人はフリージアに帰ろうとしたが、もはや人が住めない地区として隔離されており、船すら出されていなかった。
「……ふう。にいちゃんは今日は遅くなるっていうし、僕も宿屋に戻ろうかな」
神父に挨拶をしてから、トボトボと宿屋に向かう。始まりの神殿が壊されてからというもの、夕焼けさえも明るさが消えて淀んでいた。
枯れ果てたお花畑を通り過ぎると、今度は目の前に墓地が広がっている。人気もないし薄暗いので、怖がりな少年には耐えられない場所だ。
「うわー。嫌だ嫌だ。早く帰ろう」
ランティスは早足になって、なるべく周りを見ないようにして歩き出していたところ、ふと自身の異変に気がついた。
「あれ? 十字架が……」
首に下げていた十字架が淡い光を放っている。ランティスは怖かったはずの墓地に、何か暖かい気配を感じ始めていた。
「……君がランティスだね」
「え!? だ、誰ですか?」
誰かが自分を呼んだ気がして、彼はキョロキョロと辺りを見回したが、特に何も見つからない。やがて十字架の光が大きくなり、奥に隠れている一番古ぼけた墓を照らした。
「……あそこに行けってこと?」
普段なら怖くて堪らない筈なのに、あの墓からは何も悪いものを感じない。気がつけば足が勝手に進み辿り着いていた。
「僧侶ランティス……君に会える日を楽しみにしていた」
古ぼけて文字も読めない墓から、光に包まれた青年が姿を現わす。幽霊だと思いつつも、特に恐怖の感情はなかった。
「あ……あの。すいません、よく分かりませんが。あなたは誰です?」
「僕はフリージアの英雄バルゴ。信じてもらえないかもしれないが、君の前世だよ」
まるで凍結したかのように、ランティスは動かなくなった。
「ふふふ。いきなりそんなことを言っても信じられないよね。でも本当なんだ。僕はずっと、君と会える日を待ち望んでいた」
止まっていた時が動き出したかのように、ランティスは勢いよく飛び上がった。
「えー!? そ、そんな馬鹿な! あなたがバルゴだって言うんですか!? 絵画の絵とも銅像とも全然違う。それにここはフリージアではなくてエグランテリアだし、僕が生まれ変わりって……」
バルゴは彼の狼狽を見て笑い出している。
「あっはっは! 君が驚く気持ちも、僕を疑う気持ちも分かるよ。フリージアには帰れなかったんだ。親とか親戚とか、色々と問題があってね。絵画と銅像のことは分からないけど、みんな僕の顔を忘れてしまったんじゃないかな?」
「は……はあ。そうなんですか」
ランティスはまるで他人事のように話を聞いていた。バルゴは微笑みを絶やさず、優しそうな顔のままで静かに話を続ける。
「君が僕の生まれ変わりであると言う証明は、正直難しい。信じてもらうには時間が掛かるだろう。だけど、もう待っていられる余裕もないんだ。魔王セツアは復活し動き出した。赤い月が満月になる前に奴を止められなければ、今度こそ人類は終わりだ」
赤い月のことは、ランティスも気になって仕方がなかった。今は三日月だが、満月になるにはそう日数も掛からない。
「出来るなら止めたいです。でも、僕達だけであの魔王を止められるとは、正直思えません」
「君達だけではないさ。今彼らはもう一度動き始めている。みんなが一人の存在の元へ向かっているよ。モンステラにね」
ランティスは驚いて身を乗り出す。バルゴがアルダー達の現在についても知っていることが意外だった。
「え!? アルダーさん達は生きているんですか? モンステラに……あの雪国に向かっているって……」
「生きているとも。僕は、君とレオンハルト君にも向かってほしいんだ。そしてもう一度合流し、魔王セツア達を止めてほしい」
ランティスは真剣に聞き入っていたが、やがて俯いてしまった。セツア達は想像していた以上に強く、勝てるという自信を持てない。
「でも……今の僕では。みんなの足手まといになるだけですよ」
「力が無いから……かな?」
「……はい」
「まあ無理もない話だね。では君の悩みを解消することにしよう。そのままじっとしていなさい」
「へ?」
バルゴの体が大きな光を発したかと思うと、光は墓地全体を包み込むほどに大きくなっていった。暖かな輝きはやがて、ランティス目がけて勢いよく流れ込む。
「う、うわわ……。す、凄い!」
沢山の光と共に、バルゴの記憶が流れ込んでくる。断片的な記憶のピースがいくつも入り込んできた。
全ての光が胸に入り込み、ランティスはまるで生まれ変わったような気持ちになった。そしてバルゴという青年が、決して幸せではない最後を遂げていたことも、はっきりと理解した。
「……バルゴさん。あなたはセツアのことを、人生を終えるまで気にかけていたんですね」
「彼は僕の親友だったからね。戦うことになったのはショックだったし、仕方ないとは言え封印したことも悲しかった。彼にはもう、これ以上罪を重ねてほしくない。僕の願いを君に託したい」
真剣な面持ちで話すバルゴの体が、徐々に透けていく。ランティスは記憶の断片を思い出す程に辛くなり、涙が流れる。
「分かりました。魔王セツアの行為を、必ず止めてみせます」
「頼んだよ。僕の力を引き継いだ君は聖騎士となった。これで戦うことも充分に出来るはずだ。魔王を倒し、今度こそ幸せな人生を歩んでくれ」
バルゴの体は消え去り、辺りはすっかり暗くなっていた。宿屋の前まで歩いてきた時、ランティスは大きな馬車が止まっていたことに気がつく。手綱を握っているのは金髪の美女だった。
「ようランティス! 待っていたぞ」
「え!? イベリスさんじゃないですか。どうしてここに!?」
「ちょっと野暮用を頼まれてな。報酬もたんまり貰えるみたいだし、手伝ってやることにしたんだ。乗れよ、レオンハルトもいるぞ」
言われて荷台に乗り込んでみると、確かにレオンハルトがいる。彼だけではなかった。インリッツやカレンも乗っていて、オーバーに再会を喜んでいる。
「久しぶりじゃのうー! ランティス」
「アンタ、ちょっと良い男になったんじゃないの。益々ペロペロだわ!」
「は、はあ……どうも」
レオンハルトは機嫌良く笑い、隣に座ったランティスの肩を叩いた。
「どうやら俺達の手伝いをしてくれるみたいだぜ! 悪いが今日は馬車で寝ることになるぞ。行かなきゃいけない所があってな」
「……もしかして、モンステラ?」
「おっと! お前も会ったのか? 過去の英霊さんに。その通りだ! 時間はねえ。直ぐに出発だ」
レオンハルトの声と同時に馬車は走り出そうとしたが、誰かがいそいそと乗り込んできて少しだけ止まった。嫌にコソコソしている人物を見て、ランティスは仰け反って驚いている。
「ちょ、ちょっと! どうしてあなたが、ここにいるんですか!?」
世界の終わりが近づいているからと、後先考えず散財する人間はたまにいるが、もう遊ぶ気力さえ失っているのが大半だった。そんな中、一人楽しそうにスロットを打っているエルフの少女がいた。
「キタキタキタ! やったのじゃ! 久々のスリーセブン来たー!」
カジノの店員も暇で仕方ないらしく、ちょこちょこ現れては彼女のスロットを覗き、愛想良く笑っていた。閉店の予定も決まっていたので、もう誰かが大勝ちしても目くじらを立てることもない。
「わーいわーい! 今日は遊ぶぞお~。何をしようかな~。BARで朝まで吞み明かすか、もしくはこのままギャンブルをやり続けるか……それとも~」
「随分景気が良いじゃねえか、お嬢ちゃん」
彼女のスロット台に右腕を乗せて話しかける男がいた。特に見覚えのない顔だったので、ナンパかたかりか、とにかくロクでもない男だと判断した彼女は、興味なさげにリールへ視線を戻している。
「お主、ワシから金でも奪おうとしているのか? それとも遊び目的か? どっちもお断りじゃ。五体満足なうちにさっさと消えろ」
「俺はもう金には困ってねえし、困っていても犯罪はしねえ。それに子供は趣味じゃないしな。フリージアにいた冒険者の一人、レオンハルトだって言えば分かるか? カレンさんよ」
カレンと呼ばれた少女は、一瞬レバーを叩く手を止めて、もう一度男を見上げる。先程よりも面倒くさそうな顔になっていた。
「うわー。もしかしてお前、こんな所までワシを捕まえにきたってことか? 何とも生真面目な奴じゃ。終末だなんだと騒がれているのにな~」
レオンハルトは両手を広げて肩をすくめる。
「違う違う! もうアンタがやった犯罪のことなんかどうでもいい。ちょっと頼みてえことがあんだよ」
「……頼みたいこと? 一体なんじゃ?」
「ま、その大当たりが終わってからでいいさ」
カレンはレオンハルトのことを無視してスロットを満喫し続け、夕方頃になってカジノを出た。明日には閉店するのではないかと思うほど、いつも客のいないカフェに二人で入り、レオンハルトの奢りという条件で話が始まった。
「……で、何の用じゃ? さっさと話せ。ワシはこれからイベリスに会いにいかないといけないんでな」
「簡単な話さ。アンタは魔法使いだが、大層カラクリを作り出すのが上手だって話じゃねえか。ヘレボラスの塔を改造して機械兵器に変えちまったらしいな」
カレンはおばあさんの店員から出されたコーヒーに砂糖を入れている。レオンハルトはブラックのまま飲み始め、一息ついてからまた話し出した。
「そんなアンタを見込んで頼みがあるんだよ。神話に出てくるような武器よりも、もっと強え剣を作ってほしい」
「はあ? そんな武器を作ってどうする気じゃ?」
「俺にはどうしてもカタをつけたい奴がいる。あらゆる伝承の武器を召喚して自分の物にする魔物だ」
カレンは怠そうに足を組んで、ソファに体を仰け反らせている。
「お断りじゃよ。どんな都合でそいつを狙っているのか知らないが、ワシに何かメリットでもあるのか? それに……お主の左手。ロクに剣を握れないのにどうやって戦うんじゃ?」
「まあ、左手が無くなったことは確かに不利だ。だが片手でも俺は充分戦えるさ。今まで以上に鍛えてきたし、カバーできるだけの技術も学んでいる。うーん、メリットの話は耳が痛いね~。おっと!」
レオンハルトはワザとらしく、カレンの目前にあるテーブルに道具袋を落とした。紐は既に解けており中が見えるようになっている。
「……ん? 一体何の真似……はう!?」
彼女は目が飛び出しそうになり、思わず体を前のめりにして固まった。レオンハルトが惚けた様子で見せびらかすそれは、道具袋一杯に敷き詰められた紙幣の山。
「これこれこれは!? お主、一体何処から?」
「何処からって、そりゃ~真面目に働いているからだろ。そうだな~……例えば俺の為の武器を作ってくれたら、道具袋ごと誰かさんに渡しちゃうかもな~」
カレンの唾を飲み込む音が、レオンハルトには聞こえた気がした。
エグランテリアの教会で、僧侶ランティスはただひたすらに祈っていた。世界は確実に崩壊に向かっていて、辛くも助かったもののどうして良いか分からない。悩みと不安で押しつぶされそうになっている。
始まりの大地でワープの首飾りによって飛ばされたランティスは、エグランテリア北東の草原で目を覚ました。
大体同じ辺りにレオンハルトもいて、再会できた二人はフリージアに帰ろうとしたが、もはや人が住めない地区として隔離されており、船すら出されていなかった。
「……ふう。にいちゃんは今日は遅くなるっていうし、僕も宿屋に戻ろうかな」
神父に挨拶をしてから、トボトボと宿屋に向かう。始まりの神殿が壊されてからというもの、夕焼けさえも明るさが消えて淀んでいた。
枯れ果てたお花畑を通り過ぎると、今度は目の前に墓地が広がっている。人気もないし薄暗いので、怖がりな少年には耐えられない場所だ。
「うわー。嫌だ嫌だ。早く帰ろう」
ランティスは早足になって、なるべく周りを見ないようにして歩き出していたところ、ふと自身の異変に気がついた。
「あれ? 十字架が……」
首に下げていた十字架が淡い光を放っている。ランティスは怖かったはずの墓地に、何か暖かい気配を感じ始めていた。
「……君がランティスだね」
「え!? だ、誰ですか?」
誰かが自分を呼んだ気がして、彼はキョロキョロと辺りを見回したが、特に何も見つからない。やがて十字架の光が大きくなり、奥に隠れている一番古ぼけた墓を照らした。
「……あそこに行けってこと?」
普段なら怖くて堪らない筈なのに、あの墓からは何も悪いものを感じない。気がつけば足が勝手に進み辿り着いていた。
「僧侶ランティス……君に会える日を楽しみにしていた」
古ぼけて文字も読めない墓から、光に包まれた青年が姿を現わす。幽霊だと思いつつも、特に恐怖の感情はなかった。
「あ……あの。すいません、よく分かりませんが。あなたは誰です?」
「僕はフリージアの英雄バルゴ。信じてもらえないかもしれないが、君の前世だよ」
まるで凍結したかのように、ランティスは動かなくなった。
「ふふふ。いきなりそんなことを言っても信じられないよね。でも本当なんだ。僕はずっと、君と会える日を待ち望んでいた」
止まっていた時が動き出したかのように、ランティスは勢いよく飛び上がった。
「えー!? そ、そんな馬鹿な! あなたがバルゴだって言うんですか!? 絵画の絵とも銅像とも全然違う。それにここはフリージアではなくてエグランテリアだし、僕が生まれ変わりって……」
バルゴは彼の狼狽を見て笑い出している。
「あっはっは! 君が驚く気持ちも、僕を疑う気持ちも分かるよ。フリージアには帰れなかったんだ。親とか親戚とか、色々と問題があってね。絵画と銅像のことは分からないけど、みんな僕の顔を忘れてしまったんじゃないかな?」
「は……はあ。そうなんですか」
ランティスはまるで他人事のように話を聞いていた。バルゴは微笑みを絶やさず、優しそうな顔のままで静かに話を続ける。
「君が僕の生まれ変わりであると言う証明は、正直難しい。信じてもらうには時間が掛かるだろう。だけど、もう待っていられる余裕もないんだ。魔王セツアは復活し動き出した。赤い月が満月になる前に奴を止められなければ、今度こそ人類は終わりだ」
赤い月のことは、ランティスも気になって仕方がなかった。今は三日月だが、満月になるにはそう日数も掛からない。
「出来るなら止めたいです。でも、僕達だけであの魔王を止められるとは、正直思えません」
「君達だけではないさ。今彼らはもう一度動き始めている。みんなが一人の存在の元へ向かっているよ。モンステラにね」
ランティスは驚いて身を乗り出す。バルゴがアルダー達の現在についても知っていることが意外だった。
「え!? アルダーさん達は生きているんですか? モンステラに……あの雪国に向かっているって……」
「生きているとも。僕は、君とレオンハルト君にも向かってほしいんだ。そしてもう一度合流し、魔王セツア達を止めてほしい」
ランティスは真剣に聞き入っていたが、やがて俯いてしまった。セツア達は想像していた以上に強く、勝てるという自信を持てない。
「でも……今の僕では。みんなの足手まといになるだけですよ」
「力が無いから……かな?」
「……はい」
「まあ無理もない話だね。では君の悩みを解消することにしよう。そのままじっとしていなさい」
「へ?」
バルゴの体が大きな光を発したかと思うと、光は墓地全体を包み込むほどに大きくなっていった。暖かな輝きはやがて、ランティス目がけて勢いよく流れ込む。
「う、うわわ……。す、凄い!」
沢山の光と共に、バルゴの記憶が流れ込んでくる。断片的な記憶のピースがいくつも入り込んできた。
全ての光が胸に入り込み、ランティスはまるで生まれ変わったような気持ちになった。そしてバルゴという青年が、決して幸せではない最後を遂げていたことも、はっきりと理解した。
「……バルゴさん。あなたはセツアのことを、人生を終えるまで気にかけていたんですね」
「彼は僕の親友だったからね。戦うことになったのはショックだったし、仕方ないとは言え封印したことも悲しかった。彼にはもう、これ以上罪を重ねてほしくない。僕の願いを君に託したい」
真剣な面持ちで話すバルゴの体が、徐々に透けていく。ランティスは記憶の断片を思い出す程に辛くなり、涙が流れる。
「分かりました。魔王セツアの行為を、必ず止めてみせます」
「頼んだよ。僕の力を引き継いだ君は聖騎士となった。これで戦うことも充分に出来るはずだ。魔王を倒し、今度こそ幸せな人生を歩んでくれ」
バルゴの体は消え去り、辺りはすっかり暗くなっていた。宿屋の前まで歩いてきた時、ランティスは大きな馬車が止まっていたことに気がつく。手綱を握っているのは金髪の美女だった。
「ようランティス! 待っていたぞ」
「え!? イベリスさんじゃないですか。どうしてここに!?」
「ちょっと野暮用を頼まれてな。報酬もたんまり貰えるみたいだし、手伝ってやることにしたんだ。乗れよ、レオンハルトもいるぞ」
言われて荷台に乗り込んでみると、確かにレオンハルトがいる。彼だけではなかった。インリッツやカレンも乗っていて、オーバーに再会を喜んでいる。
「久しぶりじゃのうー! ランティス」
「アンタ、ちょっと良い男になったんじゃないの。益々ペロペロだわ!」
「は、はあ……どうも」
レオンハルトは機嫌良く笑い、隣に座ったランティスの肩を叩いた。
「どうやら俺達の手伝いをしてくれるみたいだぜ! 悪いが今日は馬車で寝ることになるぞ。行かなきゃいけない所があってな」
「……もしかして、モンステラ?」
「おっと! お前も会ったのか? 過去の英霊さんに。その通りだ! 時間はねえ。直ぐに出発だ」
レオンハルトの声と同時に馬車は走り出そうとしたが、誰かがいそいそと乗り込んできて少しだけ止まった。嫌にコソコソしている人物を見て、ランティスは仰け反って驚いている。
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