勇者パーティを追放されたはずが、なぜか勇者もついてきた

コータ

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魔王の誕生と、英雄の加護

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 俺達の時間が止まったような気がした。

 勇者セツアが抱きしめていた二人は、兵士達が放った弓矢が命中し、内包されていた爆発魔法により弾け飛んだ。見るに耐えない残骸となった二人を、セツアは今でも大事に抱え込んだままだ。

 即死している状態では回復魔法など無意味だ。奴は目を見開いたまま固まっている。

 トラウドの笑い声が聞こえる。

「ハハハハ! お前がどうあっても助けたいというならば、どうあっても殺したいと考えるのが私だよ。悪党の頼みなど、一部も耳を傾ける必要などないのだ」

 下衆すぎて吐き気がする言葉を吐いたトラウドを、俺は睨まずにはいられなかった。もう我慢の限界だと、向かって行こうとした矢先、セツアの奇妙な変化に気がつく。

「おや? どうしたのかな勇者セツアよ。お前達、何をボサッと見ているのだ。奴をひっ捕らえよ!」
「は……はい!」

 兵士達数人が奴の元へ走り寄って来る。普通の人間ならしょっ引かれて終わりだ。あくまで、普通の人間なら。

「ぎいやああ!」

 兵士の叫び声が地獄の始まりだった。奴は溢れんばかりの勇者のオーラを発現させる。赤いオーラは触れた魔物のみならず、触れた人間でさえ消滅させてしまうようだ。

 だから普段の奴は、オーラを発現させることはしなかったのだ。しかし今は、もう抑える必要など何処にもないんだろう。

「セツアがオーラを発現させているわ! 何なのあれ? 変な黒い煙も出てるけど……」
「分かりません! とにかく彼を……く!」

 バルゴは俺達がやられないように、特殊なダメージバリアを張っていた。オーラは何処までも勢いを増して広がる。このフロア全体に広がりつつあるオーラは、俺達以外の人間を消滅させ始めていた。

 広がっているのは勇者のオーラだけではない。俺には分かる。

「あれは……魔王のオーラだ……」

 俺の声を聞いて、バルゴとサンドロンは驚きを隠せない。会場が混乱の嵐に包まれる中、当事者であるセツアが立ち上がり、一歩ずつ噛みしめるようにトラウドに近づく。

「ど、どうなっているんだこれは!? お、おい! 誰か俺を助けろ!」
「……誰も、貴方を助けることはありませんよ」

 俯いた顔のまま近づくセツアに、トラウドは恐怖で顔を凍りつかせて後ずさるが、もう逃げ場は残っていない。

 俺達は奴の放つオーラがあまりに強力すぎて、全く近づくことができずにいた。ドラグーンのカードが反応してくれないので、バルゴの魔法が無ければ死んでいたに違いない。

「待て、待つのだセツアよ! お前は自分が何をしようとしているのか分かっているか!? 俺は国王だぞ! 国王だ!」
「ええ、分かっていますとも。どうしようもなく汚れた国の、虫よりも醜い国王。私は今からあなたを殺します。まあ苦しいでしょうが。私の家族の苦しみに比べたら、どんなにぬるいことか」

 セツアはトラウドの顔を掴んだまま持ち上げた。わざとオーラの力を弱め、すぐに殺さないように加減しているのが分かる。

「ぎゃああ! い、痛い痛い、やめてくれ! 俺にこんなことをしてタダで済むと……」
「……貴様こそタダで済むと思ったか。覚えておけトラウド。今からお前は苦しみ抜いて死ぬ。だがこれで終わりではない。お前がもし新たな生を受けることがあれば、その時も私はお前を殺すだろう。何度でも地獄に叩き落とす」

 セツアの手に力が入り、オーラが溢れ出す。

「ひいい! や、やめ……いがあああ!」
「ま、待て! 待てよセツア!」

 聞こえはしないと分かっていても、思わず叫んでしまった。トラウドの絶叫を聞いていたのは、もう俺達三人だけだっただろう。猛烈なオーラがやっとのことで消え去ったかと思うと、既にセツアはいなくなっていた。

 トラウドを始めとした沢山の王族や貴族、兵士達は皆跡形もなく消え去っている。呆然としているのは最初だけだった。二日後には、魔王となったセツアを倒す為に旅立ったのだから。




「……あれ? ここは?」

 気がつけば俺は、全く見覚えのない空間に立ち尽くしている。どうやら辺りは砂漠のようだ。元は神殿でもあったのか、柱の残骸や階段の跡が残っている。

 そしてこの世界は、全てが灰色だ。こんな所に一人で佇んでいるという状況が全く理解できない。

「分かったか? セツアと俺達が、どうして戦うことになったのか」

 背後から声がする。オアシスで聞いた声と同じだった。ゆっくりと振り返ると、少し遠くから誰かが歩いて来る。

「お前は……」
「アルダーよ。お前が勝てなかったのは、単純に力不足だ」

 知っている顔だった。というか、自分の顔をした奴がこっちに近づいて来る。

「戦士ホークス……か」
「そうだ。俺の記憶を疑似体験させてやったのさ。にしても驚いたね。お前は俺と、ほとんど同じことを喋っていたからな。知りたかったものは教えてやった……本題はここからだ」
「本題だと?」

 ホークスは俺と向かい合い、不敵な笑みを浮かべている。俺の声って、はたから聞いたらこんな感じだったのか?

「どうやってアイツに勝利するか。それが一番重要なことだろ? アイツはこの世界を終わらせたがっている。今空に浮かんでいる赤い月……あれが満月になったら、世界が終わるのは本当だ」
「な、何だと? 一体どうなるんだ? また瘴気が濃くなるとか」

 奴は首を振っている。ちょっと面倒くさそうに。

「具体的な説明はしねえ。面倒くさいからな。喋りたがりの聖龍にでも聞け。お前はセツアに圧倒的な実力差で負けた。そして俺も勝てなかった。残念ながら奴は強すぎる。残されたお前の時間をLv上げに費やしたところで、然程成果は望めないだろう」

 いきなり絶望の崖に突き落とすようなことを言って来るよなこいつ。俺はちょっと嫌な気分になって反論した。

「そんなことはない! 俺はまだ強くなれるし、効率よくLvを上げる方法だってあるはずだ」
「無理なんだよお前じゃ。根本的な強さが違うんだ。俺でもお前でも無理だ。……でも、俺とお前ならどうかな?」
「……俺とお前? どういうことだ?」

 全く理解に苦しむ問いかけに頭を悩ませていると、奴は懐から一枚のカードを取り出した。

「俺の力をお前にやるとしたら? 聞いたことがあるだろう。英雄の加護って奴だ」
「え、英雄の加護だと!? あれはゲオルートが考えた嘘っぱちじゃないのか」
「本当の話だ。だが加護を与えることができる人間は限られる。その英雄が認めた者でなくてはならない」

 ここに来て、英雄の加護の話が出るとは思わなかった。

「……随分いきなりな話だな」
「一つだけ聞いておく。セツアの過去を知ったお前は、奴を倒す気があるか?」

 少し考えたくなるような質問だ。アイツは確かに哀れな勇者だと思う。だが、アイツのせいで沢山の人々が死んでいくことを、黙って見ているわけにはいかない。最初から答えは決まっているよ。

「勿論だ。アイツを倒して、俺は平和な世の中にしてみせる」
「よし、ならば認めてやる。もう時間がない。カードを出せ」
「へ? いや……まだ俺は」
「一生後悔するぞ。さっさと出せ」

 何の時間がないのか知らないが、俺は懐からカードを取り出した。しかし、今使えなくなっているこのカードで大丈夫なのか。

 ホークスが持っていたカードが光だし、やがて体全体が眩く光り出す。蛍の光と日光が合わさっているかのようだ。

「右手を前に出せ」
「へ? あ、ああ……」

 言われるがままに、俺は右手を前に出した。ホークスも右手を前に出す。奴の手の平と重なり、眩い光が自分に流れ込んで来る。左手に持っていたカードが、閃光の如く輝き出した。

 体の中を何かが走り回っている。想像もできないほど力がみなぎり、俺という存在を根本から変えていく。全ての光が消え去った時、まるで生まれ変わったような清々しい気分になった。

「これで加護は与えた。お前は歴史上全てを調べても二人と存在しない、最強のドラグーンになった。俺にできることはここまでだ」
「……ありがとう。約束するよ、必ずセツアを倒す。そして、今度こそ平和な世の中にしてみせる」

 ホークスは俺の言葉を聞いた後、ちょっと面倒くさそうな顔をして背を向けた。ちょっと捻くれてる感じがするけど、きっと根はいい奴なんじゃないかと思う。

「モンステラに行け。お前が一番会いたい奴は、そこにいるからよ」
「え? そうなのか! モンステラに」
「ああ、分かったら早く行けよ。……サンドロンに宜しくな」
「……へ!?」

 奴は右手を振って軽い挨拶をすると、灰色の砂漠へと歩いて行く。やがて奴の姿が消えると、同時に砂漠や神殿も消滅した。長かった前世の擬似体験は終わり、やっとジニアの祠に戻って来たってわけだ。

「ホークス……」
「アルダーさーん! す、凄かったです! 一体全体何をしたんですか?」

 感傷に浸る俺を気遣う様子もなく、パオリーナが興奮してこちらに走って来る。久しぶりに自分の名前を言われるのは、ちょっと嬉しいものなんだと気がついた。

「実は英雄に会って来たんだ。俺が消えてから何日経ってる?」
「へ? さっき消えたばっかりですから、何日も経ってませんよ」
「え!? そうなのか」

 何日も過ごした筈なんだが、全ては一瞬だったってことか。ジニアの国王がパオリーナに負けず劣らずの興奮ぶりでこっちに来た。

「こんな現象は初めて見たわい! やはりドラグーン。ワシは今ワクワクしておるぞ」
「勿体無いお言葉です。俺はこれからモンステラに向かおうと思います」

 剣を元の場所に収めようとした時、王様は手で制した。訳が分からず見ている俺。

「アルダーよ。その剣はお前に貸そう」
「え? よ、宜しいんですか?」
「お前以上に使える戦士がいるか? いないであろう。それに魔王に世界を滅ぼされてしまったら、ここに飾っている意味もなくなるわい」

 兵士二人は明らかに戸惑っていて、流石に至宝を渡すのは駄目でしょうと、心の声が俺に聞こえてくるほどだ。まあ、好意っていうのは受け取らなきゃいけない。それが身分の高い方であれば尚更だろう。

「ありがとうございます。必ずセツアを止めてみせます」
「うむ、頼んだぞ。龍の騎士よ」

 俺はジニアの城下町まで行って、人の少ないところでカードを取り出した。既にキラカードは輝きを取り戻していて、再びドラグーンになることが可能だと教えてくれる。

 俺は久しぶりに口うるさい聖龍、コドランと再会した。
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