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四英雄の転生者

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 虚しく広がる荒野は、明けることのない闇に包まれている。

 魔王セツアが作り出した幻想世界、バトルフィールドの中心に俺はいた。

「……は? お前、何をわけの分からないこと言ってんだ? 三百年前って……俺は生まれてないに決まってるだろ」
「確かに、アルダーとしての君は生まれていない。だが、ホークスとしての君ならいたさ。同じように、聖龍の鎧を身に纏ってね」

 セツアの杖から黒い稲妻が走り出す。もうこんな無駄話に付き合っていられない。俺は怒りに身を任せて飛び込む。

「デタラメを言うな! この嘘つき野郎」

 セツアは振り上げた龍の剣を紙一重でかわすと、黒い稲妻を俺に喰らわせた。痛くも痒くもないが一瞬だけ、動きが止まってしまった。奴は機を逃さず上空へ退避する。

「嘘ではない。君は何から何までホークスと瓜二つだ。君がフリージアに帰り、龍の鎧を纏ったことも偶然ではない、全ては必然だった」
「そんな馬鹿な話を信じられるか。いい加減黙らせてやる」

 俺は奴を追いかけようと飛び上がったが、途中で停止した。特大の火球を放ってくることが分かったからだ。

「君だけではない。フリージアにはもう二人、かつての友人がいた。小さな辺境に、古の大英雄が三人も集まっているなどと。偶然にしては出来過ぎた話だ」

 古の大英雄が三人? こいつは誰のことを言ってるんだ? 考える間もなく飛んできた火球を避け、俺は反撃を試みるが、またしても障害が現れた。

 火球を避けた後、もう雷の魔法が当たる寸前まで迫っていた。ギリギリでかわしたのもつかの間、次は氷の魔法がくる。ありとあらゆる魔法が、微かな隙間もなく襲いかかってきて、荒野は地獄の真っ只中だ。

「魔法が途切れない? ……く!」
「君は今や伝説となった英雄ホークスの転生者。バルゴもサンドロンも、恐らくは私がこの時代に蘇ることを予見していたのだろう。聞いてみたまえ、君の背中にいる龍に」

 俺は必死になって魔法の雨を避けているが、留まるどころか勢いは増し続けている。こいつは魔法タイプの勇者だったのか!

 詠唱など勿論行なわずに放たれ、微かな隙さえ与えない連射性と精度を誇り、大軍さえ殲滅させる暴力的な魔法。冒険者ギルドで学んだ、魔法使いの完成形そのものだった。

「コドラン! アイツの言ってることは本当か? 俺がホークスの生まれ変わりとかって」
「……本当だ」
「また隠していたのか。まあいい……話は後だ」

 俺は集中力を高め、近づくことさえままならないセツアを見る。雷と聖属性の魔法の間に、微かな隙間を見つける。

「あったぞ。打倒への道が」

 雷も氷も、炎も闇も、全てを掻い潜って上昇していく。遠すぎたはずのセツアは、今や目の前だ。至近距離から水平に剣を振るう。

「はあっ!」
「見事だな。アルダーよ」

 奴は笑顔と共に身を翻し、俺の剣をかわしてみせた。しかし、むしろ不安定な姿勢となったことで、チャンスが広がっている。間髪入れずに連撃を続ける。

「……ここまで力をつけていたか。龍の騎士」

 違和感を感じた。大抵の魔物にも、人間にも、ここまで上手く身をかわす奴は見たことがない。まるでひらひらと、空中を漂う花びらを斬りつけているようだ。

 奴は考えるよりも、自然に体が動いているような気がする。不意に重く鋭い衝撃が、俺の腹を突き抜けた。奴の左拳による突きが、正確に決まっている。

「ぐ……う……。な、なんだと?」
「聖騎士バルゴはランティスという少年に転生し、ティアンナと並ぶ女賢者サンドロンは、ミカという娘に転生していた。全ては私を止める為だ。不可能だがね!」
「ランティスとミカが!? うおお!」

 セツアは杖を背中にしまい、無数の突きと蹴りを叩き込んでくる。一発目が来たと思ったらもう五発目まで打ち終わっている。何処に攻撃が来るか分かっているのに当たってしまう。これは武闘家の完成形。

「ぐわあ……!」

 俺は奴の打ち下ろしの右拳を喰らい、もう一度地面に叩き落とされる。魔法タイプかと思ったら違った。全く底が見えない。

 「三百年前の戦いで、私は君達に優しくなり過ぎた。封印さえも受け入れたのは、バルゴを……君達を殺したくなかったからさ。しかし、今の世界に思いやるものは何もない。君達は生まれ変わりだが、友人そのものではない。遠慮なく滅ぼせる」

 荒野の砂が大きく舞い上がっている。砂にまみれて咳を繰り返しつつ、口に溜まった血を吐き出して、何とか立ち上がった。

「はあ……はあ……。一体、どうなってるんだ? コドラン」
「セツアはあらゆる職業の源流だ。冒険者ギルドのマニュアルや目指すべき姿は、全て奴から生まれたものだ」
「……そっちもだけどさ。俺が聞いてるのは、ミカ達の話だよ。お前最初から知ってたのか?」
「……黙っているよう、リーダーであるバルゴに言われた。我は約束を守っただけだ」

 セツアはこちらを見下したまま、追い打ちをかけに来ない。本当に隙がないんだよな。

「まあいいや。奴を倒す糸口ならもう見つけた。おい、セツア!」
「何かな? 戦士アルダー」

 ゆっくりと上昇した俺は、奴と同じ高さまで来て止まった。

「お前はここに来てから、随分とお喋りだよな」
「君は良い話し相手だからね。昔から馬は合っていたよ」

 嘘だな。ずっと言葉で幻惑してきた。それがセツアの手だ。

「その割には、肝心なことは俺に教えてくれないよな?」
「……?」
「お前はどうして魔王になったんだ?」

 奴の目に、一瞬だが寂しげな色が浮かぶ。今まで無心で動いていた体が止まり、意識が支配を始めていた。俺はその一瞬を逃さない。

「? ……ぐはっ……」

 何も考えず、体は水を意識するように力を抜いて、殺意さえも忘れて前に飛ぶ。大切なのは当てる瞬間だけ。すれ違い様に振り上げた剣は、漆黒の鎧を沿うように斬り裂いた。

 俺の剣は、初めて魔王セツアに当たっていた。振り返ると、腹を抑えてうずくまる後ろ姿が見える。今まで俺は少しだけ速度を抑えて戦っていた。このチャンスを掴む為に。

 コドランが興奮気味に叫ぶ。

「アルダー! またとないチャンスだ。一気に仕留めよ!」
「分かってるよ。ここからは俺の番だ」

 セツアはまだこちらを見ていない。攻撃が決まった今なら、最も優秀な男でさえ隙だらけになる。

 俺は勝負を決めるべく、再び奴に斬りかかった。





 始まりの神殿の前に彼らはいる。赤髪の戦士レオンハルトは、目の前にいる存在を見て狼狽していた。

 彼はずっと昔に、殺されてしまった妻と息子の死体をはっきりと確認している。だから今、目の前に彼女がいるはずがない。亡くなった妻と同じ顔をした女が、自分を見て微笑んでいる。レオンハルトと彼女の間には、十歩に満たない距離があった。

「あなた……会いたかったわ」
「……ふん。どんな魔物が化けているのか知らねえが。よくできた幻術じゃねえか」
「まあ。私が偽者だと仰るの? 酷いわ……。あなたはいつも帰りが遅いから、私はアンドールをなだめるのが大変だった。まだあなたは兵士になりたてで、お金だって満足に貰えなかったけど、それでも幸せだったわ。精一杯尽くしてきたつもりよ。そんな私を、あなたは偽者だと?」

 レオンハルトの顔から血の気が引いていく。どうして息子の名前を知っているのか? ディアスキアの兵士として働いていた頃、とにかくお金がなくて妻を苦労させていた。魔女ゲオルートが知っているはずがない。

 斬りかかろうとしていた両腕に力が入らなかった。もし妻が死んでいたのではなくて、実は生きていたとしたら。あり得ないはずの現実を、心の奥で信じたくなっている自分がいる。

 悲しみをいっぱいにさせた顔で、女は歩みを進める。

「てめえ……どうやって調べたんだ? 俺の息子の名前。妻の風貌……」
「私はあなたの妻、ルネリットよ……どうして私を疑うの?」
「こんな大陸に一人でいるはずはねえ! 死んだんだよ、俺の女房は。もういい加減にしろ……このまま舐めた真似を続けるつもりなら」

 妻と同じ顔をした女の頬を、涙が伝っている。

「私を殺すっていうの? 変わってしまったのね……あなたは。ミセバヤの町で知り合った頃とは別人みたい。酒場で私がしつこい男に迫られていた時、強かったあなたは助けてくれた。結婚してからは、どんなに苦しいことが待っていようとも、必ず私を守ってくれると約束してくれた。それなのに……殺すの?」

 レオンハルトは両目から溢れる物が、彼女と同じく頬を伝ってしまうことを恐れた。妻と自分しか知らないことだった。思わず右腕で拭い去ると、彼は今一度冷静になろうとした。

「……お前は……お前は。……確かに死んだはずだ。アンドールだって死んだ。あの日俺は見た……」
「いいえ。私達の息子は、今も生きているのよ。ねえ、会ってくださらない? 昔みたいに剣を教えてあげて欲しいの。随分と大きくなったわ」

 嘘だ。彼は心の中で思う。しかし、どうしても会いたかった気持ちが、理性のドアを閉めようとしている。

「アンドールが生きている……? 一体……何処に」

 ルネリットは微笑を浮かべる。遥か昔に失った笑顔。誰よりも自分を理解してくれた懐かしい記憶。

「今は……あなたの後ろに」

 自分が見た現実こそが嘘であり、妻と息子は本当は生きている。レオンハルトは心の奥で、どうしてもそう信じたくなり思考を止めた。静かに振り向こうとした瞬間、ルネリットのいる方向から少年の声がした。

「にいちゃん! 早く逃げて!」

 ランティスの声は、彼の耳に届かない。

 振り向いた先にいたのは息子ではなく、銀髪をなびかせた悪しき魔女ゲオルートだった。彼女が放った風魔法エアブレードは、ランティスの目の前でレオンハルトを斬り刻んでいった。
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