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神殿の最深部と、黄金の龍

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 俺はできる限り心を落ち着かせて、始まりの神殿を歩いていた。

 真っ暗な世界で、床だけが青く光っている。まるで星空の中を歩いているような、不思議な感覚に包まれていた。

 魔王セツアが何をするつもりかは分からない。だが、きっとまだ時間はある。そう思うしかなかった。神殿の中は一本道になっていて、一番奥から青い光が見える。

「アルダーよ。あの青い光は、次のフロアへのワープゾーンだ」
「へえ。階段で行くんじゃないのか」

 ひとっ飛びでワープゾーンに入った俺は、眩い光と共に何処かに移動した。同じように床以外は真っ暗な空間だが、通路はいくつもある。迷路のように入り組んでいた。

「まずいな……もうこの際、ぶっ壊しながら進むか」
「やめておけ。ワープゾーンまで破壊してしまうぞ」

 早くしなければいけないっていうのに! 俺の中で焦りは募るばかりだ。考えながら迷路を進んでいると、何処かから声がした。絶対に倒さなくてはいけない存在の声。

「思ったより早かったね。戦士アルダー」
「セツアか!? 一体何処にいる?」
「君より少し先を進んでいるだけさ。退屈しのぎに、少し話に付き合ってくれないか?」
「ふざけるな……お前とお喋りなんてしたくない」

 俺は奴との会話を拒むように見せていたが、声から大体の位置を探っていた。今までどうしようもなかった迷路を、突破する手掛かりができた。

「釣れないことを言うね。私がここに来た目的を知る必要は、君にもあるはずだが」
「どうせロクでもない理由なんだろ?」

 もう近い。突き当たりを曲がった所に次のワープゾーンが見える。そしてセツアの後ろ姿も。俺は一気にワープゾーンに飛び込んだ。もう追いつけるはずだ。

 ワープゾーンから飛び出した俺は、呆気にとられて周りを見渡した。建物の中にいたはずなのに、砂漠のど真ん中にいる。

「ど、どうなってんだ? これは……」

 鎧の背中から、コドランの声が聞こえる。

「始まりの神殿はあらゆる世界に繋がっているのだ。アルダーよ。ここでは今までの常識は捨てて挑め」

 次に聞こえてきたのはセツアの声だ。

「驚いているようだね。まずは、始祖の大地について教える必要がある。かつてこの世界は、ほとんどの生命が死に絶えてしまうほど酷い環境だった。魔物と呼ばれる生命以外は、ほとんど生きていくことができなかった。星全体を、邪悪な瘴気が丸々と包み込んでいたからだ」

 また声だけが聞こえる。わけが分からないが、とにかく追うしかない。俺はもう一度奴の声を頼みに探し続ける。

「この世界を作り上げた万能神は、大地を包んでいた瘴気を消し去り、人間を含めたあらゆる生命を作り上げた。かつて大陸は一つであり、まるで楽園のようであったという。宇宙を創造し、全ての星を創造し、あらゆる基盤を創造した万能神は、どんな望みも必ず実現させる力を持っていたらしい」

 おびただしい砂嵐の向こうに、微かな人影が見える。間違いない、あれはセツアだ。次は逃さない。俺は慎重に奴に近づいていく。

「万能神の話なら勿論知っている。幾らか盛られているとは思っているけどな」
「……私は全て事実だと思っているよ。たった一人存在していた神は、やがて今の生活に飽きていった。終わりのない時間に別れを告げ、自らの転生を望んだ。しかしながら、残された人間に親しみを持ち、彼らが困らないように三つの遺産を残す」

 セツアの影目掛けて、俺は一気に距離を詰めるべく飛んだ。

「セツアァ!」

 振り下ろした剣は、ワープゾーンの輝きに吸いこまれていく。次に俺がワープした先は、夜の闇に包まれた森だった。あれだけ近距離で剣を振るったはずなのに、全く手応えがない。

「一つは、君達もよく知っているカードだ。もう一つはあらゆる力を与えてくれる伝説の宝石、ヒロイックストーン。そして最後に、始まりの神殿に眠っている祭壇」

 今度は四方から声が聞こえる気がする。まるで幻術にかけられているようだった。

「お前の狙いは、その祭壇ってわけか?」
「ああ。かつて一つだった大陸は、祭壇の力を使うことによって分離し、新しい文化や世界を作り出す助けになった。祭壇は魔物が発している邪気や瘴気を中和し、この星が再びかつての姿に戻らないよう、調整する装置でもある」

 後ろに気配を感じて、俺は振り向きざま剣を振り上げる。並んでいた木々が裂け飛び、奴の小さな後ろ姿を見つけた。

「くそ! 待て!」

 セツアのすぐ後に、俺はワープゾーンに飛び込んだ。こんなことがいつまで続くのか。どうして奴を斬れない? 頭の中で答えを探していると、最後のフロアが姿を現した。

 今、俺と奴は向き合っている。

「ここが神殿の最深部であり、起源そのものだ。周りを見るといい、面白い物が沢山ある」
「お前とお喋りしに来たんじゃないと言った筈……?」

 周りを見回して、俺は驚きを隠せなかった。エグランテリア城よりも遥かに大きな神殿の最深部は、一面が黒い壁に覆われている。壁全てに青く光る古代文字がびっしりと彫られていた。セツアは今、俺と十歩ほどの距離にいる。

「私の後ろの壁に描かれているものが、何か分かるかい?」
「あ……あれは……万能神とカードの絵」

 ベロニカの温泉にも飾られていた、カードが誕生した瞬間の絵だ。

「その通り。万能神がカードを作り出した瞬間だ。しかしながら、中央にある勇者のカードは存在しないとも言われている。誰一人見たものはいないからさ。他は全て実在する。君が持っているキラカードのようにね」

 壁の絵には古代文字で神の名前も掘られているが、俺には読めそうにない。同じく奴の背後には、一つの祭壇がある。中央に大きな穴が空いていて、囲むように丸い小さな穴が四つあった。

「……お前もカードを持ってるんだよな?」
「ふふふ……さあどうだろう。そろそろ腕を確かめては如何かな? 私があの祭壇に、この宝石を埋める前に」

 セツアは懐から、四つの宝石を取り出して見せた。俺はドラグーンのオーラを発現させ、静かに剣を構える。

「この宝石は、始まりの祭壇のエネルギー源にもなる。だがそれだけでは動かない。鍵となる物が必要なんだ」
「鍵? なんだ、それは?」
「じきに分かるさ。私の目的は祭壇を起動させ、この星を本来の姿に戻すことだよ」

 俺は思わずため息をついてしまった。やっぱり、ろくな理由じゃなかったからだ。

「瘴気まみれの世界がお望みか、笑えないくらい酷い目的だ。最後に一つ聞きたい。お前はどうやって神殿の情報を仕入れた? 聞いたことのない話が多すぎる」
「……古い友人が、親切に教えてくれたのさ。さあ、始めよう」

 セツアは全身から、黒く輝く禍々しい光を発生させた。恐らく魔王のオーラに違いない。コドランが静かに語りかける。

「分かっているだろうが、セツアは化け物だ。一切の気を抜くな!」
「大丈夫だよコドラン。化け物を相手にするのは慣れてる」

 二人のオーラは輝きと勢いを増していく。やがてドラグーンのオーラと、魔王のオーラが触れ合ったころ、俺とセツアは同時に動き出した。




 魔女ゲオルートが作り出した霧は、数分とかからずに始祖の大地を包み込んでいた。

 風の魔法エアシュートによって飛ばされた勇者サクラは、もう一度神殿を目指して森を走っている。

「みんな~! 一体何処なの? 神殿も見つからないし、どうしよう……」

 日光に照らされて美しかった森は、霧によって視界を遮られ、怪しい雰囲気に包まれた世界に変貌していた。

「や、やばい……これは迷いの森って奴じゃないの? 僕は大丈夫だと思うけど、みんなが迷子になっちゃうかも! あわわ、何とかしなきゃ! あれ?」

 何か物音が聞こえる。サクラは剣と盾を構えたまま、慎重に茂みの中に入っていった。小さな穴が空いていて、中には一匹の魔物が倒れている。

「き、君は……?」
「……あ~あ。最悪な初対面だ……わ。僕はヤブラン……魔王の部下であり、君達の敵さ」

 ヤブランは腹から血が流れていて、もう虫の息だった。化けていた猿の姿から、本来の形に戻っている。あまりにも情けない姿を見せたことで、彼の目には少しだけ涙が浮かんだ。

「も、もももしかして……龍なの!?」
「ああ……この姿か。そうだよ……僕は聖龍や闇龍とは違う……落ちこぼれの龍だったのさ。さあ勇者サクラ……僕を倒すといい。勇者に殺されるなら本望だよ……」

 か細い声を聞いて、サクラは構えていた剣と盾を降ろした。きっと、死にかけた奴に止めを刺す人間は、みんな殺すのをやめたふりをして、笑いながら不意打ちするんだ。そうヤブランは思った。

 サクラは彼の位置まで、転ばないように気をつけてゆっくりと降りてくる。やがて血が流れ出ている腹の辺りまでやってきた。

「ふん……弱っている所を攻めるつもりか……見かけによらず残酷だな……」

 これだから人間は信じられない。彼は軽蔑を胸に抱いて死んでいくつもりだった。

 ふと気がつくと、傷ついた体に何か暖かいものが触れている。ズタズタになっていた細胞があるべき姿に戻り、流れ出ていた血が止まっていく。サクラの回復魔法が、ヤブランの体を癒していたのだ。

 自身の常識からかけ離れた行動に、彼は驚きを隠せなかった。

「な、何やってんだ? お前」
「これでもう大丈夫だよ! 君は僕に会えてラッキーだったね」

 ヤブランは塞がった腹を見て、信じ難いという顔をして立ち上がり、静かに後ずさる。サクラは彼を見て微笑んでいた。

「ラッキーだった? 馬鹿め! どうして僕を殺さないんだ!? 僕は敵だぞ! 人間を殺しまくってきた魔物だ。悪魔だ! 気でも触れてるのか? 一体何の真似だ」
「僕は君が悪い子には見えないけど」
「……はあ?」

 サクラはまだ、治しかけの腹部を眺めて心配している。

「魔物と人間は敵だ! お前だって、そう思って戦ってきたんだろ!? だから魔王を倒しにここまで来たんだろ!」
「……そんなことないよ。魔物だって優しい子もいるよ。僕が戦うのは、悪い魔物だけ」

 ヤブランは首をブンブン横に振り、目の前にいる少女を睨みつける。今自分を支配しているのは、怒りか、驚きか、それとも全く違う何かか。彼は、自分の中に湧き上がる感情に動揺していた。

「僕ね。目を見れば、何となく分かるんだ。君は本当は優しい子だって」
「……黙れ……黙れこの馬鹿勇者が!」

 ヤブランは勢いよく前足を上げ、サクラ目掛けて振り下ろした。
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