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殺し続ける悪魔達

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 大国サザランズ前の草原では、人間と魔物が激しい戦争を繰り広げている。

 生きとし生けるものが骸と化していく中、魔女ゲオルートは美しい蝶のように、光を放って空に浮かんでいた。

「三百年も時が流れたというのに。進歩の感じられない連中ねえ。ちっぽけな兵器で王様気取りなんて」

 後方から眺めていたセバスランは、砲撃を無数に浴び続けているゲオルートを見て目を丸くしている。

「アイツは何だ? どうして生きていられる? ええい! もっと撃て! 撃ちまくってパウダーにしてやれ」
「は……はい!」

 兵士達は将軍の命令に従い、宙に浮かぶ魔女に砲撃を続ける。空一面が爆風に包まれ、耳が壊れそうなほど大きな音が続く。

「フン! これなら生きてはおるまい。ではお前達よ、次はあの馬鹿な若造を狙え!」
「ですが……しょ、将軍……あちらをご覧下さい」

 青くなった狙撃兵の視線の先には、変わらないゲオルートがいた。氷のように無表情な姿は、怪しい美しさを放っている。

「レディにここまでしちゃうなんて。いけない殿方だわ。ちょっとだけ、お仕置きしちゃおうかしら」

 ゲオルートの広げた両手にエネルギーが集まっていく。みるみる巨大になった二つの光を、胸の前で一つに合わせ、彼女は正面に解き放つ。爆発の魔法フレアが大砲部隊のど真ん中に命中した。

「うわあぁ……ああ……!」

 多くの兵士達の悲鳴と、バラバラに崩壊した大砲が飛び散り、中央の陣形が僅かに崩れ始める。

「聞かせて頂戴。もっともっと、素敵な悲鳴を」

 ゲオルートは左手を兵士達に向けている。既に次のフレアが放たれていた。今度は東側に陣取っていた大砲部隊が粉々に飛び散っている。

「お、お前ら何をしているのだ! 相手は一匹だ! 早く殺せ!」

 焦ったセバスランが怒鳴り続け、兵士達は必死に前進しながら魔女を攻撃し続ける。十万を超える兵士達の弓矢、大砲、速射砲、あらゆる地獄を、ゲオルートは涼しい顔で浴び続けた。

 しかし、彼女に傷一つ付けることができない。完成された賢者のオーラが、あらゆる攻撃を消し去っている。ゲオルートは蝶のように舞いながら、ゆるりとサザランズに迫っていく。

「終わらせてあげるわ。恥知らずな歴史ごと」

 フレアが雨のように軍勢に命中していく。今度は一発ではなかった。数十発という数の膨大なフレアが草原を穴だらけにしていった。全てはゲオルート一人の魔法によるものだった。

 一つの魔法が撃ち終わった頃、既に次の新しい魔法が放たれている。彼女は脳内で膨大な数の詠唱を一瞬にして終了させ、瞬きすら許さない連射を実現させていた。

 魔女自身の力ではない。エリーシアに眠っていた潜在能力を、ただ引き出しただけだった。

「ぎぃああー!」

 誰とも知らない男の叫び声が響いた。彼らは逃げ惑っているうちに魔法でぐちゃぐちゃに潰され、原型を留めることさえ叶わない。

「あ~あ……ゲオルートは一人で皆殺しにするつもりだよ。セツア、このままじゃ出番が取られちゃうよ」

 ヤブランは魔法の壁を作り出し、大砲の連打を弾き返している。ダンタルトとエリオネルは、必死に彼の後ろに避難していた。

「このままで終わるのは嫌かい? 分かったよヤブラン、君に乗って私も出よう」
「お! 良いねえー。僕に乗って突っ込むわけだ!」

 金色の体毛が一層輝き出し、大声と共に体を膨張させる。四つん這いになったヤブランの背中に魔王は跨った。

「ちゃんと捕まってなよ! 落ちたらカッコ悪いからね!」
「大丈夫だ。心配はいらない」

 ヤブランは咆哮と共に飛び上がり、スズランズの門目掛けて突き進む。金色の輝きが砲弾や弓を弾き、瞬く間にセバスランの目前にやって来た。

 まさか城門まで入られるとは想像もしていなかった将軍は、目の前で起こっていることに理解が追いつかない。

「あ、あああ……貴様。どうやって?」
「ただ突っ込んで来ただけだろう。君はゾンビの餌にする価値もないようだな。ヤブラン、国王への挨拶に行こう」
「はいよー!」

 ヤブランが飛び立とうとした瞬間、セツアの右腕がセバスランの首を掴む。上空に飛び上がり、外壁を回るように王の間に向かっている。

「な、なな何をする? やめ……あぎゃあああ! ひぎいいい!」

 セバスランの後頭部が、城のあらゆる壁にぶち当てられ、引きづられ続けている。断末魔の悲鳴を上げ、頭蓋骨が粉々にされ死体となった彼を、セツアは一つの窓へ放った。

 血まみれになった将軍の残骸が転がってくると、王の間にいた女達が悲鳴をあげ逃げ出した。国王ヴァレッドは堪らず立ち上がり、大臣は体を震わせてただ見ている。

 次に彼らが見たのは、城壁を粉々に打ち破り乱入するヤブランと、背中に乗っている魔王だった。

「我が世界一の軍勢を……単身で突破したというのか!?」

 ヴァレッドは震えている。彼に残された頼みは、目の前にいる数人の兵士だけだった。

「国王陛下……お会いできて光栄でございます。このような無礼をお許し下さい。なにせ城門にも入れてもらえず、途方に暮れていたのです」
「プププ! 無礼どころじゃないよね」

 ヤブランは我慢できずに笑った。ヴァレッドは兵士達が増援に来るのを密かに待っている。

「せ、世界中に認められ……最高の勇者であると言われたお前が、何故魔王などに堕ちた?」
「おや……陛下。あなたは既にご存知のはずでしょう。私がどうして魔王になったのか……人間達を殺す道を選んだのか。今この世界にいる王族は全てご存知のはず」

 ヤブランの背中から降りたセツアは、噛みしめるように歩みを進める。

「貴様! これ以上は進ませんぞ!」

 側近の兵士五人が剣を振りかぶり、一斉にセツアに斬りかかる。しかし彼らは、よろよろと魔王を通り過ぎて床に倒れていった。怯える国王は、彼が兵士達を殺した瞬間が分からなかった。

「私だけなら別に良かった。どんなに蔑まれようと構わない。だが……あなたの先祖は。世界中の国王達は、私から本当に大切なものを奪っていった」
「やめろ……それは先祖の話だ。俺は金なら幾らでもある! 何を奪われたのか知らないが、欲しいものなら何でもやる! お前を貴族にしてやっても良い!」

 尚も魔王は歩みを止めず、逃げ場のない国王を影で覆った。

「嘘はおやめ下さい。私が何を奪われたのかは知っているはず。そして、どんな金や地位でも取り戻せないことも……あなたはご存知だ。見れば見るほど、貴方は三百年前の王子にそっくりです。私を妬み、こんな風に殺された王子に」
「あああ……やめてくれ! 俺は何もしてない!」

 セツアの指先が、静かにヴァレッドの額に触れた。黒い小さな光が脳に入り込む。

「ぐむ……うううぅ……」

 彼は呻きながら体を痙攣させ、床を転げ回っている。やがて悲鳴を上げ続け、血を吐きながら、悪夢に身を焼かれ続けた。

 一方、草原での戦いは終わっていた。魔物の死骸よりも、人間の肉塊のほうが遥かに多い。たった一人で全てを破壊しきった魔女は、帰って来たセツアを見て微笑む。

「お帰りなさい。国王様への挨拶は終わった?」
「ああ。丁重な挨拶をしておいたよ。エリオネルに、ダンタルト……だったかな?」
「は、はい! エリオネルでございます」
「な、何か御用ですか?」

 不意に名前を呼ばれ、二匹の幹部は飛び上がるように返事をした。

「我々が始祖の大地に向かっている間、君達は他の国と戦ってもらう。頼めるかな?」
「はっ! このダンタルトにお任せを」
「私は何処の相手でも問題はありません。皆死体となって貴方様に支えましょう」

 ヤブランは不思議そうな顔で、セツアの背中を眺めている。

「ねえセツア。サザランズをこのままにしておくのかい?」
「……いいや。もう落ちる頃だ」

 彼の言葉が引き金になったかのように、上空から何かが落下して来た。極小の黒い玉は、見ている間に巨大化を続け、どんな城よりも大きな塊に変わっていく。

「あ! やっぱりね~。君らしい、意地の悪い魔法だ」

 膨大な闇の玉は、サザランズという大国の全てを飲み込み、一瞬にして灰に変えてしまった。ゲオルートは悪戯っぽく魔王の前に立つ。

「ゾクゾクしちゃうわ……自分の故郷を滅ぼした感想は? 女子供さえ一瞬で焼き尽くした、あなたの気持ちが知りたいわ」
「……もう故郷じゃない。災いの芽はどんなにささやかでも摘み取る。始祖の大地で、私は人類を終わらせる」

 魔王が右手に意識を集中させると、やがて黒い線状の光が現れた。光はやがて歪な形に変化していき、一本の長く太い杖となった。

 彼は黒い霧に包まれ姿を消して行く。同じ頃、コドランに導かれたアルダー達は、魔王との決戦に向けた特訓を開始していた。
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