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勇者を追いかけて

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 夜のフリージアの公園で、俺とサクラは二人きりだと思っていた。

 でも違ったみたいだ。茂みから静かに出てきた彼女は、申し訳なさそうにこちらを見つめる。

「私は偶然ここを通りかかっただけよ……。二人の会話が聞こえてきて、つい立ち聞きしてしまったの。ごめんなさい」
「あ、いや。いいんだミカ。俺達もたまたまだよ……えーと……その」

 正直に言って、こういう時に何を言えば良いのか分からない。さっきは勢いよく「誰だ!?」とか言っちゃったけど、気がつかないフリをしているほうがまだ良かったと後悔している。

 不意にサクラが走り出したのが、階段を降りる音で気がついた。

「え? ちょ、ちょっと待った。サクラ!」

 俺の制止も聞かず、後ろにいたサクラが急に走り出した。まだ泣いているのだろうか。急いで追いかけるものの、心には迷いを感じる。

 サクラは曲がり角に入って行く。俺も後を追うように続いたが、彼女に追いつくことはできなかった。向かいから走ってきた誰かとぶつかってしまったからだ。

「きゃあっ!」
「うわっ! 痛てて……すまない! アンタ、大丈夫か?」

 俺はちょっと痛いくらいで済んだが、走ってきた女性は転んでしまった。急いで手を差し伸べる。

「こちらこそごめんなさい。ちょっとと言うか、かなり急いでて……って、アルダーさんじゃないですか!?」
「あれ? 君は確か……占い師の」
「レイナです! 大変ですよアルダーさん! きっとこのままじゃアルダーさんは殺されてしまうと思って、急いでモンステラから戻ってきたんです」

 うーん。ちょっとワケが分からない。俺の手に掴まって起き上がったレイナは、急いで乱れた髪を直している。

「俺が殺される? 一体誰に?」

 背後から走ってきたミカは息を切らしていた。

「はあ……はあ……。どうしたのアルダー? あら、あなたは……」
「と、とにかく! ちゃんとお話しできる所に行きましょう」




 俺とミカはレイナに連れられ、酒場で話をすることになった。テーブルは違うが、以前俺を下着泥棒と勘違いした冒険者三人もいる。その中の女武闘家が、こっちを見て笑った。

「押忍! 無事っぽいじゃん。良かったねレイナ」
「は、はい。どうやら、大丈夫だったみたいです」
「一体何の話だ?」

 俺とミカの前にいる彼女は、ゆっくりと深呼吸をしてから話し出した。

「実は、モンステラで戦士ロブを殺害したのは……エリーシアさんだったんですよ!」
「ああ。そうらしいな」
「信じられない話だったわ。あなたが教えに来たということは、やっぱり間違いないのね」

 レイナは頭の中が真っ白になったような、抜けた顔をしている。

「ふぇ? し、知ってたんですか~!?」
「ああ、俺達も危ないところだったんだ」

 俺はエリーシアを乗っ取った魔女のこと、暴れ回った偽勇者ライラック、そしてヘザーのことを話した。更には明日俺達が決戦の地に向かうことも。ミカとレイナは神妙な面持ちになっている。

「そうだったんですか。のどかな町で、惨たらしい殺人が繰り広げられていたなんて……」
「魔女ゲオルートは本当に酷い女よ。人の心を散々弄んで、喜んでいるみたいだったわ」

 二人の言葉を聞いて、テーブルの下に置いていた拳を強く握り締める。両親を殺したあの女を、俺は昔からずっと追い続けていたのかもしれない。

「アルダー……どうしたの?」
「え? な、何が?」
「凄く怖い顔をしていましたよ」
「ああ、いや。何でもない。ちょっと考え事していただけだ。それにしてもレイナは凄いな。過去の映像を見ることができるなんて」

 レイナは照れ笑いをして首を振っている。

「凄くなんてありませんよ。占いには全然使えないし、どうせなら未来が見れるようになりたかったです。私の占い、けっこう外れちゃうし」
「ふふふ! そんなこと言っちゃって大丈夫? お客さんが減るわよ」
「あ! 本当ですね。気をつけます。それから……これをプレゼントしたくて」

 彼女は懐から、小さな首飾りを取り出して俺に渡した。

「何だ? この首飾りは」
「決戦に向かわれると言うことなので、保険と言いますか……。それは瞬間移動の魔法が幾層にも込められた、ワープの首飾りです。本当にパーティが全滅の危機に陥った時、それを使うことで回避できるはずです」

 そんな首飾りがあったのか! 確かにこれなら、万が一の時に助かるだろう。

「凄いじゃないか。ありがとう! もしもの時は、大事に使わせてもらうよ」
「あはは! でも、ワープの首飾りには……ちょっと融通が効かないところがあるんです。パーティ全員をワープさせますが、それぞれ場所の指定ができません。簡単に言うと、みんな世界中の何処かに勝手に飛ばされてしまいます」
「え? 逆にピンチになることもあるんじゃない? どんな所に飛ばされるか分からないって、怖いわ」

 首飾りは大小あらゆる宝石に彩られていて、とても美しいと思う。同時に何か嫌な予感も感じていた。

「確かに怖い品ですが、ダンジョンの中でも使えますから、本当に最後の手段としてなら使えます」
「まあ、確かに。絶対に死んでしまうっていう状況になったら、これは使える!」
「はい。それと使えるのは魔法使いさんだけです! なので、ミカさんにプレゼントしてあげて下さい」

 え? 俺とミカは戸惑っていたと思う。レイナはポカンとした顔になっている。

「うーん。私は今回、行かない予定なのよね」
「えー! 不参加だったんですか? あうう、すいません私ったら」
「良いのよ、ありがとうレイナ。今回の冒険で終わりと決まったわけじゃないわ。アルダー、私に頂戴」
「え? あ、ああ」

 彼女は首飾りを貰うと、嬉しそうに巻いた。

「わあ! よくお似合いですよ、ミカさん!」
「本当だ! 君がつけると綺麗だな」
「うふふ! 二人共ありがとう」

 どうやら、彼女の伝えたい話は終わったようだ。俺はテーブルにお金を追いて立ち上がる。

「色々心配してくれてありがとう! 俺ちょっと用事があるからさ。これで失礼するよ」
「私も行くわ。おやすみなさい」

 ミカが俺に続いて立ち上がった。レイナはボーッとした顔で手を振っている。

「あ……はい~。お休みなさい」

 酒場を出ると、俺はサクラへの気持ちが大きく膨れ上がり、直ぐに家に帰らなきゃいけないと思った。左から不意にミカの声がする。俺達は並んで歩き出した。

「アルダー。これから、サクラの家に行くの?」
「え……?」

 途中までミカと帰り道は一緒だ。何とも言えない気まずさが蘇り、走って帰りたい気持ちに駆られたが、どうしてもできない。

「彼女、きっと家に帰っていると思うわ」
「家に帰っていればいいよ。アイツ、危なっかしいから放っておけないんだ」

 ミカは俺の顔を見ようとしない。いつもより視線が下がっているように感じた。

「本当にそれだけ?」
「……え? どういう意味だよ」

 不意に彼女は俺の左腕を掴んだ。ずっと顔を伏せていたミカが、静かにこちらを見上げている。

「アルダーは、サクラと付き合うつもりなの?」
「……」

 心臓が止まりかけた。今このタイミングで、聞かれるとは思っていなかったからだ。

「……分からない。突然すぎて、俺には分からないんだ」
「分からないのね。あなたは迷っているみたい。でも私は迷っていないわ。今までの人生で、沢山のことを人に譲ってきたの。そしてこれからも、できる限り人に何かを与え、助け合って生きていくつもりよ。でも……。聞いて……今から話すのは、私の本音よ」
「え? あ、ああ」

 二人の足は止まっていた。彼女は俺から目を伏せ、深呼吸をしてからもう一度目を合わせてきた。

「嫌な女だって思われるかもしれないけど、私はどうしてもあなたが好き! だから誰にも譲りたくない」
「ミカ……!?」

 気がつけば彼女は俺に抱きついていた。どんな混乱の魔法をかけられた時よりも、今が一番動揺している。唇に何かが触れた。

 彼女の唇は柔らかくて、閉じている顔は絵画にある女神のようで、薄っすらと光る涙は初めて見る宝石だった。
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