上 下
100 / 147

勇者の言葉に驚いた日

しおりを挟む
 みんなと別れてから、俺は一人で図書館に向かった。

 仕事で行ったわけではない。どうしても魔王のことを調べておきたかったからだ。コドランは奴のことをなかなか話そうとしないから、自分で調べるしかなかった。いつの間にか外は暗くなっている。

「ない。うーん、これも違うか……」

 ひたすら関係ありそうな資料を見つけ出しては、ガッカリするという行為を繰り返している。三百年前の勇者だったにも関わらず、何故資料が見つからないのか。どうしてバルゴが勇者と呼ばれていたのか。

「あ! この資料は。以前読んだやつだな。確か四英雄以外にも記載があったはずだ。どれどれ」

 果てしない本の山から、ボロボロに痛んだ一冊を見つける。最後のほうに、セツアについての記述が残っていた。

「あった! なになに……冒険者史上、最も優秀な男……世界中の国王から羨望の眼差しを受けていた」

 あまり詳しいことは書かれていなかったが、どうやら沢山の攻撃魔法、回復魔法を操り、近接戦闘でも強かったらしい。つまり何でもこなせたわけだ。

「ここまで好意的な文章を書かれている、歴史上の人物も珍しいな。おや?」

 パラパラとめくると、綺麗な女性と小さな女の子の絵が出てきた。奴は城の中庭のような所で、二人と仲良さげに歩いている。とても邪悪な魔王には見えない。

「もしかして、妻子がいたのか? うーん」

 ますます分からなくなってきた気がする。俺は悩みつつ目を皿のようにしていると、急に視界が真っ暗になった。

「だ~れだ!?」

 こんな子供っぽい行為も声も、俺は一人しか知らない。

「サクラだろ」
「えへへ! アッタリ~」

 彼女は手を離すと、悪戯っぽい眼差しで俺の前に出てきた。随分綺麗な布の服を着ている。普段はマントの下は鎧で、剣と盾を携帯していたのに。今はとてもお洒落だ。

「珍しいな、図書館に来るなんて」
「うん! アルダーがどうしているか気になっちゃったの。魔王のこと、何か分かった?」
「ほとんど分かってない。このままじゃ上手く作戦が立てられないな」

 勇者は両手を腰に当て、堂々としたポーズで言う。

「分かんなくたって問題ないよ! 僕とアルダーがいればきっと勝てるから!」
「相変わらず楽観的だな、サクラは」
「えへへ! それほどでもないよ! ねえアルダー、ちょっと気分転換に出かけない?」
「明日から遠出するんだぞ。一体何処に行くつもりなんだ?」

 サクラは何か言い辛そうにして視線を逸らした。

「え、え~と……夜景かな?」
「へ?」

 一体何処に行けばいいんだろう? とりあえず俺達は図書館を後にした。

 町中に出ると、彼女が普段とは少し様子が違うことに気がつく。いつもは元気一杯に話しかけ続けてくるのだが、そわそわしたままで何も言わない。

「どうした? 今日は様子が変だぞ。遊び疲れたか?」
「そ、そんなことないよ。あ! あそこがいい」
「あの公園か~、別にいいけど」

 サクラが指差したのは、武器屋や防具屋が続くレンガ通りの坂道を登ったところにある、小さな公園だった。あそこからは、大体フリージアの町全体が見渡せる。

 俺は彼女の後ろをついて歩き出した。なんか妙に緊張しているように見えるのは、気のせいだろうか。まさか、魔王との戦いに備えて、夜の公園で俺と模擬戦でもやるつもりなのか? そうか、だから夜景が見たいと言ったのか!

「ねえアルダー。僕もかなり強くなってきたと思わない?」

 彼女は俺に背中を向けたまま話しかけてくる。うん、こうして見ると鍛える気満々だ!

「ああ、随分強くなったと思うぞ。今何Lvだ?」
「エヘヘ! 秘密だよ~。でもね、まだ全然アルダー達に追いつけてないの。特にアルダーは凄いよね」
「そんなことないぞ。まあ、勇者はもっと鍛える必要はあるけどな」

 彼女は坂を登りきり、公園に向けて歩き出した。視界にはフリージアの広い町並みが広がっている。

「やっぱり綺麗だよね。僕ここの景色大好きなの」
「そうだな。俺も好きだ」

 言いながら、俺は周囲に何かないか探した。練習用の木刀でも用意しているのかと思ったが、特に見当たらない。彼女は、胸の辺りまである高さの手すりにもたれながら、ずっと夜景を見ている。

 俺はサクラの隣で、家の灯りで煌めくフリージアを眺めていた。

「あ、あのね。実はね……アルダーに聞きたいことがあったの」
「何だよ、聞きたいことって?」
「うん……。アルダーはさ、ミカのことどう思ってるの?」

 全く予想していない質問だった。俺は何か冒険に関することを聞かれると思ったので、少し面食らっている。

「え? ミカのことか? それは……」

 ちょっとの間だったが、俺とサクラの間に沈黙があった。彼女はようやく俺を見上げた。

「……好きなの? ミカのこと」
「……あ、ああ……」

 自分でも間の抜けた返事だったと思う。サクラはもう一度夜景に目を映した。

「僕ね、この町に来て本当に良かったと思ってるの。ミカやギルドのみんな、町の人も親切にしてくれるし。とっても素敵な町だと思ってる。でもね、一つだけ……不安で仕方のないことがあるの」
「不安で仕方のないこと? 魔王と戦うことか?」

 彼女はクスリと笑っている。俺の予想は外したみたいだ。

「魔王と戦うことも不安だけど、ちょっと違うよ。僕が一番不安なのは、アルダーのこと」
「俺? 何で?」
「だ、だから! アルダーがミカと、その……」
「ミカと? 何だよ? よく分からないぞ」

 サクラはちょっと怒ったように、俺に体を向けて言った。

「アルダーがミカと、付き合っちゃうんじゃないかって不安だったの!」
「え? な、何で!?」

 彼女が頬を赤く染めているのが分かる。軽く混乱している俺を見て、サクラは困ったような顔になった。

「アルダーのばか。最初はね、僕は君のことをお兄ちゃんだと思ってた。隣にいるだけでいつも楽しくて、それだけで満足だったの。でも段々……一緒にいると胸が痛くなる時があって……。冒険とか関係なくって、君と一緒にいたいなって思うことが増えてきて。それで……それで……」

 声が少しずつ震えてきている。今俺は、大きな勘違いをしていることに気がついた。彼女がここに呼んだのは冒険の話じゃない。

「サクラ……もしかして、君は……」

 こちらを見上げる目が宝石のように煌き出した。サクラの体が少しだけ震えている。同時に俺の胸にも、何か熱いものが込み上げて来て、ひたすらに心臓が高鳴る。

「僕は……アルダーのことが、好き……。ずっと……言えなかった」

 消え入るような弱々しい声の後、堪えていた涙が頬を伝っていた。知らなかった。俺はなんて鈍かったのだろう。驚きと湧き上がる何かを抑えていると、いつの間にか俺はサクラを抱きしめていた。

 今にも崩れ落ちそうな彼女を、必死で掴んでいる。サクラとミカが、頭の中で交互に浮かんでは消える。そんな中、公園の茂みから枝が折れたような音がした。

「……あっ!?」

 誰かの声がする。サクラはビクリと震えた。

「誰だ!?」

 俺は咄嗟に彼女を後ろに庇い、声がした方向を向いた。

「ご、ごめんなさい。私……盗み聞きするつもりは……」

 彼女は茂みからゆっくりと姿を現した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

悪役令嬢日記

瀬織董李
ファンタジー
何番煎じかわからない悪役令嬢モノ。 夜会で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢がとった行動は……。 なろうからの転載。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

[完結]回復魔法しか使えない私が勇者パーティを追放されたが他の魔法を覚えたら最強魔法使いになりました

mikadozero
ファンタジー
3月19日 HOTランキング4位ありがとうございます。三月二十日HOTランキング2位ありがとうございます。 ーーーーーーーーーーーーー エマは突然勇者パーティから「お前はパーティを抜けろ」と言われて追放されたエマは生きる希望を失う。 そんなところにある老人が助け舟を出す。 そのチャンスをエマは自分のものに変えようと努力をする。 努力をすると、結果がついてくるそう思い毎日を過ごしていた。 エマは一人前の冒険者になろうとしていたのだった。

処理中です...