上 下
95 / 147

三百年前の魔王

しおりを挟む
 グラジオラス大陸に隠されている祠は、魔王軍の幹部達が使っている本拠地だった。

 今、その祠が異様な地鳴りと赤い光に包まれている。魔物達は恐れ喚き、魔王軍の幹部である獅子のダンタルト、死霊を束ねる長エリオネルも戸惑っていた。魔女ゲオルートとヤブランを除いて、誰一人立っていられない。

「な、何だ!? 何が起こっているのだ?」
「これは大変ですよ! ヤブランさん、ちょっと!」

 やがて赤い光は消え去り、地震も止まった。ヤブランと魔女は黙って王座の手前を見つめている。

「な、何ですか? これは……」

 エリオネルはやっと立ち上がり周囲を見回した。祠の内部が様変わりしている。本来中心に行くほど地下に降りる形になっていて、王座は最も奥にあるはずだった。

 だが今は、祠の正門より少し高い位置にまで王座が上がってしまっている。闇の底まで続いているかのような階段は消えてなくなり、代わりに赤い色をした絨毯が敷かれていた。

 ヤブランは振り向き、戸惑う幹部達に声を掛ける。

「この祠はね。彼が封印されるまでは、本来こういう形になっていたんだ。あるべき姿に戻っただけだよ。驚いただろ?」
「……ヤブラン、彼が来るわ」
「おっと! 楽しみだー」

 中央にある王座の前に、黒く細い一筋の光が差し込んだ。光はやがて大きく太くなっていき、静かに一つの影を作る。

 黒い光は去り、残された影も晴れていく。全てが消え去った後に残ったのは、ただ一人の人間だった。

「な、何!? 人間ではないか! ヤブラン、貴様は魔王様が蘇ると申したはず!」

 ダンタルトが声を荒げてヤブランに詰め寄る。だが金色の体毛を持つ魔物は、彼の言葉など聞いていなかった。魔女ゲオルートは、静かに目を閉じたままの男に近づく。

「本当にお久しぶりね。セツア」

 彼女の声が聞こえたのか、男はゆっくりと両目を開いた。フリージアの絵画に描かれていた、四英雄の中心にいた男そのものだった。唯一の違いは、今は漆黒の鎧を身に纏っていることくらいだ。

「……ここは? 君達は誰だ?」
「ウフフ……私を忘れてしまったの? こんな身なりになったのなら、確かに分からないわね」

 ゲオルートは懐から一枚の手紙を取り出して、彼の前に差し出す。彼女の瞳はうっすらと濡れていた。男は手紙の内容を読み、微かに目が震える。

「そうか……君だったのか。姿が変わっていたから分からなかった」
「会いたかったわセツア……そしてごめんなさい。あなたを封印から解くのに、もう三百年も掛かってしまったのよ」
「三百年……では、君は……」

 ヤブランが小走りで魔女の隣にやって来る。

「セツア! 僕のことも覚えているかい?」
「君は……さあ、知らないな」
「かー! やっぱりそうだよね。でもこの名前は覚えているだろ? ヤブランだよ。君が名づけてくれたじゃないか」
「……ヤブラン? 本当にヤブランなのか? あんなに小さかったのに、ここまで大きくなるとは驚いた」

 金色の体毛を持つ魔物は、男の前で尻尾を降っている。今までの残虐さなど嘘のように振舞っていた。

 エリオネルとダンタルトは、後ろのほうでオロオロしている。魔王ヴァルフォより遥かに強い、真の魔王が復活すると説明を受けていたのに、蓋を開けてみれば人間にしか見えない。

 不意に祠の正門が開く音がした。

「ほう~。随分とこの祠も様変わりしたでないか。お前達……我に何か言うべきことは無いのか?」

 声の主は魔王ヴァルフォだった。勇者サクラとミカによって崩壊した体は、大陸に戻ってくるまでに元どおりになり、祠に辿り着く頃には以前よりも大きくなっていた。

「ヴァ……ヴァルフォ様」

 ダンタルトは狼狽して後ずさり、エリオネルは何も言わずただ俯いている。二匹が恐れていたことが現実になった。魔王の報復が始まると恐れ震えている。ヴァルフォは地鳴りのような足音を出しながら近づく。

 しかし、ヤブランとゲオルートは余裕の笑みを浮かべたままだ。封印から解き放たれた男は、涼しい顔でヴァルフォを見つめていた。



 俺はレオンハルト達とカトレアの船着場を出発し、フリージアの冒険者ギルドに辿り着いていた。すぐに牢屋に向かうと、ガックリとうな垂れたヘザーがいる。

「よお! 貴族の魔法使いさんよ、アンタに面会だぜ」

 レオンハルトの言葉にも、奴は聞いているのか微妙な反応だ。どっと老け込んでいて、二十代の青年にはとても見えない。

 俺はどうにも可哀想になってきて、面会するのはやめようかと考えていた矢先に、勇者サクラとミカが走りこんできた。

「アルダー! ヘザーと面会するんでしょ? 僕も混ぜて!」
「ごめんなさいアルダー。私止めたんだけど、サクラったら聞いてくれなくて」

 正直に言うと悩んだ。どうしてもエリーシア達との旅について、詳細を聞いておきたい。しかし、もはやヘザーは弱りきっている。これ以上気を病んだらどうなってしまうのか。

「なあ、サクラ。見てのとおりヘザーは相当辛い状況だ。ここは一旦……」
「ヘザー! そんな所で寝てないで起きて! みんなで面会に来たんだよ」

 聞いちゃいない。サクラは物凄い勢いで鉄格子を揺らし始めた。俺はとにかく彼女を止める。

「こらこら! やめなさい勇者! いいかい……今アイツは話せる状態じゃ」
「早くー! エリーシアのことを教えてよ! ヘザー」

 勇者の言葉に、今まで何の反応も示さなかったヘザーが顔を上げる。

「エリーシア? そうだ……アイツのせいで……私は。ああ! くそおおお!」

 突然髪をかき上げ、唸るような声を出している。ヤバイ! 相当危険な精神状態に違いない。

「男の子がウジウジしちゃダメ! とにかくお話しするのだ! 僕らと別れてから今までのこと全部教えて!」
「こら! 無茶なこと言うんじゃない勇者」
「……いいだろう。全てを話そう」

 やつれた顔をしたヘザーがのそりと顔を上げる。俺はますます心配になった。

「え? ほ、本当に大丈夫か?」
「ああ、不思議なくらい落ち着いてきたよ」

 ヘザーは薄暗い牢屋の中で、俺達と別れてからの一部始終を話し始めた。グラジオラス大陸での失敗、四英雄の加護を受ける話をエリーシアから聞いたこと、戦士が殺されたこと、そして全てが失敗に終わったこと。

 俺は声にならないショックを受けていた。まさかゲオルートが、ここまでエリーシアやヘザー達を利用していたとは。きっと周りにいたみんなも、同じことを思っただろう。

「……以上だ。私が知っていることは全て話した。後は一人にしてくれ」

 ヘザーはまた廃人のように黙り込む。サクラは鉄格子の前で立ったまま動かない。彼女の背中を、俺は優しく叩いた。

「行こうぜ、サクラ」
「ん? うん。ヘザー……また来るよ」

 ミカやレオンハルト、ランティスは既に外に出ていて、サクラは少し遅れて出て行った。最後に俺がドアから出ようと言う時、ヘザーの声が背中越しに聞こえた。

「アルダー……すまなかった。全ては私の責任だ」

 耳を疑った。まさかあのヘザーが謝ってくるなんて。俺は振り返り、久しぶりに笑顔を見せた。

「気にするなよ。早くここから出られると良いな。俺も、また面会に来る」
「……お前なら勝てる。今なら分かる……」

 アイツは少し笑ったような気がする。ドアから出た先には、神妙な面持ちをしたみんながいた。最初に話しかけてきたのはレオンハルトだ。

「すげえ話だったな。ヘザーの奴はモンステラのナイフで、美術館の女を刺した。戦士ロブを殺した罪まで着せようってか、とんでもねえ魔女だ。そんな奴に取り憑かれていたなんて、あの娘も運がないねえ! まあ、美人ほど狙われやすいっても言うしな」

 ランティスは彼の言葉に、ちょっと嫌な気持ちになったようだ。

「にいちゃんはこんな時でもふざけてるんだから! アルダーさん、とにかくこれからどうするんですか?」
「ああ……始祖の大地って所に行ってこようと思う。そこでゲオルート達は待ってると言ってた。他に当てもないしな。決して放っておくことはできない連中だ。恐らくコドランなら場所を知ってると思うから、これからアイツを読んでみるよ」

 ミカが心配そうな顔で側に来た。

「始祖の大地っていう所はよく分からないけれど、明らかに罠よ。それでも行くつもりなの?」
「行くよ。もう選択肢は一つしかない。最後のヒロイックストーンが奪われれば、世界が滅びるって話だからな。何を企んでいるのか知らないが、全力で止めるだけだ」

 ずっと俯いて黙っていたサクラが顔を上げ、気合の入った声を出した。

「どんなことをするのか知らないけど、世界を滅ぼすわけにはいかない! 僕は絶対に阻止してみせる。そしてエリーシアを……。みんな! 明日の朝、良かったら僕と一緒に来てほしい。みんなの力を貸してほしいんだ!」

 レオンハルトは笑って歩き去って行く。ランティスは黙って後ろに続いた。

「おうよ! こんな大一番に乗らない手はねえやな。倒したい奴も残ってるしよ」

 ミカは表情を曇らせ、静かに俺を見上げる。

「アルダー、私は……」
「分かってる。君は無理しなくていいよ。今までだって、町を守る為に助けてくれてたんだからな。俺達が帰って来るのを、のんびり待っててくれ」

 サクラがミカにニッコリと笑ってみせた。

「大丈夫だよ! 帰ったら美味しい料理ご馳走してね。じゃあ僕とアルダーは、旅立ちの準備をして来るから」
「ええ。明日見送りに行くわ……気をつけてね」

 二人とも何故か喧嘩してたこともあったけど、今では凄く仲がいいんだな。ホッとした俺は、サクラと二人でまずは教会に行くことにした。美術館にいた女性の見舞いと、指輪の解析を聞く為だ。

 教会までの道はほとんど人気がなかった。サクラは元気そうに、俺の後ろをついて来る。ここは褒めてやらないとな。

「さっきは立派だったぞ勇者。頼もしくなってきた。こりゃ俺がいなくても大丈夫かな!」
「えへへ! まあ僕が言い出さないと、みんな来てくれないでしょ。敵は超いっぱいいるんだから、少しでも味方がいないと大変だよ! 魔王軍の幹部は残ってるみたいだし、それに……」

 あれ? なんか妙に声のトーンが落ちてきているな。

「それに……エリーシアが……エリーシアが」

 背中に何かが当たっている。サクラが寄りかかり、やがてしがみついてきた。体が震えていることが分かる。

 思わず足を止めた。彼女は俺の背中で泣き出している。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

処理中です...