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襲いかかる魔剣

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 フリージアの飲食店が立ち並ぶ通りに、魔剣を持ったライラックが歩いている。

 レストランの窓から見ていたミカは、驚いて彼に釘付けになった。

「あの人……どうしてこんな所で剣を!? しかも……」

 男の服には返り血と思われるものがベットリとこびり付き、剣からは今も血が滴り落ちている。誰かを斬ったに違いないと彼女は思った。

 そして男は、生気のない顔を不自然に傾け、こちらを見て笑っている。持っていた漆黒の剣が光り彼は動いた。遠間から振り下ろされた剣から、黒い衝撃波が発せられ、レストランの壁をぶち破る。

「きゃあー!」

 レンガで作られた壁は一瞬で崩壊し、窓際にいたミカや他の客も吹き飛ばされてしまった。この騒ぎに驚いた町民は逃げ惑い、冒険者達は男を捕まえに掛かる。

「いいぞ……いいぞ勇者よ。愚か者どもが集まってきよるわ! さあ斬れ……一人残らず斬り殺すのだ」
「分かっているよ聖剣。この俺が、悪党どもを裁いてやる」

 ライラックの目が赤く光り、顔が黒ずみ始める。魔剣に支配された男は、勢いよく町民に斬りかかり始めた。レストランの床に倒れていたミカは、よろめきながらも立ち上がる。

「い、今のは一体何なの?」

 崩壊したレストランを出た彼女を待っていたのは、町民を襲い続けているライラックだった。既に何人か斬り捨てていて、無残な死体が彼の周りに転がっている。

「ハハハハ! コイツはいい。斬れる、斬れるぞお! これなら魔王でも誰でも殺せる。俺こそが救世主だ!」

 逃げ惑っている町民の中で、小さな男の子が転んでしまった。ライラックは笑いながら近づく。

「ほう……こんな小さな悪人もいたか……。早めに殺しておかねば、被害が増えてしまう」
「わ、わああー」

 ライラックは魔剣を振り上げ、少年に迫ろうとした。

「……ん?」

 彼の右足が凍りつき、思うように動かなくなっている。後ろから氷結魔法で凍らされたことに気がつくのに、そう時間は掛からなかった。

「あなた……何をしているの?」

 子供は立ち上がり、必死に逃げ出した。ライラックは舌打ちをすると、体から邪悪な瘴気を発生させ氷を粉砕する。

「お前……俺の邪魔をしたな? 見た目はうら若い女のようだが……今から化けの皮を剥いでやる」
「化けの皮? 言っている事が分からないわ。どうやら、正気じゃないみたいね」
「ハハハハ! 正気だよ俺は。今はとても良い気分だ!」

 振り向きざまにライラックは飛び上がり、ミカに向けて剣を振り下ろした。彼女は身を翻してかわし、逃げながら両手に魔力を集める。今は杖を持ってきていない。

 だが、ミカは杖を持っていなくても、ほとんど精度を落とさず魔法を使うことができた。威力はどうしても落ちてしまうが、あらゆる状況を想定して鍛えていた点がヘザーとは異なる。

「あなたにはこれをあげるわ!」

 走って追いかけてくるライラックから逃げながら、彼女はフリージング・アローを放った。地面スレスレから掬い上げるように飛ぶ軌道は、かわすことも防ぐことも困難だった。

「ほーう! 面白いことをするな。しかし」

 黒い魔剣から、奇妙な赤い光が発せられている。氷の刃は魔剣に一太刀で切断され、連撃で石のように細かくされてしまった。

「今の動きは? なんて早さなの……人間業じゃないわ」
「これが本来の俺の力なんだ! もう誰も邪魔なんてできねえ」

 ライラックは再び走り出した。追いつかれたら間違いなく斬り殺されると判断したミカは、狭い路地を進んでいく。屋台を潜り抜けながら、より人気のない場所へ逃げ続けた。

 走りながら、時折あらゆる氷結魔法で攻撃しているが、ほとんどが魔剣によって防がれてしまい効果がない。

「勇者よ。あれは逃げるのが上手い。殺すことができれば、相当な経験になるに違いあるまい」
「へへへ! そうだよなあ。追い詰めて追い詰めて、じっくり殺してやるよ」

 やがてライラックは、誰もいない民家が並ぶ路地裏までやってきた。

「何処にいるんだ~? 女。早く殺してやるから、出てこいよ」

 見渡す限り汚いゴミが散乱しているだけで、他には何も見当たらない。ため息をついて去ろうとした時、自分のものとは違う影に気がついて振り向いた。

 建物の屋根上に上がっていたミカが、両手をライラックに向けている。全ての魔力を込めたフリージング・ダストを解き放った。

「これで終わりよ!」
「おお、おおお!?」

 彼女が凍らせようとしたのは魔剣だけではなかった。猛烈な冷気がライラックを包み込み、やがて全身が氷の塊となっていく。

「……こうするしかなかったわ。それにしても……この男は一体何者だったのかしら?」

 彼女は屋根の上から、全身が氷漬けになった男を見下ろしている。ぼんやりと眺めていると、氷に薄っすらと亀裂が入っていることに気がついた。

「!? まさか!」

 亀裂は見る見るうちに氷全体に及び、瞬きを数回している間には全てが崩壊してしまった。氷の独房から解放されたライラックは、ミカを舐めるように見つめている。

「残念だったな。お前」

 彼は魔剣を天高く振り上げると、真っ直ぐに振り下ろした。レストランを襲った時と同じ強烈な衝撃波が彼女を襲い、立っていた建物全体を崩壊させる。

「きゃああー!」

 彼女は一気に地面に突き落とされ、大きく背中を打った。息ができないばかりか動くこともできない。やがてライラックの影が、地面に大きく映り込んだ。




 フリージアの美術館で、俺は魔女ゲオルートと戦おうとしていた。でも寸前のところで奴は消えてしまい、代わりに一階から女性の悲鳴が聞こえていた。

「今度は一階からか! アイツ、色々と手の込んだ真似を!」

 俺は急いで階段を降りて行く。嫌な予感しかなかった。階段を降りたすぐの所で、係員と思われる若い女性が倒れている。床には血が流れていた。

「大丈夫か!? これは……ん?」
「あ……アルダー……か?」

 階段を降りた先にはもう一人いた。以前俺とパーティを組んでいた魔法使いヘザーだ。そして奴の右手には、血で濡れたナイフが握られている。

「ヘザー。なんでここにいるんだ? そのナイフは……まさか!」
「ち、違う! 私は何も……あの女だ! あの女が私をはめたんだ! う、ううう。うわあー!」
「おい! 待て! ……くそ」

 ヘザーは発狂して、そのまま美術館から走り去って行った。すぐにでも後を追いかけたいところだが、刺されて倒れている女性を放っておけない。俺はしゃがんで、彼女の様子を見た。

「腕と腹を怪我しているが、出血はさほどでも無い。ショックで気絶しているだけか……これなら、早めに手当をすれば助かるな」

 俺は自身の服を破いて、彼女が怪我をしている箇所を応急処置した。そのまま抱き上げると、出来る限りの早足で教会へ向かう。

「神父様に介抱してもらおう。奴らのことは後だ」

 ゲオルートのこともヘザーのことも、俺は急いで対応しなくてはならなかったが、とにかく人を助けることを第一に選んだ。美術館から出ると、何やら外が騒がしかったが、今は様子を見ている暇はない。

「あらあら……ヘザーを放っておいていいの? あの男は犯罪者よ」

 不意に上から声が聞こえた。振り返ると、美術館の屋根の上にゲオルートが座っている。

「お前……逃げていなかったのか」
「逃げる必要がないでしょ。それより、私のことも放っておくつもり?」
「怪我人がいる……お前らの相手は後だ」
「ウフフフ……お優しいのね。ではまた後で」

 彼女はまるで煙のように消えていった。

「一体何を企んでいるんだ? アイツ……」

 俺はとにかく急いで教会に向かう。中に灯りがついているので、まだ神父さんは中にいるようだ。

「夜分にすいません! 神父さんはいますか? 怪我人がいます。助けて下さい!」
「おや、アルダーさん。怪我人ですか?」

 事情を説明すると、彼はすぐに手当てを始めてくれた。

 俺は神父さんに怪我人をお願いして、すぐに教会を出る。狙いは恐らく一つしかないのだろう。バルゴの銅像に向かって走り出した。




 ミカは何とか立ち上がろうとしたが、まだ充分に動けなかった。一歩一歩、ライラックが近づいてくることが分かる。地面に映る男の影はどんどん膨らんでいく。

「手こずらせちゃってさあ。面白いお嬢ちゃんだね」

 やっと息ができるようになった頃、ライラックは目の前でニヤニヤと笑っていた。

「あなたは一体何者なの? どうしてこんな酷いことを」
「俺は勇者さ! そしてこの右手にあるのは、勇者にしか扱うことのできない聖剣だ。やはり俺は選ばれた存在だったんだよ」
「あなたが……勇者?」

 彼女は気がつかれないように、両手に微かな魔力を溜めはじめた。できる限り時間を稼ぎたかったが、ライラックは既に魔剣を振り上げている。

「そうさ……この世界にいる魔物、悪党の限りを……俺が皆殺しにするんだ! そして英雄として名声を得て、贅沢この上ない暮らしに明け暮れるんだよ」
「そうだ勇者よ! お前は何も間違ってなどいない。さあ、目の前の小娘を殺せ!」
「け、剣が……喋った!?」

 ミカは驚きながらも魔法を使おうとしたが、後少しのところで間に合わなかった。殺人を確信したライラックは、狂気で染まった笑顔と共に魔剣を振り下ろす。

 彼女は死を覚悟して目を瞑った。まぶたの外から、眩い光が発せられている。違和感を感じて目を開けると、ライラックはもがきながら路地裏の奥まで吹っ飛ばされていた。

「あれは……ライト・ブレイク?」

 彼は勇者の攻撃魔法ライト・ブレイクを浴び、魔剣共々必死に堪えている。

「うう……おおおお!!」

 魔剣が咆哮と同時に身を翻し、ライラックごと光から逃れた。

「はあ、はあ! て、てめえ……」

 彼が睨みつけた先に立っていたのは、勇者サクラだった。
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