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過去を見通す占い師

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 フリージアやエグランテリアよりも遥か北にある大陸。年中雪が降り続ける大地を治めているのは、モンステラという国だった。相変わらず雪が降り続いている朝。

「ここまでで大丈夫です! 皆さん、本当にありがとうございます」
「そうか。うちらも今日くらいはこの国にいるからさ、何かあったら遠慮なく言いなよ」

 占い師のレイナが、同行していた三人の冒険者にお辞儀をした。みんな女性の冒険者達だ。

「パティさん、いつもすみません」

 バティと呼ばれた女戦士は気さくに笑った。彼女達は以前、アルダーを下着泥棒と勘違いして攻撃を仕掛けた冒険者達で、普段はルゴサで暮らしている。

「元気に暮らすのよ。じゃあねー!」
「私達はルゴサにいるからね。いつでも会いに来て」
「はい! クラリーンさん、ハナさんもお元気で。落ち着いたら遊びに行きますね」

 彼女は魔法使いのクラリーンと、武闘家のハナに手を振って応え、やがて自宅を目指して歩き出した。

「やっと辿り着いた。私の家……ちゃんと残ってるかな?」

 三人と別れてから、彼女は急に不安になった。魔女ダクマルテに体を乗っ取られてからの記憶は全くない。自分でも、一体何年意識が眠っていたのか分からないのだ。

「寒い、寒い~。確か、もう少し歩いていけば……」

 深々と降り積もる雪を、一生懸命踏みながら進む。やがて城下町の外れに、一軒の小さな店を見つけた。

「あ、あったー! 私の家……あれ?」

 彼女は自分が苦労して建てた占いの店を見つけて、飛び上がらんばかりに喜んだ。しかし、直ぐに違和感を感じる。店の看板には「ダクマルテの占い館」と書かれていたからだ。

「ええー! あの魔女、自分の名前に変えちゃってたんだ。もう~看板変えなきゃ」
「あら、あなたレイナじゃない!」

 不意に後ろから声がして、一瞬体がこわばった彼女は、恐る恐る振り向く。

「え? あ、あなたは?」
「もう~あたしを忘れちゃったわけ?」
「あ! ろ、ロージット」

 レイナに声をかけてきた女性は、昔の親友だった。

「酷いわ~。私泣いちゃいそうよ」
「ごめんね! 本当に久しぶり。私色々あって、その……」
「その色々が聞きたいわ! 中、入っていい?」
「勿論! 久しぶりに帰ってきて寂しかったの」

 店の中は、以前とあまり変わっていないように感じた。所々ダクマルテの趣味と思われる家具や宝石が増えていたくらいで、大きな違いはない。

 二人は水晶が置かれたテーブルの前で語り合っていた。

「レイナ。アンタ、本当にモンステラのこと忘れちゃってるのね!」
「うん。そうなの! でもやっと思い出してきたよ」
「フフフ! そういえば、アンタと会うのはもう七年ぶりくらいだわ」
「え、ええー! そんなに?」

 レイナは彼女の言葉を聞いて驚いた。

「そうよ。アンタ急にいなくなっちゃったから。もしかしたら魔物に襲われたんじゃないかって、みんな心配したのよ。ダクマルテさんがお店を継いだって聞いてたけど」
「あ、あはは……そうなんだ。心配かけちゃったね」

 ロージットは話しながら、少し顔を傾けてレイナを見つめる。

「それにしても……アンタ七年前と全然変わってないわよね。凄く若く見えるわ!」
「え? そ、そう」

 再会した時から違和感はあった。彼女とは同い年だったはずだが、自分とは明らかに年上に感じられたことだ。

 レイナはふと、魔女に取り憑かれている間は肉体の老化が遅くなると、何処かの本に書かれていたことを思い出した。個人差はあるものの、人によっては何十年も見た目が変わらないらしい。

「一体どんな美容法を使っているの? 教えてよ!」
「え? う、うーん。特に何も……」
「羨ましいー! そういえば聞いた? この町で殺人事件があったのよ!」

 彼女は驚いて身を乗り出した。

「殺人事件!? 誰が殺されたの?」
「戦士ロブって男よ。勇者様のパーティーの一員だったんですって」
「勇者様のパーティー?」
「アンタそれも知らないの? 相当浮世離れしているわね。勇者ライラック様よ! 僧侶エリーシアと組んで、ルゴサの町を守ったって言われてる」

 勇者ライラックの名前を聞いて、彼女は思い出した。自分達が守っていた方面とは、逆側で戦っていた人達のことを。リーダーは確か、魔法使いヘザーだったはず。

「あの人達ね。思い出した! パーティーの戦士が殺されていたなんて……」
「宿屋の近くに公園があるでしょう。あそこで暴漢にやられたって話よ。あたしもちょっとだけ遺体を見たんだけど、酷いなんてものじゃなかったわ……身体中を滅多刺しにされて死んでいたの」
「……ひ、酷い……」

 レイナは言葉を失った。同時に一つの考えが彼女に浮かぶ。ロージットとの会話は、日常のあらゆることを思い出させてくれた。

 ひとしきり話し終えると、親友は満足げに立ち上がり、出口の扉を開けて外へ出た。

「楽しかったわー! 今度みんなと遊びに来るから! じゃあねー」
「う、うん! じゃあね」

 去っていく親友の後ろ姿に手を振った後、彼女は店の扉に鍵を閉め、反対方向に歩き出していた。モンステラの宿屋は、ここから歩いてもさして時間は掛からない。

「ここが、戦士ロブが亡くなった公園……」

 公園は降り積もる雪に埋もれていて、一面が銀世界のようだった。

「怖いけど……確かめてみたい」

 彼女は懐からカードを取り出し、意識を集中させる。

 レイナのカード能力は、冒険者の中でも一際特異だった。指定した場所の、過去の記憶を映像として見ることができる能力で、占い師の仕事でも役に立ったことはない。

「あ……ああ……」

 彼女の目には、はっきりと戦士ロブが映っている。右手には手紙のような物を持っていて、誰かを待っていた。どうやら手紙の主がやって来たらしい。

「……う、嘘……」

 見るに耐えない映像が、レイナの脳裏を掻き乱した。人はどうしてこうも残酷になれるのか。魂の抜き出た血に塗れた体を見て、それは笑っている。

「ヘザーさん達はまだフリージアに……。大変、何とかしなきゃ!」

 レイナは恐怖に駆られながらも走り出した。宿屋に入り店員に客名を教えてもらい、急いで二階に上がる。

「すいません! レイナです。皆さん、いませんか! 皆さん!」

 ドアを必死でノックしていると、やがてのんびりとした返事が聞こえてドアが開いた。

「あれ? レイナじゃんか。どうしたんだよ、もうアタシ達が恋しくなったのか?」
「バティさん! すみませんがフリージアまで同行していただけませんか!?」
「え? まあ別にアタシ達は構わないと思うけど、どうした?」

 朝とは打って変わって、青ざめた顔をしているレイナを見て、戦士バティは怪訝な顔をしている。

「このままだと、アルダーさん達が危ないんです! 多分、あの人に殺される……」



 夕方頃にフリージアに戻ってから、俺はのんびり町を歩いていた。明日は図書館勤務で、終わったらミカと遊ぶ約束をしている。そこで、ちゃんと返事をしないと。

 公園通りをブラブラしながら、彼女にどんな言葉を使おうか悩んでいた。全く経験のない事態だったし、想像しただけで体が固くなってくる。

「よう! アルダー」
「うわあっ! な、何だレオンハルトか」

 後ろからいきなり肩を叩かれ、俺は飛び上がった。

「おいおい、どうしたんだよ? 冒険に出たてのルーキーみたいな顔してんな」
「う、うるさいな! 考え事をしていたんだよ」
「ふーん。まあお前さんも色々ありそうだしな。俺達も、結構厄介な仕事が舞い込んだよ」
「厄介な仕事? 何かあったのか」

 レオンハルトは溜息を漏らしつつ、武器屋や防具屋が並ぶ通りに歩き出した。

「ルゴサにあった、それはそれは有名な剣が盗まれちまったのさ。犯人を探してほしいんだと」
「窃盗か。大変だなあ」
「暇があったら手伝ってくれよ! じゃあな」

 赤髪の戦士はさっさと武器屋に歩いて行った。俺は面倒ごとにはもう巻き込まれたくはないので、そっと見守るつもりだ。

 公園を歩き続けていると、一人の男を見かけた。若い女性に声を掛けている金髪の男。普通に話をしているのかと思ったが、どうも様子が違う。

「なあ、姉ちゃん。いいだろ? ちょっとくらいさあ」
「や、やめて下さい……人を呼びますよ」
「ああん! ゴチャゴチャ言いやがって! いいから来いよ」
「きゃあ! 嫌! 離して」

 うわー。剣が盗まれるより、こっちのほうが大変だ。助けないとな。

「何してるんだ?」

 声を掛けると、金髪の男は俺を睨みつけてきた。本当に嫌な感じがする奴だが、こいつどこかで見たな。

「何だお前。関係ねえーだろ、引っ込んでろ!」
「彼女、嫌がってるじゃないか。お前こそ引っ込んだらどうだ?」
「ああーん。偉そうな口ききやがって、殺すぞ」

 男は俺の側に近づくと、殺気にまみれた顔で睨み続ける。まあ、魔物に比べたら大したことはない。

「お前じゃ無理だと思うけどな」
「アッハッハ! つくづくムカつくなー。アルダー!」

 奴の右拳が、顔面を狙って飛んでくる。何で俺の名前を知ってるんだ? と考えながら、左手で拳を掴んだ。

「ああ? こ、この……うああ!」

 これ以上暴れられるのも面倒なので、とりあえず奴の右拳を握りしめることにした。ヒビの入るような音が何度か聞こえ、呻きながら男は崩れ落ちる。

「思い出した。お前、確かライラックって奴だよな?」
「うう……」
「二度とこんな真似はするなよ。フリージアじゃ悪いことをすればすぐに捕まる。次にやったらこのくらいではすまないぞ」
「ち、畜生! てめえ覚えてろ!」

 俺は拳を離してやった。奴は急いで立ち上がり、逃げるように去って行く。女性はホッとして、俺の側に近づいてきた。

「あの……ありがとうございます! あのままでしたら、私酷い目にあうところでした」
「いや、当たり前のことをしただけだよ。勇者ライラック……か」

 奴の目には、本物の殺気があった。恐らく一度や二度は、本当に人を傷つけたことがあるんじゃないかと思う。このまま野放しにするわけにもいかないし、町長やギルドにも相談しようと考えた。

 まだこの町は、安心できる状態じゃないみたいだ。
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