上 下
80 / 147

人間と魔物、それぞれの企み

しおりを挟む
 勇者からパーティに入ることを拒絶された魔法使いヘザーは、深夜のルゴサの酒場で酔っ払っていた。だが、彼は決して悲観していたわけではない。

「こんばんは~! ヘザーさん」

 いつものテーブル席でワインに溺れていたヘザーの元へ、商人セルジャックがやって来た。隣には勇者と呼ばれていた男、ライラックもいる。

「やあ! 二人共。私はこの通りすっかり酔ってしまったよ。君達があんまり遅いのでな」
「へへ、へ! 上機嫌ですな。旦那……あっしが召集されていた件、上手く揉み消してくれたらしいですね。誠に、ありがとうございます!」

 セルジャックは椅子に座るなり、向かいにいるヘザーに頭を下げた。ライラックは商人の隣に座ったが、特に何も話そうとはしない。

「気にすることはない。君は無実の罪で投獄されるかもしれなかったんだ。私の親は結構顔が聞くのだよ」
「さっすが名門貴族ですね! へへ、へ! しかしモンステラの連中にも困ったものです。あっしは正真正銘無実なんですから! こんなに腹が立つことはありませんよ。全ては貴族様のおかげです」
「いずれ私が家を継ぐことになっている。今回の冒険の成果により、我が家は貴族界でも指折りとなるに違いないよ」

 彼の言葉を黙って聞いていたライラックが、顔を背けながら口を開いた。

「今回の冒険で? 俺達は何も成果を残せなかったじゃねえかよ。どうしてこんなザマで名が上がるんだ?」
「ら、ライラックさん……」

 ヘザーの機嫌を損ねることを恐れたセルジャックは、静かに彼を止めようとした。しかし、向かい側に座っている男は、少しも嫌な顔をしていない。

「成果ならあったじゃないか。このルゴサの町を守った。それだけで十分美談にできるんだよ」
「ヘザーさんよ。俺達は今回の防衛戦でも、言うほど活躍してないだろ! あの盗賊団の連中のほうが、魔物を倒しまくってたし」
「そう……今君が言ったことはとても重要だ! 私達よりも、あの盗賊連中のほうが活躍した。だが、あの連中に活躍をアピールすることができるかな?」

 セルジャックは運ばれてきた酒を飲みながら、ヘザーの言葉に大きく唸った。

「確かに! 彼らは所詮人前に出ることのできぬ身。武功をアピールするなどとても不可能ですぞ」
「つまり彼らはいなかったも同じだ。では、彼らの次に活躍をしていたのは誰だ?」

 ライラックの体が、自然と前のめりになっていた。

「……俺達ってこと?」
「そうだ! ライラックよ。つまりルゴサ側の防衛地点を守ったのは、我々ということになるのだよ。現に、最後まで砦を死守し、傷ついた多くの冒険者達を救った者が……我々の中にいるだろう?」

 セルジャックが鼻息を荒くして話に聞き入っている。

「エリーシアのことか。今回の戦いでは、アイツは確かに大活躍をしただろうよ」
「素晴らしい活躍だったよ。巷では彼女のことを、女神とまで称した者もいるというぞ。そこでだ……我々の冒険譚を少し変更しようと思っている」
「ほう、ほう! ヘザーさん。どう変更なさるんです? 是非あっしに聞かせて下さい」

 ヘザーは酔って赤くなった顔を上げ、しばらく黙っていた。ライラックは気乗りしていない様子を見せているが、内心では次の言葉を心待ちにしている。

「今回の冒険の主役をエリーシアに変更する。ライラックが彼女の相棒であり、私は君達二人を導く者。世界の平和の為、我々は魔王を探し回っていた。世界中を探し回った末、とうとうルゴサの町に奴が襲来していることに気がつく。魔王は私達を恐れてフリージア側に逃げることとなった。苦戦しつつも、エリーシアは町を守る。そして私達は彼女を精一杯支えたのだと。こういう終わりにするのだ」

 商人は立ち上がり、目の前にいる魔法使いを賞賛した。

「素晴らしい! その筋書きなら、あっしが世界中に広められますぞ。これで我々は英雄の仲間入りですな」
「いや、ちょっと待てよ! 肝心の魔王を討った奴がいるだろ? 結局、そいつが一番の手柄なのは変わらねえ」

 ヘザーはライラックの目を覗き込みながら、静かに囁く。

「魔王を討ったことは決定打であり、一番の武功であろう。だが、我々も立役者ということなのだよ。英雄の物語というものは、主人公だけが人気の出るものではない。脇役であれ光るものがあれば、途方もない名声を得られることもある」

 セルジャックはウンウンとうなづき、グラスに注がれた酒を一気に飲み干した。

「そうですぞライラックさん。あっしは今夜にでも、商人仲間を使ってエリーシアさんの話を広めていきます。早ければ数日以内には、世界各国に轟くことになるでしょうな。みんなが得をする話です。へへ、へ!」
「実はな、エリーシアにもルゴサに来てもらう予定だ。私が彼女の武勇伝を話し、人気を不動のものにしてみせる」

 ライラックは立ち上がって、酒場の出口まで歩き始めた。

「じゃあそんな感じで頼むわ! チヤホヤされて、金が入るなら文句はねえ」
「おやすみ、ライラック。君もできれば、私達の宣伝の場に来てほしい」

 魔法使いと商人は相談を続けている。ライラックは酒場を出て、しばらく歩いた。やがて見つけた小さな石ころを、思いっきり蹴り飛ばす。

「クソが! 俺が勇者になるはずだったんだ……。あんなクソガキが本物の勇者だと!? マジで面白くねえ……」



 この大陸の夜は、他とは違う不気味さがあった。フリージアやルゴサから、遥か遠く離れたグラジオラス大陸。

 人が入り込むことを許さない、何処までも続く森林の中に大きな祠がある。

 人間のように二足歩行で、顔だけが獅子の男が落ち着きなく歩き回っていた。

「ダンタルトさん。少しは落ち着いて下さいよ」

 王座は四つあった。その内一つに座っていた死霊の総帥エリオネルが、やんわりと声をかける。

「落ち着いてなどいられるか! 魔王様が倒されてしまったのだぞ! あれだけ大見得を切っていたヤブランの奴もだ!」
「フリージア襲撃は、とても残念な結果に終わりました。でも、もう悔やんでも仕方のないことだと思いませんか? 私達には、まだ沢山の軍事力が残されている」

 獅子は苛立ちがおさまらず、王座に座ってからもしきりに指を動かしていた。

「魔王様を死なせてしまったとはな! 始めから、ヤブランの言葉など信じるべきではなかったのだ!」

 ダンタルトが怒りに任せて喋っている。いつの間にか祠の大きな門が開き、中から何かが歩いて来た。

「ダンタルト君~。僕の言うことが信じられないって言うのかい?」

 ダンタルトとエリオネルは、ビクリとして王座から立ち上がった。既に死んでいるはずの存在が、階段を降りてこちらに向かってくる。

「ヤブラン……貴様、生きておったのか?」
「ハハハハ! 僕があのくらいで死ぬはずないだろ。それに、本当はアルダー君を倒すことが目的ではなかったしね。ちゃんと役目も果たしたよ。それよりさあ、座りなよ」

 ヤブランは階段を降りきると、自分の為に用意された王座に勢いよく座った。魔王の王座は中央にあり、丁度向かい側に位置するように三将の王座がある。彼の王座は三将の中心に位置している。

 金色の体毛を持つ魔物が生還したことを知り、祠の中を囲っていた魔物達が歓声を上げた。

「あ~やっぱこの椅子は落ち着くわ! おい。いるんだろ?」

 ヤブランの声を聞き、魔法使いのローブに包まれた小さな魔物が姿を現わす。

「お帰りなさいませ。ヤブラン様」
「あの準備は終わったかい?」
「は、はい……。既に準備は完了しております」

 ローブに隠れた魔物は、怯えて声が震えていた。

「よーし! じゃあ僕の指示があったら、直ぐにとり掛かるように」
「……今すぐではなくてよろしいのですか?」
「うん。まだやらなくていい。臭いオッサンが、どうやら戻ってくるようだしね」

 エリオネルが驚いて、左にいるヤブランを見た。

「魔王様が生きているのですか!? 今すぐ助けに向かわねば」
「プププ! 僕は臭いオッサンって言っただけじゃん。待った待った! ほっといても来るから大丈夫だよ。それに君達は命令に背いたんだよ。きっと殺されちゃうよ~」

 ダンタルトは憤慨して、右にいる金色の魔物を睨みつける。

「貴様のせいであろうが! よくもデタラメを吹き込んでくれたな」
「確かに僕のせいだけど、アイツは聞く耳持たないだろうね。それと、デタラメなんかじゃないよ。まあ……待ってなよ。もうすぐ分かる」

 エリオネルは、ヤブランが嵌めている指輪を見て怪訝な顔になった。

「それは滅びの指輪……何故身につけているのです? しかも三個も」
「四個つけてたんだけどね。一個落としちゃった」

 ダンタルトもエリオネルも、あらゆる武器や防具、道具についての知識が豊富だった。目玉をくり抜いたようなデザインの指輪は、魔族にとっても良い装備ではない。

「き、貴様……そんなものを四個もつけてドラグーンと戦ったというのか!? 信じられぬ……奴を相手に」
「全ては計画通りにいってる。勝ったと思ってるだろうね、アルダー君は。殺すふりはしたが……やっちゃいけなかった。これからなんだよ……僕らの楽しみは。……ククク……ハハハハ!」

 ヤブランが右手に力を込めると、三個の指輪は音もなく割れてしまった。

 魔王が不在となっている今も、魔王軍そのものは活動を続けている。奥底に、不気味な何かを隠しながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

処理中です...