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俺と勇者が、魔法使いと再会した日
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フリージアとルゴサの中間に位置する防衛地点上で、俺は全てを賭けた最後の攻撃を仕掛けている。
龍の槍と闇の玉は押し合っていたが、一気に槍が押し返していった。
「嘘だろー!? アルダー君、僕はね……」
何か言いかけたヤブランだったが、最後まで聞くことはできなかった。槍はあっという間に闇の玉を破壊し、金色の体毛を持った化け物に命中したからだ。
「お前は本当に強かったぜ。じゃあな」
龍の槍は遥か彼方に飛んでいき、ヤブランの姿は綺麗さっぱり消えていた。半分以上崩れ去ってしまった鎧から、コドランの声が聞こえる。
「よくやったぞアルダー。流石、我が見込んだだけのことはあるな!」
「調子いいこと言いやがって。たまたまカードの所有者が俺だったんだろ?」
「まあそう言うな。鎧はこのとおりボロボロだ。完全に修復するまでは、三日は必要だろう」
「これだけボロボロになっているのに、三日で完全に修復するのか? 相変わらず常識はずれな鎧だな」
ゆっくりとフリージア側の防衛地点に降り立つと、冒険者達が俺の側に集まってくる。
「アルダーさん! やりましたね。フリージアから連絡が来ました。サクラさん達が、魔王を倒したとのことです!」
占い師レイナは興奮気味に話している。
「勇者が魔王を倒した……か。良いな! こんな素晴らしい報告はないよ」
フリージアまでは馬車で戻った。とにかくいろんな人に話しかけられたし、みんなが俺に感謝をしてくれた。でも、感謝するのは俺のほうだと思う。
やがて馬車は、フリージアの正門に到着した。俺は強烈な疲れと眠気に襲われ、ちょっとよろめきながら馬車を降りる。目の前に、見慣れた服を着た女の子が立っていた。すぐ後ろにはミカとレオンハルトがいる。
「……アルダー……」
「ん? サクラか! 随分寝坊助だったじゃないか」
勇者サクラは俺のそばに走ってきたかと思うと、飛び込むように抱きついた。泣いているのが分かる。
「お、おいおい! どうした?」
「良かった……アルダーが無事で。もう会えなくなるんじゃないかって思ったの」
「そんな訳無いだろ。魔王を倒したんだってな、おめでとう」
「……うん。僕頑張ったよ! ミカやレオンハルト、イベちゃんが手伝ってくれたから……勝てたんだ」
イベちゃん? 一体誰のことだろう。サクラはずっとくっついたままで離れようとしない。俺は仕方なく、しばらく彼女の頭を撫でていた。本当に困った勇者だと思う。
ミカとレオンハルトは、俺達を見て笑っていた。こうして抱き合っているのを見られるのは恥ずかしい。
やっと俺から離れた勇者は、今度は太陽のように輝く笑顔で言った。
「おかえりなさい、アルダー!」
「ただいま」
次の日の朝、俺達はルゴサへ行くことになった。今回の戦いでルゴサの馬車はほとんど破壊されてしまい、フリージアに戻りたい人を送迎する必要があった。俺達はランティスを迎えに行く予定だ。
「おーい! お前さん達、準備はできたかあ?」
「ああ、大丈夫だ。出発してくれ」
「待ってー! 僕まだ乗ってない~」
レオンハルトが手綱を握り、今回俺は荷台でのんびりできそうだ。
「また寝坊か。しっかりしなよ」
「エヘヘ! ごめんなさーい。て言うかさ~、ヘザー達もいるんだよね?」
「ああ、ハッキリ見たよ。ランティスと一緒かな」
ヤブランとの戦いに必死になって忘れていたが、アイツは何故戻ってきたんだろうか? 俺は疑問を抱きつつ、ルゴサまでの景色を楽しんでいた。
ルゴサに辿り着いた時、ランティスは既に正門前で待っていた。
「皆さん、わざわざ来てくださってすいません!」
「気にするなよランティス。さあ行こうぜ。色々土産話を聞かせてくれ」
「ストップ! ランティス君には聞きたいことがあるの」
手早くフリージアに戻ろうとした俺達に、サクラが待ったをかける。
「え? 聞きたいこと……ですか」
ランティスは青い顔になっている。サクラが燃えたぎる炎のような目で見つめていたからだ。こういう時はロクなことが無い。
「サクラ! ちょ、ちょっと待った」
「いいから行くの! 早くー」
サクラにグイグイ引っ張られ、俺はルゴサの酒場に入っていった。今日は地域が決めた祝日で、昼間から酒場が開いている。
見覚えのあるテーブルに、懐かしい顔を見つけた。ここは俺がパーティを追放された場所。
「……サクラ! アルダー……」
エリーシアが立ち上がり歩いてくる。サクラは今にも泣きそうな顔になり、エリーシアに飛びついた。
「エリーシア! 僕会いたかったよー! ふえええ」
「……私もよ。サクラ」
サクラの顔は見えなかったが、多分また泣いているんだろう。僧侶はいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべている。さて、俺はアイツに一言挨拶をするか。
「やあ、ヘザーじゃないか! ここ座ってもいいかな?」
「あ、ああ。アルダー……こんな所で会うなんて奇遇だな。勿論空いているよ、商人ともう一人が別行動をしているからな……ぐあ!?」
唐突な勇者サクラのチョップが、ヘザーの脳天に炸裂した。
「この大嘘つきー! 僕とアルダーとエリーシアを騙したでしょ。どういうつもりだったのか、ここで全部説明してもらうからね!」
「い、いや……私は。嘘など一つもついた覚えは」
テーブルにはヘザーとエリーシア、サクラと俺が座っている。勇者を除けば、あの晩と全く一緒の配置になったわけだが。
「ヘザー、それはないだろ。君が嘘をついていたことはもう分かってるんだ。言い逃れしようとしても無理だ」
俺の一言に、ヘザーは気まずい面持ちで酒を飲み干した。
「もう知ってるんだからね! 僕の代わりまで用意したって聞いたんだから。どうしてそんなことをしたの!? どうして?」
サクラはカンカンに怒っている。もう少し落ち落ちつこうと言っても、多分聞かないと思う。次に口を開いたのは、普段無口なエリーシアだった。
「サクラは冒険なんてしたくないと言っていたわ。どうしても腑に落ちなかった。彼は自分の好きなように動かせる兵隊が欲しかったのよ。でも酷い人達ばかりだったわ。商人は戦士ロブを殺害した疑いが浮上して、今はモンステラに帰る指令を受け取ったところよ」
「……」
ヘザーは何も言えず黙っている。自分の撒いた種とは言え、ちょっと可哀想な気がして来た俺は、奴と同じように黙っていた。
「それと! さっきランティス君から聞いたんだよ! 君は盗賊団の人達を利用して、アルダーを牢屋に入れようとしたんでしょ!?」
この一言には、ヘザーも思わず狼狽して立ち上がった。
「な、ち、違うぞ勇者よ! 私はあんな連中に悪事を依頼など断じて……!?」
ヘザーは窓の向こうに人がいることに気がつく。ランティスとカレンが立っていた。盗賊団幹部は舌を出してヘザーを挑発している。観念した魔法使いは、力が抜けたように座り込んだ。
「むむむー! この悪魔法使い! 人を牢屋に入れようとするなんて最低!」
ヘザーはしばらく黙っていたが、急にテーブルに手をついて頭を下げた。
「すまん! 私は魔が差したのだ、許してくれ!」
俺達の間に静かな時間が流れる。沈黙を破ったのはサクラだった。
「……もういいよ。とっても嫌な思いはしたけど、終わったことだし。じゃあ許してあげる」
ヘザーは顔を上げて勇者を見た。
「本当か! いやーそれなら良かった。知らぬ間に器が大きくなっていたのだな。私も早く君に謝らなければと、常々思っていたのだ」
急にいつもの態度に戻ったな。実はあんまり反省していないんじゃないか。
「許すけど、エリーシアは今日から僕達と一緒だからね」
「そ、そうか……。では許されついでに、一つお願いしても良いだろうか?」
なんか図々しいと思ったのは、俺だけでは無いはずだ。
「魔王が倒されたとは言え、まだ魔王軍そのものは健在だ。となればサクラ。君はもう一度冒険に旅立たねばなるまい。強い魔法使いは必要不可欠だよ。如何だろうか? もう一度、私と組むのは?」
酒場の中の空間が真っ白になったようだった。これだけ信用を失っておいて、まさかパーティ入りを志願してくるとは予想外だ。エリーシアはもはや石になっている。
俺は、少し厳しいことを言うべきだと思った。
「ヘザー、確かに君の言うことも一理あるな。強い魔法使いは冒険に必要不可欠だ」
「おお、おお! アルダー君。君はやっぱり分かっているじゃないか」
「ただ一つ問題があるよ。ヘザー、君のカード能力はなんだった?」
急に彼の顔が青くなってきた。過去の自分の言った言葉を思い出しているんだろう。
「な? ……ダンジョンから離脱することができる能力だ……」
「そうだったな。君の能力は便利だよ。冒険して最初の頃は、随分助けられたものだ。でも、今の俺たちにとって……はたして必要かな?」
ヘザーは静かに体を震わせている。
「あ、アルダー……貴様」
「安心しなよ。この先は言わない。俺はそこまで酷い人間じゃない。だから君も、これ以上図々しいことを言うのはやめろ。じゃあみんな、行こうか」
俺達はヘザーを残して酒場を出た。もう少し自分勝手な奴じゃなかったら、パーティに入れても良いと思ったんだが。
ランティス達を乗せた馬車に、サクラが入って行く。エリーシアが続いて乗り込む前に、後ろにいた俺を見た。
「アルダー。また貴方とも一緒になれて嬉しいわ」
「ああ、俺もだよ」
「貴方にだったら、安心してサクラを任せられるわね」
「へ? どう言うこと?」
「私はね。もうそんなに長くないのよ。でも、短い間でもサクラと一緒にいられるのは幸せだわ」
俺は衝撃を受けて言葉を失った。そうだったのか……。彼女は健気に笑っている。
「サクラには秘密よ。短い間かもしれないけど、改めてよろしくね」
「うん、こちらこそよろしく」
俺達を乗せた馬車は、フリージアに帰って行った。
昼下がりに俺達はフリージアに到着した。馬車から降りた先にはミカがいて、今日はとってもお洒落な服装をしている。何かあるんだろうか?
「アルダー! 用事は終わったの?」
「ああ、終わったよ! どうしたんだ? 良い服を着ているじゃないか」
「もう! 忘れちゃったの? 今日は私と遊ぶ約束でしょ」
確かに遊ぶ約束をしていた気がする! 俺はすっかり忘れていた。
「ごめん! そうだったな。じゃあ行こうか」
「フフフ! 楽しみだわ」
軽快に歩き出した俺達二人に、背後から何かが飛んで来た。
「待ったー! 何処行くのアルダー? 僕の用事に付き合ってよ」
「ダメよサクラ。今日は私とのデートがあるんだから」
「デ……デ……デ……」
ミカの言葉によって勇者は石化したようだ。しかしすぐに解除して後をついてくる。
「デートなんてダメ! アルダーはミカとデートしません」
「もう! どうしてあなたが決めるのよ。行くわよね? アルダー」
「あ、ああ~。そう……だな」
サクラは顔を真っ赤にして、なおも俺達について来た。
「僕にとっての裏ボスがまだ残っていたとは。ミカという裏ボスが……」
「なんで私が裏ボスなのよ」
「僕にとっての最大のライバルだよ君は! 討伐対象なの。ねえねえアルダー!」
「はいはい! 分かったよ、じゃあ三人で行こうぜ」
俺達はあまり破壊されていなかった、フリージアの繁華街に歩き出した。まだ倒さなきゃいけない奴らはいるし、本当に平和な世の中は訪れていない。
でもきっと大丈夫だと思う。この手に龍のカードがある限り。
龍の槍と闇の玉は押し合っていたが、一気に槍が押し返していった。
「嘘だろー!? アルダー君、僕はね……」
何か言いかけたヤブランだったが、最後まで聞くことはできなかった。槍はあっという間に闇の玉を破壊し、金色の体毛を持った化け物に命中したからだ。
「お前は本当に強かったぜ。じゃあな」
龍の槍は遥か彼方に飛んでいき、ヤブランの姿は綺麗さっぱり消えていた。半分以上崩れ去ってしまった鎧から、コドランの声が聞こえる。
「よくやったぞアルダー。流石、我が見込んだだけのことはあるな!」
「調子いいこと言いやがって。たまたまカードの所有者が俺だったんだろ?」
「まあそう言うな。鎧はこのとおりボロボロだ。完全に修復するまでは、三日は必要だろう」
「これだけボロボロになっているのに、三日で完全に修復するのか? 相変わらず常識はずれな鎧だな」
ゆっくりとフリージア側の防衛地点に降り立つと、冒険者達が俺の側に集まってくる。
「アルダーさん! やりましたね。フリージアから連絡が来ました。サクラさん達が、魔王を倒したとのことです!」
占い師レイナは興奮気味に話している。
「勇者が魔王を倒した……か。良いな! こんな素晴らしい報告はないよ」
フリージアまでは馬車で戻った。とにかくいろんな人に話しかけられたし、みんなが俺に感謝をしてくれた。でも、感謝するのは俺のほうだと思う。
やがて馬車は、フリージアの正門に到着した。俺は強烈な疲れと眠気に襲われ、ちょっとよろめきながら馬車を降りる。目の前に、見慣れた服を着た女の子が立っていた。すぐ後ろにはミカとレオンハルトがいる。
「……アルダー……」
「ん? サクラか! 随分寝坊助だったじゃないか」
勇者サクラは俺のそばに走ってきたかと思うと、飛び込むように抱きついた。泣いているのが分かる。
「お、おいおい! どうした?」
「良かった……アルダーが無事で。もう会えなくなるんじゃないかって思ったの」
「そんな訳無いだろ。魔王を倒したんだってな、おめでとう」
「……うん。僕頑張ったよ! ミカやレオンハルト、イベちゃんが手伝ってくれたから……勝てたんだ」
イベちゃん? 一体誰のことだろう。サクラはずっとくっついたままで離れようとしない。俺は仕方なく、しばらく彼女の頭を撫でていた。本当に困った勇者だと思う。
ミカとレオンハルトは、俺達を見て笑っていた。こうして抱き合っているのを見られるのは恥ずかしい。
やっと俺から離れた勇者は、今度は太陽のように輝く笑顔で言った。
「おかえりなさい、アルダー!」
「ただいま」
次の日の朝、俺達はルゴサへ行くことになった。今回の戦いでルゴサの馬車はほとんど破壊されてしまい、フリージアに戻りたい人を送迎する必要があった。俺達はランティスを迎えに行く予定だ。
「おーい! お前さん達、準備はできたかあ?」
「ああ、大丈夫だ。出発してくれ」
「待ってー! 僕まだ乗ってない~」
レオンハルトが手綱を握り、今回俺は荷台でのんびりできそうだ。
「また寝坊か。しっかりしなよ」
「エヘヘ! ごめんなさーい。て言うかさ~、ヘザー達もいるんだよね?」
「ああ、ハッキリ見たよ。ランティスと一緒かな」
ヤブランとの戦いに必死になって忘れていたが、アイツは何故戻ってきたんだろうか? 俺は疑問を抱きつつ、ルゴサまでの景色を楽しんでいた。
ルゴサに辿り着いた時、ランティスは既に正門前で待っていた。
「皆さん、わざわざ来てくださってすいません!」
「気にするなよランティス。さあ行こうぜ。色々土産話を聞かせてくれ」
「ストップ! ランティス君には聞きたいことがあるの」
手早くフリージアに戻ろうとした俺達に、サクラが待ったをかける。
「え? 聞きたいこと……ですか」
ランティスは青い顔になっている。サクラが燃えたぎる炎のような目で見つめていたからだ。こういう時はロクなことが無い。
「サクラ! ちょ、ちょっと待った」
「いいから行くの! 早くー」
サクラにグイグイ引っ張られ、俺はルゴサの酒場に入っていった。今日は地域が決めた祝日で、昼間から酒場が開いている。
見覚えのあるテーブルに、懐かしい顔を見つけた。ここは俺がパーティを追放された場所。
「……サクラ! アルダー……」
エリーシアが立ち上がり歩いてくる。サクラは今にも泣きそうな顔になり、エリーシアに飛びついた。
「エリーシア! 僕会いたかったよー! ふえええ」
「……私もよ。サクラ」
サクラの顔は見えなかったが、多分また泣いているんだろう。僧侶はいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべている。さて、俺はアイツに一言挨拶をするか。
「やあ、ヘザーじゃないか! ここ座ってもいいかな?」
「あ、ああ。アルダー……こんな所で会うなんて奇遇だな。勿論空いているよ、商人ともう一人が別行動をしているからな……ぐあ!?」
唐突な勇者サクラのチョップが、ヘザーの脳天に炸裂した。
「この大嘘つきー! 僕とアルダーとエリーシアを騙したでしょ。どういうつもりだったのか、ここで全部説明してもらうからね!」
「い、いや……私は。嘘など一つもついた覚えは」
テーブルにはヘザーとエリーシア、サクラと俺が座っている。勇者を除けば、あの晩と全く一緒の配置になったわけだが。
「ヘザー、それはないだろ。君が嘘をついていたことはもう分かってるんだ。言い逃れしようとしても無理だ」
俺の一言に、ヘザーは気まずい面持ちで酒を飲み干した。
「もう知ってるんだからね! 僕の代わりまで用意したって聞いたんだから。どうしてそんなことをしたの!? どうして?」
サクラはカンカンに怒っている。もう少し落ち落ちつこうと言っても、多分聞かないと思う。次に口を開いたのは、普段無口なエリーシアだった。
「サクラは冒険なんてしたくないと言っていたわ。どうしても腑に落ちなかった。彼は自分の好きなように動かせる兵隊が欲しかったのよ。でも酷い人達ばかりだったわ。商人は戦士ロブを殺害した疑いが浮上して、今はモンステラに帰る指令を受け取ったところよ」
「……」
ヘザーは何も言えず黙っている。自分の撒いた種とは言え、ちょっと可哀想な気がして来た俺は、奴と同じように黙っていた。
「それと! さっきランティス君から聞いたんだよ! 君は盗賊団の人達を利用して、アルダーを牢屋に入れようとしたんでしょ!?」
この一言には、ヘザーも思わず狼狽して立ち上がった。
「な、ち、違うぞ勇者よ! 私はあんな連中に悪事を依頼など断じて……!?」
ヘザーは窓の向こうに人がいることに気がつく。ランティスとカレンが立っていた。盗賊団幹部は舌を出してヘザーを挑発している。観念した魔法使いは、力が抜けたように座り込んだ。
「むむむー! この悪魔法使い! 人を牢屋に入れようとするなんて最低!」
ヘザーはしばらく黙っていたが、急にテーブルに手をついて頭を下げた。
「すまん! 私は魔が差したのだ、許してくれ!」
俺達の間に静かな時間が流れる。沈黙を破ったのはサクラだった。
「……もういいよ。とっても嫌な思いはしたけど、終わったことだし。じゃあ許してあげる」
ヘザーは顔を上げて勇者を見た。
「本当か! いやーそれなら良かった。知らぬ間に器が大きくなっていたのだな。私も早く君に謝らなければと、常々思っていたのだ」
急にいつもの態度に戻ったな。実はあんまり反省していないんじゃないか。
「許すけど、エリーシアは今日から僕達と一緒だからね」
「そ、そうか……。では許されついでに、一つお願いしても良いだろうか?」
なんか図々しいと思ったのは、俺だけでは無いはずだ。
「魔王が倒されたとは言え、まだ魔王軍そのものは健在だ。となればサクラ。君はもう一度冒険に旅立たねばなるまい。強い魔法使いは必要不可欠だよ。如何だろうか? もう一度、私と組むのは?」
酒場の中の空間が真っ白になったようだった。これだけ信用を失っておいて、まさかパーティ入りを志願してくるとは予想外だ。エリーシアはもはや石になっている。
俺は、少し厳しいことを言うべきだと思った。
「ヘザー、確かに君の言うことも一理あるな。強い魔法使いは冒険に必要不可欠だ」
「おお、おお! アルダー君。君はやっぱり分かっているじゃないか」
「ただ一つ問題があるよ。ヘザー、君のカード能力はなんだった?」
急に彼の顔が青くなってきた。過去の自分の言った言葉を思い出しているんだろう。
「な? ……ダンジョンから離脱することができる能力だ……」
「そうだったな。君の能力は便利だよ。冒険して最初の頃は、随分助けられたものだ。でも、今の俺たちにとって……はたして必要かな?」
ヘザーは静かに体を震わせている。
「あ、アルダー……貴様」
「安心しなよ。この先は言わない。俺はそこまで酷い人間じゃない。だから君も、これ以上図々しいことを言うのはやめろ。じゃあみんな、行こうか」
俺達はヘザーを残して酒場を出た。もう少し自分勝手な奴じゃなかったら、パーティに入れても良いと思ったんだが。
ランティス達を乗せた馬車に、サクラが入って行く。エリーシアが続いて乗り込む前に、後ろにいた俺を見た。
「アルダー。また貴方とも一緒になれて嬉しいわ」
「ああ、俺もだよ」
「貴方にだったら、安心してサクラを任せられるわね」
「へ? どう言うこと?」
「私はね。もうそんなに長くないのよ。でも、短い間でもサクラと一緒にいられるのは幸せだわ」
俺は衝撃を受けて言葉を失った。そうだったのか……。彼女は健気に笑っている。
「サクラには秘密よ。短い間かもしれないけど、改めてよろしくね」
「うん、こちらこそよろしく」
俺達を乗せた馬車は、フリージアに帰って行った。
昼下がりに俺達はフリージアに到着した。馬車から降りた先にはミカがいて、今日はとってもお洒落な服装をしている。何かあるんだろうか?
「アルダー! 用事は終わったの?」
「ああ、終わったよ! どうしたんだ? 良い服を着ているじゃないか」
「もう! 忘れちゃったの? 今日は私と遊ぶ約束でしょ」
確かに遊ぶ約束をしていた気がする! 俺はすっかり忘れていた。
「ごめん! そうだったな。じゃあ行こうか」
「フフフ! 楽しみだわ」
軽快に歩き出した俺達二人に、背後から何かが飛んで来た。
「待ったー! 何処行くのアルダー? 僕の用事に付き合ってよ」
「ダメよサクラ。今日は私とのデートがあるんだから」
「デ……デ……デ……」
ミカの言葉によって勇者は石化したようだ。しかしすぐに解除して後をついてくる。
「デートなんてダメ! アルダーはミカとデートしません」
「もう! どうしてあなたが決めるのよ。行くわよね? アルダー」
「あ、ああ~。そう……だな」
サクラは顔を真っ赤にして、なおも俺達について来た。
「僕にとっての裏ボスがまだ残っていたとは。ミカという裏ボスが……」
「なんで私が裏ボスなのよ」
「僕にとっての最大のライバルだよ君は! 討伐対象なの。ねえねえアルダー!」
「はいはい! 分かったよ、じゃあ三人で行こうぜ」
俺達はあまり破壊されていなかった、フリージアの繁華街に歩き出した。まだ倒さなきゃいけない奴らはいるし、本当に平和な世の中は訪れていない。
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