上 下
76 / 147

魔王との決着

しおりを挟む
 フリージアの民家が立ち並んでいた路地裏は、魔王によってぐちゃぐちゃに荒らされてしまっていた。火だるまになってしまった家もあれば、既に瓦礫の山になっている家もある。

 勇者サクラ達は魔王を取り囲み、最後の攻撃を仕掛けようとしていた。周囲には銀色の小さな光が浮かび上がり、一気に気温が低下している。

「ふええ~。さ、寒いよ~」

 勇者はプルプルと震えだした。魔王はミカの姿を見て鼻で笑っている。

「フン! 何をするかと思えば……貴様の凍結魔法なぞ我には……?」

 歩き出そうとした時、彼は自分の足が動かなくなっていることに気がつく。ミカが気づかれないように使用していたフリージングダストが、巨大な足首から下を凍らせていた。

「ほう……しかしこの程度、直ぐに動けるようになるぞ。まさか、これが切り札か?」
「違うわ。私の切り札はこっちよ」

 ミカは肩と水平に広げていた両手を、胸の前で交差させた。賢者のカードが彼女の前に浮遊し、眩い輝きを放っている。

「わ、わわわー! なんか沢山ある」

 勇者は驚いて周りを見渡している。町のあらゆる所から、十本はあると思われる氷の刃が姿を現した。ミカはあらゆる建物に隠すようにして、フリージングアローをいくつも作り出して待機させていた。

「ほおう。一気に押し切ろうというわけだな。だがこんなもの、我には通じぬのだ!」

 無数の氷の刃が一斉に飛びかかる。魔王は全身から、割れんばかりの絶叫と共に炎を吐き出す。猛烈な勢いで吹き出した炎が、貫こうとする刃をみるみる溶かしていった。

「暑いな~。寒いんだか暑いんだか分からねえよ」

 レオンハルトは傍らで様子を見ている。屋根の上から眺めているイベリスも同様だった。二人は静観しつつ、直ぐに加勢できるように身構えていた。

 無数にあった氷の刃は、ついに最後の一本が溶けきり、ダメージを与えることができなかった。

「ハッハッハ! 小娘、どうやら終わったようだぞ~」

 得意気に話しながら氷の足枷を解こうとする魔王を見て、ミカは笑っている。

「まだよ。このくらいじゃ終わらないわ」

 彼女の言葉どおり、新たな攻撃が始まった。胸の前で賢者のカードがひらひらと廻っている。今度は魔王を取り囲むように十本のフリージングアローが姿を現していた。

「むう! な、何だと!? これは一体」

 言いかけた言葉を待つこともなく、至近距離から無数の刃が突っ込んできた。

「グウワアア! お、おのれー!」

 魔王は全身を刃にえぐられ、黄色い汁を流し悶絶している。次の瞬間、身体中から黒い光を放った。魔力の大半を解き放ち、氷の刃を強引に消滅させていく。

「は……はあ……。まさか山彦の特性を持つカードとはな。だが、まだ我の魔力は残っている。これで、お前達に策は無くなった」

 魔王は自身を縛りつけている氷の足枷を消滅させた。身体中から汁を垂れ流し、排泄物が溜まったような臭いを漂わせながら、静かに歩みを進める。

 ミカは動じていない。様子を見ていたサクラも同じだった。勇者はオーラを放ちながら、今も魔力を貯めている。

「気に食わんな。もう少し絶望した顔が見たかったが……恐怖故に表情まで固まったか……?」

 魔王は違和感を感じて足を止めた。彼が踏み込むのを待っていたかのように、十本のフリージングアローが姿を表した。ミカのカードは、今も煌き続けている。

「これで最後よ。……フリージング・パニッシュメント」
「な、お……おい。まさか」

 彼女は静かに杖を向ける。宣告を受けた魔王の身体中に、深々と氷の刃が突き刺さった。

「ウグアアー!! グゲ、ウウウ!」
「サクラ! 今よ!」
「う、うん!」

 魔王は絶叫している。弾き返すだけの魔力は、今すぐに溜めることはできない。勇者は魔王目掛けて跳んだ。

 サクラが高々と振り上げた聖なるつるぎは、溜め込んだ魔力により膨大な光を放っている。長くなった光の刀身は、巨大な魔王でさえやすやすと斬り裂く。

「くらえー!」

 大上段から振り下ろした一刀は、魔王の脳天から尻の先まで、全てを一直線に両断した。大きく体の真ん中から裂けてしまい、今にも崩れ落ちる寸前だった。

「ブア……ア……ア」
「させないわ! はああ!」

 魔王は体から触手を這い出し、自らを接着させようとしたが、ミカが作り出した氷の壁が中心に割って入った。氷の壁は分厚く巨大で、触手は自らの半身に触れられず彷徨う。

「ここで出番ってわけだな!」

 イベリスが飛び、魔王の左半身に猛烈な攻撃を仕掛けた。今までの鬱憤を晴らすかのように、猛烈な乱撃を見舞っている。

「おうよ! たっぷりお返しといこうぜ!」

 レオンハルトも同様に魔王の右半身を攻撃する。体を回転させながら魔法剣を発動させ、全てを八つ裂きにしていった。

 今が戦いを終わらせる最後のチャンスだった。勇者は右手に渾身の魔力を込め、正面に剣を突き出す。

「これで終わりだよ魔王! ええーい!!」

 渾身の力で放った攻撃魔法ライト・ブレイクが、魔王の両半身に命中している。消滅されかけている体を、魔王は必死に保とうと踏ん張っていた。

「ギイヤアア! やめてくで! まだ、死ぃぬわげ」

 側で見ていたミカが、そっとサクラの右手に両手を添えた。勇者は彼女を見てうなづく。二人の魔力を合わせたライト・ブレイクは、更に巨大な光となって魔王を包み込む。

「ブワアア!! ……アア……ア……」

 勇者の攻撃魔法は、遥か彼方まで飛び去っていき、魔王は跡形も無く消え去っていた。先程までの騒ぎが嘘のように、辺りは急激に静かになっている。

「や……やったー! ミカ、僕らやったよー!」
「痛い! 待ってサクラ! 今身体中痛いんだから! ちょっと!」

 サクラは興奮して、側にいたミカに抱きつく。レオンハルトは安堵の溜息をついて座り込む。輝くような笑顔のサクラを見て、ミカは嫌がりながらも笑っていた。




 フリージアとルゴサの中間に位置する防衛地点では、俺とヤブランが全力でぶつかり合っていた。奴の放った闇の玉と、俺が投げた龍の槍が押し合っている。

「やるねえ! 流石はドラグーン。だが、この魔法は僕の力だけじゃない」

 戦況は圧倒的に俺達が有利になっていた。膨大な数の魔物の群れは、ほとんどが倒されていて、今は無残な死体だらけだ。しかし、今はそれが仇になった。

 倒れている魔物達から、奇妙な光が昇り闇の玉に吸い込まれていく。どうやら魔物の死骸から力を吸い取っているらしい。

「ちいい! 最初からこれが狙いか!? こいつらの死体から力を奪って、作った魔法で消すつもりだったのか?」

 俺は両手から気を発生させ、少しでも光の槍に力を与えようとする。しかし、何か圧迫するような強烈な力を感じた。間違いなく押し負けている。

「いーや。違うよアルダー君、最初からじゃない。さっき君とやり合っているうちに思いついたのさ。これで本当に終わり……グッドエンドだよ!」

 ヤブランは両手から魔力を発し、闇の玉を更に押し込んでくる。目に見えて分かるほど、龍の槍は後退してきた。このままでは俺達の善戦は全て無意味になり、世界が絶望に包まれる。

「終わりじゃない……。終わらせちゃいけない! この地にいるみんなも、人類も、決して滅びさせちゃいけないんだ」
「何でそう思うのか不思議だね。人間なんてクズばっかりじゃないか。何ならアルダー君、君だけは救ってやってもいいよ。というか、今逃げれば大丈夫でしょ?」

 俺はニヤニヤと笑っている奴の言葉を聞かなかった。そんな選択肢は無い。龍の槍は、手で掴めるところまで後退していた。

「まだだ! 俺は諦めない!」

 俺はもう一度槍を左手で掴んだ。激しく押してくる闇の玉を、どうにかして押し返さなくてはいけない。龍の鎧にあったヒビが深くなっていく。

「お人好しさんだね~。そんなことしても無駄なのに。じゃあ、いよいよ天国への旅立ちかな!」

 闇の玉に重なっていて、はっきり姿は見えなくなってしまったが、奴は恐らく全力を出している。今までとは明らかに異なるプレッシャーを感じた。

 どうすればいい? 考えろ、考えろ。少しでも動けば、この闇の玉は大地に直撃してしまう。打開策を探しながら、一方ではサクラやミカのことが浮かんだ。みんなの笑顔が浮かんだ。

「アルダーよ……お前だけでも逃げることは可能だぞ。このままで良いのか」
「……変なこと聞くなよコドラン。このままでいい。何とかして、この玉の軌道だけでも……?」

 俺は言いかけて妙なことに気がついた。魔物の死骸からは相変わらず黒い光が昇ってくる。しかし同時に、小さな白い光も集まってきていた。

「コドラン、この光は?」
「おお……おお! これはあやつらの魔力だろう」
「へ? ああ、そうか!」

 俺は大地を見回していた。魔物はほぼ全滅し、残った冒険者達が戦いを見守っている。そしてみんなが、こちらに手を広げて何かを送っていた。集まってくる光は、自分達に残された魔力に違いなかった。

「ああ、怠いねー。そんなことしても無駄なのにさ~」
「無駄じゃない。絶対に無駄じゃない!」

 ヤブランの言葉を否定し、俺は槍を力強く握りしめる。彼らの力が、体に溢れてくるのが分かった。今までもこれからも、俺は助けられて生きていることを実感した。

 同時に感謝したい気持ちが溢れ、死にかけた俺の体を力強く鼓舞している。

「まだ限界じゃないんだ。本当はもっと力が出る」
「わお! 死ぬ直前で頭がおかしくなったのかい? アルダー君」

 ふと今までの戦いを思い出していた。死にかけた中で生還した時、勇者を助けようと走った時、あらゆる記憶を辿る。必死の経験を思い出した時、やがて俺の体から激しいオーラが湧き上がった。

「お、おいおい。君は……本当にまだ力が?」
「覚悟しろ、ヤブラン」

 俺は龍の槍をもう一度振りかぶった。闇の玉が自身に接触して、焼けるような痛みが走る。鎧は半壊しているが、きっと問題ない。

「うおおおー!」

 思い切り左手を振り切り、新たな力が加わった龍の槍をもう一度投げる。

 ドラグーンの力と、冒険者達の力が追加されたことで、槍は全てを凌駕する奇跡となった。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

処理中です...