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魔女に魅入られた僧侶

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「おんどりゃあっ! さっきから何をチョロチョロと逃げ回ってんのアンタ! 一匹でもいいから倒しなさいよ!」
「ひいいー! すいませんすいません! 何しろあっしは、戦いなんてほとんどしてこなかったもんで」

 ルゴサ側にある防衛地点西側では、今もって魔物達との激戦が続いている。槍を豪快に振り回して、巨大なスコーピオンを斬りまくっていたインリッツが、商人セルジャックを怒鳴りつけていた。

「ああん? アンタはキザ魔法使いのパーティメンバーだったんでしょうが! 戦いをしてこなかったなんておかしいわねえ。何でもいいから、働け!」
「ぎゃあっ!」

 インリッツは大きな左足で、セルジャックの背中を蹴り、魔物の群れに飛び込ませた。彼らの様子を上空から眺めていたダクマルテの霊体は、声にならない笑い声をあげている。

「セルジャック……。あれだけ勇ましく私に会いに来ていた男が、何と情けない醜態を晒しているのでしょう。ククク! さて、私は新たな体と契約を結ぶとしましょう。まあ、一方的にですけどね」

 彼女は意気揚々と、インリッツ達から少し離れた場所で戦っていたエリーシアへ向かう。他の冒険者達と一緒に、彼女はキマイラの群と戦っていた。

 猛烈な勢いで向かってくる獰猛なキマイラ達に、彼女は恐れの色を見せない。両手に持っていた杖を横にして、肩と水平な位置に上げて魔力を集中している。

 魔獣がすぐそこまで迫った瞬間、彼女は目を開いた。

「悪く思わないでね……」

 エリーシアの周囲に、膨大な風が集まり巻き上がり始めた。それらは渦となり、巨大な魔獣達の体ですら天に登らせていく。そして風は鋭さを増し、やがて吸い込まれた存在を斬り刻んでいった。

「素晴らしい……ここまでの上位魔法を使いこなせるとは」

 ダクマルテは想像以上の力を持ったエリーシアに、羨望の眼差しを向ける。そして慎重に、彼女の背後に忍び寄った。竜巻の魔法は消え去り、命を散らした魔物達は無造作に地面に落下していく。

「これで、さっき来ていた魔物は全て倒したはず……」

 彼女が言い終えた瞬間、魔女は背後から体を重ねていった。耳元に息を吹きかけるように、静かに彼女と自分自身を同化させていく。

「初めまして、お嬢さん。今日からあなたは私のもの。さあ、私と一つに……」

 エリーシアは魔物達の屍を見つめ、何も言わず立っている。まるで人形のように無表情だった。ダクマルテは今まで多くの人間を乗っ取って来た言葉を、彼女に囁き続ける。

「私はアナタの味方よ……どんな欲望も叶えてあげるわ……私の物になれば」

 魔女の言葉は止まらない。どんな聖職者の体も、例外なく手に入れてきた悪魔の囁き。

「アナタは今日から私の物……アナタは……?」

 ダクマルテは違和感を感じている。いつもなら彼女はあっさりと心の中に入り込み、強引に肉体を奪い取っていた。しかし、今はまだ心の中に入れない。

 目の前の女は、今まで支配して来た人間と何かが違っている。

「何故だ……? 何故私が入り込むことすらできない?」

 エリーシアの後ろ姿は、まるで天女のように美しかった。彼女の長い髪が、風に揺られてなびいている。次第に全身から薄い緑色の小さな光が、いくつも浮かんで来た。

「ば、馬鹿な! この光は……おのれ!」

 聖なる魔法が発動する気配がして、恐れたダクマルテは上空に逃げる。実態を無くした彼女が震えることはない。だが、心の中は怯えきっていた。

「そんな筈はない。あり得ないわ……この私が」

 蛍の光のような輝きに囲まれていた彼女は、そっと振り返る。美しく澄んだ目は、明らかに魔女を見ていた。

「私を見ている? 何故……どうして私が分かる!? ああ!」

 気がつけばダクマルテの体に、緑色の小さな光がいくつもついていた。悪しきものを浄化する光が、霊体そのものを分解していく。

「あああ……あ。こんな事はあり得ない……。私が消え去るなど。おのれ……おのれぇえ!!」

 魔女は誰にも聞こえることのない、断末魔の叫びを上げた。纏わりついた光はやがて彼女の全てを消した。

「はぁーい! そこのお嬢さん。何をロマンチックに夜空を見上げているの? 良かったら、冒険者ちゃん達の治療を頼めるかしら?」
「……ええ、分かったわ」

 インリッツに頼まれ、エリーシアは負傷した冒険者達の元へ向かう。ルゴサ側での戦いは、人間達が大きく優勢になっていた。



 フリージアとルゴサの間にある浜辺で、今もなお俺とヤブランは戦っている。奴の猛攻は俺が予想していた以上で、ハッキリ言って魔王よりこいつのほうが強い。

「捕まえたよアルダー君! そうら」

 奴は俺の右足に、赤く光る線状の紐を巻きつけたかと思うと、勢いよく引っ張った。

「な、なんだあ!?」

 俺は奴に引っ張られ、空中を舞う。次に思い切り上空に引きあがられたかと思うと、いきなり地面めがけて投げつけられた。地面に叩きつけるつもりらしい。

「ちいい! このおお」

 奴が地面に叩きつけるより早く、俺は右足に巻きついていた紐を真横に引っ張り上げる。今度は指先から紐を出していたヤブランの体が飛んで行く。

「おおおー! やるねえ。だが!」

 奴は投げられるままに飛んでいき、結果俺も同様に同じ方向に向かうことになった。浜辺を離れ何もない海面に来たところで、俺は剣で紐を断ち切る。

「おや~? 結構楽しかったのに。もうやめちゃうのかい?」
「生憎だが、お前の遊びに付き合ってやれるほど暇じゃない」
「釣れないねえ……世界がもう終わるっていうときなんだ。真面目なんてやめて、遊ぶことを考えなよ」

 俺は右手に剣を持って構える。

「世界は終わらない……終わるのはお前達だ。その悪趣味な指輪毎斬ってやろうか」
「君は面白いねアルダー君。この指輪か~。僕もそう思ったんだけど、仕方ないんだよ。君と戦う為に必要なものさ。コイツは魔族の全ての力を強くしてくれる。魔法のアイテムなんだよ」

 奴の右手には4個の指輪がはめられていた。くり抜かれた眼球のようなデザインをしている、酷く気味の悪いものだった。

「アルダー君、とても残念なお知らせがあるんだ」
「……何だ?」
「伝えようか迷ったんだけど……今から君を殺す」

 ヤブランが言い終えた時、俺の視界から奴は消えていた。腹に大きな衝撃が走る。

「ぐう……」

 奴は一瞬で間合いを詰め、腹にボディブローを決めていやがった。内臓がせり上がるような感触を覚え、吐き気と同時に俺は振り返る。

「……こんのぉ……ヤブラン!」
「打たれ強いな~君」

 俺の剣が奴の頬を擦り、次に首を、胴体を、あらゆる部位に剣が振り下ろされる。奴はよけ続けているが、徐々に速度が上がっていく俺に、少しだが反応が遅れ始める。

 連撃の中で、また俺は一瞬だけ剣の戻しが遅れた。

「おんなじミスしてるねえ~」
「同じじゃ……ない!」

 俺がわざと作った隙に、ヤブランは引っ掛かったようだ。紙一重で奴の体全身を回転させた攻撃をかわすと、頭部に渾身の回し蹴りを決めた。

「おおおー!」

 ヤブランは勢いよく海に落とされ、水面から浜辺を覆うのではないかと思うほど水飛沫が上がる。飛沫がおさまると、波打つ海面は静かな普段の姿に戻っていった。

「まさか。これで終わりってわけじゃないよな」
「当然だアルダーよ。奴はこの程度でくたばりはせん」

 コドランの声が聞こえる。そういえば龍は、ヤブランと知り合いだったな。

「なあコドラン。アイツは一体何なんだ? 魔王より強いじゃないか」
「色々あってな……説明が難しい奴だ。とにかく今倒すのだ」
「分かってる。早く倒さないと奴……?」

 海面からこちらに向かって、一筋の黒い線状の光が刺すように飛んで来た。間一髪のところでかわした俺に、今度は何発も同じ光が放たれてくる。

 しかもこの黒い光は、場所を変えながら撃っているようだ。俺は避けつつ、魔法を撃っているヤブランの位置を探した。

「ちい! 面倒なことをしやがる! だが」

 俺は魔力を左手に集中させ、龍の槍を召喚した。さっきまでは近距離戦が続いていて、こいつを召喚する暇すらなかった。

「やっとチャンスが来た。この槍で、金色の化け物を倒す」

 俺は右手に龍の剣を、左手には龍の槍を持っている。今が最も火力の上がっている状態だ。全身から炎のように発せられるドラグーンのオーラは、更に勢いを増していた。

 海面から禍々しい邪気が吹き上がるのを感じる。全力を出し始めたのは、俺だけではないようだ。
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