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勇者は魔法が下手すぎて困る

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 もうすっかり日も暮れて、俺は家に帰っていた。昔からの癖で、夜になると剣や鎧の手入れをしないと落ち着かない。

 そんないつもの日常を終えようとしている俺の元に、小さな龍が飛んで来た。

「むあったく! お前と来たら、またのんびりと過ごしていたようだな」
「何も起こらないんだから、のんびりするのは普通だろ」
「気をつけておけよ! 奴はいつこちらに向かってくるのか分からんのだぞ」

 コドランの言っているのは、魔王と思われる奴のことだ。北の大陸で一瞬だけ膨大な邪気が発生したらしく、もしかしたら数日以内にこちらに向かってくることも考えられるとか。

「分かってる! 大丈夫だから安心しなよ」
「フン! では我は寝るとしよう」

 ちっちゃい龍はいつものクッションまで飛んで行くと、ゴロゴロと喉を鳴らしながら寝る体勢に入った。

「全く。ただ俺の所に眠りに来たんじゃないのか」

 コドランの寝顔を見ながら、俺もそろそろベットに入るかと思っていた時、急に玄関のドアが開いた。

「アルダー! 僕また新しい魔法覚えちゃったよ!」

 勇者サクラが万年の笑みで俺の傍に来る。この展開、以前もあったな!

「へ~。新しい魔法を覚えたのか~。そ、それで?」
「アルダーに僕の新魔法を見てほしいんだ! ねえ、ちょっとだけ外に来てもらえない?」

 後ろではコドランのイビキが聞こえる。これは完全に以前あったことと同じだ。

「変なこと聞くけどさあ……サクラだよな?」
「へ? 僕に決まってるじゃん。アルダー、早く早く!」

 サクラに引っ張られて、俺は家の外へ出た。念の為にカードは懐に入れている。

「うーんと。ここでいいかなあ」

 彼女は家を出たすぐの所にある、何もない砂利道に一本の棒を刺した。

「実はね、僕Lv 24になった時に覚えてたみたいなんだよ! なんと上空に魔法陣を作り出して、そこから特大のビームを撃つ魔法なの。一回お空に魔法陣を作れば、何回でもいけるみたい」

 以前聞いた説明とほぼ同じだった。もしかして目の前にいるのは、脱走したカレンじゃないかと疑いが深まる。

「そ、それは凄い魔法だな。でも真夜中だし……あんまりうるさくするのは良くないよ」
「大丈夫大丈夫! 超手加減して一発だけ撃つから。見ててね」

 サクラは意識を集中すると、体から白い煙に似たものがうっすらと出始めた。これが勇者のオーラっていう奴か。でもまだ未完成のようだ。

 オーラとは別に、勇者の体から光が発せられている。それはやがて光の柱となり、あっという間に上空に魔法陣を作り出した。これはカレンがやったことと同じだ。

「本当に魔法陣を作ったのか。凄いな」
「エヘヘ! じゃあ、いっくよー!」

 彼女は立てた棒に向かって右手を伸ばし、声と同時に魔法を使用した。

 目が眩むほどの光がしたかと思うと、雷が落ちたような音が聞こえた。今回は俺がターゲットじゃないらしい。

「凄い! 凄いぞサクラ! この魔法なら大抵の魔物は倒せるはずだ。って、あの棒切れは無事に刺さったままだな……」
「あれー? ホントだ。何でかな」

 俺の見る限り、何処を見ても変化は見られない。ただ、後ろのほうでバチバチと音がした以外は。

「ま、まさか……」

 ゆっくりと振り向いた俺の目に映ったのは、崩壊した自宅だった。

「きゃー! 僕アルダーの家壊しちゃった!?」

 信じられないほど勇者の魔法は下手だったことを、俺は改めて痛感している。

「こらー! ちゃんと目を開けて撃ってるのか? 人の家を壊すんじゃない勇者!」
「ひええ~。ご、ごめんなさいー! ちゃんと狙ったつもりだったんだけど。ふええ」

 勇者が目にいっぱいの涙を溜めて謝ってくるので、俺はつい責める気がなくなってしまった。

「うぐぐ……な、何事だ~! 敵襲か?」

 崩れ去った俺の家から、黒焦げのちっちゃい魔物がフラフラと浮かんできた。

「こ、コドランちゃん! 真っ黒になってる。大丈夫ー?」

 大丈夫じゃなさそうだ。というか俺は、これからどうすれば良いのやら。

「うう! 本当にごめんなさい。アルダーは今日、僕ん家に泊まってよ! ベッド使っても良いから」
「サクラの家に? でもなあ」
「我は泊めさせてもらうぞ! 真っ黒にしおってからに」
「大丈夫大丈夫! ちょっと狭いけど、ね」

 勇者に押され、渋々俺は彼女の家に入って行った。家の中はファンシーなグッズで溢れかえっている。本当に冒険者の部屋なのか疑問に思うほどだ。

「ベッドはサクラが使いなよ。俺は床でいい」
「え? でも~」
「大丈夫だよ。さ、もう寝よう」

 灯りを消して俺達は眠りについた。だけどなかなか寝つけなくて、時間ばかりが過ぎていく。

 今日も勇者に振り回されてしまったと、疲れた頭でぼんやり考えていると、彼女はベットからひょこっと顔を出して俺を見つめてくる。

「お家……壊しちゃってごめんね」
「いいよ。明日修理を頼む。まあしばらくは、空いてる部屋を借りるさ。もうちょっと魔法も剣も上手くならないと駄目だぞ! 今度から特訓だな」
「うん。僕頑張る!」

 さっきまでずっと泣きそうな顔になっていた勇者は、俺の返事を聞いてやっと笑った。

「ねえねえアルダー。ここに来てから、結構経ったよね」
「……そうだな。時間が過ぎるのは早いよなあ」
「僕ね。この町に来るまでは、魔王を倒すってことばかり考えてて、他に何も考えられなかったんだ。でもミカや町のみんなと知り合って、一緒に過ごしていたら……僕の中で何かが変わってきたの。こうやってのんびり暮らしていくのも、本当に素敵だなって」

 サクラの顔は月明かりに照らされて、いつもより綺麗に見えた。

「それにね、最近凄く楽しいんだ! アルダーと一緒にいるだけで、僕はいつも幸せなの」
「な、何だよそれ。照れ臭いだろ! 俺も……まあ楽しいかな」
「エヘヘ! でも……僕はいずれここを出ていかないといけないんだよね。アルダーはずっと、フリージアで暮らすんでしょ?」

 俺は何だか答えづらくなった。彼女はベットに戻ると、一言だけ呟く。

「僕は忘れないよ。この先何があっても、アルダーのこと。フリージアのみんなのことも」
「そう言ってもらえて、みんなも嬉しいと思うよ。俺も君が……。サクラ? 寝たか」

 勇者にここまで言われるなんて、俺のほうこそ幸せ者だと思った。でも……不器用過ぎる元戦士は、上手く言葉にできなかったんだ。伝えておけばよかったのに。




「起きよ! 起きよこの寝ぼう戦士め!」
「いて! いてて! こらやめろ」

 朝から俺を起こして来たのはコドランだった。ポカポカと頭を小突かれ、かなり不快な目覚め方をさせられる。

「何だよ! 普通に起こせよ」
「それどころではないわ! いよいよ大物が来るぞ。このフリージアに」
「大物? 一体どいつが来るっていうんだ」

 俺は体を起こしてご飯の準備を始めようと思い、周りを見渡した。そうだった。今俺はサクラの家に来ているんだった。

「おそらく、魔王本人が来るぞ」

 ぼんやりと台所の用具を確認していた俺の動きが止まった。

「……魔王が? いつだ」
「思った以上に移動が速い。今夜には奴らは来る。しかも大軍を連れているに違いないだろう。近年稀にみる邪気が迫って来ておる。あの禍々しさは魔王と考えて間違いなかろう」

 本当に魔王が、このフリージアに来るっていうのか。どんなに探し回っても見つけることができず、冒険者達や国を滅ぼし続けてきた奴が。

「冒険者ギルドに行かないとな。ルゴサとも連携を取る必要がありそうだ。それとサクラ!」

 俺はサクラを呼んだ。彼女はベットの上でまだ眠ったままだった。

「あれ? いつも早起きなのに珍しいな。サクラ! おーい、サクラ!」

 いつもは寝言みたいな返事を返したりするものだが、今回は全く反応が無い。何回呼んでも無駄だった。

「疲れているのかな? コドランはサクラが起きたら、状況を説明してやってくれ。俺は準備を進める」
「うむ! 頼んだぞアルダーよ」

 俺は早足で冒険者ギルドに向かった。全てを奪われて殺されるか……町を守りきり、世界の平和ごと勝ち取るか。俺達にとっての決戦が始まると予感していた。
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