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魔法使いの企み

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 女王に挨拶を済ませ、城から出て広場まできたところで、魔法使いヘザーがくるりと背を向けて勇者達を見た。

「みんな。今回も我々は四英雄の力を得ることはできなかった。だが、まだ希望は無くなったわけではない。我々にはバルゴの力が残っている。フリージアに向かえば、今度こそ力を得ることができるはずだ。幸い彼の地には、かつて私とエリーシアの仲間だった者もいる」

 戦士ロブは先程までの言い合いで気分を害したのか、彼の言葉を聞いていないようだった。商人セルジャックは愛想よくうなづき、エリーシアは無表情でたたずんでいる。

「へっ。そうだなあ! 安心してくれよヘザーさん。俺がバルゴの力を手にすれば、魔物なんて何千匹いようと問題ねえ。魔王なんて瞬殺! 苦しいのは今だけさ」

 ヘザーは勇者ライラックの言葉にうなづき、彼には珍しく笑顔を見せた。

「ライラック。君には期待している。そして、みんなにもだ。フリージアの守りは固い。急いで向かう必要もないだろう。今日と明日は、皆自由に休んでもらおうと思うのだが、いかがだろうか?」
「え? えー! マジで? いいねいいね! まあ俺は働き過ぎだった気もするし、休むタイミングとしてはベストだな。ありがとうよヘザーさん」

 ライラックはまさかの発言に歓喜している。他の三人も勇者ほどではないが驚いていた。

「君の今までの功績を考えれば当然のこと。それと、今日と明日は自由行動としようか。存分に羽を広げ、英気を養ってほしい。ライラックよ。少ないが、これを君に」

 ヘザーは懐から金を取り出して、勇者に握らせた。

「おいおい! どうしちゃったのヘザーさん! 俺アンタのこと見直したぜ。じゃあ今日は遊ばせてもらう! みんな、またなー」

 上機嫌になったライラックは、今にも踊り出しそうなほど軽やかな足取りで繁華街に消えて行く。戦士ロブは無言で立ち去り、エリーシアは軽い挨拶をして教会に向かった。

「流石はヘザーさん。パーティのことをしっかり考えていなさる。今回のことも、いずれは伝説となるでしょう。あっしの語りによってね。へへ、へ! ではまた」
「おっと。セルジャックよ。すまないが、ちょっと飲みに付き合ってくれないか?」

 そそくさと立ち去ろうとした商人を、ヘザーは優しく引き止めた。

「え? ええ、ええ! 勿論良いですとも。昼間からお酒を飲むだなんて、ヘザーさんは楽しい方ですな」



 モンステラの酒場は昼間から開いていた。大きな町になれば、昼も夜も酒を求める人は沢山いる。ヘザーとセルジャックは手早く乾杯を済ませると、一気に赤ワインを喉に流し込んだ。

「この店は来たときから目をつけていたんだ。日中はそれほど客も多くないから、ゆっくりと山を眺めながら酒が飲める。君に紹介しないといけないなと思ってね」
「ヘザーさん。分かってらっしゃいますな! 我らの好みまで熟知しているとは、流石名門貴族出身だけのことはあります」

 ヘザーは赤ワインを眺めながら、それとなくセルジャックの様子を伺っている。夜ではなく、昼間に酒場に連れて来たのは、人に聞かれたくない話をする為だった。

「それ程でもないよ。ところで、君は世界中の商人たちにツテがあったね。新しい情報なら、大抵のことは耳に入っていると」
「はい。世界中を探し回っても、あっしほど友人に恵まれている商人はいないでしょうな。商人だけではありませんよ、貴族から山賊まで友人がおります。あ、山賊は冗談です。へへ、へ! 何か知りたいことでもあるのですか?」
「うむ。実はな……。フリージアで最近何が起こっていたか、近況が知りたいのだ。それと、我々を襲った賊についてもな。奴らは私の元仲間達と面識があるらしい」

 セルジャックはウンウンと相槌を打ち、店員に再びワインを頼んだ。

「なるほど。確かに、フリージアでの情報は必要不可欠ですな。あっしの知る限りをお話ししますよ。偽勇者と、龍の鎧を着た戦士の話がほとんどですがね」
「……龍の鎧だと?」

 セルジャックはフリージアで最近起こっていた事件の話、アルダーや勇者の活躍、そして盗賊団とアルダー達の関係について説明をした。

「信じ難い話だ。あの……アルダーが……」

 彼が商人の話で一番衝撃を受けたのは、他ならぬアルダーがキラカードを発現させ、別人のような強さを発揮していることだった。

「ええ、ええ。まあ噂話も多分に含まれているので、話を盛っている可能性も高いかと。空を飛んで巨大な魔物を斬り捨てるなんて、馬鹿馬鹿しいじゃありませんか」
「……まあな。ほとんどの情報は作られたものだろう。あそこは田舎町だ。客寄せの為に話題を作りたいのだろう」

 ヘザーは腕を組み、しきりに考えていた。エリーシアをサクラ達に会わせることなく、円滑にバルゴの力を手に入れる方法を。彼は商人に向かって身を乗り出した。

「……セルジャックよ。その盗賊団とやらは、今ミセバヤとモンステラを拠点として仕事をしているのだったな」
「はい。その通りです。今は盗賊稼業よりも、武器や防具を売りさばくことに力を入れているようで」
「ということは何処かの商人と面識があるわけだ。ならばセルジャックよ、彼らと話をする機会を作れるかな?」

 セルジャックはワイングラスを口につけながら、目だけをヘザーに向ける。彼の言葉に耳を疑っていた。

「イベリス盗賊団と話をするのですか? 一体どうしてです」
「……今から話すことは、私と君だけの秘密にしてほしい。絶対に他には漏らすな……良いな?」

 商人は湧き上がる好奇心を抑えながら、さも無関心をよそおいうなづいた。

「口が固いことだけがあっしの取り柄です。漏らしませんから、ご安心を」
「うむ。実はな、フリージアにいる勇者もどきと戦士崩れとは、以前色々とゴタゴタがあった。詳しくは言えないが、悪いのは彼らだよ。そんな彼らをエリーシアの奴は妙に庇っていてね。再会した時に、変な気を起こさないか心配なのだ」
「はあ……変な気を……ですか」

 ヘザーは額に手をあて、悩んでいるかのような表情を見せる。

「そうだ。簡単に言えば、偉大な英雄バルゴの力を、勇者もどきに渡してしまうのでは無いかと」
「な!? ま、まさか! エリーシアさんはそんなことはしないでしょう。いくらなんでも」
「私もそう信じたいよ。だがな、彼女は口を開けば勇者もどきの話ばかりだ。君も聞いたことがあるだろう?」
「え……ええ。確かに聞いたことはあります。し、しかし彼女が本当にバルゴの力を他の誰かに上げてしまったら……我々は……」

 セルジャックは腕を組んで渋い顔になった。ヘザーはさらに顔を寄せ、小さな声で囁く。

「何としても防がなくてはならない。そうだろう? だから、イベリス達が必要だ。奴らを送り込んで、くだらん田舎者勇者達と戦わせる」
「……ほう! ヘザー殿、そう来ましたか。へへ、へ! 大胆な計画ですね。結果的に誰かが死ぬことになるかもしれませんよ。よろしいのですか?」
「死ぬまでのことにはならぬように、私が作戦を提案するさ。平和を愛する身としては心が痛むからな。だが牢屋には入ることになるかもしれん。加護の儀式はその時に済ませよう」

 ヘザーの目には卑しい光があった。商人は彼の卑しさを、会って間もない頃から見抜いている。仕事の相手としては好都合な存在だと思っていた。

「素晴らしい決意ですな。いや~素晴らしい。分かりました。ここの商人に頼んでみます。でもあっしとしては、邪魔であれば殺したほうがいいと思いますがね」
「頼んだぞセルジャック。殺しはリスクが大きすぎる。まがりなりにも、かつての仲間だしな」

 セルジャックはステーキを口いっぱいにほうばると、何かに興奮したように体を揺すっている。

「いやあ、ヘザーさんはお優しい。正に人徳者ですな。話は変わりますが、貴方は今のパーティには不満は無いのですか?」
「不満? 私の指示をしっかり聞いて動いているからな。不満などない」
「流石です。でもね、あっしにはあるんですよ。あの戦士邪魔ではありませんか? いっそ掃除したほうが……などと考えることもあります。いや失敬! 今のは冗談ですよ。忘れてください。へへ、へ!」




 ヘザーがセルジャックと密談をしていた頃、グラジオラス大陸の真ん中にある小さな祠には、沢山の魔物が集まっていた。大きな祭壇を囲むように、四つの王座が備えられている。

「はあ~。退屈で堪らないねえ。ライオンちゃんはまだ来ないのかい?」

 王座に座っている金色の体毛を持つ魔物、ヤブランは欠伸をしながらエリオネルに問いかける。

「もうじき来るはずですよ。ヤブランさん、少しは行儀良くしなければ怒られますよ」

 エリオネルが話し終えた時、奥にあった巨大な扉が地響きを上げて開く。周囲を囲んでいた魔物達は、大歓声を上げて彼を迎えた。獅子のダンタルトだ。

「……ヤブラン、エリオネル。もう来ていたか」
「ププ! ハッハッハ! 君~。何だいその頭につけている兜は? ん?」
「……お主も知っておろうが。ハデスの兜だ」
「ハハハハ! だよねえ。姿を消せるっていう、便利な兜だったね。そいつでおめおめとドラグーンから逃げ出したってワケか」

 ヤブランの言葉に、ダンタルトは怒りを露わに王座を叩く。

「貴様! 我を愚弄するつもりか。返答によっては容赦せぬぞ」
「ドラグーンに負けたからって、僕に当たらないでもらえる? そもそも、君じゃ無理なのは分かりきっていたし」
「……貴様~……」

 慌てたエリオネルが立ち上がった。ここは急いで両者の仲裁に入らなければならない。

「やめて下さいな。我々は協力しなければならないのですよ。それに、魔王様に見られたらタダではすみません」

 ダンタルトは黙って王座に腰を降ろし、ヤブランから顔を背けた。

「フン! それで、魔王様はいつ来るのだ?」
「さあね。今日もいつもどおりの作戦会議だってさ。アンタらで適当に相談してな」

 ヤブランは魔王軍の集まりに参加しても、積極的に話に加わることはない。ほとんどの場合エリオネルとダンタルトが話を進めている。

「ヤブランさん。たまには貴方の意見も聞かせて下さいよ。我々は何としても、ドラグーンだけは倒さないといけないのですよ」
「まあね~。ドラグーンもそうだけど、僕は勇者に興味があるなあ」
「あの女勇者にですか? 一体なぜ? 全く気持ちが分かりませんね」

 王座に横になっていたヤブランが体を起こし、目を爛々とさせている。

「僕が尊敬している伝説の勇者と、将来的にはどっちが上になるのかなって。ああ! 早く会ってみたいよ。現代の勇者とドラグーンに!」

 エリオネルには、ヤブランの考えが理解できなかった。

「貴方なら、いつでも会いにいけるではないですか。この世界の何処にいようとも」
「エリオネル君~。出会い方っていうのは大切なんだよ。人間達の演劇を観なよ。これは運命! って思えるような始まり方をするから、楽しいんだよ。それにドラグーンにも期待してる。ダンタルト君に負けてたらガッカリだったけど」

 エリオネルは肩をすくませて苦い顔をしている。ダンタルトは悔しくて堪らない気持ちを、表に出さないことに必死だった。

 魔王軍は誰にも知られない場所で、人類を滅ぼす計画を進めていた。
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