勇者パーティを追放されたはずが、なぜか勇者もついてきた

コータ

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小さな子供に誘われて

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 船上に上がると、ただでさえ濃い霧が更に深くなり、数メートル手前までしか確認できなかった。俺とサクラ、ミカの3人は慎重に歩みを進める。

「しかし凄い霧だな。幽霊らしきものもいないようだ。とりあえず船内に入ってみようか」
「そうね。サクラ、本当に大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ! 僕はこの程度の恐怖には負けないのだ! ブルブル」

 全然大丈夫じゃねえ~。まあここは俺達で何とかするかと、数メートル歩いたところで石を蹴ったような物音がした。

「わああ! ゆ、幽霊、幽霊なの~?」

 ビクつく勇者に応えるように、物陰からゆっくりと何かが近づいてくる。俺とミカも思わず武器を構えた。

「お兄ちゃん達、さっきのお船に乗ってた人達だよね? カッコイイ服を着てるのね」
「あれ? 子供じゃないか。君は一体?」

 俺は意外にも人が出てきたので面食らってしまった。まだ幼い、7歳か8歳くらいの女の子だ。右手には熊のぬいぐるみを大事に抱えている。

「僕達はね、幽霊船を調べに来たんだよ。多分この船がそうじゃないかって睨んでいるんだ。君以外の人は何処? パパとママは?」
「ゆうれいせんってなあに? パパとママは、お船の中にいるよ。みんなでパーティしてるの! あたし探検したくて出てきちゃった」
「あら! 幽霊船って言うのは、お化けが沢山出る怖い船よ。人がちゃんといるのね。でもどうして、いきなり橋を掛けてきたりしたのかしら。ねえお嬢ちゃん、私達をみんなのいる所へ案内してもらえる?」

 女の子はうなづいた。

「ありがとう! そうだ。俺はアルダー、こっちはサクラで、彼女がミカって言うんだ。君のお名前は?」
「……サツキだよ」
「え……君、サツキちゃんって言うの? アルダー……もしかして、あのじいちゃん達のお孫さんじゃない?」
「ああ! そうかもしれない。お父さん達がいるってことは……みんな無事かもしれないな」

 だけど、この船は船上に誰もいないし普通ではない。何かが起きているのではないかと心配になる。俺達はサツキちゃんの後をついて行った。

 まだ新しい木製の階段を降りていくと、幾重にも渡る長い通路があった。一部屋毎が小さく見分けがつきにくい。サツキちゃんは迷う事もなく真っすぐに進んでいく。相変わらず人の気配は無い。

「あ……コックさんだ」
「コックさん? 何処にいるんだ?」

 俺達が歩いている通路の右前にある扉が、軋んだ音と共に少しだけ開き、足音が静かな船内に響いた。

「あの~。コックさんですか? 私達、向かいの船から来たものです」

 ミカが緊張した面持ちで近づいた。足音は少しずつ大きくなるが、未だに人が現れない。まるで扉が一人でに開いていたかのようだ。

「あ、あの~」

 ミカがもう少しで扉に触れる寸前、突風が吹いたかのように勢いよく何かが飛び出した。扉から出て来たのは人間ではなく、包丁を持った骨だけの存在だった。

「ウウオオオオ」
「きゃああ!」
「ミカ! 危ない!」

 転んだミカに、骸骨は唸りを上げて斬りかかろうとする。俺は咄嗟に剣で骸骨の手を弾き飛ばし、そのまま体当たりをして転倒させた。

「で、でええーい」
「グゥウウオオ……オオ……」

 サクラの大上段からの一振りが、骸骨の頭部に命中した。骸骨は悲鳴を上げてもがき、やがて砂が消え去るように見えなくなってしまった。

「アルダー、サクラ……ありがとう」
「いいんだ。それより怪我はないか?」
「今のはお化けじゃなくて魔物だったよね? 僕魔物なら大丈夫!」

 放心状態で座り込んでいたミカに、俺は手を差し伸べる。

「コックさんどうしちゃったんだろ。でも、少ししたらまた戻ってくるよ」
「戻ってくる? 復活するっていうのか?」
「また料理を作ってくれるの。お兄ちゃん達のこと嫌いなのかなあ」
「ちょ、ちょっと。嫌いどころの話じゃないわ。私たちを殺そうとしていたのよ! サツキちゃん、こんな所にずっと居たの?」
「え? みんな優しいよ。うん、もう7日くらいかなあ」

 サツキちゃんはまた黙って歩き出した。この子はあんな化け物がいるというのに、何故こうも平然としていられるんだろう。ご両親は本当に無事なのだろうか?

「この階段の下に、みんながいるんだよ。パーティの最中なの」
「ぱ、パーティ……ね。まあとにかく、行ってみるか」

 暗い階段の奥から、微かにピアノの演奏が聴こえてくる。俺たちはゆっくりとパーティ会場へ降りて行った。
 階段を降りた先は灯りがついていなかったが、一番奥にある扉から暖かい光がさしている。

「僕この歌好きだなあ。エグランテリアの民謡の一つなんだよ。みんな知ってた?」

 さっきまでガクブルだったサクラは、パーティ会場が近づくと平静さを取り戻していた。まあ、とち狂って暴れたりしないか心配だったから、良い傾向だと思う。

「俺は出身じゃないから、知らないな。音しか聞こえないけど、どんな内容なんだ?」
「内容は忘れた! 僕は感覚派だからね」
「もう、何よそれ~。確か、四英雄について歌われていたはずだわ。でも、最初の頃は何を間違えていたか、英雄が5人いると思って作ったらしいの」
「そ、そうだったんだ! ミカっていろんな町の歴史に詳しいよね。僕感心しちゃうよ」

 三百年前の記録には、イマイチ正確さに欠けるものが多い。特に四英雄が実は五人だったとか、三人しかいなかったとか、魔物を連れていたとかいう間違いは結構な頻度で各地に見られ、随所で情報を修正されていた。

 一千年近くも続く歴史の中で、何故三百年前だけがこうも曖昧になっているのだろう。俺は図書館で働いている時は、そのことばかり気になって調べている。

「あたしもこの歌好きー! ママがいつも歌ってくれるの。お兄ちゃん達、ここにみんながいるよ!」

 サツキちゃんは走って扉の前に立ち、力一杯押して開けようとしたがなかなか開かない。

「サツキちゃん、俺が開けるよ」

 確かに扉は少し重かったが、大人の力なら簡単だった。扉の向こうには、煌びやかな灯りと豪華な内装に包まれた空間が広がっている。優雅で暖かい空気感だった。

 だが、やっぱりこの船はおかしい。

「サツキちゃん……お父さんとお母さんは何処だ?」
「え? あっちだよ! もう、お兄ちゃんは手がかかるね。こっちこっち」

 俺はサツキちゃんに手を引っ張られ、広間を歩いて行く。部屋全体に敷かれた赤い絨毯はとても高価な物で、冒険で擦り切れた汚いブーツが踏むのは、少しだけためらわれる。

「え? え~……み、ミカ! これって」
「サクラ、気をつけて!」

 後ろから二人の声が聞こえてくる。俺も充分に警戒しているつもりだが、サツキちゃんは全く怖がっていない。

「パパ、ママ~! サツキね、新しいお友達ができたんだよ」
「あ、あのさ……サツキちゃん」
「? どうしたのお兄ちゃん。パパとママならここだよ」

 俺の目の前には、確かにサツキちゃんのご両親と思われる人がいる。でも、彼らは俺に一言も話しかけてくることはない。彼らはただ立っていた。そして二人の体は、遠くからでは認識できず、近づいて見ることでやっと判別できたんだ。

「わ、わわわー! 出たあ、お化け、お化けー!」
「お、落ち着いてよサクラ。きゃー!」

 勇者サクラとミカの悲鳴が聞こえる。初めは誰もいないように見えた空間は、うっすらと透けた体の人々で溢れかえっていた。皆ダンスをしたり、聞こえることのない会話を楽しんでいる。

 俺は初めて見た幽霊って奴に愕然としていた。そして何故、サツキちゃんが平然と話しかけているのかが分からない。小さな女の子は、もう一度俺のもとへかけて来た。

「サツキちゃん……一体何があったんだ!? 君のご両親は、もう亡くなっているんじゃないか?」
「え? 何言ってるの。パパとママはここにいるよ。みんなここにいる」

 俺はしゃがんで、サツキちゃんの両肩を掴んで話しかけた。

「サツキちゃん! よく見るんだ……彼らはみんな」
「違う……違うもん! パパとママは生きてるんだもん! う、うええ~」

 彼女は俺を振り払って、母親に向かって走り出した。振り返った俺の前で、母親はゆっくりと彼女の頭を撫でている。

「どうしたのサツキ。こんなに泣いて。あのお兄さんにいじめられたの?」
「しゃ、喋った!?」
「うええ~ん……ママ」

 今度は父親が俺を見て話しだした。

「可哀想なサツキ……悪い奴は今すぐ懲らしめてあげるからね。さあ見ていてごらん。ショーの始まりだ」

 サツキちゃんの父親と母親の両目が、遠目で見ても分かるほどにドス黒く変色したかと思うと、優雅に鳴り続けていた曲が止まった。

「な、何? 音楽が止まったわ!」
「あわわ。勘弁してよお。僕もう無理!」

 曲が止まって数秒もしないうちに、広間の灯りは少しずつ暗くなっていき、透けていた幽霊達が実体と変わらないくらいに見えてくる。

 紳士淑女達は青白い肌と黒い瞳に変貌し、いつの間にかそれぞれの手にはナイフや剣、ナタのような物を持っていた。

「これは……」
「ゾンビ? いえ、悪霊化したということかしら?」
「わああ! 二人共見て。扉の向こうからも来たよ」

 俺達は完全に囲まれてしまい、三人は背中を合わせて構えている。俺の予想が当たっているとしたら、こいつらは……。サツキちゃんが俺を見て叫んだ。

「お兄ちゃん達! 悪い人達だったの!? あたし、お兄ちゃん達のこと信じてたのに……」

 俺はサツキちゃんを見て笑った。

「違うよサツキちゃん。この状況を見れば誰でも分かる。悪いのは君を騙しているコイツらさ。お父さんとお母さんのフリをしてるんだ」
「まあ、戯言はやめて下さいな。幼い娘をたぶらかすなんて、何という下劣な方でしょう」
「下劣なのはお前らのほうだ。今から、その化けの皮を剥いでやる!」

 懐から取り出したカードは、薄暗い広間を笑い飛ばすように輝いた。
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