勇者パーティを追放されたはずが、なぜか勇者もついてきた

コータ

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魔法使いの怒り

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 アジアンタム王国内にある大きな広場で、ヘザー達とヤブランの戦いが始まろうとしている。彼らの目の前にいる魔物は、ニヤニヤと笑うだけで一向に向かってこない。町の人々は、大きな体をした魔物に恐れおののき逃げ回っている。

「ふん。お前ぐらいの体格の魔物など、山ほどおるわ!」

 戦士ロブが魔物に向かっていく。両手に持っているのは、獰猛な魔獣でも紙のように切り裂く戦神の斧だった。

「待てロブ! くっ」

 魔法使いヘザーが杖に魔力を溜め始める。全員で一気にかからなければ、恐らく勝つことはできないと思った。

 勇者ライラックは剣を構えたまま動かない。足が微かに震えている。
 商人セルジャックにいたっては、銅像の後ろに隠れて怯えてしまっていた。

「援護するわ!」

 ロブに続くように、僧侶エリーシアが走り出した。ヤブランはまだ動かないままだが、表情は変わっていた。呆れたような顔をヘザー達に見せている。

「二人しか向かってこないけど……君達やる気あるのかい? おーい」
「ほざけ! 魔物風情が!」
「行くわよ……覚悟しなさい!」

 ロブの渾身の一振りと同時に、エリーシアは攻撃用聖魔法、ライトシールを放った。二人の攻撃はこれ以上ないほど的確なタイミングで、ヤブランの体に命中した。

「決まったのか? ふむ、これならばいけるぞ」
「な、なあんだあ! 意外と弱いじゃんか。この勇者様の敵じゃねえぜ」

 ヘザーはため続けていた魔力を一気に解放し、特大のファイアボールを放出する。優勢なことを確認してから、ライラックはようやく攻撃に加わった。

「おらあ! これで終わりだあ」

 ライラックは魔物の頭部目がけて飛び上がり、大きく剣を振り下ろした。会心の一撃が決まり、勝ちを確信した勇者は笑った。魔物はライラックを見つめると、ぼそりと呟く。

「これが君の全力かい? 痛いね……いろんな意味で」
「な、何で動け……うわああー!」

 ヤブランは全身から衝撃魔法を発し、ライラック達を吹き飛ばした。50メートルほど後方に吹き飛ばされたエリーシアは最後尾になり、逆にヘザーが一番前になっている。ライラックは急いで立ち上がりヘザーと並ぶ。

「ヘザーの旦那。どうすんだよ、こいつ」
「今考えている。お前は黙って時間を稼げ!」
「はあ? 時間稼ぎは勇者の仕事じゃねえだろ! 何言ってんだ?」

 ヤブランは退屈そうに頭を掻いている。

「うん、今のところ想像以下だね。君たちはイマイチ……いやイマサンくらいかな。僕の知っている存在とは程遠いよ」

 ヘザーは魔物の言うことに疑問を持った。
 そしてこの会話を、強力な魔法を使う為の時間稼ぎに使おうと考える。

「お前の知っている存在とは程遠いだと? 一体誰のことだ」

 ヘザーはヤブランに見えないように、背中に回した杖に魔力を溜めている。

「300年前の勇者さ。彼は本当に素晴らしい! 僕は今まで生きてきて、唯一あの人だけは尊敬しているんだよ。彼以上の勇者なんて見たことがない。今の勇者はまだ会ってないけどね。ライラック君は、本物だとしても最下位確定」

 ヤブランの言葉に、ライラックは逆上した。

「い、言わせておけば! ふざけんなー」
「よせ勇者よ。今行ってはいかん!」

 ヘザーの制止も聞かずライラックは走り出した。魔物の指先から小さな赤い光が浮かび上がり、細い光の糸となって勇者に飛ぶ。気がつけば彼の左足に巻き、自由を奪っていた。

「な、何だよこれ! うわああー」

 ヤブランが糸を引っ張ると、ライラックの体がぬいぐるみのように振り回され、広場中に体をぶつけられていく。

「ぐあ! がっ、うああー!」
「きゃあ! ライラック!」
「待てエリーシア。今向かってもやられるだけだ」
「行かなきゃ彼が死ぬわ!」

 ヘザーはエリーシアを引き止め、止むを得ず自分が前に出た。

「魔物よ。時間をかけすぎてしまったようだな。喰らえ! 我が渾身のフレイム……」
「あっと手が滑っちゃった」

 ヤブランが魔法の糸を手放した瞬間、ライラックの体が勢いよく飛び、ヘザーに体当たりする形になった。鈍い音を立てて、二人は地面に倒されている。

「ぐはあ! 何だとお……」
「ライラック君は気絶したか。じゃあ僕は目的を果たすとしよう」

 ヤブランの体から、少しずつ魔法の霧が吹き出していく。

「これは、幻惑の魔法ね。ヘザー、ロブ! 倒れている場合じゃないわ」
「幻惑の魔法だと……なぜ今そんな魔法を使うんだ? く! 何をしているのだライラック! 起きろ、起きんか」

 ヘザーには魔物の行動が理解できない。ロブはやっと立ち上がり、よろよろとパーティの元へ歩み寄る。霧は周囲全体を囲んでしまい、ヤブランの姿どころか、仲間すら確認できない状況となった。

「おのれヤブランめ。隠れていないで姿を見せるがいい。我が魔法で、貴様をーー」

 言いかけたヘザーの後ろで、大きな爆発音がした。振り向いた彼には、まだ何も見えない。霧はゆっくりと晴れてゆく。エリーシアの姿が見える。

「嘘でしょ……また銅像が」
「ま、まさか……」
「何ということだ。信じられぬ」

 完全に霧が晴れ、ヘザー達が見たものは無残に破壊された銅像だった。

「はっはっは! 結局ダメだったね。まあこんな日もあるよ」

 ヘザーが見上げた先には、大きな翼で得意気に羽ばたくヤブランがいた。左手を後ろに回している。

「頑張りが足らなかったから、君達にはこの石を見せてあげないよ! 今回は殺さないであげるから、ちょっとは楽しめるように成長しなよ。じゃ!」

 ヤブランは手を振り、悠々と空の彼方へ飛んで行った。エリーシアは力なくうなだれ、ロブは無言で拳を握る。ヘザーは気絶したままの勇者を睨み、とうとう感情を抑えきれずに叫んだ。

「一度ならず二度までも……畜生が! な、舐めやがってー!!」


 ここはアジアンタムの宿屋。一行は国王に事情を説明した後、疲れた体を癒すために宿屋に辿り着いていた。

 商人セルジャックの説明が上手かったことで、王には自分達の失態がバレずにすんでいる。食事が終わり夜になると、ヘザーがみんなと話し合いをしたいと提案した。

「今回の件はみんなよくやってくれたと思う。正直誰も死ななかっただけでも良しとするべきだ。とにかく相手が悪かった。だが、我々が加護の力を手に入れれば勝てるのだ。ティアンナの銅像へ急ごう」

 ライラックは部屋にやってこない。今はヘザー、エリーシア、ロブ、セルジャックの4人で話している。商人は相変わらずヘザーに媚びている。

「ヘザー殿の仰るとおりです。かの英雄の力さえ手に入れば、ヤブランとて簡単に倒せましょう。私は賛成ですし、何処までもお供する所存ですぞ」
「お前はワシらが戦っている最中、逃げてばかりであったな。そんな奴の発言など聞いてられぬ、しばし黙っていろ!」
「ひいい。そ、そんなに怒らないで下さい」

 戦士ロブが、ヘザーの前に詰め寄る。

「ワシからの提案が一つある。あの何の役にも立たぬ小僧を追放しろ。そして本当の勇者をパーティに向かい入れろ」

 ヘザーは無表情だったが、組んでいる腕を強い力で握っていた。

「ライラックこそが勇者として相応しい。君はあんな魔物の言うことをアテにするのか?」
「ワシの目には奴が相応しい者とは思わん! エリーシア、お主もそう思うであろう?」
「……そうね。私もロブに賛成だわ」

 怒りを抑えきれなくなったヘザーが立ち上がる。

「ふざけたことを言うなよロブ。ここまで来て、パーティを組み直すというのか! それだけはならん。我々は確実に魔王討伐に近づいているというのに。ライラックがいてこそだと言うことが、何故理解できないのだ?」
「本気で言っているのか? 魔王討伐には近づいておらんし、ライラックは全てにおいて勇者とは呼べぬ! ここまで話が通じぬとは。もう沢山だ! お前達とはやってられん。エリーシアよ、明日ワシと一緒にフリージアへ向かおう!」

 戦士の言葉に、魔法使いは目を見開いて震えた。商人は只ならぬ空気を感じ、そっと部屋を出る。

「貴様こそ正気か? お前らだけであんな田舎町へ向かって、鈍臭い連中を仲間にしてどうにかなるとでも? 次はフリージアではない、ティアンナの像が先だ」
「ああ正気だ。お前やライラックと組むよりはマシだろうよ! ワシにはフリージアを優先したほうが得策と思える」
「勝手な真似は許さん! どうしてもと言うのなら、お前が一人で行け」

 エリーシアが立ち上がり、言い合う二人の真ん中に立った。

「二人ともやめて。ヘザー、あなたの気持ちは分かっているつもりよ。でもね、正しいのはロブだと思う。だから私、明日ロブと一緒にフリージアに行きます。今の私達で、魔王を討伐できるなんて思えないもの」

 魔法使いに焦りの色が浮かんだ。彼女を失ってしまったら、自身の計画は絶対に成功できない。

「ま、待ってくれ。今日は色々なことがありすぎて、冷静に話せない。とにかく明日出て行くのは待ってくれ。もう一度話し合わせてくれないか?」
「ふん、まあ良い。数日出発がずれることになっても、そこまで変わらんからな。ワシはもう寝る」
「私も寝るわ。ヘザー、今日はお互い大変だったわね。お休みなさい」
「ああ、二人ともお休み」

 部屋を出て行く二人を、ヘザーはギラついた目で睨んでいた。
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