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デカブツとの戦いに終止符を

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 カトレア船着場の狭い足場で、レオンハルトとインリッツ、ランティスが戦いを続けている。多少なりとも冷静さを取り戻したインリッツは、先程までの力や切れがなかった。

 ランティスは少し離れた所から、風の魔法でレオンハルトを援護している。

「小賢しいわねー! アンタ達、いい加減にしなさいよぉ!」
「こ、このおじさん強い! これだけ魔法で後押ししてるのに」

 ランティスの風魔法は、遠間になってしまうと威力が無くなるが、向かい風としてインリッツを邪魔することができた。レオンハルトの側からは向かい風になるので、非常に有利な状況を作り出すことに成功している。

 インリッツの横からの攻撃を、戦士は凍結剣で防いだ。重みに耐え切れず横に飛ばされ、あわや海に落とされる寸前だった。片膝をついていたレオンハルトは、インリッツを見上げて苦笑いしている。

「にいちゃん! あ、危ない!」
「あ~。やっぱダメージが残ってるか。こんくらいで飛ばされちまうとはな」
「ふん、アタシを倒せると思うのが間違いよ。さあ、死にな……ぎゃあっちい!!」

 インリッツは悲鳴を上げて飛び上がった。
 レオンハルトが足元に投げていた炎の魔法剣が、彼の足を焼いている。
 その一瞬の隙を戦士は逃さない。一瞬で間合いを詰めた。

「さようなら……だ!」
「ああ……ん……!」

 すれ違いざまに放った凍結剣の一撃は、大きな胴体を綺麗にえぐり抜け、よろめいたインリッツは海に落ちていった。安心したランティスがこちらに走ってくる。

「にいちゃん、勝ったね! それにしても、あの人気持ち悪かったな~」
「……あ~。多分な。まあ世の中にはいろんな奴がいるんだよ。俺は案外、嫌いじゃない。よし! こうしちゃいられねえ。フリージアに帰ろうぜ。きっと向こうでは、まだ戦いが続いてるはずだ」


 
 フリージアの中央広場では、サクラとミカ、イベリスが向かい合っていた。
 ミカは魔力がほとんど無くなっていることを自覚している。攻撃魔法は、あと2回使えるかどうかと言ったところだった。

「さあて……行くぜえ!」
「ミカ、ちょっとだけ時間を稼いで!」
「え? ええ」

 イベリスが走り出す。ミカはフリージングダストを撃ち、イベリスがかわしたところで、追いかけるように2発目、3発目を被せる。

「ちいい! やっぱ3回も続くと近づきにくいぜ」

 イベリスが大きく回りながら魔法をかわしている間に、サクラは剣を垂直に立て、意識を集中させていた。次第に刀身からバチバチと電撃が走り、剣全体が輝き出している。

「で、できたー! サクラ流魔法剣! この前のLvアップで覚えたんだよ」
「さ、サクラ! 今は話してる場合じゃないわ」

 ミカの魔法をかわしきったイベリスが、再びこちらに突っ込んでくる。サクラは向かい打つべく走った。

「てええーい」
「遅い遅いー!」

 勇者の剣はあっさりとかわされ、盗賊団首領の連打が始まる。

「サクラ、危ない!」

 イベリスの突きがサクラに決まる寸前、氷の壁が出現し直撃を阻んだ。勇者は止まらない。ジャンプして上からイベリスを狙う。

「ふん! そう来ることは、お見通しだあ!」

 飛び込んで来ることは予想済みだったイベリスは、落下して来るところを狙い撃ちしようと身構える。

「……あん?」

 しかし、サクラは落ちてこないばかりが、もう一度空中に飛んだ。ミカが作り出した氷の壁の二つめが空中に発生しており、それを踏み台に更に飛んでいた。

「い、く、ぞー!」

 勇者サクラが大きく剣を振り上げる。イベリスは少しだけ後方に下がり距離を置こうとしたが、何かにぶつかってしまいできなかった。

「な、そうかあ……くそ!」

 振り向くと、3枚目の氷の壁があった。ミカはイベリスの動きを慎重に見定めている。この攻撃で倒せなかったら、自分達が負ける。だからこそ彼女は動いた。

「ぬうう!?」

 イベリスの体に、氷の壁が押し付けられている。3枚のうち2枚ある氷の壁が、まるで押しつぶすかのように彼女を離さない。ミカが必死に壁を操っていた。

「舐めんなよ! こらぁー!」

 イベリスは渾身の力で氷の壁を弾き飛ばすと、すぐに上空にいるサクラを見た。
 二人の距離は、後少しで体が触れることができるくらい近い。
 避けることを諦めた彼女は、持てる全ての力を込めて拳を振り上げた。

「うらあああー!!」
「やあー!」

 ミカの目には、二人が一瞬消えたように見えていた。魔法剣の眩い光と同時に、天を突くような激しい爆音がなり響き、広場の歩道は何かに潰されたように陥没する。

「サクラ! サクラー! 無事なの?」

 勇者は立ったまま、特に何も動きが見られなかった。イベリスは大の字になって倒れている。勝ったのはサクラとミカだった。

「サクラ! どうしたの? ねえ!」
「……ふえ? あ。ミカ~! 僕ちょっとボーッとしちゃってたよ。エヘヘ! 自分でも信じられなかったから」
「もう! あんまり心配させないでよ」
「ごめんね! それとありがとう。ミカが来てくれなかったら、きっと僕達負けてたよ」

 二人が話をしている最中、ゆっくりと地面を這う音が聞こえる。

「……やるじゃねえかよ。お前ら」
「え? い、イベちゃん! もう動けるの?」
「なんてタフネスなの。信じられないわ!」

 しかしイベリスは、もう戦えるような状態ではなかった。
 足がふらつき、少しだが目が虚ろになっている。

「まさか俺をぶちのめすとは思わなかったぜ」
「負けを認めるのね。なら、おとなしく牢屋に入りなさい。私達はまだ戦えるわよ」
「イベちゃん……面会には行くからね」

 イベリスは、意味ありげに鼻で笑った。

「負けは認めるが、俺は牢屋には入らない。天下の大盗賊が、こんなチンケな町の牢屋なんぞに入ってたまるかよ」
「まだ逃げるつもりなの。いいわ! 私達が力ずく……?」

 ミカとサクラの前に、突如として大きな風が吹き始めた。
 あまりにも強い向かい風に、二人は前に進めない。

「残念じゃのうー! まだワシらは捕まらんぞい」

 激しい風の中、彼女達の目に映ったのは、ホウキにまたがったカレンだった。小さな肩でイベリスを担いでいる。

「アンタ……まだいたのね! 今度こそ」
「うわ! 怖い女がおったわ! じゃあなー」
「わああー! あの人凄い! 本当の魔女って感じだね」

 カレンはイベリスを乗せたままぐんぐん上昇し、空の彼方へ逃げ去って行った。
 他の盗賊団は倒されるか捕まり、町はようやく安全になった。
 サクラは町を守った喜びを、ミカは腹立たしさを胸に、澄み切った夜空を見上げている。



「さあ、さあドラグーンよ! 我らが最高傑作、魔機兵ヘレボラスの前に屈しなさい! そのような古臭い兵器など、もうこの世界には必要ありません。本当に必要なのは、このヘレボラスのみ!」

 俺は塔から機械の兵士に変貌したヘレボラスと、中にいるエリオネルを見上げて、かなりの文化的衝撃を受けて固まっていた。

「アルダーよ、何か言い返さなくて良いのか? 古臭いなどと言われておるのだぞ」
「いや~。まあ別にいいかな……どうでも」
「またしても薄い反応をしていますね! ならば」

 ヘレボラスが右手を上げ、俺に向けて指を向ける。5本の指先には穴が空いており、奥から白い光が発せられると、勢いよく光線が吹き出した。

 どうやら俺に当たったらしい。目の前が煙だらけでよく見えないが、特にダメージはない。

「ふあっはっは! どうしましたー? もうお終いですかあ。あれ?」

 エリオネルは、特に代わり映えのない俺の姿を見て黙ってしまった。

「な、何をこしゃくな! これでも喰らえぃ!」

 ヘレボラスが地響きを立てて走り出した。森をバキバキと破壊して、鳥達が大勢逃げ出している。大きく左腕を引き、俺に渾身の一撃を喰らわせるつもりだ。

 自分の体よりも遥かに大きな握り拳を、俺は片手で受け止めた。ヘレボラス全体の動きも止まり、操縦席のエリオネルと目が合う。

「……へ? な、何で? 何で片手で受け止めてるんですか! ちょっと待って下さいよ! ありえないでしょ、私達とあなたの体重差を考えたら、普通無理です。不可能ですよ!」
「普通はな。まあ良いだろ、細かい話は。そーれ!」

 俺はヘレボラスの拳を両手で掴み、思い切り振り回してみた。
 推定何トンあるのか分からない巨体が、ゆっくりと回転を始める。

「うんあ!? な、何してるのですか? ちょっと!」

 エリオネルは焦っているのか、少し言葉を噛んでいるようだ。
 回転するスピードを上げていくと、ヘレボラスもぐんぐん加速していく。

「ギェー! は、ははは、放しなさーい!」

 俺は言われたとおり手を離してみた。

「ぎゃああー!」

 ヘレボラスはなかなかの速度でぶっ飛んで行き、海に墜落した。
 今までの人生で見たこともない大量の水しぶきは、見ていて感動してしまう。

「うぐぐぐ……やってくれましたね」

 ヘレボラスはすぐに起き上がってきた。海面が大きく上昇したように膨れ上がり、見たことのない波が広がっている。

「かくなる上は、私の秘密兵器をお見せしましょう」
「秘密兵器? まだあるのか?」

 コドランが俺に静かに話しかけてくる。

「随分と楽しんでいるようだが、あまり時間をかけるとドラグーン化が解けてしまうぞ」
「そうか~。じゃあもう仕方ないな」

 俺は棒立ちになり、体の中心に意識を集中する。全身から激しいオーラが溢れ出し、目の前には光の槍が召喚された。槍はあらゆる力を吸収し光を増してゆく。俺は静かに槍を取ってふりかぶった。

「ぬうう! それはドラグーンの秘技。いいでしょう! 我がヘレボラスの必殺技と、あなたの必殺技どちらが上かか……今こそ決着を」
「うおおおー!」

 俺は思い切り槍を投げる。指先から離れた特大の槍は、離れるほどに巨大になっていく。瞬きする間もなくヘレボラスは光の槍に包まれていった。

「……」
「おお! 運がいい奴だな。生きてたのか」

 奇跡的に、エリオネルのいた操縦席だけは直撃を免れたらしい。椅子と、よく分からないボタンがついている机と、エリオネル本人だけが空中に浮いている。他の部分は灰すら残っていない。

「いや~……夜空って、本当に美しいですね」
「え? あ、ああ。そうだな」
「アルダーよ。喋ってないで、奴にトドメを刺すのだ」
「……もうその必要はないみたいだ」

 エリオネルはもう喋らない。ゆっくりと地面に落下していった。

「いろいろあったけど、とりあえず終わったな。フリージアに帰るか」

 俺はドラグーン化が解けるギリギリのところでフリージアに帰ることができた。広場には町のみんなとサクラがいる。ミカやレオンハルト、ランティスもやって来ていた。

「もう、遅いよアルダー!」
「ごめんな! いろいろあって遅れちまった。サクラもミカも、よくやってくれたな」

 町の人々は俺たちに割れんばかりの声援を送ってくれている。
 人混みをかき分けて、小さな町長が俺たちの所にやってきた。

「アルダー、勇者殿にミカ。本当に、本当によく頑張ってくれた。お主達がいなかったら、きっと町は滅茶苦茶にされていたに違いないであろう。心から礼を言うぞ。ありがとう」

 町長にここまで礼を言われたことがなかったから、俺はちょっとだけ照れてしまった。

「俺はみんながいてくれたから、魔物達と戦えたと思います。だから、俺はむしろみんなに感謝したいです」
「僕にかかればこんなものだよ! これから魔王を倒しにいくんだから、今回のは準備運動かな」
「そんなにボロボロになる準備運動なんてあるの? サクラは危なっかしくて困るわ」

 ミカの言葉に、サクラがムッとしている。相変わらず子供っぽい。

「危なっかしくはないよ! 僕から見たら、ミカもヤバかった。だってスカートの中丸見えだったもん」
「な、何言ってんのよ! いつ丸見えだったって言うのよ!」

 真っ赤になってサクラと言い合うミカを横目に、俺は町のみんなの声援に応えていた。冒険者として戦っていた頃よりも、今は満たされている気がする。

 サクラと言い合いつつも、ミカはこっちを気にしているようだった。
 そういえば明日は、一体何があるのだろう。
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