勇者パーティを追放されたはずが、なぜか勇者もついてきた

コータ

文字の大きさ
上 下
27 / 147

イベリスの正体

しおりを挟む
 深い森を抜けた先にある小さな川に、一隻の船が止まっている。
 夜のカトレア船着場は静かで、風の吹く音しか聞こえない。

 インリッツは船上で、ただ静かに景色を眺めていた。
 彼が乗っている船には、少なくとも20名ほど盗賊が隠れているようだった。
 盗賊団の下っ端と思われる男が、退屈しのぎに彼に話しかける。

「アニキ、本当にフリージアの奴ら来ますかね?」
「あん? 奴らは来るわよ。あれだけ念を押したんだから、来なかったら相当おめでたいわ」
「ははは。まあそうっすよね! でもこんな時間に船着場にいるのは嫌ですわー。ここ、出るらしいっすよ」
「え? 出るって何がよ」

 インリッツは片方の眉だけをあげ、怪訝な顔をして部下を見た。
 背中には、彼の身長と同じくらい長い槍を背負っている。

「幽霊ですよ。ゆ、う、れ、い! このカトレアの船着場には出るって噂です」
「ま、まさか。アンタねえ。そんなこと信じるの子供くらいよ」
「本当らしいっすよ。20年ほど前、ここで殺された少年の霊がたまに出て来るそうなんです。顔は血みどろで、足元が見えなくて、人を見つけると近づいて来て……自分達の世界に引きずり込もうとするんだとか」

 インリッツの動きが止まっている。微動だにしていない。
 部下はもう少しだけ、彼をからかいたくなった。

「……そんなのデマに決まっているでしょうが。ちっとも怖くなんかないわよ。大体……」
「うわー。アニキの後ろに、子供がっ」
「ヒ、ヒャアアー!」

 インリッツはとっさに後ろを向いて、持っていた槍を構えたが、そこには誰もいない。何かが川に落ちた音が聞こえた。
 振り返ると、部下が前のめりに倒れている。首から上が無い。
 驚いで振り返った瞬間に、持っていた槍で部下の首を切り落としていた。

「あたしったら、またやっちゃったわー。でもこの子がいけないよ。人を怖がらせたりするから」

 後悔の念に駆られたが、彼が部下を殺してしまったのはこれが初めてではない。

「随分物騒なことをしてるんじゃねえか。怖い話は嫌いかい?」

 舟着場の入り口から人影が見え、少しずつ顔が分かってくる。
 レオンハルトだった。彼の他に、8名ほどの冒険者たちが後ろに続いている。

「あらん。ごめんなさいね。嫌なところ見せちゃったわね~。アタシ達これから出航するところなの。何か御用かしら?」
「……船の中を確認させてもらいたい。最近美術品がけっこう盗まれちまってね。犯人を探しているところだ」
「アタシ達が怪しいと睨んだわけね。ふう~ん。中を見る必要は無いわ。だって、アタシ達がその犯人だもの」

 インリッツの言葉に、レオンハルトの後ろにいた冒険者達が動揺していた。

「おいおい! 随分あっさりと認めてくれるじゃねえか、イベリスさんよ。じゃあ話は早いぜ。アンタ達は牢獄行きか、その長い槍で抵抗するなら今すぐ死刑だ。どっちがいい?」
「どっちもお断りよぉ。アタシ達は、招かれざる客人を綺麗に掃除して町を出るの。それにイベリスはここにはいない。ほらアンタ達! 出て来なさいよ」
「あん? イベリスじゃねえだと?」
「騙されたってことよ! 哀れなボウヤ達」

 船の中から20名ほどの盗賊達が姿を表した。
 それぞれが剣や弓といった武器を持ち、すぐにでも襲って来そうな雰囲気を漂わせている。彼らの姿を見て、冒険者の1人がレオンハルトに耳打ちする。

「ランティスを含めたもう1つの部隊が到着していません。人数的に不利ですが、始めますか?」
「勿論だ。このままじゃ逃げられちまうぞ。すぐに始めるしかねえ!」

 言うなりレオンハルトは走り出し、背中から白銀の剣を引き抜いた。
 弓をかわしながら、一直線にインリッツの元へ向かう。
 冒険者達が彼に続き、あっという間に盗賊船に乗り込む。

「あらあらあら~。可愛い男の子がいっぱい! アンタ達、たっぷり可愛がってあげなさい!」


 
 ここは冒険者ギルド内にある牢屋。

 町に盗賊団が押し寄せ、ギルドのメンバーはほぼ総動員で対処に向かった。
 残っている数名は門を閉ざし、牢獄に入っている罪人が脱走しないように見張っていた。イベリス盗賊団の幹部、カレンの牢獄には一枚の札が貼られている。魔力を封じることができる結界を張っているのだ。

「お主達は実に勤勉じゃのう。そろそろワシをここから出したらどうじゃー?」
「お前はこの先もずっと牢屋だ。いい加減諦めろ」

 カレンの牢屋には専用の看守がいる。
 魔力を封じている限り、逃げ出す心配は無いのだが念の為配置することになった。胡座をかいていたカレンは、男を見て笑う。

「ワシがずっと牢屋に? 本当にそうかのう~。実はこんな所なんぞ、いつでも抜けれるんじゃよ」
「抜かせ! だったら今すぐそこから出てみろ! できもしないくせに強がるな」
「ほほ~。今すぐ出ればいいのか? 外ではもう戦いが始まっているようだしの。出てやるぞい」

 彼女が立ち上がると、繋がれていた手錠はスルリと抜けて地面に落ちた。
 両手に小さな光が集まっていく。
 光が溢れるほどに膨れ上がると、彼女は両手を看守に向ける。

「な、馬鹿な!? 魔法は使えないはず……」
「ふふふ! こんなちっぽけな札では、ワシの魔力は抑えきれん! 他のヘッポコ魔法使いと一緒にするなよお!」
「そんな! この……う、うわあー!!」

 牢屋全体が眩い輝きに包まれた瞬間、一気に大爆発が巻き起こった。
 ギルドの受付付近にいた3人の男達が、爆音に驚いて飛び上がる。

「な、なんだ今の!?」
「下から音がした気がする。多分牢屋で何か起こったのかもしれない」
「行ってみよう!」

 冒険者達が急いで地下の階段に向かうと、つかつかと登ってくるカレンを見つけた。

「貴様! どうやって外に出た? 看守は!? この煙は……?」

 カレンは得意げに胸を張っている。
 彼女の体から薄い水色の煙が出て、男達のほうに流れていく。

「安心せい、奴は峰打ちで止めておいたぞ。ワシは無益な殺生はしないのじゃ。お主達はもっと優しくしてやろうか? 弱そうだしの」
「こ、この! とにかく捕まえ……ろ……?」

 3人の男達はふらつき、目を閉じてバタバタと倒れていく。
 彼女の使用できる魔法の一つ、スリープ・ミストによって眠らされてしまったようだ。
 カレンは部屋の中を物色し、宝箱に入っていた一枚のカードを懐にしまった。

「ワシのカードを処分しておらんとは、間抜けな奴らよ。さーていよいよじゃなあ! イベリスの手伝いに行くとするか」

 魔法使いカレンは、楽しげにスキップをしながら外へ出て行った。



 バルゴの銅像の周辺では、冒険者達と盗賊団の戦闘が続いている。
 冒険者達は80名ほどで、盗賊団はおそらく70名程度いるようだった。
 盗賊団には、ステータス補正の特性が持つものが多い。HPや防御力を上げるカード能力によって、なかなか決定打を与えられない。

「てええーい!」

 大柄な盗賊の斧の一撃をかわし、サクラが斜め下から剣で顎を打ち上げた。
 盗賊の大きな体が、勢いよく地面に叩きつけられる。

「み、峰打ち……決まったー! 僕強くなったかも」
「サクラ! 危ない」

 誰かの声で振り返った勇者に、4人の男達が剣を振り上げて向かってくる。

「わ、わわわ~」

 だが、彼らはサクラを斬る前に動きを止める。
 両手両足が凍りつき、微動だにできなくなっていた。
 目の前には、少しだけ不機嫌な顔をしているミカがいた。

「もう! ダメじゃない。ぼーっとしてちゃ」
「ミカ? どうしてここにいるの?」
「……この町が荒らされることが、許せなくて……つい出てきちゃったの。一緒に戦いましょう。町を守るために」
「そうだったんだ……うん! ありがとう。絶対守ろうね!」

 サクラはミカの言葉に大きくうなづく。
 剣や魔法が飛び交う中、勇者とミカは踊るように戦いを続ける。
 戦況はこちらが有利になり、徐々に盗賊団のメンバーに焦りが出始めていた。

 そんな中、1人の人物がゆっくりとこちらに近づいて来る。
 目の前の敵に夢中になっているミカは、足音もなく近づいてくる者に気がつかなかった。やっと気がつき、振り返った彼女の腹部に、黒いブーツがめり込んだ。

「うぐ……あ……?」

 ミカの体が宙に舞い、数メートル先まで飛ばされてしまった。
 焦るサクラが駆けつける。

「み、ミカ!? 大丈夫? ミカ! え、君は……」

 ミカは腹を抑えてうずくまっている。彼女を抱き寄せていた勇者の目に映ったのは、酒場にいた女マスターだった。全身黒づくめの、ボディラインがはっきりと出る服を着ている。

「久しぶりだな。勇者サクラ。銅像の中にある、ヒロイックストーンは俺達がもらうから、悪く思うなよ」
「え! ええ~!? な、何で? 何でマスターが!? だ、だって……酒場で働いてるんじゃ」
「本物のマスターなら、今酒場の奥で猿ぐつわされて寝てるぜ。俺がこの盗賊団の首領、イベリスだ」

 サクラは頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚え、軽い混乱状態に陥った。
 ミカが支えられていた腕を掴む。

「ぼーっとしてる場合じゃないわよ。サクラ!」
「うん! そ、そうだけど……僕超ビックリしちゃった」

 ミカは腹を抑えながらも立ち上がると、イベリスを睨みつけた。

「イベリスだか何だか知らないけど、私達2人で戦えば勝てるわ。行くわよサクラ!」
「ま、待ってよミカ~」

 サクラとミカは、イベリスに向かって勢いよく走り出す。

「面白え……お前らごと、バルゴの像をぶっ壊してやるよ!」

 イベリスは両拳を突き合わせて気合を入れた。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

処理中です...